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第53話『Lemon-前編-』
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昨日の夜ご飯のチキンカレーが残っているので、僕は月影さんと一緒にコンソメ仕立ての野菜スープを作ることにした。
そんな中、羽村と三宅さん、芽依と鈴音さんがリビングに姿を現した。昨晩にあんなことがあったので、4人の普段と変わらぬ様子を見ることができて安心した。月影さんがいるのを知ったときはみんな驚いていたけれど。その際に、芽依や三宅さんにも昨晩のことを軽く話した。
残るは明日香と常盤さんだけど、2人はもしかしたら今日は部屋にこもるパターンになるかもしれないな。
「蓮見様、喫茶店で2年以上バイトしているだけあって、料理も手慣れている感じがします。普段から料理もされるのですか?」
「小さい頃は親の手伝いを芽依と一緒にしていて。高校生になってからは、シフトの入っていない休日とかは食事を作ることもありますね」
「そうなのですね。実は、美波お嬢様から蓮見様の話も聞いていましたので、これまでにお休みの日に何度かシー・ブロッサムに足を運んだことがあります。もちろん、蓮見様がシフトに入っているときに」
「そうだったんですね、ありがとうございます」
「定番でオススメのハンバーグやオムライス、ナポリタンなどを食べたことがありますがどれも美味しかったです」
「ありがとうございます。僕は受験があるので6月末で辞めましたが、今後もシー・ブロッサムに足を運んでくださると嬉しいです。今は鈴音さんがバイトをしています」
「分かりました」
「あと、凛さんが来てくれればマスターも喜びそうです」
「……確かに」
マスター、若い女性客が多いときは普段以上に張り切っていたからな。月影さんは30歳だけど、可愛らしい学生さんにしか見えないし。
「そういえば、月影さんもさすがに上手ですね」
「ありがとうございます。ところで、蓮見様。以前から思っていたのですが、今のエプロン姿を見て確信しました。きっと、蓮見様はメイド服がよく似合うかと」
「唐突に何を言ってくるんですか」
「蓮見様って顔も肌も綺麗ですから、お化粧をしたらきっと可愛らしくなると思いますよ」
「言われてみれば、蓮見は顔立ちがいいからコスプレの素質はありそうだな」
羽村までそんなことを言うなんて。似合わなそうと言われるよりはマシだけれど、何とも複雑な気分。
「凛さんと羽村君の言うことも納得できるかな。桜海に帰る直前に、中学まで一緒の友達とその後輩の子達と一緒に、東京の同人イベントにコスプレ参加したんだけど、後輩の男の子のコスプレが凄く似合っていて綺麗だったんだ。その子も最初はそこまで乗り気じゃなかったんだけどね。その子が、翼への告白の練習にも付き合ってくれたの」
「へえ、そうなんだ」
乗り気じゃなかったのに、後輩の男の子はコスプレすることに付き合ってあげたのか。その子は偉いな。僕、男性ならともかく女性キャラのコスプレはしたくないもん。あと、咲希の告白の練習にも付き合うなんて。
「そういえば、有村はコスプレ経験があるって言っていたな。ちなみに、その男子も月影さんのようなメイド服を着ていたのか?」
「ううん、ゴシック調のドレスを着たんだよ。背が高くて、金髪で、翼と同じくらいにかっこいい子なんだ。ただ、その子の方が翼よりも体つきが良くて、キリッとしていたよ。付き合っている恋人の女の子と一緒にコスプレしてね。ええと……これこれ」
「ああ、このキャラクターは知っているけど、かっこいい女性像が見事に3次元で表現されている。見事なコスプレだ」
「でしょ?」
「どーれ、先生にも見せて」
「私にも見せてください! 咲希先輩!」
