174 / 190
特別編8
第6話『触っていいのは私だけです。』
しおりを挟む
「ふあああっ……」
とても気持ちいい気分の中で目を覚ました。寝る前と同じく、視界には黒いビキニに包まれた氷織の大きな胸があって。そのおかげで、とてもいい目覚めになった気がする。
「あっ、起きましたね」
氷織は俺のことを覗き込みながらそう言った。そんな氷織の顔にはいつもの優しい笑みが浮かんでいて。目を覚ましてすぐに氷織の笑顔を見られることに癒やされて、幸せな気持ちになる。
「おはよう、氷織」
「おはようございます」
「どのくらい寝てた?」
「30分くらいでしょうか」
「30分か。昼寝にはちょうどいい時間だな。氷織の膝枕のおかげで気持ち良く寝られたよ。ありがとう」
そうお礼を言って、俺はゆっくりと体を起こした。その際に、氷織におはようと膝枕のお礼のキスをした。
30分昼寝したのもあって、眠気がなくなってスッキリしている。これなら、午後も氷織と一緒に海水浴デートを楽しめそうだ。
「いえいえ。私も明斗さんを膝枕して楽しかったです。寝ている明斗さんの写真をスマホで撮ったり、そっと体を触ったりして」
「そうだったのか」
色々なことをしていたんだな。
「あと……お試しで付き合っている頃、初めて私の家でお家デートしたときのことを思い出していました。あのときも、明斗さんは私の膝枕でお昼寝をしましたから」
「そうだったな。あれが初めての膝枕だったな。氷織の膝枕があまりに気持ち良かったから。あのときも30分くらい寝たっけ」
「そうでしたね。あのときは私が起こす形でしたね」
「そうだったな」
今回みたいに自然に起きるのも気持ちいいけど、氷織に起こされる形で起きるのも気持ち良かったな。
初めて膝枕をしたときのことを思い出しているのか、氷織は穏やかな笑顔になっている。
「あのときはゴールデンウィークでしたから、もう3ヶ月半以上経つんですね」
「そうだな。お試しで付き合っていた頃だから、結構昔のことのように感じる」
「そうですね」
3ヶ月半ほどの間に色々なことがあったし、その中で俺と氷織も正式に付き合う関係になった。正式に付き合い始めてからはキスもよくしているし、何度も肌を重ねている。それもあって、初めて膝枕してもらった頃が昔のことに思える。
「……あっ」
お昼ご飯のときに、氷織が持ってきてくれた麦茶を全部飲んだからだろうか。急にもよおしてきた。
「氷織。お手洗いに行ってくるよ」
「分かりました。いってらっしゃい」
俺はビーチサンダルを履いて、海水浴場の端の方にあるお手洗いへと向かう。俺達の拠点は海水浴場のやや外れの方にあるので、お手洗いまでは割と近い。
お手洗いで無事に用を済ませて、レジャーシートに向かって歩き始める。
お昼過ぎの時間帯なのもあって、俺達がこの海水浴場に来たときよりも人が多くなっているなぁ。砂浜の端の方まで、ビーチパラソルやレジャーシートなどを使って確保されている場所が増えている。
あと、ビーチにいる人の中には、ラムネを飲む人やかき氷を食べる人とかがいて。お昼ご飯を作ってくれたお礼に、ああいった冷たいものを氷織に奢りたいな。そんなことを思いながら海水浴場を歩いているときだった。
「あらぁ、凄くイケメンな子」
「凄くかっこいいね! 背も高くて体つきもいい感じ」
目の前に金髪の女性と黒髪の女性が立ちはだかった。2人とも若そうだけど、高校にいる女子よりは大人っぽい雰囲気だ。大学生から20代半ばくらいだろうか。
2人とも興味津々そうな様子で俺のことを見ている。この様子からして逆ナンかな。
「ねえねえ、お姉さん達と一緒に遊ばない?」
「今日の海水浴場では君が一番いいと思ってるよ!」
逆ナンだった。
この海水浴場に来てから氷織と一緒にいるけど、今は一人。一人でいるからナンパしようと思ったのだろう。
前回の海水浴ではお手洗いからの帰りに火村さんがナンパされたけど、今回は俺がナンパされるとは。それに、前回は水着に着替えて、和男と一緒に氷織達を待っているときに女性に逆ナンされたし。男女問わず、この海水浴場はナンパスポットなのだろうか。そんなことを考えていたら、女性達は俺のお腹のあたりをペタペタと触ってきた。
