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過去へ
1-3.過去への遡行
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ユア、クロ、ルルの面々で庭園の端へ向かい、幅広のアーチ橋を渡る。先には丸い小島が浮かび、二本のガーデントーチが立っているのが見える。細かい装飾が入ったトーチは品が良く、庭園の隅だが清掃も行き届いているようだった。
アーチ橋の手すりに触れてみると、冷たいような温かいような、それでいてすべすべした感触がする。塵一つ拭えない様子から、神官たちは人数こそ少ないものの、働き者揃いなのだろう。神界生まれの彼らは、神々に仕えるために生まれ、死んでいく存在らしい。
(ユアさまは、『やり直す』から死なないのかな)
いや、そもそも死なないのかな、と思い直す。ルルの考えでは、死やその終わりも、ある存在を形作る要素の一つだった。ユアのことは畏れているし『やり直し』の件では意見が違うが、いなくなることも想像出来ない。
「ところで、どうやってクレープを食べに行くのですか?」
「あぁ、魔法で移動する。私の魔法でルルとクロを案内しよう」
ユアが肩越しにルルへ視線を向けてくる。大きくて良い形の背中だなあと思いつつ、ルルは頷く。
(さすが神様、人間だと魔法は二十人に一人くらいだったかな。使えるの)
「ルル、お主は魔法を使えないのか? 見たところ魔力は持っておるようだが……」
クロがうろんな目で見てくる。たしかに、ルルは魔力はあると言われたことがあった。だが、
「あいにく、うちは剣の家系だったもので」
「しかし、娘とあればそれにも縁が遠そうだな」
ユアの返答は素早く、淀みがない。
ルルは少し違和感を持ちながらも、話しやすい話題についつい口が弾んでしまう。
「そうですね。でも、私はこう見えて剣が好きなのですよ。父に憧れて…と言えばありふれていますが、色々と教わりました」
「では、今度、何か見繕ってやろうか」
太っ腹なことを言いながら、ユアが微笑んでくる。見た目だけで言えば九十点ほどの笑顔だったが、ルルは裏に何があるのかと、複雑な気持ちになった。剣にも心惹かれたが、変に霊験あらたかな物をもらっても、持て余してしまうだろう。
「いいえ、構いません。使うこともないでしょうし。それより、行き方の話ですが」
「あぁ、そうだな。こうする」
丸小島の中央、ガーデントーチに挟まれた位置まで着くと、ユアは手を挙げる。すると、手からきらきらと輝く粒子が舞い、ルルたちを包み込んでいく。
(魔法……? 魔法まで綺麗なのか……)
ユアのまとう白い装束に輝きが眩しい。ルルの方は黒いワンピースへ雪を散らしたようだ。やや遅れて、不意に視界が真っ白くなる。
ルルは突然やって来た喧騒に、思わず周囲を見回した。
「ルル、着いたぞ」
立ち並ぶ露店に青い空。
目の前には行き交う人が呆然とするルルを避けて歩いていく。
周りを探るように首を振ると水路がある。よくよく見慣れた桟橋から、渡し船が離れて行った。水路に囲まれた中洲には大きな教会と水車が回る。鐘の音が聞こえて教会の屋根を見上げると、白い鳩たちが飛び立っていく。
「え、もしかして、ここは……?」
ルルは思わず小走りでかける。見覚えのあるレンガ造りの武器屋を覗く。壁には簡素なファルシオンやバックラー、そして試着用の鏡。
目に入ったのは、かつて自分が愛用していた衣装。グレーのシャツにネイビーのベスト、そしてフリルの着いたタックスカート。つまり…
「やられた。過去に、戻ったのか」
ルルはぎりぎりと歯を噛みしめて、拳を強く握る。ユアは口端を歪め、邪悪な笑みをしている。思い返せば、不自然な点は多い。
(誘導されていたのか)
ユアとて、脅すことがもう無意味なのを理解していたのだろう。ルルが興味を惹くように、クレープに目がないことを利用されてしまった。ルルのことを『やり直し』であれこれと予習し、『取り戻したくなる過去』へ連れて行くことで、ルルの心変わりを狙ったに違いない。
両親のことを思い出させたり、剣を見繕うと提案してきたりしたのもユアの策略かもしれない。過去への思いが少し募ったのも当然のことだ。
(どうやっても私に過去をやり直させたいらしいな…でも、)
クロからは性格が悪いと言われた。
しかし、それは正しいようで少し違う。ルルはどこまでも純粋に信じて、抗っているだけなのだ。
『この世界は、自分から大切な物を奪い取る。』
その運命から逃れるために、出来る限り大事な物を手元に置かないようにしているだけに過ぎない。ややひねくれているが、それがルルという娘の性質である。失いたくないから、何も持ちたくない。ただそれだけなのだ。
その意味では、ユアの行動は逆効果だったと言えよう。餌を目の前にぶら下げられて『これが欲しいのだろう? だったらこれをしろ』そんなことを言われて、ルルはどう思うだろうか。答えは簡単である。