コスプレしたその男の子、遠く離れた夏山町でコスプレの写真を咲希のクラスメイトや担任教師などに見られているとは思ってもいないだろうな。
昨晩のことを知って微妙な空気になるよりは、コスプレのことでもワイワイ話している方がいいかな。もしかして、月影さんはそのための話題提供をしてくれたのだろうか。そんなことを思いながら、僕は月影さんと一緒に野菜スープを作った。
「できましたね、月影さん」
「ええ。味もバッチリです。カレーの方も温まりましたし、そろそろ朝ご飯にしましょうか」
「そうですね。じゃあ、僕らで常盤さんと明日香を呼びに行きますか」
「ええ。では、蓮見様が明日香様の方をお願いします。私が美波お嬢様の方を」
「お願いします。では、行きましょう。みんなは先に食べていてください」
僕は月影さんと一緒に彼女達の部屋がある3階へと向かう。その途中で明日香の部屋の鍵を月影さんから受け取る。
明日香と常盤さん、どんな状態だろう。少しでも朝ご飯を食べられるくらいに元気になっていればいいけど。
僕は、明日香の部屋である302号室の前に立つ。ノックをしようとするけれど、緊張してしまってなかなかできない。
「美波お嬢様、朝ご飯の時間ですよ」
『えっ! そ、その声は凛さん? どうしてここにいるの?』
「常盤家に仕えるメイドだからですよ。一晩寝かせた美味しいカレーライスと野菜たっぷりのスープですよ」
『い、いらない! 食欲ないから! 早く1階のリビングに戻りなさい』
「本当にそうですかぁ? あと、どんな様子かを知りたいのでお部屋の中に入れさせていただけないでしょうか。そうしなければ、こちらから鍵を開けて、お嬢様の顔にキスをしたり、全身をくすぐったり、ペロペロしたりしちゃいますよ? ふふっ」
『あ、開けるから! ちょっと待ちなさい!』
凄いな。月影さんは可愛らしい笑みを浮かべて、僕にウインクとピースサインしてくる。さすがに明日香に対して同じようなことは言えない。常盤さんに扉を開けてもらうために言ったんだろうけど、絶対に本心が交じっている気がする。
常盤さんが泊まっている303号室の扉が開くと、月影さんは中へと入っていった。
「よし、僕もやろう」
明日香の部屋の扉をノックするけど、中から明日香の声は聞こえない。
「明日香、朝ご飯ができたよ。リビングで一緒に食べる? それとも、部屋に持ってこようか? それとも、今は食欲ないかな?」
みんなと一緒でなくてもいいから、少しは朝ご飯を食べてほしいところ。
しかし、僕がそう呼びかけても明日香から返事はない。こうなったら、月影さんから受け取った部屋の鍵を使うか。
「明日香、ごめんね。入るよ」
鍵を開けて部屋の中に入ると、カーテンを閉め切っているからか薄暗かった。それでも、ベッドに誰かが寝ていることくらいは分かって。
僕の足音に気付いたのか、ふとんから明日香の顔が出てくる。
「つーちゃん、どうして……」
「……月影さんがこの部屋の鍵を貸してくれたんだ」
「そうなんだ。来てるんだね、月影さん……」
本来なら僕らが帰る日にまた来ると言っていた月影さんが、どうして3日目の朝の時点でいるのか。明日香はその理由に察しがついたようだ。難しい表情を浮かべている。
僕はカーテンを少しだけ開け、ベッドの近くにある椅子に座り、なるべくベッド側まで近づく。
「ねえ、つーちゃん。さっちゃんとかから聞いているかもしれないけど、私、昨日の夜にみなみんに告白されて、喧嘩もしちゃったんだ……」
「昨日の夜、咲希や鈴音さんから聞いた。常盤さんは鈴音さんに相談したんだって」
「……そっか」
「あと、僕は実際にその一部始終を見ていたんだ。お風呂から出たとき、2人が別荘を出て行くのが見えて気になったから。隠れて見ててごめん」
「そう……だったんだね」
明日香の両眼には涙が浮かび、それが朝陽によって煌めく。
