ハナノカオリ

桜庭かなめ

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Fragrance 1-コイノカオリ-

第14話『Girls Date ④-フリーフォール-』

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「最初から絶叫マシンはきつかったかな」

 私達はシオハマシーサイドコースター近くのベンチで一休憩していた。
 電車の中で30分ほどしか寝ていなかったためか、マシンを降りたときに眠気が一気に襲ってきた。そのせいで意識が一瞬飛んでしまって。
 あと、吐き気もあったけど、今は気分も大分良くなった。ベンチの後ろにある花畑に植えられている赤いチューリップの甘い香りのおかげかな。

「大丈夫だよ、気分も大分良くなったし」
「……そっか。なら良かった」

 絢ちゃんはほっと胸を撫で下ろした。

「でも、ひさしぶりに絶叫マシンに乗ると気持ちいいね。物凄く怖かったけど」
「そうだね。疾走感があって最高だったよ」
「隣で見てたけど、絢ちゃん……凄く楽しそうだったもんね」
「絶叫マシンは大好きだからね。何回でも乗っていいくらいだよ」

 やっぱり、熱狂的なジェットコースターファンだったんだ。乗る前よりも元気になっているのが何よりの証拠だと思う。
 そのジェットコースターの待機列が見えるけど、最後尾に『ここが最後尾です。100分待ちです。』と書いてある看板を持つ係員さんがいた。

「最初に行って正解だったね、絢ちゃん」
「そうだね。さすがに100分は待てないや」

 フリーパス券がなくて、普通に入場券を買っていたら……今もあの待機列の中にいたかもしれない。

「気分も良くなったし、そろそろ次のアトラクションに行こうよ」
「そうだね。遥香はどこか行きたいところある?」
「……ごめん、まだ色々ありすぎて迷ってるんだ。だから、絢ちゃんの行きたいアトラクションに行きたいなって」

 ジェットコースターの待機列では兄弟トークで盛り上がっちゃったし、考える暇が正直無かったんだよね。いくつかには絞ったんだけど。迷って時間を潰すくらいなら、絢ちゃんの行きたいアトラクションへどんどん行く方がよっぽどいい気がして。
 そんな私の考えを汲み取ってくれたのか、絢ちゃんは素直に頷いた。

「分かった。じゃあ……次はあそこに行ってみてもいいかな?」

 絢ちゃんの指差す先は、観覧車と同じくらいの高さの……き、黄色い塔?
 最初は何が何だか分からなかったけど、程なくして正体がすぐに分かった。
 足を宙に浮かせて席に座った数人くらいの人達が、黄色い塔の一番上まで上がっていき……上で一旦止まった後、一気に下降した。もちろん、そのときには悲鳴のような声も聞こえる。
 そう、あのアトラクションは、

「フリーフォールかな?」
「うん、そうだよ」

 絶叫マシン系のアトラクションの1つ、フリーフォールだ。絶叫マシン好きの絢ちゃんなら行きたいと思うのは当たり前か。もうちょっと私のことを気遣ってくれてもいいような気はするけど。

「遥香、あれに乗って大丈夫?」
「気分も良くなったし、大丈夫だって。さっきのジェットコースターだとさすがにきついけど、あれって一瞬で終わるでしょ?」
「まあ、何度も落ちるわけじゃないからね」
「だったら、大丈夫だよ」

 さっきのジェットコースターは一回転もしたしね。一度だけ落ちるくらいなら大丈夫な気がする。

「じゃあ、行こうよ。フリーフォール」
「うん。楽しみだなぁ」

 私達はベンチから立ち上がって、さっそくフリーフォールのアトラクション『シーサイドフォール』に向かう。
 シーサイドフォールの入口前にも待機列ができていたけれど、ジェットコースターほど長くはない。最後尾にいる係員の持つ看板にも待ち時間は30分と書いてある。

「30分ならさっきよりも短いね、遥香」
「うん。こっちってあまり人気ないのかな?」
「一番人気の絶叫マシンに集中しているんだろうね。人気アトラクションだとやっぱり最初の方に乗りたくなるし。あとは、ジェットコースターで疲れて……フリーフォールまで乗る元気がなくなっちゃう人もいるかもしれないね」
「それは言えてるかも」

 一発目でジェットコースターはさすがにきつかった。私の場合、寝不足だったこともあるけど。少し休憩しないとフリーフォールはしんどい気がする。

「でも、30分くらいならさすがに私でも待てるよ」
「もしかして、絢ちゃんってあまり待てないタイプ?」
「……そうだね。1時間ぐらいがせいぜいかな。でも、遥香と一緒ならどんなに長くても待っていられるけど」

 また、胸がキュンってなった。今日、これで何度目だろう。
 やっぱり、絢ちゃんって人気があるのが分かるな。相手の心を掴むような言葉をさりげなく言ってくるから。
 私達は待機列の最後尾に並ぶ。
 さっきは兄弟トークで盛り上がっちゃったから、次は絢ちゃん自身のことで何か話せたらいいなって思っている。
 喉が渇いたので朝に買ったペットボトルのお茶を取ろうとバッグの中を覗くと、携帯音楽プレーヤーがあった。

「そういえば、絢ちゃんって音楽とか聴く方なの?」

 音楽好きならいい話題になると思って、訊いてみる。

「結構聴くよ。電車の中とか、試合の前とかは特に」
「そうなんだ。私もよく聴くんだよね。お兄ちゃんに影響を受けているからバンドの曲が多いんだけど」
「私もそうだよ。疾走感がある曲が多いから」

 どうやら、絢ちゃんの好きな物事に共通しているのは「疾走感のあるもの」だと分かった。短距離走も、絶叫マシンも、そしてバンドの曲も。

「特にB’zは好きだよ。力強く押してくれる曲が多いからね」
「私も好き! 稲葉さんかっこいいよね! 声も素敵だし!」

 B’zのことになると自然と声のトーンがいつもよりも高くなる。完全にお兄ちゃんの影響だけど、私はビーズの大ファンだ。

「同感。陸上の大会とかで決勝戦の前にはB’zの曲はよく聴いたかな。勢いのある曲も好きだけど、バラード曲も結構好きだよ。寝る前にも聴いてるし」
「いいね。じゃあ、Mr.ChildrenとかBUMP OF CHICKENとかも好き?」
「その2つのバンドも大好きだよ。あと、私はスピッツが好きかな」

 その後も互いの好きな音楽の話で盛り上がり、イヤホンを一つずつ耳につけて私の音楽プレーヤーに入っている音楽を聴いたりした。絢ちゃんの顔がすぐ近くまで来て、彼女のいい匂いが鼻腔を何度もくすぐった。
 そして、すぐに私達の順番がやってきた。
 係員の人に荷物を預かってもらい、私達はフリーフォールの座席に座る。座席は四方向全てにあるけれど、海側の座席に座ることに。

「今日は恵まれているね」
「どういうこと? 絢ちゃん」
「この『シーサイドフォール』の最大の売りは、海を見ながらフリーフォールが楽しめることなんだ。その景色はとても綺麗なんだって。だから、海一面が見える方に座れるのは運がいいんだよ」
「そ、そうなんだ……」

 私にとっては海ばかり見えるのは結構怖いと思うけどね。さっきのジェットコースターでも、海上のコースを走っているときはとても恐怖を感じたし。
 恐怖といえば、ジェットコースターのときとは違って、開始する前から既に不安な気持ちを持っている。理由は足が浮いているから。

「足が地面につかないってここまで不安な気持ちにさせるんだね……」
「それは分かる。足が浮くって意外とくるんだよね」
「もしかしたら、ジェットコースターよりも怖いアトラクションかもしれない」
「落ち着いて。私がずっと遥香の手を繋いでいるから」

 絢ちゃんは私の右手を強く掴んだ。
 そのおかげで幾らか不安は取り除くことができたけれど、まだ……心配なことがある。これはとても言いにくい。

「何だか顔が赤いけどどうかした?」
「いや、その……」

 一度、周りを確認する。よし、座っている人は女性ばかりだ。

「フリーフォールってずっと足が浮いたまま、一気に落ちるよね」
「そうだね」
「それで、私……ワンピースなんだけど、この服装だと……落ちたときに裾がふわってなっちゃって、その……見えちゃうんじゃないかな?」

 そう、ワンピースの服装だと一気に下降したときにめくれて、パンツが見えてしまう可能性がある。ただ、座っているのは海側の席だし、下から見ている人はあまりいないとは思うけれど。

「ごめん。そういうことを全然考えてなくて……」

 絢ちゃんは真剣な表情をして謝ってきた。

「ううん、絢ちゃんは全然悪くないよ。ただ、ちょっと不安なだけで。できるだけ脚を閉じられるように頑張ってみるから」

 脚さえ閉じていられれば最悪の状況にはならないはず。そうできる自信はほとんどないけれど。

「……遥香。ちょっとの間、触るからね」
「えっ?」

 思いがけない言葉に私はどう返事すればいいのか分からない。
 私が混乱している間に、絢ちゃんは私から一度手を離して、左手を私の右の太ももの上に置いた。ワンピース越しに絢ちゃんの温もりを感じる。その温もりはとても優しく思えた。

「私が責任を持って遥香のワンピースの裾が捲れないようにするから」
「そのために太ももの上に手を置いたの?」
「……そ、それしか考えつかなかったんだよ」

 なぜか絢ちゃんは動揺していた。頬もほんのりと赤くなっている。こんな彼女は今まで見たことがない。まあ、何にせよ、

「絢ちゃんってかわいところがあるんだね」
「か、かわいい……」
「だって、私の太ももを触ることに緊張してるんでしょ? だから頬もちょっと赤くなっているんだよね?」

 私が少しからかうような口調で絢ちゃんに問いただすと、

「別に……そうじゃないよ。ただ、遥香を不安にさせたことと、こんな方法でしか遥香を助けられない自分が情けないだけ」

 絢ちゃんは視線をチラつかせながらそう言った。
 女子から人気があるから太ももを触るくらいは何てことないと思ってたけど、意外とピュアなんだ。でも、それがとても可愛く思える。これが俗に言うギャップ萌えっていうやつなのかな。
 私は右手を絢ちゃんの左手の上にそっと乗せる。

「ありがとう、絢ちゃん。この手、絶対に離さないからね」

 絢ちゃんが情けないと思ってしていることも、私にとっては心強いこと。彼女の真面目な優しさがただただ嬉しい。
 そして、近くのスピーカーから『ピー』と音が鳴る。

『お待たせしました! シーサイドフォールのスタートです!』

 そのアナウンスと同時に座席がゆっくりと上がっていく。
 この後、物凄い勢いで落下するんだと思うと、ゆっくり上がることがとても怖く思えてきた。ほとんど海しか見えないのが一段と恐怖心を沸き立たせている。

「遥香、怖いなら下ばかり見ていちゃ駄目だよ。顔を上げて、正面を見よう」

 絢ちゃんの言う通りに顔を上げ正面を見ると、遥か向こうに水平線が見える。左側には有名な高層ビルや大きな橋などが見える。

「綺麗な景色だね」
「そうだね。このアトラクションに乗った人だけが見られる景色だよ」
「そう考えると何だか素敵だね」
「どう? 少しは気分も落ち着いたでしょ?」
「……まあ、ね」

 こんな綺麗な景色を絢ちゃんの隣で見ることができたんだもん。だからか、今はちょっと……興奮って意味で落ち着かない、かな。
 座席は一番上まで上がり、静かに止まった。

「さ、さっきのジェットコースターといい、どうしてちょっと止まるんだろ……」
「きっと怖がらせたいんだよ。一次停止することで不安を煽らせるんじゃないかな」
「確かに止まってからまた怖くな――」

 怖くなってきたよ、と言い終わる前に猛烈なスピードで落ち始めた!

「きゃあああっ!」

 落ち始めたら何が何だか分からなくなって、気づけばジェットコースターのときのように絶叫しまくっていた。そして、絢ちゃんの左手を強く掴んでいた。

「うわああっ!」

 絢ちゃんはジェットコースターのときと同じくとても楽しそうに叫んでる。
 脚が宙に浮いているから、ジェットコースターよりも怖い。
 絢ちゃんが必死に抑えてくれていたおかげで、ワンピースの裾がちょっとだけふわっ、となったけど、最悪の事態は免れることができた。
 元の場所に戻ったときには……さっきと同じように意識を失いかけたのであった。
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