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未来編
2-2.訪れ始めた変化
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ようやく過去への旅から戻ってきた数日後、ルルはいつものように目を覚ました。
(日差しがないからまだ眠たい)
ブルーの天蓋付きベッドの中で胎児の様に丸くなり、もうひと眠りしようと夢の世界に旅立とうとした時だ。
「おい、ルル! お前、庭園で何をしているのだ」
乱暴に開け放たれた扉から、険しい目つきの青年がルルに大声を投げてくる。
ルルはピンク色のふわふわした寝間着に毛布を巻き付け、ベッドの上で不機嫌そうに起き上がる。寝ぐせのついた白い髪がぼわぼわし、眼鏡のない黄色い瞳はどこか焦点が定まらない。枕元をぱたぱた漁り、眼鏡をかけるとルルは扉へ呟いた。
「レディーの寝顔を勝手に見ないでくれますか?」
その言葉に『時の神ユア』は頬を赤くする。無言の抗議を送ってくるルルの視線へまともに目を合わせられないらしい。もじもじした態度でユアは寝起きで普段より無愛想なルルへ返事をする。
「お、おう……。すまなかった……。失礼する」
「分かれば良いです。それでは、おやすみなさい」
「お、おやすみ……」
(まったく……あの神さまときたら……最近はなんだかやたらと距離が近い)
眼鏡を置いてベッドへ仰向けで寝る。布団をかけ直すと、心地よい感覚に頬が緩んでくる。
ゆっくりと、そして静かに扉が閉められて、乱暴に開けられた。
「っておい、ちょっと待て! ここは俺の庭だ。あの刺された剣はなんだ?」
どうやらユアはおかしいことに気づいたらしい。今度は興奮に顔を赤くして怒鳴ってくる。それでも、ルルの寝間着姿を見るのに抵抗があるのか、扉の隙間から顔しか出してこない。
ルルは頭をがしがし掻くと大きなあくびをして、床に立つ。ぺたぺたと言う音が扉に向かう。
「着替えるので少し待ってください。話はその後にしましょう」
「わ、わかった……」
ユアの消え入りそうな声が扉の向こうへ消えた。ルルはため息を吐くと、寝間着のボタンを外し着替えだす。この空間は熱くも寒くもない。
『時の庭園』そう呼ばれるこの空間は、『時の神ユア』が作った物だ。
白い石が敷き詰められたここは、山より高い宙に浮いている。周囲には星がきらめき、眼下には段々と赤黒くなってきた故郷の星、つまりルルが生まれ育った星が見える。
主であるユアと使い魔のクロ、そして客人のルル。この三人の他に少数の神官が住まうこの空間は、時間の流れが複雑だ。ルルはいくら食べても成長しないし、服が古くなることもない。
ゆえに、もう三年近くも着ているアシンメトリーな黒ワンピースを今日も身にまとうことにした。先日訪れた過去で、お気に入りの服と付随品を持ち帰ることになった。だが、それを合わせてもルルの服は二着しかない。
(もうちょっと可愛い服、ほしいなあ)
二十一歳の娘とあれば、至極もっともな感想を浮かべ、ルルは部屋を出た。
◇◆◇
中央に置かれたテーブルでは、時の神ユアとルルが目覚めから言い合っている。以前はクロとルルで罵り合うのが朝の定番だったが、近ごろはユア対ルルの抗争が増えている。クロはと言えば、のんびり時計姿でかちこちと時を刻んでいる。
「なんか最近、ユアさま雰囲気変わりましたか?」
ルルは二度寝を邪魔されたのを根に持っているのでテーブルに肘をつく。唇を尖らせて、半眼でじとっとした視線をユアに向ける。ユアも負けじと腕を組んできた。
「ふん。お前と話すときはやり直しをしなくなったからな。言いたいことを言うようにしているだけだ」
「ふーん。そういうものですか」
ルルの返事は平坦なものだ。ユアの印象は、これまでの美しい神から、整った凛々しい青年へと変わってしまった。それでも時折、美しい『時の神』の顔で過去へのやり直しを迫ってくる。
