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Fragrance 3-メザメノカオリ-
第6話『XXX』
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遥香と卯月さんのどちらの彼女になるのか。
家に帰ってからもずっとそのことだけを考えていた。自分の部屋に籠もって、夜通しずっと悩み続けた。
どちらの彼女になろうとも、必ず選ばれなかった方の心が傷つくことになる。それが卯月さんだった場合、1年前と同じことになるかもしれない。
考えれば考えるほど、答えが出るどころか自分の心が分からなくなっていく。どうしていきたいのかが全く見えないのだ。答えを出した先を想像するのが怖くて、無意識にそうさせているのかもしれない。
1人でずっと悩み続けていると、無性に不安になって、寂しくなる。
そして、夜が明け始めたときに心の中にある感情が湧き出る。
「……遥香に会いたい」
そう、私の大切な人で、彼女でもある……遥香に会いたい。
5月5日、日曜日。
時間が過ぎていく度に、遥香に会いたい気持ちは膨らんでいく一途を辿る。
会いたいのなら、今すぐにスマートフォンで遥香に電話をかければいい。そう思ってスマートフォンを手に持つところまでは大丈夫だった。
けれど、『通話』ボタンがタッチできない。まだ、はっきりと答えを出せていないのに遥香に会っていいのかどうかという懸念があったからだ。
でも、このまま1人で悩み続けていても、答えは出ないだろうし……この問いに逃げているように思えてくる。何にも答えを出さずに卯月さんに伝えないことが、彼女にとって一番傷つくということも分かっている。
だからこそ、遥香に電話をする一歩手前で止まってしまっているのだ。そんなこんなでもう午後3時を回ってしまっていた。
「私は……」
このままじゃ、ダメなんだ。このまま、何もできずに1日を終わらせちゃったら。
無理矢理にでも自分自身を動かして、決断させなきゃ。
そう思い立つと、私はロッカーから少し大きめのバッグを取り出して、衣服や下着などをバッグに入れていく。
「……よし、行こう」
このままでいないためにも、答えを見つけるためにも……自分で自分を逃げられないようにしなければならない。
卯月さんに返答するのは明日の午前中だ。どんな答えでもいい。その答えを見つけるためには遥香の家に行くしか方法はないと思った。
スマートフォンの電話帳に登録されている遥香の住所を基に、私は遥香の家に向けて出発するのであった。遥香の家に行く、という事実だけを頭に浮かべ、それ以外のことは何も考えずに。
午後5時。
スマートフォンの地図アプリなどを駆使したことで、鏡原駅から迷いなく遥香の家の前まで辿り着くことができた。表札には『坂井』って書かれているし、大丈夫だ。遥香の家で間違いないだろう。
インターホンを押し、中からの返事を待つ。
『はい。どちら様ですか?』
そう言ったのは遥香だった。良かった、ちゃんと家にいて。
「……私。絢だよ」
『えっ! あ、絢ちゃん? ちょっと待ってて!』
遥香は随分と慌てているようだった。当たり前か、遥香にはここに来るとは言っていないのだから。しかも、初めて行くのだから。
ほどなくして、遥香が家の玄関を開けた。遥香は驚きの表情をしていた。
「絢ちゃん! ど、どうして……」
「今日、泊まりに来た。本当に突然で申し訳ないけれど、泊まっても大丈夫かな」
と言って、さっき服などを適当に入れたバッグを遥香に見せる。
「家族の人に迷惑……かな」
「ううん、大丈夫だよ。今日は私一人なんだ。お母さんはお父さんのいるイギリスに行っちゃったし、お兄ちゃんは大学のお友達と今日から旅行に行ってるし。むしろ、1人でちょっと寂しいなって思ってたところだったの」
「そう、だったんだ」
「うん。だから、絢ちゃんが泊まりに来てくれて凄く嬉しいよ」
遥香はとても嬉しそうに笑った。