「私、みなみんの告白を断っただけじゃなくて、みなみんに許さないとか大嫌いとか言っちゃって……」
「……そうだったね」
「あの場所から去る時点でみなみんは泣いていたし、私、みなみんのことを傷つけちゃったよ。つーちゃんのことを貶すようなことを言ったから、ついカッとなっちゃって。冷静になっていれば、みなみんをあそこまで傷つけることはなかったんだと思う」
そのことに明日香は反省しているようだ。
僕は明日香の頭を優しく撫でる。
「常盤さんが僕のことについてキツい言葉や憶測を言ったこと。それに対して明日香が怒ったこと。どっちも理解できるよ。きっと、常盤さんは明日香のことが大好きで、明日香は僕のことが大好きだから言い争いになった。だけど、そもそもの原因は僕が明日香や咲希の告白に対して、きちんと決断できていないからなんだよ。だから、明日香は……罪悪感を覚える必要は全然ないよ」
「そんなことないって! 確かに、早く答えを聞きたいとか、さっちゃんのこととか考えることはあるけれど……つーちゃんはしっかりと考えようとしていて、答えを私達に絶対に伝えてくれるって信じてる。だから、つーちゃんこそ罪悪感を抱く必要はないんだよ」
「……そう言ってくれるなんて、明日香は優しいな。もちろん、キツいことを言ったことについては、常盤さんに謝るべきだと思うけど」
ただ、僕のせいでこうなったんだと思わないと心が保てる自信がないんだ。
あのときの常盤さんの言葉で、僕は明日香や咲希に甘えていて、自分のことを中心に考えていたって分かったんだから。自分の決断によって傷付く姿を見るのが恐いと。
「……つーちゃんがそう思っているのは分かったよ。でも、喧嘩をしたのはみなみんと私だっていうのは分かってくれるかな。結果的に、喧嘩の種はつーちゃんだけど」
「……うん」
明日香を朝ご飯に誘うだけじゃなくて、慰めたり、少しでも元気にしたりしよう思ってここに来たのに、気付けば僕の方が明日香に慰められている気がした。彼女の温かさに、僕の情けなさに僕も涙が出そうだった。でも、絶対に流してたまるか。
「明日香。話を戻すけど、朝ご飯……食べられるかな? 昨日の残りのカレーと野菜スープなんだけど」
僕がそう訊くと、明日香はゆっくりと横に振った。
「ごめんね。今は食欲ないんだ。何も食べたくなくて。あと……もし、みなみんがリビングにいたら気まずいっていうか。つーちゃん達にもたくさん迷惑掛けちゃったし。みなみんとまた話して、謝らないといけないな……とは思っているんだけど。勇気がまだ出なくて。でも、仲直りしないと帰れないっていうか。わがまま言ってごめんね」
「……ううん、いいよ」
僕も昨日は色々と考えてしまって、普段よりも食欲がないから、明日香の気持ちは何となく分かる。
「もし、お腹が空いたら、僕でも咲希でもいいから一言言ってくれれば用意するから」
「うん、ありがとう」
食べたいってメッセージを送ってきたら、ここに朝食を持ってくるか。
「じゃあ、僕はリビングに……」
「ちょっと待って、つーちゃん。その前に一度だけ……キスしてもらってもいいかな」
「分かった、いいよ」
もしかしたら、それで少しでも明日香の気持ちが落ち着くかもしれないから。
僕は明日香のことをそっと抱きしめて、彼女にキスする。明日香の唇の柔らかさと、優しい温もりはやっぱりいいな。
唇を離すと、明日香は普段ほどじゃないけど、嬉しい笑みを浮かべる。
「やっぱり、つーちゃんとの口づけっていいね。気持ちが落ち着いて温かくなるし、つーちゃんのことが好きなんだって思える。ありがとう」
「……ああ。じゃあ、僕はリビングに行くね。鍵は僕が閉めておくから」
「……うん」
僕は明日香に小さく手を振り部屋を出る。忘れずに鍵を閉める。
