104 / 166
例えばこんな来世でも貴方は私を再び三度
回想-3
しおりを挟む
回想-3
眼前の中年男は知らぬ仲でもなく、其れなり以上に義理も有る相手だ。観念した私は大きく溜め息を吐いてから口を開く。元々、今日は其れを話す心算で此処を訪れたのだから。
「10年前の、覚えてますよね」
口調を意図的に当時の物に戻す、察しの良い兄貴ならこれで気付くだろう。
「何だ唐突に………おい、まさか」
数秒を何かを思い出すのに費やした兄貴は思わずと言った様子で安楽椅子から尻を剥がした。
「確かなのか、証拠は」
吃驚とも困惑ともつかぬ表情で此方を窺っている。無理もない、そんな偶然などそうそう有るものでは無いのだから。当座に眼前の全てを得心し黴臭い地下室で百年の人生設計を決めた私こそ異常なのだろうとは自覚していた。
「兄貴は彼女と面識が無いからなぁ、もし顔を知ってれば疑う余地無く納得したんじゃないですかね」
そう、“あの日”檻の中で抱き上げた彼を一目見て確信していた。喜ばしいことに“あの日”左腕に抱いていた赤子は瓜二つと言える程母親の面影を残していたのだから。
「…他ならぬお前の言だ、確かに、疑う余地は、無いか…」
再び安楽椅子に掛け直した兄貴は両手で顔を覆い暫し沈黙する。当人よりも深刻な面持ちが指の隙間からも見て取れた。
「…名乗ったのか、父親だと」
重々しく顔を上げた兄貴はとても私に視線を向けられないらしい。背凭れに体を預けた後は再び右掌で顔を覆う様に頭を抱えていた。
「それがどうにも機会に恵まれず」
ハンカチで濡れた衣服を拭いながら事も無げに答えた。
「馬鹿野郎…どうするつもりなんだ」
消え入りそうな声で問い掛けとも落胆とも付かぬ呟きを漏らす兄貴。未だ視線を交わす気には成れないで居るらしい。
「今日来たのはその為なんですよ」
最早ハンカチ程度ではどうにもならないと悟った私は胸ポケットに其れを納めカウンターに肘をつく。
「どうして今のような状況になっているのか、俺では肝心な所が説明できないんです」
倒れたグラスを手に取り弄びながら溜め息を吐く。
「尻切れ蜻蛉じゃ格好がつきませんし、何より聞かされるアイツが不憫で」
グラスを端に除け懐に手を入れた私は用意した札束を三つ、カウンターに積み上げた。
「教えて下さい、兄貴が知っている限りの経緯を全て」
眼前の中年男は知らぬ仲でもなく、其れなり以上に義理も有る相手だ。観念した私は大きく溜め息を吐いてから口を開く。元々、今日は其れを話す心算で此処を訪れたのだから。
「10年前の、覚えてますよね」
口調を意図的に当時の物に戻す、察しの良い兄貴ならこれで気付くだろう。
「何だ唐突に………おい、まさか」
数秒を何かを思い出すのに費やした兄貴は思わずと言った様子で安楽椅子から尻を剥がした。
「確かなのか、証拠は」
吃驚とも困惑ともつかぬ表情で此方を窺っている。無理もない、そんな偶然などそうそう有るものでは無いのだから。当座に眼前の全てを得心し黴臭い地下室で百年の人生設計を決めた私こそ異常なのだろうとは自覚していた。
「兄貴は彼女と面識が無いからなぁ、もし顔を知ってれば疑う余地無く納得したんじゃないですかね」
そう、“あの日”檻の中で抱き上げた彼を一目見て確信していた。喜ばしいことに“あの日”左腕に抱いていた赤子は瓜二つと言える程母親の面影を残していたのだから。
「…他ならぬお前の言だ、確かに、疑う余地は、無いか…」
再び安楽椅子に掛け直した兄貴は両手で顔を覆い暫し沈黙する。当人よりも深刻な面持ちが指の隙間からも見て取れた。
「…名乗ったのか、父親だと」
重々しく顔を上げた兄貴はとても私に視線を向けられないらしい。背凭れに体を預けた後は再び右掌で顔を覆う様に頭を抱えていた。
「それがどうにも機会に恵まれず」
ハンカチで濡れた衣服を拭いながら事も無げに答えた。
「馬鹿野郎…どうするつもりなんだ」
消え入りそうな声で問い掛けとも落胆とも付かぬ呟きを漏らす兄貴。未だ視線を交わす気には成れないで居るらしい。
「今日来たのはその為なんですよ」
最早ハンカチ程度ではどうにもならないと悟った私は胸ポケットに其れを納めカウンターに肘をつく。
「どうして今のような状況になっているのか、俺では肝心な所が説明できないんです」
倒れたグラスを手に取り弄びながら溜め息を吐く。
「尻切れ蜻蛉じゃ格好がつきませんし、何より聞かされるアイツが不憫で」
グラスを端に除け懐に手を入れた私は用意した札束を三つ、カウンターに積み上げた。
「教えて下さい、兄貴が知っている限りの経緯を全て」
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説

ファントムペイン
粒豆
BL
事故で手足を失ってから、恋人・夜鷹は人が変わってしまった。
理不尽に怒鳴り、暴言を吐くようになった。
主人公の燕は、そんな夜鷹と共に暮らし、世話を焼く。
手足を失い、攻撃的になった夜鷹の世話をするのは決して楽ではなかった……
手足を失った恋人との生活。鬱系BL。
※四肢欠損などの特殊な表現を含みます。

僕はお別れしたつもりでした
まと
BL
遠距離恋愛中だった恋人との関係が自然消滅した。どこか心にぽっかりと穴が空いたまま毎日を過ごしていた藍(あい)。大晦日の夜、寂しがり屋の親友と二人で年越しを楽しむことになり、ハメを外して酔いつぶれてしまう。目が覚めたら「ここどこ」状態!!
親友と仲良すぎな主人公と、別れたはずの恋人とのお話。
⚠️趣味で書いておりますので、誤字脱字のご報告や、世界観に対する批判コメントはご遠慮します。そういったコメントにはお返しできませんので宜しくお願いします。
大晦日あたりに出そうと思ったお話です。


皇帝の立役者
白鳩 唯斗
BL
実の弟に毒を盛られた。
「全てあなた達が悪いんですよ」
ローウェル皇室第一子、ミハエル・ローウェルが死に際に聞いた言葉だった。
その意味を考える間もなく、意識を手放したミハエルだったが・・・。
目を開けると、数年前に回帰していた。

身代わりになって推しの思い出の中で永遠になりたいんです!
冨士原のもち
BL
桜舞う王立学院の入学式、ヤマトはカイユー王子を見てここが前世でやったゲームの世界だと気付く。ヤマトが一番好きなキャラであるカイユー王子は、ゲーム内では非業の死を遂げる。
「そうだ!カイユーを助けて死んだら、忘れられない恩人として永遠になれるんじゃないか?」
前世の死に際のせいで人間不信と恋愛不信を拗らせていたヤマトは、推しの心の中で永遠になるために身代わりになろうと決意した。しかし、カイユー王子はゲームの時の印象と違っていて……
演技チャラ男攻め×美人人間不信受け
※最終的にはハッピーエンドです
※何かしら地雷のある方にはお勧めしません
※ムーンライトノベルズにも投稿しています


王道にはしたくないので
八瑠璃
BL
国中殆どの金持ちの子息のみが通う、小中高一貫の超名門マンモス校〈朱鷺学園〉
幼少の頃からそこに通い、能力を高め他を率いてきた生徒会長こと鷹官 仁。前世知識から得た何れ来るとも知れぬ転校生に、平穏な日々と将来を潰されない為に日々努力を怠らず理想の会長となるべく努めてきた仁だったが、少々やり過ぎなせいでいつの間にか大変なことになっていた_____。
これは、やりすぎちまった超絶カリスマ生徒会長とそんな彼の周囲のお話である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる