恋人、はじめました。

桜庭かなめ

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特別編8

第18話『一緒にいる時間は続く』

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『これにて、打ち上げ花火は全て終了しました』

 花火が打ち上げられてから1時間。
 予定通り、1万発の花火が打ち上げられ、打ち上げ花火は終了した。
 どの打ち上げ花火も綺麗だったし、色や形、大きさのバラエティに富んでいたので全く飽きることなく見ることができた。それに、隣で見ている氷織と「綺麗だ」とか「今のは凄かった」などと話しながら見たのでとても楽しかった。満足だ。

「打ち上げ花火、とても良かったですね! 綺麗でしたし、明斗さんと一緒に見たのでとても楽しかったです!」

 氷織は満面の笑顔で俺にそう言ってくる。氷織にとっても、この打ち上げ花火はとても良かったようだ。俺と一緒に見たから楽しかったと言ってもらえるのが嬉しい。

「俺も氷織と一緒に見たから本当に楽しかったよ」
「良かったですっ」
「3年ぶりにこの花火大会に来たけど、生で見る打ち上げ花火って凄くいいな。花火大会に行きたいって誘ってくれてありがとう」
「いえいえ。明斗さんを誘って良かったです」

 氷織は優しい笑顔でそう言ってくれる。氷織は本当に可愛くて、優しい恋人だなって思う。そんな氷織に、この花火大会に誘ってくれたお礼のキスをした。
 2、3秒ほどで唇を離すと、目の前には氷織のニコッとした可愛い笑顔があった。

「お礼のキスです」
「……受け取りました。来年以降も一緒に花火大会に来て、一緒に花火を見ましょうね」
「ああ、見よう」

 氷織と目を合わせてそう言うと、氷織は嬉しそうな笑顔になり、俺にキスしてきた。約束のキスかな。自分からするキスもいいけど、氷織からされるキスもいいな。
 屋台を廻るのも、一緒に花火を観るのも楽しかった。だから、花火大会に行くことも、氷織との夏のデートイベントの定番の一つになるだろう。
 少しして、氷織から唇を離した。

「約束のキスをしました。明斗さんがお礼のキスをしたので、私からしたくなったのもありますが」
「ははっ、そっか。氷織からされるキス……好きだぞ」
「嬉しいです」

 ふふっ、と氷織は声に出して笑った。本当に可愛いなぁ。こんなに可愛い氷織と今日は寝るまでずっと一緒にいられるなんて。幸せだ。

「ところで、氷織。打ち上げ花火も終わったけど、この後はどうする?」
「そうですね……屋台に行くのはどうでしょう? 花火が終わっても屋台の営業は続いていますし。これまで、花火の後も屋台に行くことが多くて。花火が終わってすぐに帰る人が多いので、少し時間が経ってから帰ると電車も空いていますから」
「なるほどなぁ。俺はすぐに帰ることが多かったけど、帰りの上り方面の電車は結構混んでた記憶がある。じゃあ、屋台を廻るか。屋台で食べたのは焼きそばとチョコバナナくらいだし、1時間花火を見たから小腹が空いたから」
「私もちょっとお腹空きました。では、屋台を廻ってから帰りましょうか」
「そうだな」

 俺達は屋台エリアに向かう。
 メインである打ち上げ花火が終わったのもあり、花火が打ち上げられる前よりも人の数はあまり多くない。これまでに行った花火大会やお祭りでの屋台では賑わっていることが多かったので、こういった落ち着いた雰囲気なのは新鮮だ。
 たこ焼きやリンゴ飴、ラムネといった屋台では定番のものを楽しむ。どれも美味しいな。
 また、ラムネを飲むときは、

 ――プシュッ。
「吹きこぼれずに開けられました! 七夕祭りのときに明斗さんが教えてくれたコツのおかげですっ」

 と、吹きこぼれることなくラムネを開けられたことに氷織は嬉しそうにしていた。七夕祭りのとき、氷織は「吹きこぼしてしまうことが多くて」と言っていたので、ラムネを開ける際にこぼれないコツを教えたっけ。それもあって、嬉しそうにする氷織がとても可愛く思えた。
 屋台を楽しんだ後、俺達は会場を後にして最寄り駅の月野駅へ向かった。
 花火の打ち上げが終わってから30分以上経っているからか、月野駅のホームにいる人の数はまばらだ。
 行くときと同じで先頭車両の止まる位置で電車を待っていると、数分ほどで上り方面の電車がやってきた。
 乗車すると、空席となっている場所がいくつくもあり、2席連続で空いている場所も運良く空いていた。俺達はそこに隣同士に座った。

「座れたな。会場ではずっと立っていたから、座れると楽だな……」
「ふふっ、まったりしていますね。座れると楽ですよね」
「ああ。あと、月野駅に帰る道も、ホームも、この電車もそこまで人が多くないな。花火大会から帰るときにこんな感じなのは初めてだよ」
「花火が終わったらすぐに帰ることが多いと言っていましたもんね。電車で座って帰れるように、今回みたいに花火が終わって30分くらいは屋台を楽しむようにしているんです」
「そうなんだな。帰りも快適だ。これからも、花火が終わった後も屋台がやっている花火大会に行くときは、花火の後に屋台を楽しんでから帰るのがいいな」
「そうですねっ」

 氷織はニコッと笑いながらそう言った。

「花火大会が終わっても、この後……明斗さんの家に一緒に帰って、お泊まりして、明日の夕方まで明斗さんと一緒にいられると思うと嬉しいですね」
「俺も嬉しいよ。あと、七夕祭りから帰ってきたときに同じことを思ったな。お祭りは終わったけど、氷織の家に帰って、氷織とずっと一緒にいられるのが嬉しいってさ」
「そうでしたか。……こういう気持ちなんですね。今の話を聞くと、より嬉しい気持ちになりますね」

 その言葉が心からのものであると示すように、氷織の笑顔は嬉しそうなものに変わって。氷織はそっと俺に寄りかかってきた。車内が涼しいのもあり、氷織の甘い匂いと共に伝わってくる温もりがとても心地いい。

「お泊まりも……楽しみましょうね、明斗さん」
「ああ。楽しもう」

 そう言って、氷織の頭を撫でると……氷織は柔和な笑顔を向けてくれた。
 花火大会は終わったけど、氷織と一緒にいる時間はお泊まりという形で続く。夏休みの思い出になるような楽しい時間にしたい。
 それから、萩窪駅に到着するまでは、今日の花火大会のことなどを氷織と話した。それが楽しくて、萩窪駅に到着するまであっという間だった。

「萩窪に戻ってきたな」
「ええ。明斗さんと付き合うようになって、萩窪駅周辺には何度も来るようになりましたが……夜の萩窪は初めてなので新鮮です。午後9時を過ぎていますけど賑やかなんですね。お店や街灯とかの灯りもあってあまり暗くないですし」

 初めて見る風景だからか、氷織は興味津々な様子で夜の萩窪駅前の様子を見ている。可愛いな。
 夜までバイトをすることがあるので、今のような光景は見慣れている。ただ、氷織と一緒に見るのは初めてなのでちょっと新鮮に感じられた。

「NRと地下鉄の駅があるし、今の時間だとまだ空いている店も結構あるからなぁ。俺も夜の9時頃までバイトすることはあるけど、お客様はそれなりに来るし」
「そうですか。……いい雰囲気ですね」
「そっか。小さい頃から住んでいる身として嬉しい言葉だよ」

 俺がそう言うと、氷織は「ふふっ」と声に出して優しく笑う。お店からの光や街灯、車やバスのライトで氷織の笑顔が照らされてとても綺麗だ。

「夜の萩窪は初めてですし、浴衣姿ですし、甚平姿の明斗さんと一緒ですから、特別な時間を過ごしている感じがします」
「その気持ち分かるな。夜の萩窪を歩くのは慣れているけど、この場所を氷織と一緒に歩くのは初めてだから。服装も浴衣や甚平だし」
「そう言ってもらえて嬉しいです。……それにしても、夜ですからあまり暑くないですね。風が吹くとちょっと涼しく感じられるほどですし」
「そうだな。一番暑い時期だと、今の時間でもかなり暑かったし。夏休み中はこのくらいの時間にバイトから上がるときもあったけど、蒸し暑いから家に帰るとどっと疲れが襲ってくるときもあったよ」
「そうでしたか。バイト上がりに暑い中歩くのは大変そうです。この前、恭子さんのバイト先の助っ人バイトをしたので、明斗さんの気持ちが分かります。家に着いたら疲れましたし」
「そうか。……過ごしやすい気候だから、もうすぐ秋なんだなって思うよ」
「そうですね」

 季節の進みを肌で実感する。

「氷織。コンビニで何かお菓子を買わないか? 今夜や明日の日中に食べるお菓子を」
「いいですね! 買いましょう」

 その後、近くにあるコンビニに行き、マシュマロやクッキー、スティック状のポテトチップスなどを購入した。
 コンビニを後にした俺達は、駅周辺のエリアを離れて、俺の自宅がある住宅街の中に入っていく。

「住宅街に入るととても静かな雰囲気ですね。日中も落ち着いた雰囲気ですが」
「そうだな。駅前が賑やかだから、本当に静かに感じるよ。個人的には、静かなこのあたりを歩くともうすぐ家なんだって思えるよ」
「そのお気持ち分かります。私の家の周辺も静かな雰囲気ですし。笠ヶ谷駅の周辺も萩窪駅ほどではないですけど、賑やかな雰囲気がありますから」
「そうか。共感してくれて嬉しいよ」

 俺がそう言うと、氷織は優しい笑顔で「ふふっ」と声に出して笑う。
 それから程なくして、自宅が見えた。玄関灯や、リビングなど家の中から明かりが感じられて。今日は月野市まで花火大会に行っていたから、自宅が見えるとほっとした気持ちになる。

「明斗さんの家が見えてきましたね」
「ああ。無事に帰ってこられたな」
「はいっ」

 家の敷地に入り、俺が玄関を開けて、

「ただいま」
「ただいま帰りました」

 と、氷織と一緒に帰ってきたことを家族に伝える。氷織と一緒に「ただいま」と言えることが嬉しい。

『おかえりー』

 と、リビングから両親の声が聞こえてきた。また、

「おかえり! 明斗、氷織ちゃん!」

 洗面所からは風呂上がりなのか寝間着姿で肌がほんのりと上気している姉貴が姿を現し、俺達に向かってそう言ってくれる。そのことにも何だか嬉しい気持ちになった。
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