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Short Fragrance 2-ヨゾラノカオリ-
Case 1『遥香と絢』
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Short Fragrance 2-ヨゾラノカオリ-
7月7日、日曜日。
七夕である今日は束の間の晴天で、夕方になった今は部屋の中に茜色の光が差し込んでいる。これなら夜、天の川を見ることができそう。
期末試験直前の週末ということで、午前中は私の家で絢ちゃんと一緒に試験勉強をした。どうしてそうしているのかというと、午後に絢ちゃんは陸上部の活動があるから。基本的に試験1週間前から部活動は禁止だけど、インターハイに出る生徒については例外的に活動が許されているとのこと。
ということで、絢ちゃんは普段と同じく制服姿で私の家にやってきた。スクールバッグと部活用のエナメルバッグを持って。いつもはそれらを学校に持って行くんだから大変だなと思う。特に今のような暑い時期は。
今、絢ちゃんが学校に行っているので、私は1人で試験勉強をしている。また、絢ちゃんが苦戦していた問題があったので、その問題の解き方を纏めることもしている。理解も深まるし楽しい。
また、絢ちゃんが帰ってきたら鏡原駅周辺で開催される七夕祭りに行くつもり。七夕祭りと言いながらも普通の夏祭りと一緒で、七夕らしいのはとても大きな笹があってそこに短冊を飾るコーナーがあるくらい。
「楽しみだなぁ……」
去年までも美咲ちゃんや瑠璃ちゃんと一緒に行っていたけれど、こんなに楽しみなのは今年が初めて。きっと絢ちゃんと一緒に行くからだと思う。
夜になって絢ちゃんと一緒に遊びに行くのかぁ。暗くなってから絢ちゃんと遊ぶのって初めてのデート以来かも。
初めてのデートの時は色々あったな。色々なことがあったけれど、そのことがあって絢ちゃんと恋人同士になることができて、その夜に……あううっ。
「1人きりでもあの夜のことを思い出すと恥ずかしいな」
誰もいないのに、ごまかし笑いをしてしまう。
まずい。勉強に集中できなくなってきた。絢ちゃんのことを考えると胸がドキドキしてくるよ。
絢ちゃんのスクールバッグから、彼女の汗が拭き取られた白いタオルがはみ出ている。あれには絢ちゃんの匂いが染み込んでいるんだよね。
「……って、手を伸ばしちゃダメだよ!」
最近、絢ちゃんの方が部活で忙しくてスキンシップが不足がちだっていっても、絢ちゃんの汗ふきタオルの匂いを嗅ぐなんてダメ、ゼッタイ。
でも、絢ちゃんと一緒に勉強しているとき、ワイシャツの第2ボタンまで開けているから、たまに絢ちゃんの胸元を見ちゃった。白くて綺麗な肌にいつも惚れ惚れする。
今の私の願いは絢ちゃんともっとイチャイチャしたいって書くかな。
「遥香、ただいま」
「あ、絢ちゃん!」
気付けば、絢ちゃんが爽やかな笑顔をして帰ってきていた。
「……どうしたの? 私のバッグに手なんか伸ばして」
「べ、別に何でもないよ! バッグから絢ちゃんの汗ふきタオルがはみ出てるから、その匂いを嗅ごうなんて全然思ってないから!」
「心の声がダダ漏れだよ」
絢ちゃんは苦笑いをしながらそう言いつつも、何だか嬉しそうな表情をして私のことを抱きしめてくる。
「最近、部活で忙しいからスキンシップが足りなかったもんね。だから、そんなことをしようとしてたんだ」
「……絢ちゃんも私と同じことを考えてたんだ。スキンシップ不足だって」