家の中に1人でいたからか、遥香の服装は茶色いキュロットスカートに、上は桃色のノースリーブのシャツという露出度の高いものだった。凄くそそられる。
目の前にいる遥香がとても可愛くて、愛しくて……思わず抱きしめてしまう。
「あ、絢ちゃん……」
遥香の温もりを直に感じると、今まで必死に止めておいた何かが一気に放出されていくのが分かった。
私は遥香にキスをする。何度も、何度も。
「遥香。今日はもう私の側から離れないで。四六時中、私と一緒にいてほしい」
今はもう、遥香の側にいたいという想いしかなかった。その表れか、今までで一番強く遥香のことを抱きしめていた。
「……絢ちゃんに言われなくても、私も絢ちゃんと一緒にいたいよ。側にいて欲しいよ」
遥香は迷うことなくそう言ってくれた。それだけで、安心感が生まれる。
そして、もう一度……キスをする。
「……さっきから思ってたけれど、遥香から甘い匂いがする」
「家にいるのは私だけだからね。キッチンにいて、ずっとお菓子作りしてた。クッキーとかプリンとか色々」
「だから、遥香から甘い匂いがしたんだね。あまりにもいい匂いだから、遥香を食べたくなっちゃう」
普段だったら恥ずかしくて言えないようなセリフを、今の私は難なく言えてしまう。これも私の心の中で何かが弾けだした影響なのかな。
言われた方の遥香は顔を真っ赤にしていた。私に抱かれながら、小さな声で喘いで悶えている。
「2人きりだからって、もう。絢ちゃんになら、食べられちゃってもいいけれど……」
「……だったら、ちょっと食べさせてよ」
家の中に入り、玄関の鍵を閉め……再び遥香とキスをする。
私は本当に遥香のことが好きで、私にとって大きな存在なんだ。遥香の顔を見ただけで、今まで全く見えなかった答えが段々と見えるようになってきたし。
「遥香……」
「……今日はもうずっと2人きりだよ。だから、今はこのくらいにしよう?」
「……そうだね」
気付けば、互いに激しく呼吸をしていて……遥香の甘い吐息が私の口元にかかる。この甘さはクッキーなのか、プリンなのか。いや、遥香という甘さだ。遥香にしか持っていない甘さだ。甘くて、生ぬるくて、ここでキスを止めることが惜しいと思わせる。
遥香の手を引かれながら、私は遥香の家に上がり込んだ。
私が家に上がってすぐ、遥香は手料理を振る舞ってくれた。簡単なものでいいと私は言ったけれど、遥香は腕を振るってくれた。そして、夕食後には遥香の作ったプリンを食べた。どれもが美味しくて満足だった。
遥香が夕飯を作っている間など、遥香が私から離れているときは途端に返答を迫られている問題を思い出していた。未だにまだ答えは出ていない。
多分、遥香は気付いている。私が悩んでいることを。それでも、私の前では常に笑顔でいてくれた。
でも、ちゃんと遥香に言わなくちゃ。卯月さんから答えを迫られていることを。自分1人で解決できないと思ったから、遥香の家に泊まりに来たんじゃないか。
遥香に言うチャンスは幾らでもあるけれど、勇気を振り絞ることができずになかなか言うことができない。
「絢ちゃん、お風呂……先に入る?」
「え、えっと……」
お風呂、という言葉に非常に惹かれた。浴室の中だったら、遥香に話すことができるかもしれないと思ったのだ。狭い空間だし、物理的にも精神的にも自然と遥香の側にいられる。
「遥香と一緒に入りたい」
唯一言、私の願望を伝えた。
私の反応が予想外だったのか、遥香は少しの間目を見開いていた。けれど、私と同じことを考えていたのか頬を赤くしてはにかんだ。
「……うん、いいよ」
これで話す舞台は整った。あとは私の勇気だけか。
浴室に入ると、互いに無言になってしまった。
生まれたままの姿は2週間ほど前に私の家で見ているんだけど、こうして再び対面すると恥ずかしすぎて何も言えなくなってしまったのだ。顔を合わせるのがやっとで話すどころではない。
私、遥香という順番で髪と体を洗う。
そして、遥香と並ぶような形で浴槽に浸かる。
「……入れるもんだね、遥香」
「そ、そうだね……絢ちゃん」
