例えばこんな来世でも貴方は私を再び三度

小島秋人

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例えばこんな来世でも貴方は私を再び三度

19-5

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 ~19-5~

 「買った人間が言うのも何だがね、許してやってくれないか」
 宥める様に告げる老紳士、背中越しにも苦笑している様は容易に伺えた。

 「これ以上の内輪揉めを遠慮したいのは誰しも同じだろう?」
 現状を皮肉った心算なのだろう、私がその内輪から既に抜け出したと言うことは覚えて居るのだろうか。下手に反論して丸め込まれてもつまらない、鼻を鳴らして不承不承の意思を示してから口を噤んだ。

 「本題に入ろうか、今朝の家捜しの件についてだ」
 私の態度を受け流して老紳士が口を開く。

 「改まってお話する様な事が有りますか」
 未だ機嫌を損ねている自覚が有った。情報を容易に流す奴に対する憤慨は確かに有ったが其れが全てではない。許せないのは、周囲の誰しもが未だ私を厨房の下働きで在るかのように庇護下に置きたがる空気其の物だ。

 『末端の者で在っても家族の一員として生命、財産、尊厳を損なわせてはならない』、在りし日に老紳士の兄君が率いた一家には確かにそんな空気が有った。その空気に居心地の良さを感じた者は多いだろう、私もその一人だ。

 だがその信条こそが狐狸の輩が跳梁跋扈した嘗ての派閥抗争に於いて我々にどれだけの出血を強いたのか、肉親を失ったこの人こそが其れを最も理解しているに違いない。にも拘らず、離反の意を示した私を利用価値と手許に置くリスクを天秤に掛けようとすらせずにこうして会話の機会を持とうとする性根にもどかしさを禁じ得ない。

 困ったように浮かべる笑顔が、向けられる相手の良心に呵責を与える事にもっと自覚を持つべきなのだ。

 「前提から確認しておくが、私を始め幹部連に君へ造反の疑いを掛ける者は多くない」
 「其れはそうでしょうとも」
 無言で頷いた所で助手席の老紳士には届かない、不服だが言葉を返し続きを促した。

 「だが、家捜しではここ数週間の内に君が握りつぶしたとされる出納帳の束が隠し金庫から山と発見されている」
 隣に腰掛ける店主が深い溜息を吐いた。

 「またしても敵は先手先手と此方の炙り出しを攪乱してきているようだ、其れを伝えておきたかった」
 助手席の老紳士が此方を振り返る。逆光に邪魔され表情を読み取ることは出来なかった。

 「選んでくれ、街を出るか、今の様に危険な綱渡りを続けるのか」
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