「うん。私だって遥香とこういう風にしたかったからね。……どう、私のことを感じてくれてる?」
「……うん」
汗の匂いと制汗剤の香りが混ざっているけれど、これも大好きな絢ちゃんの匂いの一つ。運動をした後だからか、いつもよりも絢ちゃんの体が熱く感じた。
「でも、どうして午前中に言わなかったの? たまに休憩だってしたじゃん」
「だって、大切な期末試験が迫っているんだよ。勉強の途中でこんなことしたら、きっと勉強に集中できなくなると思って」
まあ、私は一人でも絢ちゃんのことを考えたから、集中できなかったけれど。
「私の胸元を見てきたのに?」
一瞬、背筋が凍った。
「……気付いてたの?」
「当たり前だよ。一生懸命教えてくれている中でチラチラ見てきたのが分かってた。第2ボタンまで開けてたからね」
「絢ちゃんには何でもお見通しなんだね」
「伊達に遥香の彼女を3ヶ月もしてないよ」
そっか。絢ちゃんと付き合い始めてもうすぐ3ヶ月になるんだ。人気者の絢ちゃんと付き合うことになるから、平穏には過ごせないとは覚悟していたけど、案の定、私達の周りで色々なことがあった。
「遥香」
絢ちゃんは私を抱きしめながら顔を近づけてくる。
「キス、してもいい?」
「うん」
私がそう答えると、絢ちゃんはすぐに私にキスをしてきた。しかも、最初から舌を絡ませる大人なキス。スキンシップが足りないと感じていたからとても気持ちいい。
「んっ……」
気持ちよさのあまり、そんな声が漏れてしまう。部屋の扉は閉まっているけれど、こんな声を誰かに聞かれたら。
唇を離すと絢ちゃんの顔が赤くなっていた。私と一緒で火照っているのが分かる。
「短冊に書こうと思ってた私の願い、叶っちゃった」
「……私も一つ叶ったかな」
そう言うと、絢ちゃんは頬が赤いままだけれど、すぐにいつも通りの笑みを見せる。こういうところが陸上の強さにも繋がっているのかな。
時刻は午後6時過ぎ。窓の外を見ると空が暗くなり始めていた。
「ねえ、絢ちゃん。少し休んだらお祭りに行かない? 部活で疲れたでしょ」
七夕祭りは午後5時からだから始まっているけれど、部活から帰ってきたばっかりの絢ちゃんを休ませてあげたい。
「そうだね。それに、日が暮れてからの方が涼しいから」
「……そういえば、絢ちゃんのために解説を作ったんだった。ほら、分からないまま部活に行っちゃったでしょ」
「そうだったね。遥香、ありがとう。その問題を解いてから祭りに行こう」
絢ちゃんに解説を書いたルーズリーフを渡し、私が口頭で説明する中で絢ちゃんは問題に取り組む。そのためかスムーズに理解できたようだ。非常にスッキリとした表情を見せてくれている。作った甲斐があったな。
そんなことを思いつつも、今度は絢ちゃんの口元を見ていたけど。さっきのキスで絢ちゃんの唇が潤んでいる。
「本当にスキンシップが足りなかったんだね。うっとりした顔で私のことを見てる」
「……2人きりでいると気持ちが膨らんじゃうんだよ」
「だったら、私がちゃんと問題が解けたから、ご褒美にキスして欲しいな」
「わがままだね、まったく」
でも、キスしてほしいと言ってくれたことがとても嬉しいのも事実で。さっきは絢ちゃんからだったから、ご褒美ということで私からキスしよう。
「よく頑張りました」
そして、私は絢ちゃんにそっとキスをした。
「じゃあ、そろそろお祭りに行こっか」
「そうだね」
時刻は午後7時近く。外はもう暗くなっていた。
私と絢ちゃんは家を出て、手を繋いでお祭りの会場に向かって歩き始める。絢ちゃんが制服で私が私服だけれど、これだと私達ってどう見られるんだろう?