「わあっ、いい体してる」
「そうだね」
俺の体を触って女性達はますます興味津々な様子になる。見知らぬ人に勝手に素肌を触られるのって嫌な気分だ。
プールデートのとき、氷織はお手洗いの前で男達にナンパされていた。氷織の場合は俺が駆けつけたから男達に触られずに済んだけど、あのときの氷織もこういったような気持ちを抱いていたのだろうか。
「勝手に触らないでください」
俺は女性達から一歩引く。
「えぇ。別にいいじゃない、褒めているんだし」
「それに減るものじゃないんだしね」
「見知らぬ人から勝手に体を触られるのが嫌なんです。あと、彼女と一緒に海水浴デートに来ているんで。そういうお誘いはお断りします」
「彼女と来ているの?」
「本当なの?」
「本当ですよ。私がこちらの男性の彼女なので」
そう言う氷織の声が聞こえた。
声がした方に視線を向けると、氷織がすぐ側まで来ていた。氷織の存在に安心感を抱く。
氷織は俺と目が合うとニコッとした可愛い笑みを見せ、女性達の方を向きながら俺の右腕をぎゅっと抱きしめてきた。
「私という彼女がいますので、これ以上彼にナンパするのは止めてください。あと、私の彼氏が嫌がることをしないでください。勝手に彼の体を触らないでください。触っていいのは……私だけなんですから」
氷織は真剣な様子で女性達のことをしっかりと見ながらそう言った。あと、氷織の言葉が嬉しいし、心強くも感じられる。
彼女である氷織の登場と、氷織からの強い拒否の言葉に女性達は気まずそうにしている。
「えっと、その……本当に彼女と一緒に来ていたんですね。すみません」
「人様の彼氏の体を勝手に触っちゃってごめんなさい」
「た、楽しいデートにしてくださいねっ!」
「もうナンパしませんので!」
苦笑いをしながら謝罪の言葉を言うと、女性達は早歩きで俺達の元から立ち去っていった。女性達がいなくなってくれて一安心だ。
「立ち去ってくれて良かった。来てくれてありがとう、氷織」
「いえいえ」
氷織はそう言うと、俺にニコッと笑いかけてくれる。
「お手洗いのある方を見ながら明斗さんの帰りを待っていたら、さっきの女性達が明斗さんの前に立ち止まったのが見えまして。明斗さんの体を触っていたのが見えたので、これはナンパ目的だと思って、明斗さんのところへ行ったんです。明斗さんが嫌そうな様子になっていたので急がなければと」
「なるほどな。来てくれて助かったよ。俺の体を触ってきたし、彼女とデートに来たって言っても本当なのかって疑っていたから。氷織が来なければ、もっとしつこく食い下がられていたかもしれない。氷織が来てくれて安心したよ」
「そうですか。早く気づけて良かったです」
氷織は穏やかな笑顔でそう言ってくれる。さっきナンパされたのもあって、氷織の笑顔を見ているととても安心感がある。
「前回は恭子さんで、今回は明斗さんですか。あと、前回は倉木さんと一緒に、私達が着替えるのを待っていたときにナンパされたんでしたっけ。この海水浴場はナンパのスポットなんですかね? 明斗さん達が素敵なのもあると思いますが」
「俺もナンパされたときに、ここがナンパスポットかなとは思ったよ」
「そうでしたか。あと、明斗さんはゴールデンウィーク中にも逆ナンされていましたよね。萩窪駅の周辺でデートするときの待ち合わせで」
「あったなぁ」
ゴールデンウィークの頃、氷織と萩窪デートした。その待ち合わせ場所で、俺は氷織と会う前に大学生の女性に逆ナンされたっけ。俺の中ではセクシーお姉さんと呼んでいた。氷織とお試しで付き合っていた頃の話なので、結構前のことのように感じる。
「明斗さんはとてもかっこよくて素敵ですからね。ナンパしたくなる女性が多いのかもしれません」
「そう……なのかな? ただ、かっこよくて素敵だって氷織が言ってくれるのは嬉しいよ。……プールデートのとき、氷織は男達にナンパされていただろう? あのときの氷織ってこういう気持ちだったのかなって思ったよ。あの女性達に体を触られて嫌だなって思ったときに」
「私の場合は明斗さんのおかげで体を触られることはありませんでしたが、逃げるつもりかって大声で言われたので、それが怖くて嫌でしたね。明斗さんが助けに来てくれて安心したのをよく覚えています」