(付き合いやすくなったのはありがたいのだけどさ)
ルルは机の下で見えないのを良いことに、ふくらはぎを片足で掻く。表情に出さないが、ユアが手強くなったことを実感している。どうも、『時をやり直す』以外にも、何かをルルへ求めている気がして、受け流さなくてはいけないことが増えた。
「分かるか? この神である俺が、お前をそれだけ認めてやったと言うことだ」
「はぁ。ありがとうございます」
ついつい適当に返事を返しているがユアは神である。やろうと思えば、一瞬で過去の戦場ど真ん中に飛ばすことだって出来る力の持ち主だ。ルルとてそこまでやることはないと信じたいが、これまでの経緯を考えれば、全面的に信用するのは難しい。
「それで剣の話でしたか?」
「あぁ、そうだ。お前が剣に情熱を持っていることは先日の一件で分かったが、どうしてこの庭に剣がある」
「いえ、お洋服と一緒に持ってきてしまい……」
それなりに気まずい自覚のあるルルは目を泳がせる。追及する気満々の目をしているのはユアで、テーブルの脇にある噴水を指さしている。すっかりばれていることに気づいたルルは、素知らぬ振りでへたくそな口笛を吹き始めるが後の祭りだ。
「噴水の真ん中に刺したら目立つし、ばれるに決まっているだろうが」
「いやー、案外装飾の一部みたいに見えないかと思いまして……」
観念して白状しだすルルは頬をぽりぽりかいている。噴水の中央、せり上がった台座に刺さった剣は、確かに装飾品と見えなくもない。だが、誰かが視線を向ければすぐに違和感を持つのに決まっている。
「普通に部屋に置いとけば良いのではないのか?」
「まあ、それはそうなのですけど……。片付けますか」
ルルは靴を直してしっかり履くと、椅子を立った。ぐっと踏み込むと、そのまま跳躍する。黒服と白い髪が宙に舞って美しい。ルルは空中でくるりと一回転すると、噴水の中央へ飛び乗る。
意外な動きに驚いたユアは、目と口を開いて指を震わせている。
「お、お前、そんなこと出来たのか?」
「父親に仕込まれましたから。よっと、あれ、抜けないですね。刺すときは簡単だったのに……うわっ」
「お、おい! 危ないぞ!」
剣が抜けた勢いで噴水の中央からバランスを崩して落ちていくルルは『やっちまった』という表情を浮かべる。時間がやけにゆっくり流れるように感じ、次の瞬間、背中に衝撃が来ると思った。
しかし、来なかった。間一髪と言って良いだろう。ユアがルルを受け止め、抱きかかえていた。
「あ、ありがとうございま……す……」
「あ、あぁ。怪我はないか……」
心配そうに見てくるユアの顔が近い。どうにも居たたまれずルルは目を逸らすと、頷いて返事をする。その時だった。
「ユア様! 大丈夫ですか?」
「あぁ、クロ心配することはないぞ」
腹の時計針をぐるぐる回しながらクロが二人の周りを飛び回っている。ルルは心の中で、クロへ『さすが、良いタイミングだ』と親指を立てる。ゆっくりと噴水の外に足を降ろされたルルは、ようやくほっと息を吐くが、水しぶきでユアが濡れていることに目を細める。自分も多少は濡れてしまっていたが、ユア程ではないし、助けてくれた礼くらいはするべきだろう。
「ユアさま、こちらを使ってください。風邪を引きますよ」
「あぁ、すまないな」
額をハンカチで拭うユアの姿は一流の写真家が狙いすましたように様に爽やかだ。頭を振ったときに微かに舞う飛沫が、何とも眩しい。これは毒だと言わんばかりにルルは目を逸らして、自室の方へ歩いていく。
「おい、どうした?」
「少し濡れましたので、着替えておこうかと」
ルルは後ろ手でひらひら手を振ると、襟元を軽く仰ぎながら自室まで歩く。それほど数秒もかからない距離がルルにはやたら長く感じた。
扉の前までつくと、ルルは振り返って呼びかける。
「ユアさま。」
「なんだ?」