「日が暮れると涼しいね、遥香」
「うん。まだ本格的に暑いわけじゃないからね」
「今年の七夕は晴れて良かった。遥香と初めての七夕だから。それに、せっかくのお祭りだし」
「う、うん」
さっきまで涼しかったのに、また暑くなってきちゃった。さりげなく私をキュンとさせてくるのは、出会った頃から全然変わらない。
お祭りの会場に近づくと自然を人が多くなり、その中には浴衣を着ている人も。今年は晴れているから例年に比べて浴衣を着てくる人が多い。
「人が多くなってきたね。もしかしたら、天羽女子の人と会うかもね」
「そうだね。私の場合は地元だから、中学校の同級生とも会うかも」
「そういえば、去年までは広瀬さんや汐崎さんと一緒に行ってたんだよね。2人もお祭りに来るの?」
「瑠璃ちゃんは椿ちゃんと一緒に来るみたいだけど、美咲ちゃんは家の用事があって来られないみたい」
「そっか」
「まあ、結構な人が来るからね。待ち合わせとかしないと会えないかも」
付き合っている彼女と2人きりでお祭りを楽しみたい気持ちが互いにあるから、今日の七夕祭りを一緒に行こうという話にはならなかった。
「今日は遥香と2人で楽しもう。偶然会ったら運が良かったってことで」
「うん、私もそのつもり」
実際にあの人の多さで会えたら運が良いと思う。そのくらいに七夕祭りには多くの人が集まる。地元だけではなく、八神市や潮浜市の方からも来る人もいるから。
そして、会場の見えるところまで来ると祭りの賑わいが早くも感じられる。人混みの先には大きな笹が見える。
「賑わってるね。何食べる?」
「たくさん屋台は出てるけど、食べる気満々だね」
「だって、たくさん走ったから。もうお腹空いちゃって」
「まあ、私もお腹空いてきたし、まずは何か食べよっか。それで短冊にお願いごとを書いて飾ることにしようか」
「そうしよう。遥香は何が食べたい?」
「……え、ええとね……」
いつもよりも無邪気になっている絢ちゃんがとても可愛いから、思わず絢ちゃんって言うところだった。こんなに絢ちゃんと一緒にいる日が久しぶりだから、いつもよりも気持ちが浮ついているのかもしれない。
「あ、甘いものとかがいいな!」
「よし、じゃあ甘いものにしよっか。きっと、綿菓子やチョコバナナとかがあるよ」
「うん。楽しみ」
お祭りだといつもよりたくさん食べちゃうから、お腹を壊さないようにしないと。
そして、私と絢ちゃんはお祭りの会場に到着をすると、さっそく甘い食べ物を売っている屋台を中心に回っていった。
ただ、最初に甘いものばかり食べたせいか私はすぐにお腹いっぱいになってしまう。焼き鳥とかのおかず系は絢ちゃんが買った物を一口頂くことに。絢ちゃんが食べさせてくれるから一石二鳥。幸せな気分。
屋台を一通り回ったところで、祭りのメインである笹の所に。既に笹にはたくさんの短冊が飾られていた。色々な色の短冊があるのでカラフルになっている。
私達は短冊を書く列に並ぶ。
「遥香は何を書くつもりなの?」
「書くまでのお楽しみかな?」
本当はまだ何を書こうか決めていないだけだけど。
「そういう絢ちゃんは何を書くつもり?」
「私も書いてからのお楽しみってことで」
絢ちゃんのこの爽やかな笑みからすると、絢ちゃんはもう書く内容を決めてあるみたい。
願い事か。絢ちゃんとイチャイチャしたいとは思っていたけれど、それも夕方のキスで叶っちゃったし。でも、これから夏休みも始まるし、絢ちゃんと色々なこと……したいな。
でも、考えるときにはいつも絢ちゃんの顔が思い浮かぶ。だから、絢ちゃんにも関わる願い事を短冊に書きたい。
そんなことを考えていると、すぐに私達の順番がやってきた。スタッフの女性から私は桃色の短冊を受け取り、絢ちゃんは水色の短冊を受け取る。
サインペンを手に取っても願い事を言葉に纏めることができない。隣では絢ちゃんがスラスラと願い事を書いている。その横顔に私は見とれてしまう。ずっと見ていていたい。