「そっか。あと、俺を触っていいのは私だけって言ってくれたのが嬉しかったし、可愛かったな」
「あの女性達が明斗さんの体を触っているのを見て嫌な気持ちになりましたからね。明斗さんも嫌がっていましたし。なので、ああいったことを言いました」
氷織は照れくさそうな笑顔で話す。そんな氷織がとても可愛くて、愛らしいなって思う。
「ここに来てくれて、俺を助けてくれてありがとう、氷織」
俺は氷織にお礼のキスをする。
何秒かして俺から唇を離すと、目の前にはほんのりと頬を赤くしながら可愛い笑顔で俺を見つめる氷織がいた。
「いえいえ。彼女として明斗さんを助けられて良かったです」
「ありがとう。……なあ、氷織。美味しいお昼ご飯を用意してくれたこととナンパから助けてくれたことのお礼に、海の家で何か冷たいものを奢らせてくれないか? まあ、ナンパされる前に、お昼のお礼に奢りたいって考えていたけど」
「ふふっ、そうですか。では……お言葉に甘えて、かき氷を奢ってください」
「分かった」
その後、俺達は財布を取りにレジャーシートに戻ってから、近くにある海の家へかき氷を買いに行った。
お昼過ぎの時間帯なのもあり、10分ほど並んでかき氷を買うことができた。俺はメロン味で、氷織はイチゴ味。約束通り、氷織のかき氷は俺が奢った。
レジャーシートに戻って、俺達はスマホでかき氷の写真を撮る。
「では、イチゴ味のかき氷いただきますっ!」
「どうぞ召し上がれ。俺もメロン味いただきます」
俺はスプーンでメロン味のかき氷を一口分掬い、口の中に入れる。
「おぉ……」
口の中に入れた瞬間、かなりの冷たさを感じて。氷なので当たり前だけど、この冷たさに思わず声が漏れてしまった。そんな俺の反応を見てか、氷織はかき氷を食べながら「ふふっ」と笑っている。
冷たさと共に、シロップの強い甘味とメロンの風味が感じられて美味しいな。
「あぁ、冷たくて美味しい」
「イチゴ味のかき氷も美味しいです!」
そう言って、氷織はイチゴ味のかき氷をもう一口食べる。美味しいのか「う~ん!」と可愛らしい声を出して。そんな氷織を見て、自然と頬が緩んでいく。
俺もメロン味のかき氷をもう一口食べると……さっきよりも甘味が増したような気がした。
「昔、家族で海へ遊びに行くと、両親が海の家でかき氷やラムネといった冷たいものを買ってくれました」
「そうだったんだ。俺も家族で海に来たときは、両親に冷たいものを買ってもらったな。かき氷やラムネはもちろん、海の家で氷水に冷やしたスイカとかも」
「ふふっ、そうだったんですね。かき氷を食べると、七海と舌を見せ合って舌がシロップの色に染まっているか確認し合いましたね」
「俺も姉貴とやった」
舌を見せ合って色を確認するのって、かき氷を食べたときのあるあるな行動の一つなのかもしれない。
氷織とお互いに思い出を語ったのもあり、メロン味のかき氷がますます美味しく感じられる。こういう思い出話は食べ物を美味しくするいい調味料なのかもしれない。
「明斗さん」
俺の名前を呼ぶと、氷織は舌を出して、
「ひた、あかくなっへまふか?」
と言ってきた。今の話の流れからして、「舌、赤くなってますか?」って訊いているのだろう。
氷織の舌を見てみると……一部分が赤くなっている。イチゴシロップによるものだろう。舌が赤いのはもちろん、舌を出しながら喋る氷織がとても可愛い。
「うん、赤くなってるよ」
と言って、俺はスマホで舌を出している氷織を撮影した。あと、写真で改めてみると、舌を出している氷織って可愛いだけじゃなくて、ちょっとエロさも感じられる。
舌を出した氷織の写真を氷織本人に見せると、氷織はクスッと笑う。
「赤くなってますね」
「ああ、なってる」
「ふふっ。……明斗さんの舌が緑色になっているかどうか見たいです」
「分かった」
俺は舌を出して、
「ほうだ?」
と、氷織に問いかける。「どうだ?」と訊いているのだけど、舌を出した状態だから喋りにくいな。
「ふふっ、可愛いです。明斗さんの舌……見事にメロンの緑色になっていますね」
やっぱりなっていたか。
氷織は自分のスマホを使って、舌を出している俺の写真を撮影した。こんな感じです、と画面を見せると、俺の舌は見事に緑色になっていた。
