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例えばこんな来世でも貴方は私を再び三度

7-1

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~7-1~

 「やあ、朝早くにすまないね」
 聞き慣れた台詞と共に訪れた老紳士は愛用のボルサリーノを軽く持ち上げる。挨拶の所作一つ取っても上品さが伝わってくるのは同じ男として憧れるばかりだ。この人と会う度に私もこの人の様に老成できれば良いと感じさせられる。特に今の自分の有様を顧みると特に。

 「…お邪魔だったかな?」
 此方の様子を旋毛から爪先まで一瞥した老紳士が申し訳なさそうな声を上げる。無理からぬ事だ、寧ろ気を遣わせた私の方が申し訳ない気持ちになる。


 昨夜は結局着衣も改めず彼と同じ寝台で眠ってしまった。お蔭でシャツには皺が寄りその裾はズボンから顔を出している。玄関の呼び鈴よりも先に屋敷の庭に配置した動体検知器の警報で目を覚ました私は取る物も取り敢えず未だ惰眠を貪る同居人を枕元に用意してあったベビースリングで背負い臨戦態勢に入った。傍から見ればさぞかし滑稽な風体だった事だろう。因みにベビースリングは酒場の店主の伝手を頼って頭部まで覆える防弾使用に改良してある。

 寝室の一角に設けた監視用液晶で庭に闖入した面々を確認した私は其処で漸く安堵する。彼らは私とも面識のある手配師子飼いの護衛要員だった。恐らく昨夜の酒場での顛末を知っての来訪だろう。これは予想の範疇だった、店主から報告を受け主任会計士に任ぜられた経緯を知った今となっては尚更の事である。

 取り敢えず警戒を解き警報も切った私は恐らく数秒後には鳴らされるであろう呼び鈴に備えて背中に縛り付けた儘だった彼を寝台に戻そうとする。背負った時の衝撃で目を覚ましていたらしい彼と目が合う。明らかに不服そうだ。

 「…まだ気が済んで居ないのですが」
 おいおい冗談だろう勘弁してくれ、と咽喉まで出掛かった。とは言え本を正せば私が言った事なのだ。

 「少しだけ我慢できないか?多分来客が有るんだ」
 思い返せば只でさえ嫉妬深い彼にこの伺いは逆効果だった。自分を差し置いて来客を優先しているようにしか聞こえず意固地になるに決まっているのだから。

 「…へぇ」
 案の定彼の表情には不機嫌さが増し、一言漏らすように呟いた感嘆符には此方を試すような響きが含まれている。敢えて言わなかった言葉の続きを察するのならば。

 『…へぇ、僕よりも来客が優先ですか、昨日のお言葉は嘘ですか、僕に嘘を吐いたのですね?今将に嘘を吐こうとしているのですね?』
 と言った所なのだろう。此れは非常によろしくない。不貞腐れた様に寝返りを打ち俯せに体を丸めた彼は宛ら頂礼の様な姿勢を取った。恐らく「置いて行けるなら置いて行ってみろ」と言う意思表示なのだろうと思う。表情は窺えないがまさか泣いていはしないだろうかと心配になる。

 「…分かった、一緒に来てくれ」
 根負けした私は寝台と彼の身体の隙間に腕を滑り込ませ抱き上げようと力を込める。だが普段なら容易に持ち上がる彼の身体がやけに重く感じる。どうやら抱きかかえられるのを拒否するように体を踏ん張っているらしい。

 「なんだ、今度はどうした?」
 焦りこそ有ったものの努めて優しい声で問いかける様心掛けた。体は俯せにした儘視線だけを此方に向けた彼が口を開く。

 「…おんぶが良いです、勿論その無粋な紐は無しで」
 「勘弁してくれ」
 今度は思わず声に出してしまった。

 玄関からは遂に呼び鈴の音がした。
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