60 / 62
第59話『そわそわ』
しおりを挟む
6月4日、火曜日。
今日も朝からよく晴れている。学校に向けて家を出発すると、日差しが当たってなかなか暑い。制服が夏服になって、半袖のワイシャツが着られるようになって良かった。
10分近く歩いて学校に行くと……いつもと違って、教室A棟とB棟の間にある掲示板のところに人が集まっている。この時期に掲示板前に人が集まるとなると……もしかして。見に行ってみよう。
俺は掲示板の方へと向かう。
人が集まっている箇所のすぐ側まで辿り着く。男子を含め大抵の生徒よりは背が高いので、掲示板に何が貼っているのか見える。掲示板を見ると……『1学期中間試験上位者一覧』という文字が書かれた紙が貼られている。やっぱり、定期試験の成績上位者一覧か。
洲中高校では定期試験が終わって少し経つと、各学年の合計点数の上位20位までの生徒の名前が書かれた紙が、校内にある掲示板に貼り出される。学年全体で250人以上いるので、一覧に載るのはかなりの上位だと言えるだろう。ちなみに、1年の頃は何回か載ったことがあった。
今回はどの教科も点数が良かったし、上位者一覧に載っているかもしれない。1年の頃は毎回見ていたし、今回も見てみるか。
生徒達の中に入っていき、2年生の上位者の名前が見える場所まで前進した。
「よし、見えた」
1位から順番に見てみるか。
1位の生徒……合計点数990点か。中間試験を実施した教科は10教科なので、ほぼ完璧だったことが分かる。凄いな。
2位以下の生徒も見ていくと――。
『7位:白石洋平 (2-3) 938点』
おっ、7位に俺の名前があった。1年の頃も一覧に載ったことはあるけど、そのときはいつも10位台だった。今回の7位は最高成績だ。ちなみに、うちのクラスの中では俺がトップか。それも今回が初めてだ。
「みんなのおかげだな」
部活動の禁止期間になってから、バイトがあるとき以外は千弦や琢磨達と一緒に勉強会をしていたからな。教えることも多かったし、それが7位に繋がったんだろう。
「千弦や星野さんは入っているかもしれないな」
2人も複数の科目で満点やそれに近い点数を取り、不安に思っていた科目も平均点よりも上だったから。一覧に載っているかもしれない。
8位以下の生徒を見てみると、
『14位:藤原千弦 (2-3) 865点』
『18位:星野彩葉 (2-3) 841点』
おおっ、千弦と星野さんの名前もあった。入っているかもしれないと予想していたけど、実際に名前を見ると嬉しい気持ちになる。一緒に勉強したし。
千弦と星野さんも載っていたので、記念にスマホで2年生の上位者一覧を撮影した。
教室A棟に入り、いつもの通り階段を使って教室のある4階まで向かう。
後方の扉から教室に入り、昨日と同じく千弦や琢磨達が窓側の近くに集まって談笑していた。彼らと朝の挨拶を交わし、自分の席にバッグと体操着袋を置いた。
「洋平。ここに来るときに掲示板は見たか?」
「ああ、見てきたよ。中間試験の上位者一覧が貼られてた」
「そうか! 洋平は学年7位だったな! おめでとう!」
「おめでとう! 白石君!」
琢磨と吉岡さんが祝福してくれる。そういえば、順位発表されて、上位者一覧に俺の名前があったら2人はいつもおめでとうと言ってくれたな。
「今、試験順位の話をしていたのよ。白石、おめでとう! さすがだわ!」
「みんなに分かりやすく教えてくれていたもんね。白石君、おめでとう」
「お、おめでとうっ、洋平君」
神崎さんと星野さんと千弦もおめでとうと言ってくれる。今回の中間試験では初めて3人とも一緒に勉強したから、3人から言ってもらえると嬉しいな。
「みんなありがとう。みんなと一緒に勉強したおかげだよ。あと、千弦は14位、星野さんは18位に入っていたな。おめでとう」
「あ、ありがとうっ、洋平君。みんなと一緒に勉強したし、洋平君に分からないところをすぐに教えてもらえたおかげだよ……」
「ありがとう、白石君。千弦ちゃんの言う通り、白石君達と一緒に勉強したおかげだね」
千弦と星野さんは笑顔でお礼を言ってくれる。星野さんはいつも通りの優しい笑顔だけど、千弦は頬をほんのりと赤くして視線がちらついている。試験のことを褒められて照れくさくなっているのかな。
その後、朝礼のチャイムが鳴り、山本先生が教室に来るまで6人で談笑したのであった。
今日も学校生活を送っていく。
昨日までと同じく、授業中には千弦と目が合うことが何度もある。
しかし、昨日までは目が合うとニコッと笑ってくれたけど、今日は頬をほんのりと赤くしてはにかんだり、目が合った瞬間に視線を逸らされたりしまうこともあって。ただ、板書を写しているときなど、千弦から視線を感じることもあって。
休み時間など、みんなで話しているときは普段と変わりないけど、俺と話すときは笑顔こそ見せてくれるけど、視線がチラついたり、ちょっと緊張した感じがあったりして。昨日までと比べてちょっと距離を感じた。
今日の千弦はいったいどうしたんだろうか。それが気になって、普段よりもあまり授業に集中できなかった。
「本当にどうしたんだろうな……」
夜。
今日の授業で出た課題を終えてゆっくりすると、すぐに今日の千弦のことが頭に思い浮かぶ。今日は放課後になって千弦と別れた後から、ほとんどの時間で千弦のことを考えてしまっている。バイトをしていたときも。
「何かやっちゃったのかな……」
俺に対してだけ、昨日までと態度が違うというか。星野さんや神崎さん達とは普段とあまり変わりない雰囲気で話していたし。
とりあえず、昨日のことを思い出すと……席替えをして隣同士なのもあり、千弦と授業中に何度か目が合ったな。あとは、昼休みに玉子焼きを作ってきてくれたことのお礼を言ったときに千弦の頭を撫でたっけ。もしかして、そういったことが嫌だったのだろうか。
理由を千弦に訊きたいところだけど……本人には訊きづらいな。勇気が出ない。星野さんに何か知っていたり、心当たりがあったりするかどうか訊いてみるか。星野さんは一緒にいることが多いし、今日は火曜日で千弦も入っている手芸部の活動もあったから。
スマホを手に取り、LIMEの星野さんとのトーク画面を開く。
『星野さん。ちょっと相談があるんだけど、今、大丈夫かな?』
というメッセージを送った。
先日、神崎さんとの一件でやり取りしたときも今くらいの時間だったけど、今日はどうだろうか。話せると嬉しいけど。
俺がメッセージを送ってから20秒ほどして、
『いいよ。どんなことかな?』
と、星野さんから返信が届いた。良かった。
『ありがとう。実は千弦のことで』
『千弦ちゃんのこと?』
『ああ。今日の千弦……昨日までとは様子が違ってさ。授業中に目が合うとはにかんだり、視線を逸らしたりして。ただ、授業を受けているときは視線を感じたりして。そわそわしているっていうのかな。あと、星野さん達と話すときは普段と変わりないんだけど、俺と話すときは普段と違って視線がチラついたり、ちょっと緊張したりした感じがして。昨日までよりも少し距離を感じたんだ』
『ああ……思い返してみると、今日の千弦ちゃんは白石君と話すときの様子が今までとちょっと違う感じだったね』
『星野さんもそう思うか』
琢磨や吉岡さん、神崎さんも「今日の千弦はいつもと違う」と感じているかもしれないな。
『千弦のことが気になって。頭から離れなくてさ。俺……千弦に何か嫌なことをしちゃったのかな。本人には訊きづらいから、星野さんに訊いてみたんだ。千弦から何か俺のことを聞いていないかなって』
『そういうことだったんだね。千弦ちゃんからは特に白石君から嫌なことをされたとか、あれは嫌だったなっていう話は聞いていないよ』
『そうか』
星野さんは何も聞いていないか。ただ、先日の神崎さんのように、一人で抱え込んでいる可能性は考えられる。
