ラストグリーン

桜庭かなめ

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エピローグ『遥かな未来』

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 桜海から出発してしばらくの間は、車内はしんみりとした空気に包まれ、羽村や月影さんがたまに話しかけてくれるくらいで、ほとんど無言だった。
 ――プルルッ。
 みんなのスマートフォンが一斉に鳴ったので驚いた。誰かがメッセージをくれたのかと思い、さっそく確認してみると、

『そろそろ東京に着く?』

 という咲希のメッセージが、旅行したときのメンバーで構成されたグループトークに送信されていた。桜海を出発してから30分ほどしか経っていないこともあって、そのメッセージを見た瞬間に心が軽くなった。そして、車内には笑い声が聞こえるように。

「ふふっ、さっちゃんったら」
「いくらうちの車でも、30分ちょっとじゃ東京に着かないって」
「リニアならともかく、乗用車でそれができたら歴史的な発明だな」

 明日香も常盤さんも羽村も普段の笑みを浮かべていた。もしかして、旅立つ僕らを明るくするために、敢えてこんなメッセージをくってくれたのかな。

『まだ桜海の方が近い場所を走っているよ、咲希』
『さっちゃん、あと2時間はかかると思うよ』
『むしろ、30分とかで東京に着けたら夢のようだ』
『今、明日香達と笑っているよ』

 僕らは一斉にそんなメッセージを送った。咲希のたった一言で何だか車内の空気が明るくなったな。
 ――プルルッ。
 すると、すぐに咲希から僕のスマートフォンに電話がかかってきた。

『東京に着いていないって本当なの?』
「本当だって。というか、去年の6月に咲希は東京から車で桜海に帰ってきたんじゃないの?」
『……いやぁ、あのときは出発して10分経たないうちに寝ちゃって。でも、思い返せば3時間くらいはかかっていた気がする!』

 あははっ! と咲希の大きな笑い声が電話口から聞こえてきた。そういえば、夏の旅行に行ったときも車の中で寝ていたけど、咲希って車の中では眠くなりやすいのかな。この声をみんなに聞かせるためにスピーカーホンにする。

「さっちゃん、楽しそうに笑っているけれどどうしたの?」
『えっ? 明日香達にも聞かれてるの?』
「そうだよ。スピーカーホンにしているから、常盤さんや羽村、月影さんも聞いているよ」
『何だか恥ずかしいなぁ。まあ、せっかく集まったから、こっちはシー・ブロッサムでゆっくりとお茶してるよ』
「そうなんだ。新しい家に到着したらそのときは連絡するよ」
『分かった。……さっきはしんみりとなっちゃったけど、11年前とは違ってこうしていつでも連絡が取り合えるからいいよね』
「そうだね。咲希の声を聞いたら、本当に心が軽くなったよ。これからも、こうしていつでも気楽に話していこうよ」
『……うん!』

 今は電話やメール、メッセージなど様々な形でいつでも連絡を取り合える。桜海から離れて寂しい気持ちは確かにあるけど、咲希達はこれからも側にいるような気がするよ。それを気付かせてくれてありがとう、咲希。


 その後、高速道路に乗って東京へと一気に近づいていく。
 途中で昼食を兼ねて休憩したサービスエリアで、僕らとは違う場所に住む羽村は荷物を載せたトラックに乗り換え、僕らと別れる形となった。近いうちに4人で会って、僕には一緒に漫画イベントなどに行こうと約束して。


 桜海を出発して4時間ほどで、僕と明日香、常盤さんの新居があるマンションに到着した。


 それからは主に明日香が指示役となって、常盤家のメイドさん達と一緒に新居での引越し作業を行なった。
 常盤家のメイドさん達のスキルが凄く、思った以上に早く終わり、陽が沈んだ頃には明日香と2人きりでリビングでゆっくりと過ごせるほどだった。常盤さんや羽村の方は1人暮らしということもあって、夕方に引越し作業が終わったというメッセージをもらった。

「今日からはここで生活していくんだね、つーちゃん」
「そうだね、明日香」
「東京でつーちゃんと同棲できるなんて夢みたい」
「うん。でも、これは現実なんだ。それがとっても嬉しいよ」

 僕は明日香の淹れてくれた温かいコーヒーを飲む。明日香と僕の家のリビングで、彼女と寄り添う形でソファーに座ってゆっくりできるとは。本当に幸せだ。明日香の笑顔もとても可愛らしいし。

「私もとっても嬉しいよ。つーちゃんがいるからか、ここでの生活も早く慣れそうな気がするよ。同じマンションにはみなみんも住んでいるし」
「常盤さんがいるのは大きいよね。僕も安心できるな」
「ふふっ、そうだよね。……つーちゃん、今日からよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします。ずっと一緒にいようね」
「……うん。私もずっと一緒にいたいです。つーちゃんのことが大好きだから」
「僕も明日香のことが好きだよ」

 僕と明日香は見つめ合って、自然と唇を重ねる。どこにいても明日香の温もりや匂い、感触は変わらない。それが嬉しくて愛おしい。
 唇を離したとき、明日香は頬を赤くしながらも嬉しそうに笑っていた。

「ねえ、つーちゃん。これからずっと一緒に暮らしていくわけだけれど、始まりの日は今日しかないじゃない? だから、もっと思い出深い日にしたいなって。それに、2人きりだし、口づけをしたら凄くドキドキしちゃって。つーちゃんと色々なことをしたくなってきたよ。……したいな」

 明日香は僕のことを上目遣いで見てきて、甘い声でそう囁いてくる。それは、告白して恋人同士になったあの日の彼女に似ていた。
 明日香と2人きりで住むと決めたときから、当然、色々なことを考えていて。どんなことでも初めての日は思い出深いものにしたい。

