例えばこんな来世でも貴方は私を再び三度

小島秋人

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例えばこんな来世でも貴方は私を再び三度

16-3,17-1

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~16-3~

 暫しの沈黙、とは言え窮屈な其れではなかった。手持ち無沙汰に自分の毛先を弄ぶあの人は話す内容の取捨選択を行っている様子ではない。敢えて形容するならば「何処から話し始めれば筋が通るのか」、その始まりを深い記憶の底から手繰り寄せている様に見える。実際、前置きなく突然に始まった回顧語りは其の長さに反して不意の淀みも無用な脱線も無かった。


~17-1~

 生まれ故郷を出たのは17の時、特別な事情が有っての事ではなかった。寒村の若人が遮二無二都会に憧憬を抱く、其れは時代も洋の東西も問わず普遍なのだろうと思う。秀でた才に恵まれた者は其れを提げて、そうでない者も根拠の無い自信に後押しされて新天地を目指す。

 私はと言えば、専らに後者で在ったと自負している。事実、主府ではなく地方都市のこの街に繰り出した辺り当時から既に自分の高を見限っていた事は明らかだ。案の定、才も後ろ楯も持たない若人は売春宿の厨房で雑用をこなしては古びたアパルトマンに寝に帰る生活を数ヶ月繰り返す羽目になった。

 転機が訪れたのはある日の深夜、清掃の為に一人厨房に残っていた私の前に一人の男が現れた。場末の売春宿に似つかわしくない程度には身形の整った男は疲れ切った様子で厨房の隅に置かれたパイプ椅子に腰掛け口を開く。

 「…遅くまでご苦労だね」
 初対面の、それもただの雑用係に労いの言葉を送る男は人当たりの良い笑顔に嫌味を含まない稀有な人間の様だった。対し、相手の疲労の色も相当に感じ取っていた私はと言えば、返答に悩んだ挙げ句無愛想な会釈を返したのみだった。

 今にして思えば初対面でも礼を失していたのだと、その事が記憶の片隅にでも有れば、病室での態度も変えていたかも知れない。そんな風に自省するのは今更だろう。

 「ご苦労ついでに申し訳ないのだが、食事がしたいんだ」
 残り物で構わないからと付け加えた男は傍らの調理台に頽れる様に突っ伏すと深い溜息を吐いた。
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