にぃっと口角を上げて、眼鏡を直す。上から見るように黄色い目を細めた不遜な仕草、ルルお得意の表情だ。スカートの裾を軽く持ち上げて丁寧に一礼する。
「さっきのお姿は、なかなか決まっていましたよ」
それだけ呟くと、ルルは反応を見ないまま部屋の中に入る。ルルの心臓が恐ろしい速さで鐘を打っていた。思わず座り込みそうになるのを我慢して、そのままベッドに倒れ込む。
(危ないな、あの顔……。近くで何て見ていられない)
過去から持ってきたのは、着替えの服だけのつもりだった。噴水に刺していた愛用の剣、あれはグラディウスだ。本来なら、どちらも思い出のまま星の塵となっただろう。しかし、スカートの裾に仕込んでいたことを忘れていて持ってきてしまった。
在りし日を目の当たりにしたルルの殻は、少しずつひびが入り割れて来ている。『大切なものを失いたくないから、何もいらない』、『失くしてしまった喪失感も自分の一部』今でもそう考えているが、理性と感情はそう上手く分けて作られていないのだ。
(まずいなあ。この庭園には、何もなかったはずなのに)
ため息を吐くとユアの顔が浮かんでくる。グラディウスを目にすると、父親のことが思い浮かび、今日はあんなことまでしてしまった。ルルは、もっと早く動けるし、跳ねることだって上手く出来るのだ。
心を守るひびが大きくなって、『過去をやり直す』ことを選んでしまうのは避けたい。見送るルルと見送られるルル、そんな二人が並ぶ光景を、自分はどう思えば良いのだろうか。
(大丈夫。私にはこの私しかいない)
少しでも目につく機会を減らそうと、ルルは噴水へ愛剣を刺したのだ。中途半端に目立ってしまい、長く目を逸らすことは叶わなかった。部屋にまで置いてあったら、素振りでもしてしまうだろう。決意にひびが入ってしまうのが目に見える。
(今日はずっと一人でいよう)
黒いワンピース姿のまま突っ伏して、ルルは目を閉じた。素直な二度寝とは言えないが、それでも寝て逃げるには十分だろう。抜かれたグラディウスは、きっと扉の前へ置かれているのだ。
(日差しがないからまだ眠たい)
ブルーの天蓋付きベッドの中で胎児の様に丸くなり、もうひと眠りしようと夢の世界に旅立とうとした時だ。
「おい、ルル! お前、庭園で何をしているのだ」
乱暴に開け放たれた扉から、険しい目つきの青年がルルに大声を投げてくる。
ルルはピンク色のふわふわした寝間着に毛布を巻き付け、ベッドの上で不機嫌そうに起き上がる。寝ぐせのついた白い髪がぼわぼわし、眼鏡のない黄色い瞳はどこか焦点が定まらない。枕元をぱたぱた漁り、眼鏡をかけるとルルは扉へ呟いた。
「レディーの寝顔を勝手に見ないでくれますか?」
その言葉に『時の神ユア』は頬を赤くする。無言の抗議を送ってくるルルの視線へまともに目を合わせられないらしい。もじもじした態度でユアは寝起きで普段より無愛想なルルへ返事をする。
「お、おう……。すまなかった……。失礼する」
「分かれば良いです。それでは、おやすみなさい」
「お、おやすみ……」
(まったく……あの神さまときたら……最近はなんだかやたらと距離が近い)
眼鏡を置いてベッドへ仰向けで寝る。布団をかけ直すと、心地よい感覚に頬が緩んでくる。
ゆっくりと、そして静かに扉が閉められて、乱暴に開けられた。
「っておい、ちょっと待て! ここは俺の庭だ。あの刺された剣はなんだ?」
どうやらユアはおかしいことに気づいたらしい。今度は興奮に顔を赤くして怒鳴ってくる。それでも、ルルの寝間着姿を見るのに抵抗があるのか、扉の隙間から顔しか出してこない。
ルルは頭をがしがし掻くと大きなあくびをして、床に立つ。ぺたぺたと言う音が扉に向かう。
「着替えるので少し待ってください。話はその後にしましょう」
「わ、わかった……」
ユアの消え入りそうな声が扉の向こうへ消えた。ルルはため息を吐くと、寝間着のボタンを外し着替えだす。この空間は熱くも寒くもない。
