例えばこんな来世でも貴方は私を再び三度

小島秋人

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例えばこんな来世でも貴方は私を再び三度

33-3

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~33-3~

 男の一言に因って警戒を強いられた道行きではあったものの、幸いに然したる妨害もなく応接室に辿り着いた。供回りの二人に先を譲りクリアリングを任せる。許可を待って入室すると、長椅子に身体を横たえる老紳士の姿が先ず目に入った。

 「尋問の時に薬でも打たれたらしいんで、意識は有るようなんですが…」
 狼狽仕切った男の声を聞くが早いか最後尾に居た筈の義父殿は私と男を押し退けるように長椅子の傍らに歩み寄った。男の言う通り身体の自由が著しく制限されているらしい、老紳士は何事か口にせんと首をもたげているが声にならない様子だった。

 ふと、その在り様の違和感に気付く。目の前に陣取り声を掛け続ける義父殿には目もくれず、視線は只管に私に向けられていた。

 刹那、駆け出しの時分に取り決めた私と老紳士にのみ通ずる符丁が脳裏に過る。酒席の勢いに尽きた話題を補うように降って湧いた話の筈だったが、符丁の原典が意外性に富んでいた為に記憶の片隅に其れが引っ掛かっていたのは、僥倖であったのかどうか。

 右目を絞るのは大アルカナ正位置十番台の意。左目を五度瞬いた、正位置の悪魔。意味は、咄嗟にホルスターに手を伸ばす。

 一足早く脇腹に激痛が走った。

~34-1~

 床に蹲り呻くあの人、同じく腹部を血塗れの手で抑えながら長椅子に凭れる老人と、不格好に倒れ付した御付きの二人。自分はと言えば、下手人の足元に転がされる不愉快の極致に在った。

 右手に握った銃で室内の全員を牽制している。当然自分は頭数に入れていないようだけれど。左手で端末を操作している所を見ると応援を呼んでいるのだろう。この場で全員の始末を着ける心算は無いと知れたが、不用意に行動を起こせばその限りでない事もまた確かだった。

 「どう言う心算だ」
 息も絶え絶えに男を睨み付ける老人が当然の疑問をぶつけている。男の側はと言えば、一瞥して端末の操作に戻った。四人に一発ずつの銃弾を一息の内に放った早撃ちの腕からして、其の疑問に返す態度と言うならその程度の警戒で十分だったのだろう。

 「すいませんね…オヤジの助命を乞うには手土産が要るんでさ」
 端末を懐に仕舞い込んだ男は其れまで呼吸を忘れていたのではないかと思わせる程荒い吐息に混ぜて其れだけを告げた。約定が有っての事なのか迄は語らなかったけれど、そんな交渉が成立し得る相手かどうかは現状に至った経緯を思い返すべきだと思った。抑老人は兎も角自分とあの人は添え物も良い所だ。上手く交渉して帰らせて貰う訳にはいかないのだろうか。

 仰向けに転がされた状態の儘首を捻り何とかあの人の姿を視界に捉える。脇腹から赤黒い液体が溢れている。はて、「血は水よりも濃いBlood is thicker than water.」そうだが、眼前に広がりを見せる其れは何時か見た自分の物と何かが違っている様に見えた。

 別れの言葉を彼是と悩む間に間に、そんな益体の無い彼是にばかり思考が割かれる程度には達観を得ている様だった。
 
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