ハナノカオリ

桜庭かなめ

文字の大きさ
上 下
182 / 226
Fragrance 8-タビノカオリ-

第31話『VIP』

しおりを挟む
 まさか、七実ちゃんのお母さん……氷高さんが、20年前に水代さんをいじめた中心人物だったなんて。

「水代さんの話を聞いた直後に、そういう方と出会ってしまうなんて。何というか運命みたいなものを感じてしまいますね」

 直人さんはそう言うけれど、私はどっちかというと宿命という方が合っている気がする。まさか、これも水代さんの霊が仕組んでいたりして。

「でも、娘の七実ちゃんはとても素直そうで可愛い子でしたよね、直人さん」
「そうですね」

 海で泳ぐことに夢中になっちゃったり、直人さんに一目惚れしちゃったりして可愛かったな。
 そんな七実ちゃんのお母さんが、水代さんをいじめていた中心人物だったなんて。七実ちゃんが素直に育っているところを見ると、20年の間に氷高さんの心が変わったのか、学校など周りの環境がいいのか。それとも、七実ちゃん本人の性格がいいのか。

「娘さんが真っ直ぐに育ってくれていて私も安心しています」
「……そう言ってしまうほど、氷高さんは悪い方だったんですか? いや、悪い方ですよね。女性が好きだという気持ちが気持ち悪い、ということを口実にして何年も水代さんのことをいじめていたんですから……」

 遥香と付き合っていることもあって、結構尖った言葉を相良さんに言ってしまった。
 しかし、相良さんは穏やかに微笑み、

「そう言って頂けると、円加も喜ぶと思います。実は彼女……円加が自殺したあの日にすぐそこの浜辺で出会った女子生徒のことです」
「そうだったんですか。何というか……悪い意味で巡り逢ってしまったんですね」
「藍沢様の仰る通りです。本当にあの瞬間、それまで楽しかったことが崩れ去ってしまった感じがしましたから。神様はまだ私達を不幸にしたいのかと思いました」

 海で氷高さんと出会ってさえいなければ、水代さんがこのホテルで自殺することはなく、20年経った今も相良さんは水代さんと付き合っていたかもしれない。
 どうやら、氷高さんは相良さんと同じくらいに、水代さんが亡くなったことに深く関わっているみたい。

「円加が自殺したことを受けて、2学期になってすぐはさすがに動揺していました。しかし、彼女はその動揺を晴らすかのように私をいじめてきました」
「そうですか。しかし、そんな氷高さんがどうしてこのホテルに? いじめていた生徒ですが、知っている人が自殺した場所です。20年も経ったら水代さんの自殺を何とも思わなくなってしまうのでしょうか」
「いえ、むしろ……円加の自殺が氷高さんをVIPとして扱わなければいけない理由となっているんです。本当は彼女にそういう扱いはしたくないのですが……」

 どうやら、水代さんの自殺が絡んだ不当な理由で、氷高さんと彼女のご家族をVIP扱いしなければならないみたい。そして、相良さんは今も氷高さんのせいで苦しみ、彼女を恨んでいるということも分かった。

「10年前、私がこのホテルの名前を現在のアクアサンシャインリゾートホテルに変えて、リスタートをしたことは先ほどお話ししたと思います」
「そうですね。遊泳施設を充実し、地元と連携することでこのホテルを復活させたと」
「ええ。このホテルに名前を変えてから1年ほど経ったときでしょうか。ホテル経営が安定し始めたところでテレビの取材を受けたんです。有り難いことに、今、藍沢様が仰ったようにこのホテルを復活させたという理由で」
「そうですか。あっ、もしかして、それがテレビで放送されたことで……」
「ええ。氷高さんはその時の放送を観ていたそうなんです。そして、私がこのホテルの経営陣の一人であることを知られてしまいました。その放送があった翌日、彼女から連絡が来ました。円加の自殺したホテルで働いるなんて今まで知らなかったと。このホテルで最高のおもてなしをしろと言ってきました。さもなければ、私が円加を自殺へと追い込んだと世間にばらすと。そう脅してきました」
「そんな……」