それ以上、会話が続かず……互いにチラ見をするという感じに。
でも、今だったら……絶好のチャンスだ。今こそ、ちゃんと言わなきゃ。
「……遥香、話したいことがあるんだ」
「なに?」
「……卯月さんのことなんだけどさ。実は悩んでいることがあって」
勇気を振り絞って遥香にそう言うと、遥香は小さく笑った。
「やっぱりね。今日の絢ちゃん、何か悩んでいるなって思っていたんだけど……卯月さん絡みだったんだね。昨日までは元気だったからさ」
「何でもお見通しだな」
「もちろん。だって、絢ちゃんの彼女だもん。少しでも見れば、このくらいのことはすぐに分かるよ」
「……その『彼女』のことなんだけど」
私は遥香が病室を出て行った後のことを全て話した。卯月さんは今も私に好意を抱き続けていること。そして、悩みの種でもあるどちらかを選んで明日の午前中に卯月さんへ返事をしなければいけないこと。
全てを話すと、しばらくの間……遥香は無言になってしまった。
遥香は今、何を考えているのだろうか。自分と一緒にいて欲しいと思っているのか。それとも、遥香は優しいから……自分から離れて卯月さんと付き合って欲しいと思っているのか。
遥香が何も言わない間、何も言えない自分がとても情けなく感じた。まるで、遥香に全てを委ねてしまっているみたいで。
そして、ようやく遥香の口が開く。
「ねえ、絢ちゃん。絢ちゃんはどうしたいのかな」
「えっ……」
「絢ちゃんはどうしたいの? 絢ちゃんの気持ちを私は知りたい。今は後先のことなんて考えなくて良いから、絢ちゃんの素直な気持ちを聞かせて」
遥香は真剣な表情で私を見つめながら、そう訊ねた。
――後先のことなんて考えなくていい。
その言葉を聞いた瞬間に、今まで心の中で引っかかっていた何かがなくなった気がした。一気に気持ちが遥香の方へと向かっていく。
私は遥香の両肩を掴んで、
「私は遥香の彼女でいたいよ! この先もずっと、遥香の側にいたいよ! だけど、卯月さんを1年前と同じ目に遭わせたくないんだ……」
大声でそう叫び、気付けば涙を何粒も湯船に落としていた。
「遥香と離れるのが嫌で。でも、卯月さんを傷つけるのも嫌で……」
それが私の本音だった。遥香の彼女でもいたいし、卯月さんを死なせたくない。でも、それがとてもわがままなことに思えて仕方がなかったんだ。こんな私のわがままに、遥香は失望しちゃうかな。
「……もう、はっきりと答えが出てるじゃない」
「えっ?」
「私の彼女であり続けて、卯月さんを死なせない。それも1つの立派な答えだと思うけどな、私は」
「遥香……」
「今の卯月さんを救えるのは絢ちゃんだけだよ。だから、杏ちゃんと仲直りできる日が来るまで、卯月さんのことを考えてあげて」
「でも、それでいいの? 彼女としてそれは……」
「……もちろん、嫉妬しちゃう部分もあるよ」
遥香はそう言うと苦笑いをした。
「だってさ、私以外の女の子の側にいることになるんだもん。でもさ、卯月さんの側にいることが彼女を救える一番の近道で、それが絢ちゃんのしたいことなら……私は絢ちゃんを信じるよ」
「うん、卯月さんを救いたい」
「だったら、私は絢ちゃんを信じることができる。でも、浮気しないでよ。私だってずっと絢ちゃんの彼女でいたいんだから。これが私のわがまま」
そう言うと、遥香は私に抱きついてきた。同じボディーソープを使っているのに、遥香から感じられる香りはとても魅力的に感じる。
遥香の気持ちに寄り添うように、私も遥香のことを抱きしめる。
「私だって同じだよ。この先もずっと、遥香の彼女でいたい」
「絢ちゃん……」
「……だから、さ。2週間前と同じようなことをしない? それよりももっと凄いこと」
遥香へ催促するように、一度キスをする。
「もっと近くで遥香を感じたいんだ。遥香も私を感じてほしい。ここならどんな風になっちゃっても大丈夫だからさ。ねえ、しようよ」
キスのみならず、遥香の首筋に数回ほどキスをする。
すると、遥香は喘ぎながらもやんわりと微笑んだ。