(クレープは食べてやる。でも、絶対に、過去をやり直すことなんてない)
ただただ、天邪鬼な性格だった。
アーチ橋の手すりに触れてみると、冷たいような温かいような、それでいてすべすべした感触がする。塵一つ拭えない様子から、神官たちは人数こそ少ないものの、働き者揃いなのだろう。神界生まれの彼らは、神々に仕えるために生まれ、死んでいく存在らしい。
(ユアさまは、『やり直す』から死なないのかな)
いや、そもそも死なないのかな、と思い直す。ルルの考えでは、死やその終わりも、ある存在を形作る要素の一つだった。ユアのことは畏れているし『やり直し』の件では意見が違うが、いなくなることも想像出来ない。
「ところで、どうやってクレープを食べに行くのですか?」
「あぁ、魔法で移動する。私の魔法でルルとクロを案内しよう」
ユアが肩越しにルルへ視線を向けてくる。大きくて良い形の背中だなあと思いつつ、ルルは頷く。
(さすが神様、人間だと魔法は二十人に一人くらいだったかな。使えるの)
「ルル、お主は魔法を使えないのか? 見たところ魔力は持っておるようだが……」
クロがうろんな目で見てくる。たしかに、ルルは魔力はあると言われたことがあった。だが、
「あいにく、うちは剣の家系だったもので」
「しかし、娘とあればそれにも縁が遠そうだな」
ユアの返答は素早く、淀みがない。
ルルは少し違和感を持ちながらも、話しやすい話題についつい口が弾んでしまう。
「そうですね。でも、私はこう見えて剣が好きなのですよ。父に憧れて…と言えばありふれていますが、色々と教わりました」
「では、今度、何か見繕ってやろうか」
太っ腹なことを言いながら、ユアが微笑んでくる。見た目だけで言えば九十点ほどの笑顔だったが、ルルは裏に何があるのかと、複雑な気持ちになった。剣にも心惹かれたが、変に霊験あらたかな物をもらっても、持て余してしまうだろう。
「いいえ、構いません。使うこともないでしょうし。それより、行き方の話ですが」
「あぁ、そうだな。こうする」
丸小島の中央、ガーデントーチに挟まれた位置まで着くと、ユアは手を挙げる。すると、手からきらきらと輝く粒子が舞い、ルルたちを包み込んでいく。
(魔法……? 魔法まで綺麗なのか……)
ユアのまとう白い装束に輝きが眩しい。ルルの方は黒いワンピースへ雪を散らしたようだ。やや遅れて、不意に視界が真っ白くなる。
ルルは突然やって来た喧騒に、思わず周囲を見回した。
「ルル、着いたぞ」
立ち並ぶ露店に青い空。
目の前には行き交う人が呆然とするルルを避けて歩いていく。
周りを探るように首を振ると水路がある。よくよく見慣れた桟橋から、渡し船が離れて行った。水路に囲まれた中洲には大きな教会と水車が回る。鐘の音が聞こえて教会の屋根を見上げると、白い鳩たちが飛び立っていく。
「え、もしかして、ここは……?」
ルルは思わず小走りでかける。見覚えのあるレンガ造りの武器屋を覗く。壁には簡素なファルシオンやバックラー、そして試着用の鏡。
目に入ったのは、かつて自分が愛用していた衣装。グレーのシャツにネイビーのベスト、そしてフリルの着いたタックスカート。つまり…
「やられた。過去に、戻ったのか」
ルルはぎりぎりと歯を噛みしめて、拳を強く握る。ユアは口端を歪め、邪悪な笑みをしている。思い返せば、不自然な点は多い。
(誘導されていたのか)
ユアとて、脅すことがもう無意味なのを理解していたのだろう。ルルが興味を惹くように、クレープに目がないことを利用されてしまった。ルルのことを『やり直し』であれこれと予習し、『取り戻したくなる過去』へ連れて行くことで、ルルの心変わりを狙ったに違いない。
両親のことを思い出させたり、剣を見繕うと提案してきたりしたのもユアの策略かもしれない。過去への思いが少し募ったのも当然のことだ。
(どうやっても私に過去をやり直させたいらしいな…でも、)
クロからは性格が悪いと言われた。
しかし、それは正しいようで少し違う。ルルはどこまでも純粋に信じて、抗っているだけなのだ。
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その運命から逃れるために、出来る限り大事な物を手元に置かないようにしているだけに過ぎない。ややひねくれているが、それがルルという娘の性質である。失いたくないから、何も持ちたくない。ただそれだけなのだ。
その意味では、ユアの行動は逆効果だったと言えよう。餌を目の前にぶら下げられて『これが欲しいのだろう? だったらこれをしろ』そんなことを言われて、ルルはどう思うだろうか。答えは簡単である。
(クレープは食べてやる。でも、絶対に、過去をやり直すことなんてない)
ただただ、天邪鬼な性格だった。
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