『何か聞いていれば、その部分について千弦に謝ったり、直したりするんだけどな。普段と様子が違うから心配だし、今まで通りに千弦と話せたら嬉しいから』
『そっか。……千弦ちゃんのことをよく考えてくれているんだね』
本当に……そうだな。星野さんのメッセージ通り、千弦のことをよく考えている。普段とは様子が違う千弦はもちろんのこと、いつもの可愛い笑顔の千弦もいっぱい頭に思い浮かぶ。
『もしよければ、私から、白石君が今日の千弦ちゃんの様子が違うのを気にしていたって千弦ちゃんに伝えようか?』
と、星野さんはメッセージを送ってくれる。
いつもと態度が違う理由は分からないままなので、正直、千弦に声を掛ける勇気はまだ出てこない。だから、星野さんから言ってもらえるのは助かる。あと、星野さんというワンクッションを挟んだ方が、俺が気にしていたことを千弦は受け止めやすいかもしれない。
『ありがとう。お願いしてもいいかな?』
『分かった』
『ありがとう。あと、決して怒っているわけじゃないっていうのも伝えてくれるか?』
『うん。分かったよ』
怒っていないことも伝えれば、今日の態度のことを俺が気にしていたと千弦が知ったことで、気持ちが少しでも重くならずに済みそうだから。
その後すぐに、結菜からお風呂が空いたと声を掛けてくれたので、俺は入浴する。今日は学校だけじゃなくてバイトもあったから、お湯の温もりがとても気持ち良く感じられた。
お風呂から出て、部屋に戻ると、さっそくスマホを確認する。LIMEの通知が届いているので見てみると……星野さんからメッセージか。通知をタップすると、彼女とのトーク画面が開き、
『千弦ちゃんに伝えておいたよ』
というメッセージが表示された。俺がお風呂に入った直後の時刻だ。すぐに伝えてくれたんだな。
『ありがとう、星野さん』
とお礼の返信を送った。
今日の態度が違うって俺が気にしていることが千弦に伝わったか。これで少しずつでも千弦の様子がいつも通りになっていったら嬉しい。
――プルルッ。
スマホのバイブ音が鳴り、画面上部に『藤原千弦からメッセージが届きました』と通知が表示される。その通知を見てドキッとする。
どんなメッセージを送ったのか緊張しながら通知をタップすると、千弦との個別トークが開き、
『彩葉ちゃんから聞いたよ。今日は洋平君にいつもと違う態度を取ってごめん。心配掛けちゃってごめんね。決して洋平君が悪いわけじゃないから。洋平君にされたことで嫌だなって思うことはなかったし』
というメッセージが表示された。まさか、こんなに早く千弦から反応があるとは。
千弦が嫌がることをしてしまったんじゃないかと考えていたので、そうではないと本人が言ってくれてほっとした。
トーク画面を開いているので、千弦にこのメッセージを見たことは伝わっている。ちゃんと返事をしないと。
『気にしないで。あと、千弦が嫌だと思うことをしたわけじゃなくて良かった』
と、素直な気持ちを千弦に送った。
千弦もトーク画面を見ているのか、俺の送信したメッセージはすぐに『既読』マークが付いて、
『ありがとう。あと……洋平君。明日の放課後って予定は空いてる? 今日はいつもと違う態度になっちゃった理由を含めて、洋平君と2人きりで話したいことがあるの』
というメッセージが届いた。
俺と2人きりで話したいことある……か。明日の放課後は特に予定はないので、
『分かった。明日の放課後は大丈夫だぞ』
という返信を送った。その返信もすぐに『既読』マークが付き、
『ありがとう。じゃあ、また明日。おやすみなさい』
と、千弦からメッセージが届いた。
今日はいつもと違う態度になってしまった理由とか、千弦が2人きりで俺に話したい内容が何なのかとても気になる。ただ、メッセージという形でも千弦と話せたことや、明日の放課後に千弦との約束ができたことが嬉しくて。そのことにとても温かい気持ちになりつつ、俺は千弦におやすみとメッセージを送った。