『時の庭園』そう呼ばれるこの空間は、『時の神ユア』が作った物だ。
白い石が敷き詰められたここは、山より高い宙に浮いている。周囲には星がきらめき、眼下には段々と赤黒くなってきた故郷の星、つまりルルが生まれ育った星が見える。
主であるユアと使い魔のクロ、そして客人のルル。この三人の他に少数の神官が住まうこの空間は、時間の流れが複雑だ。ルルはいくら食べても成長しないし、服が古くなることもない。
ゆえに、もう三年近くも着ているアシンメトリーな黒ワンピースを今日も身にまとうことにした。先日訪れた過去で、お気に入りの服と付随品を持ち帰ることになった。だが、それを合わせてもルルの服は二着しかない。
(もうちょっと可愛い服、ほしいなあ)
二十一歳の娘とあれば、至極もっともな感想を浮かべ、ルルは部屋を出た。
◇◆◇
中央に置かれたテーブルでは、時の神ユアとルルが目覚めから言い合っている。以前はクロとルルで罵り合うのが朝の定番だったが、近ごろはユア対ルルの抗争が増えている。クロはと言えば、のんびり時計姿でかちこちと時を刻んでいる。
「なんか最近、ユアさま雰囲気変わりましたか?」
ルルは二度寝を邪魔されたのを根に持っているのでテーブルに肘をつく。唇を尖らせて、半眼でじとっとした視線をユアに向ける。ユアも負けじと腕を組んできた。
「ふん。お前と話すときはやり直しをしなくなったからな。言いたいことを言うようにしているだけだ」
「ふーん。そういうものですか」
ルルの返事は平坦なものだ。ユアの印象は、これまでの美しい神から、整った凛々しい青年へと変わってしまった。それでも時折、美しい『時の神』の顔で過去へのやり直しを迫ってくる。
(付き合いやすくなったのはありがたいのだけどさ)
ルルは机の下で見えないのを良いことに、ふくらはぎを片足で掻く。表情に出さないが、ユアが手強くなったことを実感している。どうも、『時をやり直す』以外にも、何かをルルへ求めている気がして、受け流さなくてはいけないことが増えた。
「分かるか? この神である俺が、お前をそれだけ認めてやったと言うことだ」
「はぁ。ありがとうございます」
ついつい適当に返事を返しているがユアは神である。やろうと思えば、一瞬で過去の戦場ど真ん中に飛ばすことだって出来る力の持ち主だ。ルルとてそこまでやることはないと信じたいが、これまでの経緯を考えれば、全面的に信用するのは難しい。
「それで剣の話でしたか?」
「あぁ、そうだ。お前が剣に情熱を持っていることは先日の一件で分かったが、どうしてこの庭に剣がある」
「いえ、お洋服と一緒に持ってきてしまい……」
それなりに気まずい自覚のあるルルは目を泳がせる。追及する気満々の目をしているのはユアで、テーブルの脇にある噴水を指さしている。すっかりばれていることに気づいたルルは、素知らぬ振りでへたくそな口笛を吹き始めるが後の祭りだ。
「噴水の真ん中に刺したら目立つし、ばれるに決まっているだろうが」
「いやー、案外装飾の一部みたいに見えないかと思いまして……」
観念して白状しだすルルは頬をぽりぽりかいている。噴水の中央、せり上がった台座に刺さった剣は、確かに装飾品と見えなくもない。だが、誰かが視線を向ければすぐに違和感を持つのに決まっている。
「普通に部屋に置いとけば良いのではないのか?」
「まあ、それはそうなのですけど……。片付けますか」
ルルは靴を直してしっかり履くと、椅子を立った。ぐっと踏み込むと、そのまま跳躍する。黒服と白い髪が宙に舞って美しい。ルルは空中でくるりと一回転すると、噴水の中央へ飛び乗る。
意外な動きに驚いたユアは、目と口を開いて指を震わせている。
「お、お前、そんなこと出来たのか?」
「父親に仕込まれましたから。よっと、あれ、抜けないですね。刺すときは簡単だったのに……うわっ」
「お、おい! 危ないぞ!」
剣が抜けた勢いで噴水の中央からバランスを崩して落ちていくルルは『やっちまった』という表情を浮かべる。時間がやけにゆっくり流れるように感じ、次の瞬間、背中に衝撃が来ると思った。
しかし、来なかった。間一髪と言って良いだろう。ユアがルルを受け止め、抱きかかえていた。
「あ、ありがとうございま……す……」
「あ、あぁ。怪我はないか……」
心配そうに見てくるユアの顔が近い。どうにも居たたまれずルルは目を逸らすと、頷いて返事をする。その時だった。
「ユア様! 大丈夫ですか?」
「あぁ、クロ心配することはないぞ」
腹の時計針をぐるぐる回しながらクロが二人の周りを飛び回っている。ルルは心の中で、クロへ『さすが、良いタイミングだ』と親指を立てる。ゆっくりと噴水の外に足を降ろされたルルは、ようやくほっと息を吐くが、水しぶきでユアが濡れていることに目を細める。自分も多少は濡れてしまっていたが、ユア程ではないし、助けてくれた礼くらいはするべきだろう。
「ユアさま、こちらを使ってください。風邪を引きますよ」
「あぁ、すまないな」
額をハンカチで拭うユアの姿は一流の写真家が狙いすましたように様に爽やかだ。頭を振ったときに微かに舞う飛沫が、何とも眩しい。これは毒だと言わんばかりにルルは目を逸らして、自室の方へ歩いていく。
「おい、どうした?」
「少し濡れましたので、着替えておこうかと」
ルルは後ろ手でひらひら手を振ると、襟元を軽く仰ぎながら自室まで歩く。それほど数秒もかからない距離がルルにはやたら長く感じた。
扉の前までつくと、ルルは振り返って呼びかける。
「ユアさま。」
「なんだ?」
にぃっと口角を上げて、眼鏡を直す。上から見るように黄色い目を細めた不遜な仕草、ルルお得意の表情だ。スカートの裾を軽く持ち上げて丁寧に一礼する。
「さっきのお姿は、なかなか決まっていましたよ」
それだけ呟くと、ルルは反応を見ないまま部屋の中に入る。ルルの心臓が恐ろしい速さで鐘を打っていた。思わず座り込みそうになるのを我慢して、そのままベッドに倒れ込む。
(危ないな、あの顔……。近くで何て見ていられない)
過去から持ってきたのは、着替えの服だけのつもりだった。噴水に刺していた愛用の剣、あれはグラディウスだ。本来なら、どちらも思い出のまま星の塵となっただろう。しかし、スカートの裾に仕込んでいたことを忘れていて持ってきてしまった。
在りし日を目の当たりにしたルルの殻は、少しずつひびが入り割れて来ている。『大切なものを失いたくないから、何もいらない』、『失くしてしまった喪失感も自分の一部』今でもそう考えているが、理性と感情はそう上手く分けて作られていないのだ。
(まずいなあ。この庭園には、何もなかったはずなのに)
ため息を吐くとユアの顔が浮かんでくる。グラディウスを目にすると、父親のことが思い浮かび、今日はあんなことまでしてしまった。ルルは、もっと早く動けるし、跳ねることだって上手く出来るのだ。
心を守るひびが大きくなって、『過去をやり直す』ことを選んでしまうのは避けたい。見送るルルと見送られるルル、そんな二人が並ぶ光景を、自分はどう思えば良いのだろうか。
(大丈夫。私にはこの私しかいない)
少しでも目につく機会を減らそうと、ルルは噴水へ愛剣を刺したのだ。中途半端に目立ってしまい、長く目を逸らすことは叶わなかった。部屋にまで置いてあったら、素振りでもしてしまうだろう。決意にひびが入ってしまうのが目に見える。
(今日はずっと一人でいよう)
黒いワンピース姿のまま突っ伏して、ルルは目を閉じた。素直な二度寝とは言えないが、それでも寝て逃げるには十分だろう。抜かれたグラディウスは、きっと扉の前へ置かれているのだ。
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