「どうしたの? まだ何も書いていないみたいだけど」
「……そっか」
今日のことを思い出すと、絢ちゃんとのことは全て、この想いがあったからなんだ。その想いを私は短冊に書く。
『これからもずっと、大切な人との大切な時間を楽しく過ごせますように。』
大切な人との大切な時間。それはずっと続いて欲しいし、楽しいものでありたい。絢ちゃんのことももちろん大切だけど、大切に思っている人はたくさんいる。
「何だか遥香らしい願い事だね。これじゃ、私の願い事が恥ずかしいな」
「えっ?」
恥ずかしそうに笑う絢ちゃんの短冊を見てみると、
『インターハイ優勝!』
そう大きく綺麗な字で、力強く書かれていた。
「絢ちゃんらしい願い事だね」
「何だかごめん。自分勝手な願い事で」
「立派な願い事だと思うよ。それに私だって絢ちゃんにインターハイを優勝して欲しいし」
「遥香……」
「さっ、笹に結ぼうよ」
「そうだね」
私と絢ちゃんはそれぞれ自分の願い事を書いた短冊を笹に結ぶ。その時に他の短冊に書かれている内容が見えていたけれど、色々な願い事があった。憧れの先輩と仲良くなる。大学に合格する。元気な赤ちゃんを産む……など。
そんな中でもやっぱり、絢ちゃんの短冊は字が大きいから目立つ。でも、書いた本人は自分の短冊を見て少し恥ずかしそうにしていた。それがとても可愛らしかった。
やりたいことも終わったので、私達は私の家に向かって歩き始めた。
「何だか願い事が叶いそうな気がするな」
「どうしてそう思うの?」
「だって、今年の七夕は晴れたからね。それだけ運があるんじゃないかと思って。それに今年は遥香が一緒にいるから。遥香がいると心強いんだ」
「……絢ちゃんの彼女である私にとって、その言葉はとても嬉しいよ」
私は絢ちゃんと腕を絡ませる。
「インターハイ、優勝してね。私、応援してるから」
「うん」
「……でも、その前にまず期末試験を頑張らないとね」
「そうだね。赤点なんて取ったらインターハイどころじゃない」
絢ちゃんは爽やかに笑った。
今頃、織り姫と彦星は私達のように一緒にいる時間を楽しんでいると思う。ただ、今年は晴れているからその様子をみんなから見られているけれど。それも、私達とちょっと似ているかな。
今年の七夕はきっと忘れることのない特別なものになりました。
7月7日、日曜日。
七夕である今日は束の間の晴天で、夕方になった今は部屋の中に茜色の光が差し込んでいる。これなら夜、天の川を見ることができそう。
期末試験直前の週末ということで、午前中は私の家で絢ちゃんと一緒に試験勉強をした。どうしてそうしているのかというと、午後に絢ちゃんは陸上部の活動があるから。基本的に試験1週間前から部活動は禁止だけど、インターハイに出る生徒については例外的に活動が許されているとのこと。
ということで、絢ちゃんは普段と同じく制服姿で私の家にやってきた。スクールバッグと部活用のエナメルバッグを持って。いつもはそれらを学校に持って行くんだから大変だなと思う。特に今のような暑い時期は。
今、絢ちゃんが学校に行っているので、私は1人で試験勉強をしている。また、絢ちゃんが苦戦していた問題があったので、その問題の解き方を纏めることもしている。理解も深まるし楽しい。
また、絢ちゃんが帰ってきたら鏡原駅周辺で開催される七夕祭りに行くつもり。七夕祭りと言いながらも普通の夏祭りと一緒で、七夕らしいのはとても大きな笹があってそこに短冊を飾るコーナーがあるくらい。
「楽しみだなぁ……」
去年までも美咲ちゃんや瑠璃ちゃんと一緒に行っていたけれど、こんなに楽しみなのは今年が初めて。きっと絢ちゃんと一緒に行くからだと思う。
夜になって絢ちゃんと一緒に遊びに行くのかぁ。暗くなってから絢ちゃんと遊ぶのって初めてのデート以来かも。