今日も朝からよく晴れている。学校に向けて家を出発すると、日差しが当たってなかなか暑い。制服が夏服になって、半袖のワイシャツが着られるようになって良かった。
10分近く歩いて学校に行くと……いつもと違って、教室A棟とB棟の間にある掲示板のところに人が集まっている。この時期に掲示板前に人が集まるとなると……もしかして。見に行ってみよう。
俺は掲示板の方へと向かう。
人が集まっている箇所のすぐ側まで辿り着く。男子を含め大抵の生徒よりは背が高いので、掲示板に何が貼っているのか見える。掲示板を見ると……『1学期中間試験上位者一覧』という文字が書かれた紙が貼られている。やっぱり、定期試験の成績上位者一覧か。
洲中高校では定期試験が終わって少し経つと、各学年の合計点数の上位20位までの生徒の名前が書かれた紙が、校内にある掲示板に貼り出される。学年全体で250人以上いるので、一覧に載るのはかなりの上位だと言えるだろう。ちなみに、1年の頃は何回か載ったことがあった。
今回はどの教科も点数が良かったし、上位者一覧に載っているかもしれない。1年の頃は毎回見ていたし、今回も見てみるか。
生徒達の中に入っていき、2年生の上位者の名前が見える場所まで前進した。
「よし、見えた」
1位から順番に見てみるか。
1位の生徒……合計点数990点か。中間試験を実施した教科は10教科なので、ほぼ完璧だったことが分かる。凄いな。
2位以下の生徒も見ていくと――。
『7位:白石洋平 (2-3) 938点』
おっ、7位に俺の名前があった。1年の頃も一覧に載ったことはあるけど、そのときはいつも10位台だった。今回の7位は最高成績だ。ちなみに、うちのクラスの中では俺がトップか。それも今回が初めてだ。
「みんなのおかげだな」
部活動の禁止期間になってから、バイトがあるとき以外は千弦や琢磨達と一緒に勉強会をしていたからな。教えることも多かったし、それが7位に繋がったんだろう。
「千弦や星野さんは入っているかもしれないな」
2人も複数の科目で満点やそれに近い点数を取り、不安に思っていた科目も平均点よりも上だったから。一覧に載っているかもしれない。
8位以下の生徒を見てみると、
『14位:藤原千弦 (2-3) 865点』
『18位:星野彩葉 (2-3) 841点』
おおっ、千弦と星野さんの名前もあった。入っているかもしれないと予想していたけど、実際に名前を見ると嬉しい気持ちになる。一緒に勉強したし。
千弦と星野さんも載っていたので、記念にスマホで2年生の上位者一覧を撮影した。
教室A棟に入り、いつもの通り階段を使って教室のある4階まで向かう。
後方の扉から教室に入り、昨日と同じく千弦や琢磨達が窓側の近くに集まって談笑していた。彼らと朝の挨拶を交わし、自分の席にバッグと体操着袋を置いた。
「洋平。ここに来るときに掲示板は見たか?」
「ああ、見てきたよ。中間試験の上位者一覧が貼られてた」
「そうか! 洋平は学年7位だったな! おめでとう!」
「おめでとう! 白石君!」
琢磨と吉岡さんが祝福してくれる。そういえば、順位発表されて、上位者一覧に俺の名前があったら2人はいつもおめでとうと言ってくれたな。
「今、試験順位の話をしていたのよ。白石、おめでとう! さすがだわ!」
「みんなに分かりやすく教えてくれていたもんね。白石君、おめでとう」
「お、おめでとうっ、洋平君」
神崎さんと星野さんと千弦もおめでとうと言ってくれる。今回の中間試験では初めて3人とも一緒に勉強したから、3人から言ってもらえると嬉しいな。
「みんなありがとう。みんなと一緒に勉強したおかげだよ。あと、千弦は14位、星野さんは18位に入っていたな。おめでとう」
「あ、ありがとうっ、洋平君。みんなと一緒に勉強したし、洋平君に分からないところをすぐに教えてもらえたおかげだよ……」
「ありがとう、白石君。千弦ちゃんの言う通り、白石君達と一緒に勉強したおかげだね」