さすがに明日香は気持ちが沈んでいたけど、常盤さんとまた話さないといけないと考えているようで良かった。ただ、明日香のことはこの後も気に掛けるようにしよう。そう思いながらリビングへと戻るのであった。
そんな中、羽村と三宅さん、芽依と鈴音さんがリビングに姿を現した。昨晩にあんなことがあったので、4人の普段と変わらぬ様子を見ることができて安心した。月影さんがいるのを知ったときはみんな驚いていたけれど。その際に、芽依や三宅さんにも昨晩のことを軽く話した。
残るは明日香と常盤さんだけど、2人はもしかしたら今日は部屋にこもるパターンになるかもしれないな。
「蓮見様、喫茶店で2年以上バイトしているだけあって、料理も手慣れている感じがします。普段から料理もされるのですか?」
「小さい頃は親の手伝いを芽依と一緒にしていて。高校生になってからは、シフトの入っていない休日とかは食事を作ることもありますね」
「そうなのですね。実は、美波お嬢様から蓮見様の話も聞いていましたので、これまでにお休みの日に何度かシー・ブロッサムに足を運んだことがあります。もちろん、蓮見様がシフトに入っているときに」
「そうだったんですね、ありがとうございます」
「定番でオススメのハンバーグやオムライス、ナポリタンなどを食べたことがありますがどれも美味しかったです」
「ありがとうございます。僕は受験があるので6月末で辞めましたが、今後もシー・ブロッサムに足を運んでくださると嬉しいです。今は鈴音さんがバイトをしています」
「分かりました」
「あと、凛さんが来てくれればマスターも喜びそうです」
「……確かに」
マスター、若い女性客が多いときは普段以上に張り切っていたからな。月影さんは30歳だけど、可愛らしい学生さんにしか見えないし。
「そういえば、月影さんもさすがに上手ですね」
「ありがとうございます。ところで、蓮見様。以前から思っていたのですが、今のエプロン姿を見て確信しました。きっと、蓮見様はメイド服がよく似合うかと」
「唐突に何を言ってくるんですか」
「蓮見様って顔も肌も綺麗ですから、お化粧をしたらきっと可愛らしくなると思いますよ」
「言われてみれば、蓮見は顔立ちがいいからコスプレの素質はありそうだな」
羽村までそんなことを言うなんて。似合わなそうと言われるよりはマシだけれど、何とも複雑な気分。
「凛さんと羽村君の言うことも納得できるかな。桜海に帰る直前に、中学まで一緒の友達とその後輩の子達と一緒に、東京の同人イベントにコスプレ参加したんだけど、後輩の男の子のコスプレが凄く似合っていて綺麗だったんだ。その子も最初はそこまで乗り気じゃなかったんだけどね。その子が、翼への告白の練習にも付き合ってくれたの」
「へえ、そうなんだ」
乗り気じゃなかったのに、後輩の男の子はコスプレすることに付き合ってあげたのか。その子は偉いな。僕、男性ならともかく女性キャラのコスプレはしたくないもん。あと、咲希の告白の練習にも付き合うなんて。
「そういえば、有村はコスプレ経験があるって言っていたな。ちなみに、その男子も月影さんのようなメイド服を着ていたのか?」
「ううん、ゴシック調のドレスを着たんだよ。背が高くて、金髪で、翼と同じくらいにかっこいい子なんだ。ただ、その子の方が翼よりも体つきが良くて、キリッとしていたよ。付き合っている恋人の女の子と一緒にコスプレしてね。ええと……これこれ」
「ああ、このキャラクターは知っているけど、かっこいい女性像が見事に3次元で表現されている。見事なコスプレだ」
「でしょ?」
「どーれ、先生にも見せて」
「私にも見せてください! 咲希先輩!」
コスプレしたその男の子、遠く離れた夏山町でコスプレの写真を咲希のクラスメイトや担任教師などに見られているとは思ってもいないだろうな。
昨晩のことを知って微妙な空気になるよりは、コスプレのことでもワイワイ話している方がいいかな。もしかして、月影さんはそのための話題提供をしてくれたのだろうか。そんなことを思いながら、僕は月影さんと一緒に野菜スープを作った。
「できましたね、月影さん」
「ええ。味もバッチリです。カレーの方も温まりましたし、そろそろ朝ご飯にしましょうか」
「そうですね。じゃあ、僕らで常盤さんと明日香を呼びに行きますか」
「ええ。では、蓮見様が明日香様の方をお願いします。私が美波お嬢様の方を」
「お願いします。では、行きましょう。みんなは先に食べていてください」
僕は月影さんと一緒に彼女達の部屋がある3階へと向かう。その途中で明日香の部屋の鍵を月影さんから受け取る。
明日香と常盤さん、どんな状態だろう。少しでも朝ご飯を食べられるくらいに元気になっていればいいけど。
僕は、明日香の部屋である302号室の前に立つ。ノックをしようとするけれど、緊張してしまってなかなかできない。
「美波お嬢様、朝ご飯の時間ですよ」
『えっ! そ、その声は凛さん? どうしてここにいるの?』
「常盤家に仕えるメイドだからですよ。一晩寝かせた美味しいカレーライスと野菜たっぷりのスープですよ」
『い、いらない! 食欲ないから! 早く1階のリビングに戻りなさい』
「本当にそうですかぁ? あと、どんな様子かを知りたいのでお部屋の中に入れさせていただけないでしょうか。そうしなければ、こちらから鍵を開けて、お嬢様の顔にキスをしたり、全身をくすぐったり、ペロペロしたりしちゃいますよ? ふふっ」
『あ、開けるから! ちょっと待ちなさい!』
凄いな。月影さんは可愛らしい笑みを浮かべて、僕にウインクとピースサインしてくる。さすがに明日香に対して同じようなことは言えない。常盤さんに扉を開けてもらうために言ったんだろうけど、絶対に本心が交じっている気がする。
常盤さんが泊まっている303号室の扉が開くと、月影さんは中へと入っていった。
「よし、僕もやろう」
明日香の部屋の扉をノックするけど、中から明日香の声は聞こえない。
「明日香、朝ご飯ができたよ。リビングで一緒に食べる? それとも、部屋に持ってこようか? それとも、今は食欲ないかな?」
みんなと一緒でなくてもいいから、少しは朝ご飯を食べてほしいところ。
しかし、僕がそう呼びかけても明日香から返事はない。こうなったら、月影さんから受け取った部屋の鍵を使うか。
「明日香、ごめんね。入るよ」
鍵を開けて部屋の中に入ると、カーテンを閉め切っているからか薄暗かった。それでも、ベッドに誰かが寝ていることくらいは分かって。
僕の足音に気付いたのか、ふとんから明日香の顔が出てくる。
「つーちゃん、どうして……」
「……月影さんがこの部屋の鍵を貸してくれたんだ」
「そうなんだ。来てるんだね、月影さん……」
本来なら僕らが帰る日にまた来ると言っていた月影さんが、どうして3日目の朝の時点でいるのか。明日香はその理由に察しがついたようだ。難しい表情を浮かべている。
僕はカーテンを少しだけ開け、ベッドの近くにある椅子に座り、なるべくベッド側まで近づく。
「ねえ、つーちゃん。さっちゃんとかから聞いているかもしれないけど、私、昨日の夜にみなみんに告白されて、喧嘩もしちゃったんだ……」
「昨日の夜、咲希や鈴音さんから聞いた。常盤さんは鈴音さんに相談したんだって」
「……そっか」
「あと、僕は実際にその一部始終を見ていたんだ。お風呂から出たとき、2人が別荘を出て行くのが見えて気になったから。隠れて見ててごめん」
「そう……だったんだね」
明日香の両眼には涙が浮かび、それが朝陽によって煌めく。
「私、みなみんの告白を断っただけじゃなくて、みなみんに許さないとか大嫌いとか言っちゃって……」
「……そうだったね」
「あの場所から去る時点でみなみんは泣いていたし、私、みなみんのことを傷つけちゃったよ。つーちゃんのことを貶すようなことを言ったから、ついカッとなっちゃって。冷静になっていれば、みなみんをあそこまで傷つけることはなかったんだと思う」
そのことに明日香は反省しているようだ。
僕は明日香の頭を優しく撫でる。
「常盤さんが僕のことについてキツい言葉や憶測を言ったこと。それに対して明日香が怒ったこと。どっちも理解できるよ。きっと、常盤さんは明日香のことが大好きで、明日香は僕のことが大好きだから言い争いになった。だけど、そもそもの原因は僕が明日香や咲希の告白に対して、きちんと決断できていないからなんだよ。だから、明日香は……罪悪感を覚える必要は全然ないよ」
「そんなことないって! 確かに、早く答えを聞きたいとか、さっちゃんのこととか考えることはあるけれど……つーちゃんはしっかりと考えようとしていて、答えを私達に絶対に伝えてくれるって信じてる。だから、つーちゃんこそ罪悪感を抱く必要はないんだよ」
「……そう言ってくれるなんて、明日香は優しいな。もちろん、キツいことを言ったことについては、常盤さんに謝るべきだと思うけど」
ただ、僕のせいでこうなったんだと思わないと心が保てる自信がないんだ。
あのときの常盤さんの言葉で、僕は明日香や咲希に甘えていて、自分のことを中心に考えていたって分かったんだから。自分の決断によって傷付く姿を見るのが恐いと。
「……つーちゃんがそう思っているのは分かったよ。でも、喧嘩をしたのはみなみんと私だっていうのは分かってくれるかな。結果的に、喧嘩の種はつーちゃんだけど」
「……うん」
明日香を朝ご飯に誘うだけじゃなくて、慰めたり、少しでも元気にしたりしよう思ってここに来たのに、気付けば僕の方が明日香に慰められている気がした。彼女の温かさに、僕の情けなさに僕も涙が出そうだった。でも、絶対に流してたまるか。
「明日香。話を戻すけど、朝ご飯……食べられるかな? 昨日の残りのカレーと野菜スープなんだけど」
僕がそう訊くと、明日香はゆっくりと横に振った。
「ごめんね。今は食欲ないんだ。何も食べたくなくて。あと……もし、みなみんがリビングにいたら気まずいっていうか。つーちゃん達にもたくさん迷惑掛けちゃったし。みなみんとまた話して、謝らないといけないな……とは思っているんだけど。勇気がまだ出なくて。でも、仲直りしないと帰れないっていうか。わがまま言ってごめんね」
「……ううん、いいよ」
僕も昨日は色々と考えてしまって、普段よりも食欲がないから、明日香の気持ちは何となく分かる。
「もし、お腹が空いたら、僕でも咲希でもいいから一言言ってくれれば用意するから」
「うん、ありがとう」
食べたいってメッセージを送ってきたら、ここに朝食を持ってくるか。
「じゃあ、僕はリビングに……」
「ちょっと待って、つーちゃん。その前に一度だけ……キスしてもらってもいいかな」
「分かった、いいよ」
もしかしたら、それで少しでも明日香の気持ちが落ち着くかもしれないから。
僕は明日香のことをそっと抱きしめて、彼女にキスする。明日香の唇の柔らかさと、優しい温もりはやっぱりいいな。
唇を離すと、明日香は普段ほどじゃないけど、嬉しい笑みを浮かべる。
「やっぱり、つーちゃんとの口づけっていいね。気持ちが落ち着いて温かくなるし、つーちゃんのことが好きなんだって思える。ありがとう」
「……ああ。じゃあ、僕はリビングに行くね。鍵は僕が閉めておくから」
「……うん」
僕は明日香に小さく手を振り部屋を出る。忘れずに鍵を閉める。
さすがに明日香は気持ちが沈んでいたけど、常盤さんとまた話さないといけないと考えているようで良かった。ただ、明日香のことはこの後も気に掛けるようにしよう。そう思いながらリビングへと戻るのであった。
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