例えばこんな来世でも貴方は私を再び三度

小島秋人

文字の大きさ
上 下
87 / 166
例えばこんな来世でも貴方は私を再び三度

19-4

しおりを挟む
~19-4~

 「まさか運転手だけの空箱を三台も提げて来られるとは思いませんでしたよ」
 前席に向かって声を掛ける、腰掛けているのは言わずもがな老紳士だった。

 「土壇場の賭けには強い方でね、今日まで生き延びて居るのもそんな所なんだろう」
 返された言葉の軽さに対比して険しさを纏った声に此方も軽口で返して良いものか逡巡する。確かに賭けに違いなかった。老紳士を入れても四名の援軍が数を倍するに近い手練れ相手に状況を瓦解出来たかは怪しいものだ。減らされた手勢の、許容出来る限界を割いてまで助けの手を差し伸べる御人好し加減ももう嗤えない。

 「向こうが居座ればどうする心算だったんで?」
 慎重に言葉を選ばんとしていた私を後目に店主が口を挟んだ。此奴は見捨てられたとして文句の言えない状況を作った自覚が有るのだろうか。

 「見くびられては困るね」
 蛇の潜む藪だったらしい、社内の空気が明らかに変わる。此れだけの威容を持ちながら幹部連に選出されない出自の不遇が哀れにも思えた。ともあれこの先の言葉選びは一層の慎重を期すようだ。バックミラーに映らない様に気を払いつつ肘先で店主を小突いた。

 「長い付き合いの君達も、この十年で私が穏やかな好々爺に成ったと思って居るのだろうが」
 言葉を切り息を吐く老紳士、対する此方は息苦しく生唾を飲むのも躊躇ってしまう。

 「子を二人も取られて冷静で居られる様な呆け老人にまで成り下がった訳ではないのでね」
 そう、元来こう言う人だったのだ。常は穏やかな笑みを浮かべ、悲哀苦悩にも正直に表情を変える人間が怒りに対してだけ無感動で居られる筈もない。

 「しかし今日彼奴等と遭遇したのは全くの偶然でね、怒りの遣り処はまたの機会に見付けるとしよう」
 身動ぎも出来ない二人を見兼ねてか戯けた調子で語る老紳士に漸く呼吸の許可を得た私達は深く息を吐いた。

 「当初は君達の会合に便乗する予定だったのが出遅れてしまってね、まぁ結果として車で追い掛けた事が良い方に働いた訳だが」
 思わず店主を振り替える。当人はと言えば何が悪いと言わんばかりの顔だ。

 「教えて自身に損がない情報なら売るのが俺の商売だ、承知の上で使ってるんだろうが」
 その背信によって救われたとなればぐうの音も出ず、本革張りの座席に憤然と腰掛けるより他は無かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ファントムペイン

粒豆
BL
事故で手足を失ってから、恋人・夜鷹は人が変わってしまった。 理不尽に怒鳴り、暴言を吐くようになった。 主人公の燕は、そんな夜鷹と共に暮らし、世話を焼く。 手足を失い、攻撃的になった夜鷹の世話をするのは決して楽ではなかった…… 手足を失った恋人との生活。鬱系BL。 ※四肢欠損などの特殊な表現を含みます。

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

天使様はいつも不機嫌です

白鳩 唯斗
BL
 兎に角口が悪い主人公。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

皇帝の立役者

白鳩 唯斗
BL
 実の弟に毒を盛られた。 「全てあなた達が悪いんですよ」  ローウェル皇室第一子、ミハエル・ローウェルが死に際に聞いた言葉だった。  その意味を考える間もなく、意識を手放したミハエルだったが・・・。  目を開けると、数年前に回帰していた。

傷だらけの僕は空をみる

猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。 生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。 諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。 身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。 ハッピーエンドです。 若干の胸くそが出てきます。 ちょっと痛い表現出てくるかもです。

【運命】に捨てられ捨てたΩ

雨宮一楼
BL
「拓海さん、ごめんなさい」 秀也は白磁の肌を青く染め、瞼に陰影をつけている。 「お前が決めたことだろう、こっちはそれに従うさ」 秀也の安堵する声を聞きたくなく、逃げるように拓海は音を立ててカップを置いた。 【運命】に翻弄された両親を持ち、【運命】なんて言葉を信じなくなった医大生の拓海。大学で入学式が行われた日、「一目惚れしました」と眉目秀麗、頭脳明晰なインテリ眼鏡風な新入生、秀也に突然告白された。 なんと、彼は有名な大病院の院長の一人息子でαだった。 右往左往ありながらも番を前提に恋人となった二人。卒業後、二人の前に、秀也の幼馴染で元婚約者であるαの女が突然現れて……。 前から拓海を狙っていた先輩は傷ついた拓海を慰め、ここぞとばかりに自分と同居することを提案する。 ※オメガバース独自解釈です。合わない人は危険です。 縦読みを推奨します。

あの日の記憶の隅で、君は笑う。

15
BL
アキラは恋人である公彦の部屋でとある写真を見つけた。 その写真に写っていたのはーーー……俺とそっくりな人。 唐突に始まります。 身代わりの恋大好きか〜と思われるかもしれませんが、大好物です!すみません! 幸せになってくれな!

処理中です...