千弦と星野さんは笑顔でお礼を言ってくれる。星野さんはいつも通りの優しい笑顔だけど、千弦は頬をほんのりと赤くして視線がちらついている。試験のことを褒められて照れくさくなっているのかな。
その後、朝礼のチャイムが鳴り、山本先生が教室に来るまで6人で談笑したのであった。
今日も学校生活を送っていく。
昨日までと同じく、授業中には千弦と目が合うことが何度もある。
しかし、昨日までは目が合うとニコッと笑ってくれたけど、今日は頬をほんのりと赤くしてはにかんだり、目が合った瞬間に視線を逸らされたりしまうこともあって。ただ、板書を写しているときなど、千弦から視線を感じることもあって。
休み時間など、みんなで話しているときは普段と変わりないけど、俺と話すときは笑顔こそ見せてくれるけど、視線がチラついたり、ちょっと緊張した感じがあったりして。昨日までと比べてちょっと距離を感じた。
今日の千弦はいったいどうしたんだろうか。それが気になって、普段よりもあまり授業に集中できなかった。
「本当にどうしたんだろうな……」
夜。
今日の授業で出た課題を終えてゆっくりすると、すぐに今日の千弦のことが頭に思い浮かぶ。今日は放課後になって千弦と別れた後から、ほとんどの時間で千弦のことを考えてしまっている。バイトをしていたときも。
「何かやっちゃったのかな……」
俺に対してだけ、昨日までと態度が違うというか。星野さんや神崎さん達とは普段とあまり変わりない雰囲気で話していたし。
とりあえず、昨日のことを思い出すと……席替えをして隣同士なのもあり、千弦と授業中に何度か目が合ったな。あとは、昼休みに玉子焼きを作ってきてくれたことのお礼を言ったときに千弦の頭を撫でたっけ。もしかして、そういったことが嫌だったのだろうか。
理由を千弦に訊きたいところだけど……本人には訊きづらいな。勇気が出ない。星野さんに何か知っていたり、心当たりがあったりするかどうか訊いてみるか。星野さんは一緒にいることが多いし、今日は火曜日で千弦も入っている手芸部の活動もあったから。
スマホを手に取り、LIMEの星野さんとのトーク画面を開く。
『星野さん。ちょっと相談があるんだけど、今、大丈夫かな?』
というメッセージを送った。
先日、神崎さんとの一件でやり取りしたときも今くらいの時間だったけど、今日はどうだろうか。話せると嬉しいけど。
俺がメッセージを送ってから20秒ほどして、
『いいよ。どんなことかな?』
と、星野さんから返信が届いた。良かった。
『ありがとう。実は千弦のことで』
『千弦ちゃんのこと?』
『ああ。今日の千弦……昨日までとは様子が違ってさ。授業中に目が合うとはにかんだり、視線を逸らしたりして。ただ、授業を受けているときは視線を感じたりして。そわそわしているっていうのかな。あと、星野さん達と話すときは普段と変わりないんだけど、俺と話すときは普段と違って視線がチラついたり、ちょっと緊張したりした感じがして。昨日までよりも少し距離を感じたんだ』
『ああ……思い返してみると、今日の千弦ちゃんは白石君と話すときの様子が今までとちょっと違う感じだったね』
『星野さんもそう思うか』
琢磨や吉岡さん、神崎さんも「今日の千弦はいつもと違う」と感じているかもしれないな。
『千弦のことが気になって。頭から離れなくてさ。俺……千弦に何か嫌なことをしちゃったのかな。本人には訊きづらいから、星野さんに訊いてみたんだ。千弦から何か俺のことを聞いていないかなって』
『そういうことだったんだね。千弦ちゃんからは特に白石君から嫌なことをされたとか、あれは嫌だったなっていう話は聞いていないよ』
『そうか』
星野さんは何も聞いていないか。ただ、先日の神崎さんのように、一人で抱え込んでいる可能性は考えられる。
『何か聞いていれば、その部分について千弦に謝ったり、直したりするんだけどな。普段と様子が違うから心配だし、今まで通りに千弦と話せたら嬉しいから』
『そっか。……千弦ちゃんのことをよく考えてくれているんだね』