初めてのデートの時は色々あったな。色々なことがあったけれど、そのことがあって絢ちゃんと恋人同士になることができて、その夜に……あううっ。
「1人きりでもあの夜のことを思い出すと恥ずかしいな」
誰もいないのに、ごまかし笑いをしてしまう。
まずい。勉強に集中できなくなってきた。絢ちゃんのことを考えると胸がドキドキしてくるよ。
絢ちゃんのスクールバッグから、彼女の汗が拭き取られた白いタオルがはみ出ている。あれには絢ちゃんの匂いが染み込んでいるんだよね。
「……って、手を伸ばしちゃダメだよ!」
最近、絢ちゃんの方が部活で忙しくてスキンシップが不足がちだっていっても、絢ちゃんの汗ふきタオルの匂いを嗅ぐなんてダメ、ゼッタイ。
でも、絢ちゃんと一緒に勉強しているとき、ワイシャツの第2ボタンまで開けているから、たまに絢ちゃんの胸元を見ちゃった。白くて綺麗な肌にいつも惚れ惚れする。
今の私の願いは絢ちゃんともっとイチャイチャしたいって書くかな。
「遥香、ただいま」
「あ、絢ちゃん!」
気付けば、絢ちゃんが爽やかな笑顔をして帰ってきていた。
「……どうしたの? 私のバッグに手なんか伸ばして」
「べ、別に何でもないよ! バッグから絢ちゃんの汗ふきタオルがはみ出てるから、その匂いを嗅ごうなんて全然思ってないから!」
「心の声がダダ漏れだよ」
絢ちゃんは苦笑いをしながらそう言いつつも、何だか嬉しそうな表情をして私のことを抱きしめてくる。
「最近、部活で忙しいからスキンシップが足りなかったもんね。だから、そんなことをしようとしてたんだ」
「……絢ちゃんも私と同じことを考えてたんだ。スキンシップ不足だって」
「うん。私だって遥香とこういう風にしたかったからね。……どう、私のことを感じてくれてる?」
「……うん」
汗の匂いと制汗剤の香りが混ざっているけれど、これも大好きな絢ちゃんの匂いの一つ。運動をした後だからか、いつもよりも絢ちゃんの体が熱く感じた。
「でも、どうして午前中に言わなかったの? たまに休憩だってしたじゃん」
「だって、大切な期末試験が迫っているんだよ。勉強の途中でこんなことしたら、きっと勉強に集中できなくなると思って」
まあ、私は一人でも絢ちゃんのことを考えたから、集中できなかったけれど。
「私の胸元を見てきたのに?」
一瞬、背筋が凍った。
「……気付いてたの?」
「当たり前だよ。一生懸命教えてくれている中でチラチラ見てきたのが分かってた。第2ボタンまで開けてたからね」
「絢ちゃんには何でもお見通しなんだね」
「伊達に遥香の彼女を3ヶ月もしてないよ」
そっか。絢ちゃんと付き合い始めてもうすぐ3ヶ月になるんだ。人気者の絢ちゃんと付き合うことになるから、平穏には過ごせないとは覚悟していたけど、案の定、私達の周りで色々なことがあった。
「遥香」
絢ちゃんは私を抱きしめながら顔を近づけてくる。
「キス、してもいい?」
「うん」
私がそう答えると、絢ちゃんはすぐに私にキスをしてきた。しかも、最初から舌を絡ませる大人なキス。スキンシップが足りないと感じていたからとても気持ちいい。
「んっ……」
気持ちよさのあまり、そんな声が漏れてしまう。部屋の扉は閉まっているけれど、こんな声を誰かに聞かれたら。
唇を離すと絢ちゃんの顔が赤くなっていた。私と一緒で火照っているのが分かる。
「短冊に書こうと思ってた私の願い、叶っちゃった」
「……私も一つ叶ったかな」
そう言うと、絢ちゃんは頬が赤いままだけれど、すぐにいつも通りの笑みを見せる。こういうところが陸上の強さにも繋がっているのかな。
時刻は午後6時過ぎ。窓の外を見ると空が暗くなり始めていた。
「ねえ、絢ちゃん。少し休んだらお祭りに行かない? 部活で疲れたでしょ」
七夕祭りは午後5時からだから始まっているけれど、部活から帰ってきたばっかりの絢ちゃんを休ませてあげたい。
