一緒に地獄に落ちてくれ

小島秋人

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林檎三つ分とは御世辞にも

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  『林檎三つ分とは御世辞にも』

 浴室から微かに漏れていた水音が止まった。今や遅しと待ち望める心境が無いと言えば嘘になる。彼女の肢体は仄かに浮かんだ汗で張り付いた服の上からでも情欲を煽るに充分過ぎて、先の言葉通り性急に初めてしまっても良いと思えていた。

 其れでも尚、浄めた身体に火照上がった頭も冷めて「やっぱり帰る」と言い出したとて粗略に追い出す事は無かったろう。冷静に立ち返った彼女を手放しに誉めちぎり丁重に見送る心の用意も有った。そんな気遣いは、寝室のドアを開けた彼女の表情に杞憂と知れたのだけれど。

 「…」
 寝台に腰掛ける自身の腿を叩いて無言の儘立ち竦む彼女を膝上に誘う。豊満ながら均整の取れた身体を透き通るような白い肌を安物のバスタオルで辛うじて視線から防いでいるだけの彼女は誘導に従って歩み寄る。緩慢な、それでいて確りとした意思に裏打ちされた動作で対面になるよう腰掛けて来た。

 「お、重くない?」
 体重を預ける事を恥じる様に身動ぎをしながら問うてくる。赤らんだ顔は羞恥か緊張に因るものか、恐らくは両方だろう。

 「林檎三つ分とは御世辞にも言えんが、気にする程じゃあない」
 其れよりも濡れたまま頬に張り付いた髪が目に付いた。枕元に用意したハンドタオルを手繰り寄せ頭から被せる。

 「あ…ありがと」
 「いい、やってやる」
 タオルを受け取ろうと頭上に伸ばした手を無視して湿り気を拭っていく。人の頭を乾かす経験もそう出来る物ではない。乱暴にならぬようライトブラウンに染め上げられた頭髪をタオル越しに撫で付けていく。

 心地良さげに目を閉じた彼女は幾らかの安静を取り戻し、強張った体にも多少の弛緩が肌越しに伝わってきた。
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