「もちろんいいよ。ただ、後のことを考えて、今日は浴室でするのはどうかな」
「……うん。そうしよっか。のぼせないように気を付けないと」
「そうだね。健康だからこそ、楽しい生活を送ることができるもんね」

 それから、僕と明日香はとても濃密で、愛おしい時間を過ごした。故郷や友人との別れがあって、引越しがあって……今日という日は一生忘れることはないだろう。
 僕と明日香の同棲はこうして幕を開けるのであった。



 新しい年度になり、僕は東都科学大学、明日香は常盤さんと一緒に日本芸術大学、羽村は東京国立大学、咲希は桜海大学へ入学した。

 環境的には高校までとはがらりと変わったけど、人間的には僕の入学した学科には羽村に似たような学生が多い。だからか、すぐに男女問わず何人もの友人ができた。僕と同じように恋人がいる学生もいれば、次元を越えた先の住人に強い恋心を抱く学生もいて。さすがに大学になると個性の強い人が集まっていて面白い。

 明日香は常盤さんと一緒に通っているだけあって、すぐに大学生活に慣れていき、友人もできたそうだ。履修する講義もほぼ同じであり、同じサークルに入ったので、大学でも明日香と常盤さんが一緒にいる時間はかなり多くなりそうだ。たまに、常盤さんと3人でご飯を食べるときがある。

 羽村はさっそく、大学で出会った『同士』と呼ぶ同級生と、秋葉原へ遊びに行ったり、やアニメの聖地巡礼をしたりしているとのこと。いずれは僕も誘ってくれるらしい。羽村の同士だと、うちの大学の学生よりもさらに強烈な個性を持っていそうな気がするよ。

 咲希は学科が違うけど、同じ文学部の先輩である鈴音さんの助けも借り、順調に大学生活をスタートさせることができたそうだ。学科や学年を問わず履修できる講義で、鈴音さんと一緒に勉強することができてとても嬉しいとのこと。あと、さっそく女子学生から何度か告白されたとか。

 みんな、それぞれ順調に大学生活をスタートできて良かった。きっと、この5人や芽依、三宅さん達が集まったとき、楽しく話すことができるだろう。

 順調に大学生活を送ることができているからか、時間はあっという間に過ぎていき、すぐに5月がやってきた。
 そのタイミングで日本は平成という時代が終わり、令和という新しい時代が始まった。

「令和っていう新しい時代になったんだねぇ、つーちゃん」
「そうだね、明日香」

 今日はゴールデンウィーク中で、お互いに大学もお休みなので、家でゆっくりと過ごしている。
 元号として一区切りあったので、平成であった数日前までの日々が急に遠くなっていく感じがする。明日香や咲希と出会った日のことも。彼女達と一緒に過ごし、色々なことがあった高校3年生の日々も。

「元号は変わったけど、僕らは今の生活をちゃんと送っていこうよ」
「それが一番だよね、つーちゃん。あと、この令和時代の間につーちゃんと苗字が同じになるときが来るかな」
「来るように頑張ろう。もし、そのときになったらどっちの苗字にする?」
「蓮見がいいです! 蓮見明日香になることが小さい頃からの夢だから!」
「そ、そうなんだね。明日香にそこまでの確固たる気持ちがあるなら、それを尊重することにしよう」

 僕が朝霧家に婿入りして、朝霧翼と名乗るのもいいなと思っていたけれど。ただ、『蓮見明日香』と彼女の口から言われたときにキュンとなったので……明日香が蓮見家に嫁入りという形にしよう。

「これからも色々と変わっていくことがあると思うけど、つーちゃんとは変わらずにいつまでも仲良く、一緒にいたいなって思ってる」
「そうだね。いつまでも一緒にいよう、明日香」
「……うん!」

 僕は明日香のことを抱きしめてキスを交わした。
 いつまでも、明日香のことが大好きであり、愛しているという気持ちは変わることはないだろう。そう信じさせてくれるかのように、春の日差しが僕らのことを包み込んでくれる。
 晴れているので明日香と一緒にバルコニーに出ると、温かな陽差しと爽やか風が感じられる。

「バルコニーから見える風景、私はとっても好きだな。さすがは東京で、家やビルとかがたくさんにあるけれど、所々に緑もあって」
「スケッチしていたほどだもんね。自然もあるから、僕もこの景色は好きかな」
「良かった。そういえば、昨日……さっちゃんから桜海川沿いの桜並木の写真を送ってきてくれたよ。今年も、あそこが緑が美しい景色になったのが分かって嬉しい」

 明日香はスマートフォンで咲希が送ってくれた桜海川の写真を見せてくれる。明日香が描いた絵と、咲希が帰ってきてすぐに3人で散歩したときのことを思い出す。

「咲希のおかげで緑色が大好きになったよ」
「私も」
「この桜も来年の春にはまた花を咲かせるんだ。明日香と僕も、2人の花を咲かせることができるように頑張ろうね」
「うん! たくさん咲かせようね、つーちゃん。……今の話を聞いてつーちゃんのことがもっと好きになったよ」
「僕も明日香のことが好きだよ。愛してる。ずっとずっと」
「……うん。ずっとずっと、つーちゃんのことを愛してる」

 僕らはその気持ちを確かめるように再びキスした。
 それからしばらくの間、僕は明日香のことを後ろから抱きしめながら、慣れ始めてきた東京郊外の風景を眺める。今日はいつも以上に美しく思えるのであった。



『ラストグリーン』 おわり
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