「そうだね。それに、日が暮れてからの方が涼しいから」
「……そういえば、絢ちゃんのために解説を作ったんだった。ほら、分からないまま部活に行っちゃったでしょ」
「そうだったね。遥香、ありがとう。その問題を解いてから祭りに行こう」
絢ちゃんに解説を書いたルーズリーフを渡し、私が口頭で説明する中で絢ちゃんは問題に取り組む。そのためかスムーズに理解できたようだ。非常にスッキリとした表情を見せてくれている。作った甲斐があったな。
そんなことを思いつつも、今度は絢ちゃんの口元を見ていたけど。さっきのキスで絢ちゃんの唇が潤んでいる。
「本当にスキンシップが足りなかったんだね。うっとりした顔で私のことを見てる」
「……2人きりでいると気持ちが膨らんじゃうんだよ」
「だったら、私がちゃんと問題が解けたから、ご褒美にキスして欲しいな」
「わがままだね、まったく」
でも、キスしてほしいと言ってくれたことがとても嬉しいのも事実で。さっきは絢ちゃんからだったから、ご褒美ということで私からキスしよう。
「よく頑張りました」
そして、私は絢ちゃんにそっとキスをした。
「じゃあ、そろそろお祭りに行こっか」
「そうだね」
時刻は午後7時近く。外はもう暗くなっていた。
私と絢ちゃんは家を出て、手を繋いでお祭りの会場に向かって歩き始める。絢ちゃんが制服で私が私服だけれど、これだと私達ってどう見られるんだろう?
「日が暮れると涼しいね、遥香」
「うん。まだ本格的に暑いわけじゃないからね」
「今年の七夕は晴れて良かった。遥香と初めての七夕だから。それに、せっかくのお祭りだし」
「う、うん」
さっきまで涼しかったのに、また暑くなってきちゃった。さりげなく私をキュンとさせてくるのは、出会った頃から全然変わらない。
お祭りの会場に近づくと自然を人が多くなり、その中には浴衣を着ている人も。今年は晴れているから例年に比べて浴衣を着てくる人が多い。
「人が多くなってきたね。もしかしたら、天羽女子の人と会うかもね」
「そうだね。私の場合は地元だから、中学校の同級生とも会うかも」
「そういえば、去年までは広瀬さんや汐崎さんと一緒に行ってたんだよね。2人もお祭りに来るの?」
「瑠璃ちゃんは椿ちゃんと一緒に来るみたいだけど、美咲ちゃんは家の用事があって来られないみたい」
「そっか」
「まあ、結構な人が来るからね。待ち合わせとかしないと会えないかも」
付き合っている彼女と2人きりでお祭りを楽しみたい気持ちが互いにあるから、今日の七夕祭りを一緒に行こうという話にはならなかった。
「今日は遥香と2人で楽しもう。偶然会ったら運が良かったってことで」
「うん、私もそのつもり」
実際にあの人の多さで会えたら運が良いと思う。そのくらいに七夕祭りには多くの人が集まる。地元だけではなく、八神市や潮浜市の方からも来る人もいるから。
そして、会場の見えるところまで来ると祭りの賑わいが早くも感じられる。人混みの先には大きな笹が見える。
「賑わってるね。何食べる?」
「たくさん屋台は出てるけど、食べる気満々だね」
「だって、たくさん走ったから。もうお腹空いちゃって」
「まあ、私もお腹空いてきたし、まずは何か食べよっか。それで短冊にお願いごとを書いて飾ることにしようか」
「そうしよう。遥香は何が食べたい?」
「……え、ええとね……」
いつもよりも無邪気になっている絢ちゃんがとても可愛いから、思わず絢ちゃんって言うところだった。こんなに絢ちゃんと一緒にいる日が久しぶりだから、いつもよりも気持ちが浮ついているのかもしれない。
「あ、甘いものとかがいいな!」
「よし、じゃあ甘いものにしよっか。きっと、綿菓子やチョコバナナとかがあるよ」
「うん。楽しみ」
お祭りだといつもよりたくさん食べちゃうから、お腹を壊さないようにしないと。
そして、私と絢ちゃんはお祭りの会場に到着をすると、さっそく甘い食べ物を売っている屋台を中心に回っていった。
ただ、最初に甘いものばかり食べたせいか私はすぐにお腹いっぱいになってしまう。焼き鳥とかのおかず系は絢ちゃんが買った物を一口頂くことに。絢ちゃんが食べさせてくれるから一石二鳥。幸せな気分。
屋台を一通り回ったところで、祭りのメインである笹の所に。既に笹にはたくさんの短冊が飾られていた。色々な色の短冊があるのでカラフルになっている。
私達は短冊を書く列に並ぶ。
「遥香は何を書くつもりなの?」
「書くまでのお楽しみかな?」
本当はまだ何を書こうか決めていないだけだけど。
「そういう絢ちゃんは何を書くつもり?」
「私も書いてからのお楽しみってことで」
絢ちゃんのこの爽やかな笑みからすると、絢ちゃんはもう書く内容を決めてあるみたい。
願い事か。絢ちゃんとイチャイチャしたいとは思っていたけれど、それも夕方のキスで叶っちゃったし。でも、これから夏休みも始まるし、絢ちゃんと色々なこと……したいな。
でも、考えるときにはいつも絢ちゃんの顔が思い浮かぶ。だから、絢ちゃんにも関わる願い事を短冊に書きたい。
そんなことを考えていると、すぐに私達の順番がやってきた。スタッフの女性から私は桃色の短冊を受け取り、絢ちゃんは水色の短冊を受け取る。
サインペンを手に取っても願い事を言葉に纏めることができない。隣では絢ちゃんがスラスラと願い事を書いている。その横顔に私は見とれてしまう。ずっと見ていていたい。
「どうしたの? まだ何も書いていないみたいだけど」
「……そっか」
今日のことを思い出すと、絢ちゃんとのことは全て、この想いがあったからなんだ。その想いを私は短冊に書く。
『これからもずっと、大切な人との大切な時間を楽しく過ごせますように。』
大切な人との大切な時間。それはずっと続いて欲しいし、楽しいものでありたい。絢ちゃんのことももちろん大切だけど、大切に思っている人はたくさんいる。
「何だか遥香らしい願い事だね。これじゃ、私の願い事が恥ずかしいな」
「えっ?」
恥ずかしそうに笑う絢ちゃんの短冊を見てみると、
『インターハイ優勝!』
そう大きく綺麗な字で、力強く書かれていた。
「絢ちゃんらしい願い事だね」
「何だかごめん。自分勝手な願い事で」
「立派な願い事だと思うよ。それに私だって絢ちゃんにインターハイを優勝して欲しいし」
「遥香……」
「さっ、笹に結ぼうよ」
「そうだね」
私と絢ちゃんはそれぞれ自分の願い事を書いた短冊を笹に結ぶ。その時に他の短冊に書かれている内容が見えていたけれど、色々な願い事があった。憧れの先輩と仲良くなる。大学に合格する。元気な赤ちゃんを産む……など。
そんな中でもやっぱり、絢ちゃんの短冊は字が大きいから目立つ。でも、書いた本人は自分の短冊を見て少し恥ずかしそうにしていた。それがとても可愛らしかった。
やりたいことも終わったので、私達は私の家に向かって歩き始めた。
「何だか願い事が叶いそうな気がするな」
「どうしてそう思うの?」
「だって、今年の七夕は晴れたからね。それだけ運があるんじゃないかと思って。それに今年は遥香が一緒にいるから。遥香がいると心強いんだ」
「……絢ちゃんの彼女である私にとって、その言葉はとても嬉しいよ」
私は絢ちゃんと腕を絡ませる。
「インターハイ、優勝してね。私、応援してるから」
「うん」
「……でも、その前にまず期末試験を頑張らないとね」
「そうだね。赤点なんて取ったらインターハイどころじゃない」
絢ちゃんは爽やかに笑った。
今頃、織り姫と彦星は私達のように一緒にいる時間を楽しんでいると思う。ただ、今年は晴れているからその様子をみんなから見られているけれど。それも、私達とちょっと似ているかな。
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