「ほんとだ、緑色になってる」
「ふふっ。いい写真が撮れました。LIMEで送っておきますね」
「ありがとう。俺も送るよ」
「ありがとうございますっ」
俺達はシロップで色が変わった舌を出した写真を送り合った。自分が写っている写真だけど、氷織が撮ってもらったものだといい写真に思える。
それからも俺達はかき氷を楽しむ。俺の選んだメロン味はもちろん、
「明斗さん、あ~ん」
「氷織もあーん」
氷織と一口交換して食べさせてもらったイチゴ味も美味しくて。氷織もメロン味も美味しいと言って。まあ、かき氷のシロップは同じ味で、色や香料の違いで脳を錯覚させて違う味なのだと認識させられるそうだけど。それでも、氷織のおかげで2種類の味を楽しめたのだと思えて幸せな気持ちになれた。
とても気持ちいい気分の中で目を覚ました。寝る前と同じく、視界には黒いビキニに包まれた氷織の大きな胸があって。そのおかげで、とてもいい目覚めになった気がする。
「あっ、起きましたね」
氷織は俺のことを覗き込みながらそう言った。そんな氷織の顔にはいつもの優しい笑みが浮かんでいて。目を覚ましてすぐに氷織の笑顔を見られることに癒やされて、幸せな気持ちになる。
「おはよう、氷織」
「おはようございます」
「どのくらい寝てた?」
「30分くらいでしょうか」
「30分か。昼寝にはちょうどいい時間だな。氷織の膝枕のおかげで気持ち良く寝られたよ。ありがとう」
そうお礼を言って、俺はゆっくりと体を起こした。その際に、氷織におはようと膝枕のお礼のキスをした。
30分昼寝したのもあって、眠気がなくなってスッキリしている。これなら、午後も氷織と一緒に海水浴デートを楽しめそうだ。
「いえいえ。私も明斗さんを膝枕して楽しかったです。寝ている明斗さんの写真をスマホで撮ったり、そっと体を触ったりして」
「そうだったのか」
色々なことをしていたんだな。
「あと……お試しで付き合っている頃、初めて私の家でお家デートしたときのことを思い出していました。あのときも、明斗さんは私の膝枕でお昼寝をしましたから」
「そうだったな。あれが初めての膝枕だったな。氷織の膝枕があまりに気持ち良かったから。あのときも30分くらい寝たっけ」
「そうでしたね。あのときは私が起こす形でしたね」
「そうだったな」
今回みたいに自然に起きるのも気持ちいいけど、氷織に起こされる形で起きるのも気持ち良かったな。
初めて膝枕をしたときのことを思い出しているのか、氷織は穏やかな笑顔になっている。
「あのときはゴールデンウィークでしたから、もう3ヶ月半以上経つんですね」
「そうだな。お試しで付き合っていた頃だから、結構昔のことのように感じる」
「そうですね」
3ヶ月半ほどの間に色々なことがあったし、その中で俺と氷織も正式に付き合う関係になった。正式に付き合い始めてからはキスもよくしているし、何度も肌を重ねている。それもあって、初めて膝枕してもらった頃が昔のことに思える。
「……あっ」
お昼ご飯のときに、氷織が持ってきてくれた麦茶を全部飲んだからだろうか。急にもよおしてきた。
「氷織。お手洗いに行ってくるよ」
「分かりました。いってらっしゃい」
俺はビーチサンダルを履いて、海水浴場の端の方にあるお手洗いへと向かう。俺達の拠点は海水浴場のやや外れの方にあるので、お手洗いまでは割と近い。
お手洗いで無事に用を済ませて、レジャーシートに向かって歩き始める。
お昼過ぎの時間帯なのもあって、俺達がこの海水浴場に来たときよりも人が多くなっているなぁ。砂浜の端の方まで、ビーチパラソルやレジャーシートなどを使って確保されている場所が増えている。
あと、ビーチにいる人の中には、ラムネを飲む人やかき氷を食べる人とかがいて。お昼ご飯を作ってくれたお礼に、ああいった冷たいものを氷織に奢りたいな。そんなことを思いながら海水浴場を歩いているときだった。
「あらぁ、凄くイケメンな子」
「凄くかっこいいね! 背も高くて体つきもいい感じ」
目の前に金髪の女性と黒髪の女性が立ちはだかった。2人とも若そうだけど、高校にいる女子よりは大人っぽい雰囲気だ。大学生から20代半ばくらいだろうか。