本当に……そうだな。星野さんのメッセージ通り、千弦のことをよく考えている。普段とは様子が違う千弦はもちろんのこと、いつもの可愛い笑顔の千弦もいっぱい頭に思い浮かぶ。
『もしよければ、私から、白石君が今日の千弦ちゃんの様子が違うのを気にしていたって千弦ちゃんに伝えようか?』
と、星野さんはメッセージを送ってくれる。
いつもと態度が違う理由は分からないままなので、正直、千弦に声を掛ける勇気はまだ出てこない。だから、星野さんから言ってもらえるのは助かる。あと、星野さんというワンクッションを挟んだ方が、俺が気にしていたことを千弦は受け止めやすいかもしれない。
『ありがとう。お願いしてもいいかな?』
『分かった』
『ありがとう。あと、決して怒っているわけじゃないっていうのも伝えてくれるか?』
『うん。分かったよ』
怒っていないことも伝えれば、今日の態度のことを俺が気にしていたと千弦が知ったことで、気持ちが少しでも重くならずに済みそうだから。
その後すぐに、結菜からお風呂が空いたと声を掛けてくれたので、俺は入浴する。今日は学校だけじゃなくてバイトもあったから、お湯の温もりがとても気持ち良く感じられた。
お風呂から出て、部屋に戻ると、さっそくスマホを確認する。LIMEの通知が届いているので見てみると……星野さんからメッセージか。通知をタップすると、彼女とのトーク画面が開き、
『千弦ちゃんに伝えておいたよ』
というメッセージが表示された。俺がお風呂に入った直後の時刻だ。すぐに伝えてくれたんだな。
『ありがとう、星野さん』
とお礼の返信を送った。
今日の態度が違うって俺が気にしていることが千弦に伝わったか。これで少しずつでも千弦の様子がいつも通りになっていったら嬉しい。
――プルルッ。
スマホのバイブ音が鳴り、画面上部に『藤原千弦からメッセージが届きました』と通知が表示される。その通知を見てドキッとする。
どんなメッセージを送ったのか緊張しながら通知をタップすると、千弦との個別トークが開き、
『彩葉ちゃんから聞いたよ。今日は洋平君にいつもと違う態度を取ってごめん。心配掛けちゃってごめんね。決して洋平君が悪いわけじゃないから。洋平君にされたことで嫌だなって思うことはなかったし』
というメッセージが表示された。まさか、こんなに早く千弦から反応があるとは。
千弦が嫌がることをしてしまったんじゃないかと考えていたので、そうではないと本人が言ってくれてほっとした。
トーク画面を開いているので、千弦にこのメッセージを見たことは伝わっている。ちゃんと返事をしないと。
『気にしないで。あと、千弦が嫌だと思うことをしたわけじゃなくて良かった』
と、素直な気持ちを千弦に送った。
千弦もトーク画面を見ているのか、俺の送信したメッセージはすぐに『既読』マークが付いて、
『ありがとう。あと……洋平君。明日の放課後って予定は空いてる? 今日はいつもと違う態度になっちゃった理由を含めて、洋平君と2人きりで話したいことがあるの』
というメッセージが届いた。
俺と2人きりで話したいことある……か。明日の放課後は特に予定はないので、
『分かった。明日の放課後は大丈夫だぞ』
という返信を送った。その返信もすぐに『既読』マークが付き、
『ありがとう。じゃあ、また明日。おやすみなさい』
と、千弦からメッセージが届いた。
今日はいつもと違う態度になってしまった理由とか、千弦が2人きりで俺に話したい内容が何なのかとても気になる。ただ、メッセージという形でも千弦と話せたことや、明日の放課後に千弦との約束ができたことが嬉しくて。そのことにとても温かい気持ちになりつつ、俺は千弦におやすみとメッセージを送った。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
61
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる