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特別編8
第9話『雷雨』
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その後も、俺と氷織と火村さんと葉月さんの4人で、和男と清水さんの課題を助けていく。途中、小休憩を入れたり、お昼には俺の両親が作ってくれたお昼ご飯のそうめんを食べたりして。
和男も清水さんも分からないところを質問して、しっかりと取り組んでいる。なので、昼食休憩をしてから少しして数学Bの課題が終わり、化学基礎の課題を始める。この調子なら今日中に化学基礎の課題も終わりそうかな。
化学基礎でも引き続き、俺と葉月さんが和男の、氷織と火村さんが清水さんの分からないところを教えていく。
和男は化学基礎が数Bと同じくらいに苦手なので、基本問題から質問されることがある。そんな和男に教えたり葉月さんの分かりやすい解説を聞いたりして、化学基礎もいい復習ができている。化学基礎もしっかり取り組んでいるので順調だ。
清水さんも氷織と火村さんに質問して、一生懸命に取り組んでいる様子だ。休憩のときに進捗状況を訊くと、氷織と火村さんの教え方が分かりやすいので順調とのこと。
化学基礎の課題もあと少しとなった夕方頃、
――サーッ。
と、雨音が聞こえてきた。なので、窓の方を見てみると……空がどんよりとした鉛色の雲に覆われている。今日は朝からよく晴れていたので暗い雰囲気がして。
そういえば、今朝見た天気予報では……今日の関東地方はよく晴れるけど、夕方頃に一部地域では雨が降ったり、雷が鳴ったりするって言っていたっけ。
引き続き、葉月さんと一緒に和男に化学基礎を教えていると、
――ザーッ!
雨音が聞こえてから10分ほどして、急に雨音が大きくなった。こうして雨が強くなると、雷が鳴りそうな気がしてくる。
再度、窓の外を見た瞬間、窓の外がピカッと光り、
――ドーン!
『きゃああっ!』
鋭くて大きな雷鳴が響き渡り、それと同時に氷織と火村さんと清水さんが大きな声で叫んだ。俺の正面にいる3人は、氷織と火村さんが両側から清水さんにしがみついている体勢になっている。3人の顔色が悪いし、体も震えている。
1年の頃に試験対策の勉強会をしているときに雷雨が降ったことがあったから、清水さんが雷が苦手なのは知っている。ただ、この様子だと、どうやら氷織と火村さんも雷が苦手なようだ。
「今のはデカかったなぁ」
「そうッスねぇ。地響きもしたんで結構近くに落ちたッスね」
和男と葉月さんは平然とした様子で喋っている。和男が雷が平気なのは知っているけど、葉月さんも平気なんだな。
ちなみに、俺は雷が平気だ。今は結構近くに落ちたからちょっとビックリしたくらいで。
「葉月さんの言う通りだろうな。今朝の天気予報で、夕方には一部地域で雷雨になるって予報になっていたから、それが当たっちゃったんだな」
「一部地域になってしまったッスか」
「ああ。あと……和男が雷が平気なのは知っていたけど、葉月さんもその様子だと平気っぽいな」
「小さい頃は怖かったッスけど、今は平気ッスね。あと、稲妻を見るとちょっと興奮するッス」
「そうなのか」
まさか、雷でちょっと興奮するタイプだとは。ただ、漫画やアニメだと雷のシーンって迫力あるしかっこいいから、葉月さんの言うことも分かるかも。
「あと……清水さんが雷が苦手なのは知っていたけど、氷織と火村さんも雷が苦手なのかな」
「ええ。遠くでゴロゴロ鳴るくらいなら平気ですけど、さすがに今のように近くで鳴ると怖いですね」
「あたしは小さい頃から雷が大嫌いよ! 今みたいに大きな音がして怖いし。あと、ピカッて光るのも怖いわ!」
氷織は顔色が悪くなった顔に苦笑いをしながら、火村さんは涙目になってそう答えた。2人とも雷が怖いんだな。特に火村さんは。
――コンコン。
『女の子達の悲鳴が聞こえたけど大丈夫?』
『何かあったかい?』
部屋の扉がノックされ、廊下から両親の声が聞こえてきた。氷織達の悲鳴が聞こえたから心配になって来たのだろう。
「今の雷に氷織達が驚いたんだ。それで声を上げて」
『なるほどね。そういうこと』
『雷か。近くに落ちたみたいだもんな。分かった。早く収まってほしいな』
父さんがそう言うと、雷が怖い氷織達は頷いていた。3人が怖がっているし、父さんの言う通り早く雷が収まってほしいな。
悲鳴の理由が雷だと分かったからか、両親は『リビングに戻るよ』と言った。
「ところで、明斗さんって雷は平気なんですか? 見た感じ、平気そうに見えますが」
「平気だよ。さすがに今の雷はちょっとビックリしたけど。ただ、小さい頃は怖かったな」
「そうなんですね。雷が平気だなんて凄いですっ」
氷織は明るい笑顔でそう言ってくれる。まさか、雷で褒められるとは思わなかったな。
――ゴロゴロ。
雷のことを話していると、雷鳴が聞こえてくる。さっきの雷鳴よりはだいぶ小さいけど、一度大きな雷鳴があったからか、今の雷鳴でも氷織達は怖がっている。火村さんは耳を塞いでいる。
「3人がこの様子だから、雷が鳴り止むまでは課題をするのは一旦中断しよう」
「それがいいッスね」
「そうしよう。……美羽、こっち来るか? 俺が一緒のときに雷が鳴ると、美羽は俺のことを抱きしめるし」
和男は優しい笑顔で清水さんにそう問いかける。そういえば、去年、勉強会中に雷が鳴ったときは、清水さんは和男の胸の中に顔を埋めていたっけ。
「うん、そうする」
そう言うと、清水さんはクッションから立ち上がり、和男のところへ。そして、和男のことを抱きしめて胸に顔を埋めた。ああすると怖さが紛れるのかもしれない。
「良ければ、氷織を抱きしめようか」
「はいっ。お願いします」
氷織は笑顔で返事をすると、クッションから立ち上がって俺のところまでやってくる。そして、さっきの清水さんのように俺のことを抱きしめて、俺の胸に顔を埋めてきた。
俺は氷織のことを抱きしめて、頭をそっと撫でた。これで少しは怖さが紛れるといいんだけど。
「氷織も美羽もいいわね。ちょっと羨ましい」
「あたしで良ければ、ヒム子を抱きしめてもいいッスよ。音が怖いなら耳を塞ぐのでもいいッスよ」
「耳を塞ぐのいいわね! しっかりとお願いするわ!」
「了解ッス」
葉月さんはクッションから立ち上がり、火村さんのところへ。火村さんと向かい合う形で座って、両手で火村さんの耳を塞いだ。
「どうッスかー?」
耳を塞いでいるので、葉月さんは大きな声で火村さんに問いかける。
「なかなかいいわ。これは効果ありそう」
火村さんは微笑みながらそう答える。それを見て安心したのか、葉月さんは優しい笑顔で「良かったッス」と言った。何だか微笑ましい光景だ。
依然として、雨がかなり強く降っており、時々『ゴロゴロ』と雷鳴が聞こえてくる。雷鳴が聞こえる度に氷織はピクッと体が震えて。どうやら、今が雷雨のピークのようだ。早く雨雲が過ぎ去ってほしい。
「おっ、また光っ――」
――ドーン!!
『きゃああっ!!』
和男が「また光った」と言い切る前に、先ほどよりもさらに大きな雷鳴が鳴り響いた。そのことで、女子達の悲鳴が響き渡る。ただし、今回の悲鳴は氷織と清水さんだけで、火村さんの声は聞こえてこなかった。
「ううっ、怖いです……」
「怖いよ、和男君……」
氷織と清水さんはそれぞれ弱々しい声で言う。今の雷はかなり凄かったから、怖くて仕方ないのだろう。
俺は右手で氷織の頭をそっと撫でて、左手で背中を優しく擦った。
和男と清水さんの方を見ると……和男が落ち着いた笑顔で清水さんの頭を撫でていた。
「ねえ、沙綾。地響きもしたし、氷織と美羽の絶叫も聞こえたから、かなり近くに落ちたの? 雷の音も聞こえてはいたけど」
火村さんは落ち着いた様子で葉月さんにそう問いかける。
「そうッスよー! さっきよりも近くに雷が落ちたッスー!」
葉月さんは大きな声で火村さんに返答した。
「そうなのね。沙綾がしっかりと耳を押さえてくれたから、ちょっとビックリしたくらいで済んだわ。効果覿面ね!」
「そうッスね! 良かったッス!」
おおっ、火村さんはちょっとビックリしたくらいで済んだのか。まあ、耳を塞ぐのってシンプルな方法だけど、音をある程度防げるもんな。俺も雷が怖かった小さい頃は耳を塞いでいたっけ。
「氷織も耳を塞いでみるか?」
「……お願いします」
氷織は俺が耳を塞ぎやすいように、俺の胸から顔を離す。さっきの雷もあってか、氷織の両目には涙が浮かんでいた。
両目に浮かぶ涙を拭った後、俺は両手で氷織の耳を塞ぐ。葉月さんのようにしっかりと。氷織の顔から伝わってくる温かさや銀色の髪の柔らかさが心地いい。
「氷織、どうだー?」
大きめの声で氷織に問いかける。
「いい感じですっ。音がだいぶ遮断されました」
氷織は微笑みながらそう言ってくれる。結構な効果があるようで良かった。あと、両手で氷織の顔に触れているし、至近距離で見つめ合っているのもあり、氷織の微笑みがとても可愛く思える。
「あたしにもやってくれる? 和男君」
「おう」
と、和男は清水さんの耳を塞いでいた。
それから15分ほど雷雨が続いた。その間、俺は氷織の耳を両手で塞ぎ続ける。
雷がゴロゴロと鳴るけど、幸いにも、2回ほどあった地響きがするような大きな雷が鳴ることはなかった。
雷が鳴り止んだところで、俺は氷織の耳から両手を離した。
「雷が鳴らなくなったよ」
「良かったです」
氷織はほっと胸を撫で下ろし、安堵の笑みを浮かべる。
「抱きしめてくれたり、耳を塞いでくれたりしてくれてありがとうございます、明斗さん」
そう言い、氷織はそっとキスをしてきた。お礼のキスだろうか。
少しして氷織の方から唇を離す。すると、目の前には優しい笑顔で俺を見つめる氷織がいて。雷も止んだし、いつも通りの氷織に戻ったな。
いえいえ、と俺が頭を優しく撫でると、氷織の笑顔は柔らかいものに変わった。
「今回の雷雨はなかなか凄かったね」
「そうね。ただ、沙綾のおかげで、耳を塞いでもらってからは安心できたわ」
「そうだね! 和男君の手は大きかったし!」
清水さんにとっても耳を塞いでもらうのは効果があったか。もしかしたら、今日みたいに一緒にいるときに雷が鳴ったら、耳を塞ぐのが恒例になるかもしれない。
雷が鳴り止み、雷を怖がる氷織と火村さんと清水さんの気持ちも落ち着いたので、化学基礎の課題をやるのを再開する。
雷雨で20分ほど中断したけど、残り少しだったので、午後5時過ぎに和男と清水さんも化学基礎の課題が終わった。
「よし! 化学基礎も終わったぜ!」
「あたしも終わった! これで夏休みの課題が全部終わったよ!」
夏休みの課題が全て終わったので、和男と清水さんはとても嬉しそうに言う。去年も課題が終わると今みたいに喜んでいたっけ。
「2人ともお疲れ様」
「お疲れ様でした」
「お疲れ様! これで部活もデートも楽しめるわね」
「終わって良かったッス! お疲れ様ッス!」
「みんなありがとな! 助かったぜ!」
「みんな本当にありがとう!」
労いの言葉を掛けた俺達4人に、和男と清水さんは明るい笑顔でお礼を言ってくれた。夏休みの課題が終わったから、2人は夏休み中にある残りの部活や花火大会デートを思いっきり楽しむのだろう。
――コンコン。
部屋の扉がノックされた。誰がノックしたんだろう?
はい、と返事をして、俺が部屋の扉を開けると、そこには姉の紙透明実の姿が。ちなみに、姉貴は今日は午前中から、駅前のショッピングセンターの中に入っているアパレルショップでバイトがあった。
「姉貴、バイトが終わったんだ。おかえり」
『おかえりなさい』
氷織達からも「おかえり」と言われたのもあってか、姉貴は嬉しそうな様子に。
「みんなただいま。倉木君と美羽ちゃんは課題終わった?」
「さっき終わりました!」
「あたしもです!」
「終わって良かったね。お疲れ様」
「ところで……どうしたんだ? 俺の部屋に来て」
「倉木君と美羽ちゃんの課題がどうなっているか気になったのと、あとは……オープンキャンパスに興味があるかなって。次の火曜日にサークルの用事があって多摩中央大学に行くんだけど、その日にオープンキャンパスが開催されるの。みんな2年生だし、進路を考えるのにいい機会かなって思って。もし行きたいなら、当日は大学まで連れて行ってあげるよ」
と、姉貴は落ち着いた口調で言う。
オープンキャンパスか。学校説明会や模擬授業を受けたり、キャンパスの中を見学できたりするんだよな。高2だし、進路を具体的に考えるのにいい機会かも。それに、姉貴が通っている多摩中央大学は難関私立大学の一つで、俺達の通っている笠ヶ谷高校にとっては進学の目標としている大学の一つでもあるから。
「俺、行こうかな。火曜日の予定を確認する」
勉強机にあるスマホを手に取り、カレンダーアプリを見ると……火曜日は特に予定はないか。
「予定なかった。俺、行くよ」
「私も行きます」
「あたしも行くッス。火曜日はバイトないッスし、多摩中央大学がどんな感じか気になるッス」
「あたしも特に予定はないから行こうかしら」
「俺は部活があるんでパスで」
「あたしも部活があるのでパスします」
「了解。じゃあ、明斗と氷織ちゃん、沙綾ちゃん、恭子ちゃんは火曜日に一緒に大学に行こうか」
6人中4人がオープンキャンパスに行くことになったからか、姉貴は嬉しそうだ。
オープンキャンパスではあるけど、氷織と火村さんと葉月さんと一緒に大学のキャンパスに行くのは初めてだから楽しみだな。
和男も清水さんも分からないところを質問して、しっかりと取り組んでいる。なので、昼食休憩をしてから少しして数学Bの課題が終わり、化学基礎の課題を始める。この調子なら今日中に化学基礎の課題も終わりそうかな。
化学基礎でも引き続き、俺と葉月さんが和男の、氷織と火村さんが清水さんの分からないところを教えていく。
和男は化学基礎が数Bと同じくらいに苦手なので、基本問題から質問されることがある。そんな和男に教えたり葉月さんの分かりやすい解説を聞いたりして、化学基礎もいい復習ができている。化学基礎もしっかり取り組んでいるので順調だ。
清水さんも氷織と火村さんに質問して、一生懸命に取り組んでいる様子だ。休憩のときに進捗状況を訊くと、氷織と火村さんの教え方が分かりやすいので順調とのこと。
化学基礎の課題もあと少しとなった夕方頃、
――サーッ。
と、雨音が聞こえてきた。なので、窓の方を見てみると……空がどんよりとした鉛色の雲に覆われている。今日は朝からよく晴れていたので暗い雰囲気がして。
そういえば、今朝見た天気予報では……今日の関東地方はよく晴れるけど、夕方頃に一部地域では雨が降ったり、雷が鳴ったりするって言っていたっけ。
引き続き、葉月さんと一緒に和男に化学基礎を教えていると、
――ザーッ!
雨音が聞こえてから10分ほどして、急に雨音が大きくなった。こうして雨が強くなると、雷が鳴りそうな気がしてくる。
再度、窓の外を見た瞬間、窓の外がピカッと光り、
――ドーン!
『きゃああっ!』
鋭くて大きな雷鳴が響き渡り、それと同時に氷織と火村さんと清水さんが大きな声で叫んだ。俺の正面にいる3人は、氷織と火村さんが両側から清水さんにしがみついている体勢になっている。3人の顔色が悪いし、体も震えている。
1年の頃に試験対策の勉強会をしているときに雷雨が降ったことがあったから、清水さんが雷が苦手なのは知っている。ただ、この様子だと、どうやら氷織と火村さんも雷が苦手なようだ。
「今のはデカかったなぁ」
「そうッスねぇ。地響きもしたんで結構近くに落ちたッスね」
和男と葉月さんは平然とした様子で喋っている。和男が雷が平気なのは知っているけど、葉月さんも平気なんだな。
ちなみに、俺は雷が平気だ。今は結構近くに落ちたからちょっとビックリしたくらいで。
「葉月さんの言う通りだろうな。今朝の天気予報で、夕方には一部地域で雷雨になるって予報になっていたから、それが当たっちゃったんだな」
「一部地域になってしまったッスか」
「ああ。あと……和男が雷が平気なのは知っていたけど、葉月さんもその様子だと平気っぽいな」
「小さい頃は怖かったッスけど、今は平気ッスね。あと、稲妻を見るとちょっと興奮するッス」
「そうなのか」
まさか、雷でちょっと興奮するタイプだとは。ただ、漫画やアニメだと雷のシーンって迫力あるしかっこいいから、葉月さんの言うことも分かるかも。
「あと……清水さんが雷が苦手なのは知っていたけど、氷織と火村さんも雷が苦手なのかな」
「ええ。遠くでゴロゴロ鳴るくらいなら平気ですけど、さすがに今のように近くで鳴ると怖いですね」
「あたしは小さい頃から雷が大嫌いよ! 今みたいに大きな音がして怖いし。あと、ピカッて光るのも怖いわ!」
氷織は顔色が悪くなった顔に苦笑いをしながら、火村さんは涙目になってそう答えた。2人とも雷が怖いんだな。特に火村さんは。
――コンコン。
『女の子達の悲鳴が聞こえたけど大丈夫?』
『何かあったかい?』
部屋の扉がノックされ、廊下から両親の声が聞こえてきた。氷織達の悲鳴が聞こえたから心配になって来たのだろう。
「今の雷に氷織達が驚いたんだ。それで声を上げて」
『なるほどね。そういうこと』
『雷か。近くに落ちたみたいだもんな。分かった。早く収まってほしいな』
父さんがそう言うと、雷が怖い氷織達は頷いていた。3人が怖がっているし、父さんの言う通り早く雷が収まってほしいな。
悲鳴の理由が雷だと分かったからか、両親は『リビングに戻るよ』と言った。
「ところで、明斗さんって雷は平気なんですか? 見た感じ、平気そうに見えますが」
「平気だよ。さすがに今の雷はちょっとビックリしたけど。ただ、小さい頃は怖かったな」
「そうなんですね。雷が平気だなんて凄いですっ」
氷織は明るい笑顔でそう言ってくれる。まさか、雷で褒められるとは思わなかったな。
――ゴロゴロ。
雷のことを話していると、雷鳴が聞こえてくる。さっきの雷鳴よりはだいぶ小さいけど、一度大きな雷鳴があったからか、今の雷鳴でも氷織達は怖がっている。火村さんは耳を塞いでいる。
「3人がこの様子だから、雷が鳴り止むまでは課題をするのは一旦中断しよう」
「それがいいッスね」
「そうしよう。……美羽、こっち来るか? 俺が一緒のときに雷が鳴ると、美羽は俺のことを抱きしめるし」
和男は優しい笑顔で清水さんにそう問いかける。そういえば、去年、勉強会中に雷が鳴ったときは、清水さんは和男の胸の中に顔を埋めていたっけ。
「うん、そうする」
そう言うと、清水さんはクッションから立ち上がり、和男のところへ。そして、和男のことを抱きしめて胸に顔を埋めた。ああすると怖さが紛れるのかもしれない。
「良ければ、氷織を抱きしめようか」
「はいっ。お願いします」
氷織は笑顔で返事をすると、クッションから立ち上がって俺のところまでやってくる。そして、さっきの清水さんのように俺のことを抱きしめて、俺の胸に顔を埋めてきた。
俺は氷織のことを抱きしめて、頭をそっと撫でた。これで少しは怖さが紛れるといいんだけど。
「氷織も美羽もいいわね。ちょっと羨ましい」
「あたしで良ければ、ヒム子を抱きしめてもいいッスよ。音が怖いなら耳を塞ぐのでもいいッスよ」
「耳を塞ぐのいいわね! しっかりとお願いするわ!」
「了解ッス」
葉月さんはクッションから立ち上がり、火村さんのところへ。火村さんと向かい合う形で座って、両手で火村さんの耳を塞いだ。
「どうッスかー?」
耳を塞いでいるので、葉月さんは大きな声で火村さんに問いかける。
「なかなかいいわ。これは効果ありそう」
火村さんは微笑みながらそう答える。それを見て安心したのか、葉月さんは優しい笑顔で「良かったッス」と言った。何だか微笑ましい光景だ。
依然として、雨がかなり強く降っており、時々『ゴロゴロ』と雷鳴が聞こえてくる。雷鳴が聞こえる度に氷織はピクッと体が震えて。どうやら、今が雷雨のピークのようだ。早く雨雲が過ぎ去ってほしい。
「おっ、また光っ――」
――ドーン!!
『きゃああっ!!』
和男が「また光った」と言い切る前に、先ほどよりもさらに大きな雷鳴が鳴り響いた。そのことで、女子達の悲鳴が響き渡る。ただし、今回の悲鳴は氷織と清水さんだけで、火村さんの声は聞こえてこなかった。
「ううっ、怖いです……」
「怖いよ、和男君……」
氷織と清水さんはそれぞれ弱々しい声で言う。今の雷はかなり凄かったから、怖くて仕方ないのだろう。
俺は右手で氷織の頭をそっと撫でて、左手で背中を優しく擦った。
和男と清水さんの方を見ると……和男が落ち着いた笑顔で清水さんの頭を撫でていた。
「ねえ、沙綾。地響きもしたし、氷織と美羽の絶叫も聞こえたから、かなり近くに落ちたの? 雷の音も聞こえてはいたけど」
火村さんは落ち着いた様子で葉月さんにそう問いかける。
「そうッスよー! さっきよりも近くに雷が落ちたッスー!」
葉月さんは大きな声で火村さんに返答した。
「そうなのね。沙綾がしっかりと耳を押さえてくれたから、ちょっとビックリしたくらいで済んだわ。効果覿面ね!」
「そうッスね! 良かったッス!」
おおっ、火村さんはちょっとビックリしたくらいで済んだのか。まあ、耳を塞ぐのってシンプルな方法だけど、音をある程度防げるもんな。俺も雷が怖かった小さい頃は耳を塞いでいたっけ。
「氷織も耳を塞いでみるか?」
「……お願いします」
氷織は俺が耳を塞ぎやすいように、俺の胸から顔を離す。さっきの雷もあってか、氷織の両目には涙が浮かんでいた。
両目に浮かぶ涙を拭った後、俺は両手で氷織の耳を塞ぐ。葉月さんのようにしっかりと。氷織の顔から伝わってくる温かさや銀色の髪の柔らかさが心地いい。
「氷織、どうだー?」
大きめの声で氷織に問いかける。
「いい感じですっ。音がだいぶ遮断されました」
氷織は微笑みながらそう言ってくれる。結構な効果があるようで良かった。あと、両手で氷織の顔に触れているし、至近距離で見つめ合っているのもあり、氷織の微笑みがとても可愛く思える。
「あたしにもやってくれる? 和男君」
「おう」
と、和男は清水さんの耳を塞いでいた。
それから15分ほど雷雨が続いた。その間、俺は氷織の耳を両手で塞ぎ続ける。
雷がゴロゴロと鳴るけど、幸いにも、2回ほどあった地響きがするような大きな雷が鳴ることはなかった。
雷が鳴り止んだところで、俺は氷織の耳から両手を離した。
「雷が鳴らなくなったよ」
「良かったです」
氷織はほっと胸を撫で下ろし、安堵の笑みを浮かべる。
「抱きしめてくれたり、耳を塞いでくれたりしてくれてありがとうございます、明斗さん」
そう言い、氷織はそっとキスをしてきた。お礼のキスだろうか。
少しして氷織の方から唇を離す。すると、目の前には優しい笑顔で俺を見つめる氷織がいて。雷も止んだし、いつも通りの氷織に戻ったな。
いえいえ、と俺が頭を優しく撫でると、氷織の笑顔は柔らかいものに変わった。
「今回の雷雨はなかなか凄かったね」
「そうね。ただ、沙綾のおかげで、耳を塞いでもらってからは安心できたわ」
「そうだね! 和男君の手は大きかったし!」
清水さんにとっても耳を塞いでもらうのは効果があったか。もしかしたら、今日みたいに一緒にいるときに雷が鳴ったら、耳を塞ぐのが恒例になるかもしれない。
雷が鳴り止み、雷を怖がる氷織と火村さんと清水さんの気持ちも落ち着いたので、化学基礎の課題をやるのを再開する。
雷雨で20分ほど中断したけど、残り少しだったので、午後5時過ぎに和男と清水さんも化学基礎の課題が終わった。
「よし! 化学基礎も終わったぜ!」
「あたしも終わった! これで夏休みの課題が全部終わったよ!」
夏休みの課題が全て終わったので、和男と清水さんはとても嬉しそうに言う。去年も課題が終わると今みたいに喜んでいたっけ。
「2人ともお疲れ様」
「お疲れ様でした」
「お疲れ様! これで部活もデートも楽しめるわね」
「終わって良かったッス! お疲れ様ッス!」
「みんなありがとな! 助かったぜ!」
「みんな本当にありがとう!」
労いの言葉を掛けた俺達4人に、和男と清水さんは明るい笑顔でお礼を言ってくれた。夏休みの課題が終わったから、2人は夏休み中にある残りの部活や花火大会デートを思いっきり楽しむのだろう。
――コンコン。
部屋の扉がノックされた。誰がノックしたんだろう?
はい、と返事をして、俺が部屋の扉を開けると、そこには姉の紙透明実の姿が。ちなみに、姉貴は今日は午前中から、駅前のショッピングセンターの中に入っているアパレルショップでバイトがあった。
「姉貴、バイトが終わったんだ。おかえり」
『おかえりなさい』
氷織達からも「おかえり」と言われたのもあってか、姉貴は嬉しそうな様子に。
「みんなただいま。倉木君と美羽ちゃんは課題終わった?」
「さっき終わりました!」
「あたしもです!」
「終わって良かったね。お疲れ様」
「ところで……どうしたんだ? 俺の部屋に来て」
「倉木君と美羽ちゃんの課題がどうなっているか気になったのと、あとは……オープンキャンパスに興味があるかなって。次の火曜日にサークルの用事があって多摩中央大学に行くんだけど、その日にオープンキャンパスが開催されるの。みんな2年生だし、進路を考えるのにいい機会かなって思って。もし行きたいなら、当日は大学まで連れて行ってあげるよ」
と、姉貴は落ち着いた口調で言う。
オープンキャンパスか。学校説明会や模擬授業を受けたり、キャンパスの中を見学できたりするんだよな。高2だし、進路を具体的に考えるのにいい機会かも。それに、姉貴が通っている多摩中央大学は難関私立大学の一つで、俺達の通っている笠ヶ谷高校にとっては進学の目標としている大学の一つでもあるから。
「俺、行こうかな。火曜日の予定を確認する」
勉強机にあるスマホを手に取り、カレンダーアプリを見ると……火曜日は特に予定はないか。
「予定なかった。俺、行くよ」
「私も行きます」
「あたしも行くッス。火曜日はバイトないッスし、多摩中央大学がどんな感じか気になるッス」
「あたしも特に予定はないから行こうかしら」
「俺は部活があるんでパスで」
「あたしも部活があるのでパスします」
「了解。じゃあ、明斗と氷織ちゃん、沙綾ちゃん、恭子ちゃんは火曜日に一緒に大学に行こうか」
6人中4人がオープンキャンパスに行くことになったからか、姉貴は嬉しそうだ。
オープンキャンパスではあるけど、氷織と火村さんと葉月さんと一緒に大学のキャンパスに行くのは初めてだから楽しみだな。
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