「甘える絢ちゃんはとっても可愛いな」
「遥香……」
「……体は綺麗に洗ったから大丈夫かな。もし汚れちゃっても、浴室だし……絢ちゃんと2人きりだし。私も……絢ちゃんと同じことを考えてたから。だから……しようか」
「……うん」
遥香のことが誰よりも好きだから、というのが一番の理由だ。
でも、私は今一度、遥香との関係を強く結びつけたかったんだ。私が遥香の中に入り込み、遥香も私の中に入り込むことで。特別な関係を持ちたかった。
私に入り込まれているときの遥香も、私に入り込んでいる遥香も全部好きだ。大好きだ。
私達は2週間前とはまた違う快感を得たのであった。
お風呂から出た後、私達はすぐに遥香の部屋に向かい、遥香のベッドで隣同士になって横になる。
「遥香の家に来て正解だった。答えも出せたし、遥香と気持ちを確かめ合えたし」
「……私も。絢ちゃんが悩みを打ち明けてくれて嬉しかった。何よりも、ゴールデンウィークに絢ちゃんとお泊まりができるんだから。でも、今度家に来るときはせめて電話の1つくらいはしてよね」
「ごめん」
電話をかける勇気がなかったからな。さすがに連絡なしで行くのはまずかったな。
そんなことを考えていると、遥香が不意にキスをしてきた。
「絢ちゃんの悲しそうな顔、こんな間近で見たくないよ。そんなんじゃ、卯月さんにちゃんと返事できないよ」
「……そうだね」
「これから色々あると思うけど、これだけは忘れないで。絢ちゃんには私がいるから。困ったら1人で抱え込まないで、私に相談して。私だけじゃなくて美咲ちゃんとかにも」
「……うん」
あのときとは違って私は1人で向き合っているんじゃないんだ。遥香や広瀬さんはもちろんだし、今は頼れる人はたくさんいる。
まずは明日、卯月さんにちゃんと返事をしよう。自分の考えをちゃんともっていれば、絶対に大丈夫だ。
「遥香、ありがとう。卯月さんと向き合えそうだよ」
「……その言葉を聞いて安心した。杏ちゃんのことは私達に任せて」
「分かった」
「じゃあ、そろそろ寝ようか。絢ちゃん、おやすみ」
「おやすみ、遥香」
そして、私は遥香の隣で穏やかに眠りについたのであった。
家に帰ってからもずっとそのことだけを考えていた。自分の部屋に籠もって、夜通しずっと悩み続けた。
どちらの彼女になろうとも、必ず選ばれなかった方の心が傷つくことになる。それが卯月さんだった場合、1年前と同じことになるかもしれない。
考えれば考えるほど、答えが出るどころか自分の心が分からなくなっていく。どうしていきたいのかが全く見えないのだ。答えを出した先を想像するのが怖くて、無意識にそうさせているのかもしれない。
1人でずっと悩み続けていると、無性に不安になって、寂しくなる。
そして、夜が明け始めたときに心の中にある感情が湧き出る。
「……遥香に会いたい」
そう、私の大切な人で、彼女でもある……遥香に会いたい。
5月5日、日曜日。
時間が過ぎていく度に、遥香に会いたい気持ちは膨らんでいく一途を辿る。
会いたいのなら、今すぐにスマートフォンで遥香に電話をかければいい。そう思ってスマートフォンを手に持つところまでは大丈夫だった。
けれど、『通話』ボタンがタッチできない。まだ、はっきりと答えを出せていないのに遥香に会っていいのかどうかという懸念があったからだ。
でも、このまま1人で悩み続けていても、答えは出ないだろうし……この問いに逃げているように思えてくる。何にも答えを出さずに卯月さんに伝えないことが、彼女にとって一番傷つくということも分かっている。
だからこそ、遥香に電話をする一歩手前で止まってしまっているのだ。そんなこんなでもう午後3時を回ってしまっていた。
「私は……」
このままじゃ、ダメなんだ。このまま、何もできずに1日を終わらせちゃったら。
無理矢理にでも自分自身を動かして、決断させなきゃ。
そう思い立つと、私はロッカーから少し大きめのバッグを取り出して、衣服や下着などをバッグに入れていく。
「……よし、行こう」
このままでいないためにも、答えを見つけるためにも……自分で自分を逃げられないようにしなければならない。
卯月さんに返答するのは明日の午前中だ。どんな答えでもいい。その答えを見つけるためには遥香の家に行くしか方法はないと思った。
スマートフォンの電話帳に登録されている遥香の住所を基に、私は遥香の家に向けて出発するのであった。遥香の家に行く、という事実だけを頭に浮かべ、それ以外のことは何も考えずに。
午後5時。
スマートフォンの地図アプリなどを駆使したことで、鏡原駅から迷いなく遥香の家の前まで辿り着くことができた。表札には『坂井』って書かれているし、大丈夫だ。遥香の家で間違いないだろう。
インターホンを押し、中からの返事を待つ。
『はい。どちら様ですか?』
そう言ったのは遥香だった。良かった、ちゃんと家にいて。
「……私。絢だよ」
『えっ! あ、絢ちゃん? ちょっと待ってて!』
遥香は随分と慌てているようだった。当たり前か、遥香にはここに来るとは言っていないのだから。しかも、初めて行くのだから。
ほどなくして、遥香が家の玄関を開けた。遥香は驚きの表情をしていた。
「絢ちゃん! ど、どうして……」
「今日、泊まりに来た。本当に突然で申し訳ないけれど、泊まっても大丈夫かな」
と言って、さっき服などを適当に入れたバッグを遥香に見せる。
「家族の人に迷惑……かな」
「ううん、大丈夫だよ。今日は私一人なんだ。お母さんはお父さんのいるイギリスに行っちゃったし、お兄ちゃんは大学のお友達と今日から旅行に行ってるし。むしろ、1人でちょっと寂しいなって思ってたところだったの」
「そう、だったんだ」
「うん。だから、絢ちゃんが泊まりに来てくれて凄く嬉しいよ」
遥香はとても嬉しそうに笑った。
家の中に1人でいたからか、遥香の服装は茶色いキュロットスカートに、上は桃色のノースリーブのシャツという露出度の高いものだった。凄くそそられる。
目の前にいる遥香がとても可愛くて、愛しくて……思わず抱きしめてしまう。
「あ、絢ちゃん……」
遥香の温もりを直に感じると、今まで必死に止めておいた何かが一気に放出されていくのが分かった。
私は遥香にキスをする。何度も、何度も。
「遥香。今日はもう私の側から離れないで。四六時中、私と一緒にいてほしい」
今はもう、遥香の側にいたいという想いしかなかった。その表れか、今までで一番強く遥香のことを抱きしめていた。
「……絢ちゃんに言われなくても、私も絢ちゃんと一緒にいたいよ。側にいて欲しいよ」
遥香は迷うことなくそう言ってくれた。それだけで、安心感が生まれる。
そして、もう一度……キスをする。
「……さっきから思ってたけれど、遥香から甘い匂いがする」
「家にいるのは私だけだからね。キッチンにいて、ずっとお菓子作りしてた。クッキーとかプリンとか色々」
「だから、遥香から甘い匂いがしたんだね。あまりにもいい匂いだから、遥香を食べたくなっちゃう」
普段だったら恥ずかしくて言えないようなセリフを、今の私は難なく言えてしまう。これも私の心の中で何かが弾けだした影響なのかな。
言われた方の遥香は顔を真っ赤にしていた。私に抱かれながら、小さな声で喘いで悶えている。
「2人きりだからって、もう。絢ちゃんになら、食べられちゃってもいいけれど……」
「……だったら、ちょっと食べさせてよ」
家の中に入り、玄関の鍵を閉め……再び遥香とキスをする。
私は本当に遥香のことが好きで、私にとって大きな存在なんだ。遥香の顔を見ただけで、今まで全く見えなかった答えが段々と見えるようになってきたし。
「遥香……」
「……今日はもうずっと2人きりだよ。だから、今はこのくらいにしよう?」
「……そうだね」
気付けば、互いに激しく呼吸をしていて……遥香の甘い吐息が私の口元にかかる。この甘さはクッキーなのか、プリンなのか。いや、遥香という甘さだ。遥香にしか持っていない甘さだ。甘くて、生ぬるくて、ここでキスを止めることが惜しいと思わせる。
遥香の手を引かれながら、私は遥香の家に上がり込んだ。
私が家に上がってすぐ、遥香は手料理を振る舞ってくれた。簡単なものでいいと私は言ったけれど、遥香は腕を振るってくれた。そして、夕食後には遥香の作ったプリンを食べた。どれもが美味しくて満足だった。
遥香が夕飯を作っている間など、遥香が私から離れているときは途端に返答を迫られている問題を思い出していた。未だにまだ答えは出ていない。
多分、遥香は気付いている。私が悩んでいることを。それでも、私の前では常に笑顔でいてくれた。
でも、ちゃんと遥香に言わなくちゃ。卯月さんから答えを迫られていることを。自分1人で解決できないと思ったから、遥香の家に泊まりに来たんじゃないか。
遥香に言うチャンスは幾らでもあるけれど、勇気を振り絞ることができずになかなか言うことができない。
「絢ちゃん、お風呂……先に入る?」
「え、えっと……」
お風呂、という言葉に非常に惹かれた。浴室の中だったら、遥香に話すことができるかもしれないと思ったのだ。狭い空間だし、物理的にも精神的にも自然と遥香の側にいられる。
「遥香と一緒に入りたい」
唯一言、私の願望を伝えた。
私の反応が予想外だったのか、遥香は少しの間目を見開いていた。けれど、私と同じことを考えていたのか頬を赤くしてはにかんだ。
「……うん、いいよ」
これで話す舞台は整った。あとは私の勇気だけか。
浴室に入ると、互いに無言になってしまった。
生まれたままの姿は2週間ほど前に私の家で見ているんだけど、こうして再び対面すると恥ずかしすぎて何も言えなくなってしまったのだ。顔を合わせるのがやっとで話すどころではない。
私、遥香という順番で髪と体を洗う。
そして、遥香と並ぶような形で浴槽に浸かる。
「……入れるもんだね、遥香」
「そ、そうだね……絢ちゃん」
それ以上、会話が続かず……互いにチラ見をするという感じに。
でも、今だったら……絶好のチャンスだ。今こそ、ちゃんと言わなきゃ。
「……遥香、話したいことがあるんだ」
「なに?」
「……卯月さんのことなんだけどさ。実は悩んでいることがあって」
勇気を振り絞って遥香にそう言うと、遥香は小さく笑った。
「やっぱりね。今日の絢ちゃん、何か悩んでいるなって思っていたんだけど……卯月さん絡みだったんだね。昨日までは元気だったからさ」
「何でもお見通しだな」
「もちろん。だって、絢ちゃんの彼女だもん。少しでも見れば、このくらいのことはすぐに分かるよ」
「……その『彼女』のことなんだけど」
私は遥香が病室を出て行った後のことを全て話した。卯月さんは今も私に好意を抱き続けていること。そして、悩みの種でもあるどちらかを選んで明日の午前中に卯月さんへ返事をしなければいけないこと。
全てを話すと、しばらくの間……遥香は無言になってしまった。
遥香は今、何を考えているのだろうか。自分と一緒にいて欲しいと思っているのか。それとも、遥香は優しいから……自分から離れて卯月さんと付き合って欲しいと思っているのか。
遥香が何も言わない間、何も言えない自分がとても情けなく感じた。まるで、遥香に全てを委ねてしまっているみたいで。
そして、ようやく遥香の口が開く。
「ねえ、絢ちゃん。絢ちゃんはどうしたいのかな」
「えっ……」
「絢ちゃんはどうしたいの? 絢ちゃんの気持ちを私は知りたい。今は後先のことなんて考えなくて良いから、絢ちゃんの素直な気持ちを聞かせて」
遥香は真剣な表情で私を見つめながら、そう訊ねた。
――後先のことなんて考えなくていい。
その言葉を聞いた瞬間に、今まで心の中で引っかかっていた何かがなくなった気がした。一気に気持ちが遥香の方へと向かっていく。
私は遥香の両肩を掴んで、
「私は遥香の彼女でいたいよ! この先もずっと、遥香の側にいたいよ! だけど、卯月さんを1年前と同じ目に遭わせたくないんだ……」
大声でそう叫び、気付けば涙を何粒も湯船に落としていた。
「遥香と離れるのが嫌で。でも、卯月さんを傷つけるのも嫌で……」
それが私の本音だった。遥香の彼女でもいたいし、卯月さんを死なせたくない。でも、それがとてもわがままなことに思えて仕方がなかったんだ。こんな私のわがままに、遥香は失望しちゃうかな。
「……もう、はっきりと答えが出てるじゃない」
「えっ?」
「私の彼女であり続けて、卯月さんを死なせない。それも1つの立派な答えだと思うけどな、私は」
「遥香……」
「今の卯月さんを救えるのは絢ちゃんだけだよ。だから、杏ちゃんと仲直りできる日が来るまで、卯月さんのことを考えてあげて」
「でも、それでいいの? 彼女としてそれは……」
「……もちろん、嫉妬しちゃう部分もあるよ」
遥香はそう言うと苦笑いをした。
「だってさ、私以外の女の子の側にいることになるんだもん。でもさ、卯月さんの側にいることが彼女を救える一番の近道で、それが絢ちゃんのしたいことなら……私は絢ちゃんを信じるよ」
「うん、卯月さんを救いたい」
「だったら、私は絢ちゃんを信じることができる。でも、浮気しないでよ。私だってずっと絢ちゃんの彼女でいたいんだから。これが私のわがまま」
そう言うと、遥香は私に抱きついてきた。同じボディーソープを使っているのに、遥香から感じられる香りはとても魅力的に感じる。
遥香の気持ちに寄り添うように、私も遥香のことを抱きしめる。
「私だって同じだよ。この先もずっと、遥香の彼女でいたい」
「絢ちゃん……」
「……だから、さ。2週間前と同じようなことをしない? それよりももっと凄いこと」
遥香へ催促するように、一度キスをする。
「もっと近くで遥香を感じたいんだ。遥香も私を感じてほしい。ここならどんな風になっちゃっても大丈夫だからさ。ねえ、しようよ」
キスのみならず、遥香の首筋に数回ほどキスをする。
すると、遥香は喘ぎながらもやんわりと微笑んだ。
「甘える絢ちゃんはとっても可愛いな」
「遥香……」
「……体は綺麗に洗ったから大丈夫かな。もし汚れちゃっても、浴室だし……絢ちゃんと2人きりだし。私も……絢ちゃんと同じことを考えてたから。だから……しようか」
「……うん」
遥香のことが誰よりも好きだから、というのが一番の理由だ。
でも、私は今一度、遥香との関係を強く結びつけたかったんだ。私が遥香の中に入り込み、遥香も私の中に入り込むことで。特別な関係を持ちたかった。
私に入り込まれているときの遥香も、私に入り込んでいる遥香も全部好きだ。大好きだ。
私達は2週間前とはまた違う快感を得たのであった。
お風呂から出た後、私達はすぐに遥香の部屋に向かい、遥香のベッドで隣同士になって横になる。
「遥香の家に来て正解だった。答えも出せたし、遥香と気持ちを確かめ合えたし」
「……私も。絢ちゃんが悩みを打ち明けてくれて嬉しかった。何よりも、ゴールデンウィークに絢ちゃんとお泊まりができるんだから。でも、今度家に来るときはせめて電話の1つくらいはしてよね」
「ごめん」
電話をかける勇気がなかったからな。さすがに連絡なしで行くのはまずかったな。
そんなことを考えていると、遥香が不意にキスをしてきた。
「絢ちゃんの悲しそうな顔、こんな間近で見たくないよ。そんなんじゃ、卯月さんにちゃんと返事できないよ」
「……そうだね」
「これから色々あると思うけど、これだけは忘れないで。絢ちゃんには私がいるから。困ったら1人で抱え込まないで、私に相談して。私だけじゃなくて美咲ちゃんとかにも」
「……うん」
あのときとは違って私は1人で向き合っているんじゃないんだ。遥香や広瀬さんはもちろんだし、今は頼れる人はたくさんいる。
まずは明日、卯月さんにちゃんと返事をしよう。自分の考えをちゃんともっていれば、絶対に大丈夫だ。
「遥香、ありがとう。卯月さんと向き合えそうだよ」
「……その言葉を聞いて安心した。杏ちゃんのことは私達に任せて」
「分かった」
「じゃあ、そろそろ寝ようか。絢ちゃん、おやすみ」
「おやすみ、遥香」
そして、私は遥香の隣で穏やかに眠りについたのであった。
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