2人とも興味津々そうな様子で俺のことを見ている。この様子からして逆ナンかな。
「ねえねえ、お姉さん達と一緒に遊ばない?」
「今日の海水浴場では君が一番いいと思ってるよ!」
逆ナンだった。
この海水浴場に来てから氷織と一緒にいるけど、今は一人。一人でいるからナンパしようと思ったのだろう。
前回の海水浴ではお手洗いからの帰りに火村さんがナンパされたけど、今回は俺がナンパされるとは。それに、前回は水着に着替えて、和男と一緒に氷織達を待っているときに女性に逆ナンされたし。男女問わず、この海水浴場はナンパスポットなのだろうか。そんなことを考えていたら、女性達は俺のお腹のあたりをペタペタと触ってきた。
「わあっ、いい体してる」
「そうだね」
俺の体を触って女性達はますます興味津々な様子になる。見知らぬ人に勝手に素肌を触られるのって嫌な気分だ。
プールデートのとき、氷織はお手洗いの前で男達にナンパされていた。氷織の場合は俺が駆けつけたから男達に触られずに済んだけど、あのときの氷織もこういったような気持ちを抱いていたのだろうか。
「勝手に触らないでください」
俺は女性達から一歩引く。
「えぇ。別にいいじゃない、褒めているんだし」
「それに減るものじゃないんだしね」
「見知らぬ人から勝手に体を触られるのが嫌なんです。あと、彼女と一緒に海水浴デートに来ているんで。そういうお誘いはお断りします」
「彼女と来ているの?」
「本当なの?」
「本当ですよ。私がこちらの男性の彼女なので」
そう言う氷織の声が聞こえた。
声がした方に視線を向けると、氷織がすぐ側まで来ていた。氷織の存在に安心感を抱く。
氷織は俺と目が合うとニコッとした可愛い笑みを見せ、女性達の方を向きながら俺の右腕をぎゅっと抱きしめてきた。
「私という彼女がいますので、これ以上彼にナンパするのは止めてください。あと、私の彼氏が嫌がることをしないでください。勝手に彼の体を触らないでください。触っていいのは……私だけなんですから」
氷織は真剣な様子で女性達のことをしっかりと見ながらそう言った。あと、氷織の言葉が嬉しいし、心強くも感じられる。
彼女である氷織の登場と、氷織からの強い拒否の言葉に女性達は気まずそうにしている。
「えっと、その……本当に彼女と一緒に来ていたんですね。すみません」
「人様の彼氏の体を勝手に触っちゃってごめんなさい」
「た、楽しいデートにしてくださいねっ!」
「もうナンパしませんので!」
苦笑いをしながら謝罪の言葉を言うと、女性達は早歩きで俺達の元から立ち去っていった。女性達がいなくなってくれて一安心だ。
「立ち去ってくれて良かった。来てくれてありがとう、氷織」
「いえいえ」
氷織はそう言うと、俺にニコッと笑いかけてくれる。
「お手洗いのある方を見ながら明斗さんの帰りを待っていたら、さっきの女性達が明斗さんの前に立ち止まったのが見えまして。明斗さんの体を触っていたのが見えたので、これはナンパ目的だと思って、明斗さんのところへ行ったんです。明斗さんが嫌そうな様子になっていたので急がなければと」
「なるほどな。来てくれて助かったよ。俺の体を触ってきたし、彼女とデートに来たって言っても本当なのかって疑っていたから。氷織が来なければ、もっとしつこく食い下がられていたかもしれない。氷織が来てくれて安心したよ」
「そうですか。早く気づけて良かったです」
氷織は穏やかな笑顔でそう言ってくれる。さっきナンパされたのもあって、氷織の笑顔を見ているととても安心感がある。
「前回は恭子さんで、今回は明斗さんですか。あと、前回は倉木さんと一緒に、私達が着替えるのを待っていたときにナンパされたんでしたっけ。この海水浴場はナンパのスポットなんですかね? 明斗さん達が素敵なのもあると思いますが」
「俺もナンパされたときに、ここがナンパスポットかなとは思ったよ」
「そうでしたか。あと、明斗さんはゴールデンウィーク中にも逆ナンされていましたよね。萩窪駅の周辺でデートするときの待ち合わせで」
「あったなぁ」
ゴールデンウィークの頃、氷織と萩窪デートした。その待ち合わせ場所で、俺は氷織と会う前に大学生の女性に逆ナンされたっけ。俺の中ではセクシーお姉さんと呼んでいた。氷織とお試しで付き合っていた頃の話なので、結構前のことのように感じる。
「明斗さんはとてもかっこよくて素敵ですからね。ナンパしたくなる女性が多いのかもしれません」
「そう……なのかな? ただ、かっこよくて素敵だって氷織が言ってくれるのは嬉しいよ。……プールデートのとき、氷織は男達にナンパされていただろう? あのときの氷織ってこういう気持ちだったのかなって思ったよ。あの女性達に体を触られて嫌だなって思ったときに」
「私の場合は明斗さんのおかげで体を触られることはありませんでしたが、逃げるつもりかって大声で言われたので、それが怖くて嫌でしたね。明斗さんが助けに来てくれて安心したのをよく覚えています」
「そっか。あと、俺を触っていいのは私だけって言ってくれたのが嬉しかったし、可愛かったな」
「あの女性達が明斗さんの体を触っているのを見て嫌な気持ちになりましたからね。明斗さんも嫌がっていましたし。なので、ああいったことを言いました」
氷織は照れくさそうな笑顔で話す。そんな氷織がとても可愛くて、愛らしいなって思う。
「ここに来てくれて、俺を助けてくれてありがとう、氷織」
俺は氷織にお礼のキスをする。
何秒かして俺から唇を離すと、目の前にはほんのりと頬を赤くしながら可愛い笑顔で俺を見つめる氷織がいた。
「いえいえ。彼女として明斗さんを助けられて良かったです」
「ありがとう。……なあ、氷織。美味しいお昼ご飯を用意してくれたこととナンパから助けてくれたことのお礼に、海の家で何か冷たいものを奢らせてくれないか? まあ、ナンパされる前に、お昼のお礼に奢りたいって考えていたけど」
「ふふっ、そうですか。では……お言葉に甘えて、かき氷を奢ってください」
「分かった」
その後、俺達は財布を取りにレジャーシートに戻ってから、近くにある海の家へかき氷を買いに行った。
お昼過ぎの時間帯なのもあり、10分ほど並んでかき氷を買うことができた。俺はメロン味で、氷織はイチゴ味。約束通り、氷織のかき氷は俺が奢った。
レジャーシートに戻って、俺達はスマホでかき氷の写真を撮る。
「では、イチゴ味のかき氷いただきますっ!」
「どうぞ召し上がれ。俺もメロン味いただきます」
俺はスプーンでメロン味のかき氷を一口分掬い、口の中に入れる。
「おぉ……」
口の中に入れた瞬間、かなりの冷たさを感じて。氷なので当たり前だけど、この冷たさに思わず声が漏れてしまった。そんな俺の反応を見てか、氷織はかき氷を食べながら「ふふっ」と笑っている。
冷たさと共に、シロップの強い甘味とメロンの風味が感じられて美味しいな。
「あぁ、冷たくて美味しい」
「イチゴ味のかき氷も美味しいです!」
そう言って、氷織はイチゴ味のかき氷をもう一口食べる。美味しいのか「う~ん!」と可愛らしい声を出して。そんな氷織を見て、自然と頬が緩んでいく。
俺もメロン味のかき氷をもう一口食べると……さっきよりも甘味が増したような気がした。
「昔、家族で海へ遊びに行くと、両親が海の家でかき氷やラムネといった冷たいものを買ってくれました」
「そうだったんだ。俺も家族で海に来たときは、両親に冷たいものを買ってもらったな。かき氷やラムネはもちろん、海の家で氷水に冷やしたスイカとかも」
「ふふっ、そうだったんですね。かき氷を食べると、七海と舌を見せ合って舌がシロップの色に染まっているか確認し合いましたね」
「俺も姉貴とやった」
舌を見せ合って色を確認するのって、かき氷を食べたときのあるあるな行動の一つなのかもしれない。
氷織とお互いに思い出を語ったのもあり、メロン味のかき氷がますます美味しく感じられる。こういう思い出話は食べ物を美味しくするいい調味料なのかもしれない。
「明斗さん」
俺の名前を呼ぶと、氷織は舌を出して、
「ひた、あかくなっへまふか?」
と言ってきた。今の話の流れからして、「舌、赤くなってますか?」って訊いているのだろう。
氷織の舌を見てみると……一部分が赤くなっている。イチゴシロップによるものだろう。舌が赤いのはもちろん、舌を出しながら喋る氷織がとても可愛い。
「うん、赤くなってるよ」
と言って、俺はスマホで舌を出している氷織を撮影した。あと、写真で改めてみると、舌を出している氷織って可愛いだけじゃなくて、ちょっとエロさも感じられる。
舌を出した氷織の写真を氷織本人に見せると、氷織はクスッと笑う。
「赤くなってますね」
「ああ、なってる」
「ふふっ。……明斗さんの舌が緑色になっているかどうか見たいです」
「分かった」
俺は舌を出して、
「ほうだ?」
と、氷織に問いかける。「どうだ?」と訊いているのだけど、舌を出した状態だから喋りにくいな。
「ふふっ、可愛いです。明斗さんの舌……見事にメロンの緑色になっていますね」
やっぱりなっていたか。
氷織は自分のスマホを使って、舌を出している俺の写真を撮影した。こんな感じです、と画面を見せると、俺の舌は見事に緑色になっていた。
「ほんとだ、緑色になってる」
「ふふっ。いい写真が撮れました。LIMEで送っておきますね」
「ありがとう。俺も送るよ」
「ありがとうございますっ」
俺達はシロップで色が変わった舌を出した写真を送り合った。自分が写っている写真だけど、氷織が撮ってもらったものだといい写真に思える。
それからも俺達はかき氷を楽しむ。俺の選んだメロン味はもちろん、
「明斗さん、あ~ん」
「氷織もあーん」
氷織と一口交換して食べさせてもらったイチゴ味も美味しくて。氷織もメロン味も美味しいと言って。まあ、かき氷のシロップは同じ味で、色や香料の違いで脳を錯覚させて違う味なのだと認識させられるそうだけど。それでも、氷織のおかげで2種類の味を楽しめたのだと思えて幸せな気持ちになれた。
0
お気に入りに追加
59
あなたにおすすめの小説
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
幼馴染と話し合って恋人になってみた→夫婦になってみた
久野真一
青春
最近の俺はちょっとした悩みを抱えている。クラスメート曰く、
幼馴染である百合(ゆり)と仲が良すぎるせいで付き合ってるか気になるらしい。
堀川百合(ほりかわゆり)。美人で成績優秀、運動完璧だけど朝が弱くてゲーム好きな天才肌の女の子。
猫みたいに気まぐれだけど優しい一面もあるそんな女の子。
百合とはゲームや面白いことが好きなところが馬が合って仲の良い関係を続けている。
そんな百合は今年は隣のクラス。俺と付き合ってるのかよく勘ぐられるらしい。
男女が仲良くしてるからすぐ付き合ってるだの何だの勘ぐってくるのは困る。
とはいえ。百合は異性としても魅力的なわけで付き合ってみたいという気持ちもある。
そんなことを悩んでいたある日の下校途中。百合から
「修二は私と恋人になりたい?」
なんて聞かれた。考えた末の言葉らしい。
百合としても満更じゃないのなら恋人になるのを躊躇する理由もない。
「なれたらいいと思ってる」
少し曖昧な返事とともに恋人になった俺たち。
食べさせあいをしたり、キスやその先もしてみたり。
恋人になった後は今までよりもっと楽しい毎日。
そんな俺達は大学に入る時に籍を入れて学生夫婦としての生活も開始。
夜一緒に寝たり、一緒に大学の講義を受けたり、新婚旅行に行ったりと
新婚生活も満喫中。
これは俺と百合が恋人としてイチャイチャしたり、
新婚生活を楽しんだりする、甘くてほのぼのとする日常のお話。
クラスメイトの王子様系女子をナンパから助けたら。
桜庭かなめ
恋愛
高校2年生の白石洋平のクラスには、藤原千弦という女子生徒がいる。千弦は美人でスタイルが良く、凛々しく落ち着いた雰囲気もあるため「王子様」と言われて人気が高い。千弦とは教室で挨拶したり、バイト先で接客したりする程度の関わりだった。
とある日の放課後。バイトから帰る洋平は、駅前で男2人にナンパされている千弦を見つける。普段は落ち着いている千弦が脚を震わせていることに気付き、洋平は千弦をナンパから助けた。そのときに洋平に見せた笑顔は普段みんなに見せる美しいものではなく、とても可愛らしいものだった。
ナンパから助けたことをきっかけに、洋平は千弦との関わりが増えていく。
お礼にと放課後にアイスを食べたり、昼休みに一緒にお昼ご飯を食べたり、お互いの家に遊びに行ったり。クラスメイトの王子様系女子との温かくて甘い青春ラブコメディ!
