霧開けて、明暗

小島秋人

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2020/02/18

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 2020/02/18

 十年の峠を越してより此方、視界の端を掠める幻影やら耳元に囁かれる幻聴の類その他諸々。特段に苦しめる鼻腔の奥脳髄まで深く深く刺すように染み渡る君の黒髪の芳しさにも漸く慣れてきた今日。虚空に投げては撃ち返される声との会話を日々つらつらと書き残す遊びを思いつき文書作成ソフトを立ち上げたは良いものの、そんな日に限っては無口になる天邪鬼な性質にもまた慣れている自分を省みる次第。

 多少の酔気が要るのだろうと思い直して机の一角を占めるバッグインボックス型のワイン(3L税込2,178円)をグラスに一杯、悪酔いをするには空酒に限る筈と言い訳をしアテを支度する手間を面倒がる自身を擁護し紙巻を咥え肉体に鞭打つ行為に拍車を掛けていく。能動的自死を選ぶ度胸も既に無い為このように消極的に余命を削ってはいるものの、毎年の健康診断では精々不摂生に苦言が呈されるほか不自由が無い身体が何とも二重の意味で不自由に思えて仕様が無い。

 片膝を立てる様に傍らに座り此方に笑みを向ける君にグラスを差し向けてはみたものの、当然受け取る筈は無く、と言うか成人を迎えず彼岸に発った君に酒類を勧めるのは果たしてモラルに反する行いなのだろうかと瞬き思案はしてみるが、考えるまでも無く詮無いのですぐやめた。

 日が経ったワインの仄かな渋味酸味もこれで一興と口内に残るそれらを紫煙と共に楽しむ最中漸くと口を開いて曰く
 「それ楽しいの?」
 「初日にしてなんてこと言いやがるテメェ」
 「眺めてるぶんには滑稽で良いや」
 「言ってろ、俺は残したいからやってることだ」
 「ふぅん」
 何とも素っ気の無い、普段はもう少し饒舌な印象だったのだが。酔いが足りないか、或いは書き起こす事に思考を割いているせいで発する言葉に自分の耳が向かないのだろう。此れでは本末転倒でもあるので、明日からは会話の内容を覚えておいて後々に文に起こす事にしようと思う。
 「それで退屈はしまい?」
 「お好きにどうぞ、どうせ好きに書くつもりなんでしょ?」
 「そう言われちゃあ身も蓋もねぇな」
 背凭れの代わりにと後方に積み上げたクッションの群れに体重を預け彼に向きなおしてみたがやはり今日は会話の気分でもないらしい。布団に潜り込み此方を見上げる幻影に鼻で笑って返した所で今日は終いにしようと決めた。明日はもう少し話がしたいものだ。
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