 水代さんを追い詰めたのは氷高さんの方なのに。彼女の自殺を利用して、相良さんになすりつけようとしているなんて。しかも、10年。

「当時、彼女は結婚して間もない頃でした。毎年夏に家族で滞在してあげるから、数日ほど、このホテルに滞在させろと。最高級の客室を用意し、格安で提供しろと」

 水代さんの自殺と相良さんの気持ちを利用して、相良さんを脅迫することで、自分が良いように過ごしているなんて。絶対にしっぺ返しがくるよ。

「自分の過去を知られることも恐かったですが、もしかしたら私の過去が世間に公表されることで、またこのホテルが経営難の危機に陥るかもしれない。何よりも、円加や彼女のご家族が非難の声を浴びることになってしまうかもしれない。それを考えたら、断ることはできませんでした」
「相良さんはそう考え、氷高さん一家がVIP扱いされている状況が現在まで続くということですか……」
「酷いですよ! それって、相良さんや水代さんに対していじめをしていたことを反省していない何よりの証拠じゃないですか! 七実ちゃんや悠太君のためにも、このままにしていてはいけないと思います」
「絢さんの言うとおりですね」

 母親はこんなにもひどいことをしているのに、七実ちゃんはよくあそこまで素直に育ったな。旦那さんが相当いい人なんじゃないかな。
 ただ、2人の子供のためにも今の状況を変えなきゃいけない。できれば、氷高さん一家がこのホテルに滞在している間に。

「ちなみに、相良さんが20年前の事件に関わっていることを知る方が、ホテル関係者の中にはいるんですか?」
「……上層部の人間と、年配のスタッフは存じております。20年前のあの日もスタッフとして働いていた者もおりますし」
「そうですか……」
「氷高さんのことについては、高校時代の知り合いということでVIP扱いということにしております。ただ、中には20年前の事件と関係があるのでは、と気付く者もいましたが本当のことは一切話しておりません」
「では、本当に俺と絢さんに話すのが初めてだったんですね」
「ええ……」

 今までの話を聞いていると、きっと既に亡くなっている水代さんへの世間からのバッシングを恐れて、氷高さんのことを未だにVIP扱いしているんだと思う。
 それに、水代さんには今、高校生の妹さんがいる。水代さんのご家族に迷惑はかけられないと相良さんは考えているのかも。

「初めてVIPとして迎えたときは怒りを抑えることに必死でした。ですが、家族が3人、4人と増えて……お子様を喜んでいる姿を見て、今はこの子供達に楽しい思い出を作ってもらうためにVIPとして来てもらっていると割り切るようにしました」
「氷高さんの子供達には何の罪もないから、ですか……」
「ええ。最初は円加を散々いじめていたのに、自分は結婚し、2人の子供にも恵まれたことに怒りを覚えていました。ただ、それでも2人のお子様は氷高さんが旦那さんと愛し合ってできた幸せの象徴。そんな子達を傷つけるようなことなんてできるはずがありません。幸いなことに、今のところ……七実ちゃんも悠太君も素直に育っているようですから。私の顔も覚えてくれていて、可愛いですよ」
「2人に会えるから、ということでVIP扱いすることを我慢していると」
「ええ。ですが……いつまでもそうするわけにはいきません。それは分かっているんです。もしかしたら、円加は藍沢様や原田様達を信頼して、入れ替わりを起こしたのかもしれませんね。都合の良い解釈かもしれませんが……」

 と、相良さんは苦笑いをしながら言った。
 ただ、彼女の言うことは意外とあるかもしれない。何が理由かは分からないけれど、私達がこの状況を変えることができるかもしれないと思って、20年前の事件を知らせるために遥香と彩花ちゃんの体を入れ替えさせた。

「水代さんの本心は分かりません。ただ、生きている相良さんや、昨日からここに来ている俺達ができることはきっとあると思います。ちなみに、氷高さん一家はいつまでこのホテルに滞在する予定ですか?」
「火曜日にチェックアウトの予定です」
「俺達と同じですか。まだ丸々2日間くらいありますし、何かできることはあるでしょう。それに、遥香さんと彩花の体が元に戻るには、このことについて何らかの決着を付けなければならないような気がしてきましたし」

 やっぱり、直人さんも私と同じようなことを考えていたんだ。

「大変申し訳ございません。楽しい旅行になるはずが……」
「……真意は本人達に訊かなければ分かりませんが、すぐ側にいる自分から見た限りでは2人とも入れ替わったなりに楽しんでいると思いますよ」
「直人さんの言うとおりです。それに、入れ替わりがなければ、直人さんや彩花ちゃんと仲良くなれなかったかもしれませんし」
「俺も同感です。起きてしまったことはもう仕方がありません。重要なのは、起きたことに対してどう向き合っていくかだと思っています」

 直人さん、何かを思い出しているように見える。相良さんのように、昔、親しい人を亡くしてしまったのかな。

「……あのとき、お客様のような方が側にいたら、何か変わっていたかもしれませんね」

 相良さんは微笑みながらそう言った。彼女がそう思えるのなら、20年経った今からでも氷高さんと決着を付けるチャンスはきっと見つかるはず。

「すみません、お時間を取らせてしまいまして」
「いえ、重要なことを教えていただきありがとうございます」
「後で遥香達にこのことを話すつもりですが大丈夫ですか?」
「ええ。ただ、彼女達以外には話さないでいただけると幸いです」
「分かりました。それについては気をつけます」

 私と直人さんに初めて話してくれたことだ。そこはきちんと守っていかないと。遥香達なら大丈夫だとは思うけど。

「それでは、私はこれにて失礼いたします。楽しい時間をお過ごしください」

 相良さんはそう言うと、ホテルの方へと戻っていった。

「直人さん、これからどうしましょうか」
「まずは、4人に今の話をしましょう。まだ2日間ありますから、何かできることがあると思います。それを考えていきましょう」
「そうですね」

 20年前には生まれていなかった私達に何ができるのか、全然思いつかないけれど。
 私は直人さんと一緒にビーチに戻るのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ハズレ嫁は最強の天才公爵様と再婚しました。

光子
恋愛
ーーー両親の愛情は、全て、可愛い妹の物だった。 昔から、私のモノは、妹が欲しがれば、全て妹のモノになった。お菓子も、玩具も、友人も、恋人も、何もかも。 逆らえば、頬を叩かれ、食事を取り上げられ、何日も部屋に閉じ込められる。 でも、私は不幸じゃなかった。 私には、幼馴染である、カインがいたから。同じ伯爵爵位を持つ、私の大好きな幼馴染、《カイン=マルクス》。彼だけは、いつも私の傍にいてくれた。 彼からのプロポーズを受けた時は、本当に嬉しかった。私を、あの家から救い出してくれたと思った。 私は貴方と結婚出来て、本当に幸せだったーーー 例え、私に子供が出来ず、義母からハズレ嫁と罵られようとも、義父から、マルクス伯爵家の事業全般を丸投げされようとも、私は、貴方さえいてくれれば、それで幸せだったのにーーー。 「《ルエル》お姉様、ごめんなさぁい。私、カイン様との子供を授かったんです」 「すまない、ルエル。君の事は愛しているんだ……でも、僕はマルクス伯爵家の跡取りとして、どうしても世継ぎが必要なんだ!だから、君と離婚し、僕の子供を宿してくれた《エレノア》と、再婚する!」 夫と妹から告げられたのは、地獄に叩き落とされるような、残酷な言葉だった。 カインも結局、私を裏切るのね。 エレノアは、結局、私から全てを奪うのね。 それなら、もういいわ。全部、要らない。 絶対に許さないわ。 私が味わった苦しみを、悲しみを、怒りを、全部返さないと気がすまないーー! 覚悟していてね? 私は、絶対に貴方達を許さないから。 「私、貴方と離婚出来て、幸せよ。 私、あんな男の子供を産まなくて、幸せよ。 ざまぁみろ」 不定期更新。 この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。

私との婚約は政略ですか?恋人とどうぞ仲良くしてください

稲垣桜
恋愛
 リンデン伯爵家はこの王国でも有数な貿易港を領地内に持つ、王家からの信頼も厚い家門で、その娘の私、エリザベスはコゼルス侯爵家の二男のルカ様との婚約が10歳の時に決まっていました。  王都で暮らすルカ様は私より4歳年上で、その時にはレイフォール学園の2年に在籍中。  そして『学園でルカには親密な令嬢がいる』と兄から聞かされた私。  学園に入学した私は仲良さそうな二人の姿を見て、自分との婚約は政略だったんだって。  私はサラサラの黒髪に海のような濃紺の瞳を持つルカ様に一目惚れをしたけれど、よく言っても中の上の容姿の私が婚約者に選ばれたことが不思議だったのよね。  でも、リンデン伯爵家の領地には交易港があるから、侯爵家の家業から考えて、領地内の港の使用料を抑える為の政略結婚だったのかな。  でも、実際にはルカ様にはルカ様の悩みがあるみたい……なんだけどね。   ※ 誤字・脱字が多いと思います。ごめんなさい。 ※ あくまでもフィクションです。 ※ ゆるふわ設定のご都合主義です。 ※ 実在の人物や団体とは一切関係はありません。

【完結】たとえあなたに選ばれなくても

神宮寺 あおい
恋愛
人を踏みつけた者には相応の報いを。 伯爵令嬢のアリシアは半年後に結婚する予定だった。 公爵家次男の婚約者、ルーカスと両思いで一緒になれるのを楽しみにしていたのに。 ルーカスにとって腹違いの兄、ニコラオスの突然の死が全てを狂わせていく。 義母の願う血筋の継承。 ニコラオスの婚約者、フォティアからの横槍。 公爵家を継ぐ義務に縛られるルーカス。 フォティアのお腹にはニコラオスの子供が宿っており、正統なる後継者を望む義母はルーカスとアリシアの婚約を破棄させ、フォティアと婚約させようとする。 そんな中アリシアのお腹にもまた小さな命が。 アリシアとルーカスの思いとは裏腹に2人は周りの思惑に振り回されていく。 何があってもこの子を守らなければ。 大切なあなたとの未来を夢見たいのに許されない。 ならば私は去りましょう。 たとえあなたに選ばれなくても。 私は私の人生を歩んでいく。 これは普通の伯爵令嬢と訳あり公爵令息の、想いが報われるまでの物語。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 読む前にご確認いただけると助かります。 1)西洋の貴族社会をベースにした世界観ではあるものの、あくまでファンタジーです 2)作中では第一王位継承者のみ『皇太子』とし、それ以外は『王子』『王女』としています よろしくお願いいたします。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 誤字を教えてくださる方、ありがとうございます。 読み返してから投稿しているのですが、見落としていることがあるのでとても助かります。

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

あなたにはもう何も奪わせない

gacchi
恋愛
幼い時に誘拐されそうになった侯爵令嬢ジュリアは、知らない男の子に助けられた。 いつか会えたらお礼を言おうと思っていたが、学園に入る年になってもその男の子は見つからなかった。 もしかしたら伯爵令息ブリュノがそうかもしれないと思ったが、確認できないまま三学年になり仮婚約の儀式が始まる。 仮婚約の相手になったらブリュノに聞けるかもしれないと期待していたジュリアだが、その立場は伯爵令嬢のアマンダに奪われてしまう。 アマンダには初めて会った時から執着されていたが、まさか仮婚約まで奪われてしまうとは思わなかった。

パワハラ女上司からのラッキースケベが止まらない

セカイ
ライト文芸
新入社員の『俺』草野新一は入社して半年以上の間、上司である椿原麗香からの執拗なパワハラに苦しめられていた。 しかしそんな屈辱的な時間の中で毎回発生するラッキースケベな展開が、パワハラによる苦しみを相殺させている。 高身長でスタイルのいい超美人。おまけにすごく巨乳。性格以外は最高に魅力的な美人上司が、パワハラ中に引き起こす無自覚ラッキースケベの数々。 パワハラはしんどくて嫌だけれど、ムフフが美味しすぎて堪らない。そんな彼の日常の中のとある日の物語。 ※他サイト(小説家になろう・カクヨム・ノベルアッププラス)でも掲載。

ーAUTUMNー

中村翔
ミステリー

朝起きたら女体化してました

たいが
恋愛
主人公の早乙女駿、朝起きると体が... ⚠誤字脱字等、めちゃくちゃあります

処理中です...