※完結しました!(2024.5.11)
※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。
※お気に入り登録、いいね、感想などお待ちしております。
管理人さんといっしょ。
桜庭かなめ
恋愛
桐生由弦は高校進学のために、学校近くのアパート「あけぼの荘」に引っ越すことに。
しかし、あけぼの荘に向かう途中、由弦と同じく進学のために引っ越す姫宮風花と二重契約になっており、既に引っ越しの作業が始まっているという連絡が来る。
風花に部屋を譲ったが、あけぼの荘に空き部屋はなく、由弦の希望する物件が近くには一切ないので、新しい住まいがなかなか見つからない。そんなとき、
「責任を取らせてください! 私と一緒に暮らしましょう」
高校2年生の管理人・白鳥美優からのそんな提案を受け、由弦と彼女と一緒に同居すると決める。こうして由弦は1学年上の女子高生との共同生活が始まった。
ご飯を食べるときも、寝るときも、家では美少女な管理人さんといつもいっしょ。優しくて温かい同居&学園ラブコメディ!
※特別編10が完結しました!(2024.6.21)
※お気に入り登録や感想をお待ちしております。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
サクラブストーリー
桜庭かなめ
恋愛
高校1年生の速水大輝には、桜井文香という同い年の幼馴染の女の子がいる。美人でクールなので、高校では人気のある生徒だ。幼稚園のときからよく遊んだり、お互いの家に泊まったりする仲。大輝は小学生のときからずっと文香に好意を抱いている。
しかし、中学2年生のときに友人からかわれた際に放った言葉で文香を傷つけ、彼女とは疎遠になってしまう。高校生になった今、挨拶したり、軽く話したりするようになったが、かつてのような関係には戻れていなかった。
桜も咲く1年生の修了式の日、大輝は文香が親の転勤を理由に、翌日に自分の家に引っ越してくることを知る。そのことに驚く大輝だが、同居をきっかけに文香と仲直りし、恋人として付き合えるように頑張ろうと決意する。大好物を作ってくれたり、バイトから帰るとおかえりと言ってくれたりと、同居生活を送る中で文香との距離を少しずつ縮めていく。甘くて温かな春の同居&学園青春ラブストーリー。
※特別編7-球技大会と夏休みの始まり編-が完結しました!(2024.5.30)
※お気に入り登録や感想をお待ちしております。
貞操観念が逆転した世界に転生した俺が全部活の共有マネージャーになるようです
.
恋愛
少子化により男女比が変わって貞操概念が逆転した世界で俺「佐川幸太郎」は通っている高校、東昴女子高等学校で部活共有のマネージャーをする話
まずはお嫁さんからお願いします。
桜庭かなめ
恋愛
高校3年生の長瀬和真のクラスには、有栖川優奈という女子生徒がいる。優奈は成績優秀で容姿端麗、温厚な性格と誰にでも敬語で話すことから、学年や性別を問わず人気を集めている。和真は優奈とはこの2年間で挨拶や、バイト先のドーナッツ屋で接客する程度の関わりだった。
4月の終わり頃。バイト中に店舗の入口前の掃除をしているとき、和真は老齢の男性のスマホを見つける。その男性は優奈の祖父であり、日本有数の企業グループである有栖川グループの会長・有栖川総一郎だった。
総一郎は自分のスマホを見つけてくれた和真をとても気に入り、孫娘の優奈とクラスメイトであること、優奈も和真も18歳であることから優奈との結婚を申し出る。
いきなりの結婚打診に和真は困惑する。ただ、有栖川家の説得や、優奈が和真の印象が良く「結婚していい」「いつかは両親や祖父母のような好き合える夫婦になりたい」と思っていることを知り、和真は結婚を受け入れる。
デート、学校生活、新居での2人での新婚生活などを経て、和真と優奈の距離が近づいていく。交際なしで結婚した高校生の男女が、好き合える夫婦になるまでの温かくて甘いラブコメディ!
※特別編3が完結しました!(2024.8.29)
※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。
※お気に入り登録、感想をお待ちしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる