恋人、はじめました。

桜庭かなめ

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特別編5

プロローグ『大きくなりまして』

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特別編5



 7月29日、木曜日。
 高校2年生の夏休みが始まってからおよそ10日が経った。
 俺・紙透明斗かみとうあきとは恋人の喫茶店のバイトをしたり、漫画やアニメなどの趣味を楽しんだり、恋人の青山氷織あおやまひおりと一緒にデートや課題をしたり、友人の倉木和男くらきかずお清水美羽しみずみうさん、火村恭子ひむらきょうこさん、葉月沙綾はづきさあやさんと一緒に海へ遊びに行ったりと、楽しくて幸せな夏休みを過ごすことができている。
 去年もバイトしたり、趣味を謳歌したり、和男など男友達と海水浴に行ったりと楽しかったけど、氷織という恋人の存在もあって今年の方がより楽しいな。残り1ヶ月ほどある高2の夏休みを堪能したい。



 午後1時45分。
 俺は自転車で氷織の家に向かっている。午後2時頃に会う約束をしている。
 これから、氷織の家でお家デート……だけでなく、ショッピングデートもする。
 氷織とは家で待ち合わせして、笠ヶ谷かさがや駅近くにある東友とうゆうというスーパーに買い物しに行くことになっているのだ。……氷織の下着を買いに。
 元々、今日は氷織の家で夏休みの課題をしながらお家デートをする予定だった。ただ、今日の午前中に、

『明斗さん。今日のデートは、お家デートの前にショッピングデートをしてもいいですか? サイズがキツくなった下着がいくつもあるので、新しい下着を買いたくて。明斗さんが選んだり、いいなって思ったりした下着を買いたいんです』

 というメッセージが届いたのだ。俺は氷織からの要望を快諾し、お家デートの前にショッピングデートをすることになった。
 氷織の下着を選ぶなんて実に恋人らしいことだと思う。しかも今回が初めて。本当に楽しみだ。だからか、自転車のペダルが普段よりも軽く感じられた。

「気持ちいいな」

 今日の最高気温は34度と猛暑日手前まで上がる予報だ。日差しを直接浴びているから暑さも感じるけど、自転車で風を切っているので気持ち良さも感じられる。
 こんなに暑い中、和男と清水さんは陸上部の活動に参加しているんだよな。特に和男は短距離走の練習をしているから大変だと思う。こまめに水分補給をしたり、空調が効いている校舎で休んだりしながら頑張ってほしい。
 友達のことを考えていたり、ペダルを勢い良く漕いだりしていたから、気付けば氷織の家が見えていた。自転車で10分ほど漕げば恋人の家に行けるのは嬉しい。
 氷織の家の前に到着し、俺は門を開けて自転車ごと氷織の家の敷地内に入る。最近はこうすることにも慣れてきたな。
 門の近くに自転車を停め、カゴに入れてあるトートバッグと、先日の誕生日に氷織からプレゼントされたショルダーバッグを持ち、玄関へ向かう。

 ――ピンポー……。
『はい。あっ、明斗さん』

 インターホンの呼び出し音が鳴り終わる前に、氷織が応答してくれた。待ち合わせの時間が近いから待ち構えていたのかもしれない。

「明斗です。来たよ」
『お待ちしていました。すぐに行きますねっ』

 そう言う氷織の声は弾んでいた。氷織の笑顔が頭に思い浮かぶよ。
 モニターの電源を切ったのか、プツッ、というノイズ音が聞こえた。
 もうすぐに氷織に会えるのか。楽しみだ。あと、今日の氷織の服装がどんな感じなのかも楽しみで。

「お待たせしました!」

 インターホンでの会話が終わってから10秒ほどで、氷織が出迎えてくれた。氷織は膝が隠れるくらいの丈のスカートに、ノースリーブのVネックシャツを着ている。今日の服も凄く似合っていて可愛い。
 氷織は俺と目が合うとニコッと笑った。そのことで可愛らしさが増す。

「こんにちは、明斗さん」
「こんにちは、氷織。今日の服も可愛いね。とても似合ってる」
「ありがとうございますっ。明斗さんもパーカー似合っていますよ」
「ありがとう。……キスしていいかな」
「はいっ」

 そう言うと、氷織はゆっくりと目を瞑り、唇を少しだけすぼめる。キス待ちの顔も魅力的だ。そんな氷織に吸い込まれるようにして、俺は氷織にキスをした。
 学校に行くときも、こうしてプライベートで会うときも、氷織に会ったときにはこうしてキスするのが恒例だ。今までに数え切れないほどにキスしてきたけど、氷織とキスすると幸せな気持ちが膨らんでいく。
 今日は晴れて暑いけど、氷織の唇から伝わってくる温もりは本当に心地良くて。唇の独特の柔らかさや甘い匂いと共にいつまでも感じていたい。
 それから少しして、俺から唇を離す。そのことで俺の目の前には、俺をうっとりと見つめる氷織の顔があって。氷織と目が合うと、氷織の口角が上がった。

「こんにちはのキス……いただきました。気持ち良かったです」
「俺もだよ。……課題とかが入ったトートバッグを氷織の部屋に置かせてもらっていいかな」
「もちろんですよ」
「ありがとう」
「さあ、入ってください」
「お邪魔します」

 俺は氷織の自宅の中に入る。
 氷織がすぐ側にいるからかもしれないけど、家の中……甘くていい匂いがするな。

「明斗さん。冷たい麦茶かスポーツドリンクを用意しましょうか? 暑い中、自転車を漕いできましたから。それに、これから駅前の東友に行きますし」
「ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えて、スポーツドリンクを一口いただけるかな」
「分かりました。では、明斗さんは部屋に行っていてください」
「ああ、分かった」

 俺はリビングにいる氷織の母親の陽子ようこさんに挨拶して、一人で氷織の部屋に向かう。
 氷織の部屋はエアコンがかかっていて涼しい。氷織の甘い残り香も感じられるのでとても快適だ。桃源郷ってこういう場所のことを言うんじゃないだろうか。
 お家デートの際に座ることの多いベッド近くにあるクッションに座り、トートバッグをローテーブルに置いた。
 さっきまで自転車を漕いでいたのもあり、両脚を伸ばすと体が休まる。あぁ……極楽極楽。

「お待たせしました」

 脚を伸ばしてまったりしていると、氷織が部屋に戻ってきた。そんな氷織は半分ほどスポーツドリンクが入ったコップを持っている。

「どうぞ、明斗さん」
「ありがとう」

 氷織からコップを受け取り、俺はスポーツドリンクを一口飲む。

「あぁ、美味しい」

 この冷たさがたまらない。全身に染み渡っていく感じが爽快である。甘味やほんの少し感じる塩気もいいな。晴天の下で自転車を漕いだ後には最適の飲み物だと思う。

「良かったです」
「HPが回復したよ、ありがとう。ところで、下着のサイズがキツくなったって言っていたけど、それって……ブラジャーのことかな。この前、海水浴に行ったとき、プールデートのときに比べると胸が大きくなったって言っていたし」
「そうです。今朝、ブラジャーを付けようとしたらキツくなっていて。タンスに入っているブラジャーのサイズが大丈夫かどうか調べたら、いくつかキツく感じるものがありまして。それで、午前中にあのようなメッセージを送ったんです」
「そうだったんだな」
「お母さんに頼んでバストのサイズを測ってもらったら、Fカップになっていました」
「そうか。Fカップか……」

 5月頃、風邪を引いた氷織のお見舞いに行ったとき、火村さんと葉月さんが汗を拭いた際に氷織の胸がEカップであることを小耳に挟んだ。あれから2ヶ月ほどで、氷織の胸のカップがワンサイズ大きくなったのか。そう思って氷織の胸を見ると……服越しだけど結構大きく見える。これがFカップか。

「ふふっ、明斗さん……私の胸をじっと見ていますね」
「ご、ごめん。胸の話をしたからさ。Fカップって大きいんだなって思ってた」
「そうですか。明斗さんと正式に付き合い始めてから大きくなり始めましたね。幸せな時間を過ごしているからでしょうか。それに、肌を重ねたりするときを中心に、明斗さんが色々な形で私の胸を堪能しますから。それがとても気持ちいいですし……」

 そういったときのことを思い出しているのか、氷織の笑顔に赤みが帯びていて。話題が大きくなった胸なのもあって、今の氷織がとても艶っぽく見える。

「氷織の胸……大きくて柔らかいからな。甘い匂いもするし。あと、胸を堪能しているときの氷織の反応も可愛いし」
「そう言われると嬉しいですけど、何だか照れますね」

 えへへっ、氷織ははにかむ。可愛いなぁ、と思いながら氷織の頭を優しく撫でる。

「氷織に似合いそうな下着を選べるといいな」
「よろしくお願いします。ちなみに、今付けている下着はこんな感じです」

 そう言うと、氷織はVネックシャツを胸の上まで捲り上げた。そのことでレース生地の水色のブラジャーに包まれたFカップの胸とご対面。
 こうして直接見ると、さっきよりも胸の存在感が増すな。Fカップってこんなに大きいんだ。ブラジャーをしているから、胸の谷間が物凄いことになっていて。あと、シャツを胸の上まで捲り上げているし、氷織の体の甘い匂いがふわっと香ってくるのもあって結構なエロさを感じる。

「どうですか?」
「……素敵だね。こういう雰囲気の下着が似合うなって思うよ。参考になった」
「ありがとうございます」

 笑顔でそう言うと、氷織はシャツを下ろした。
 ブラジャーに包まれた氷織の胸を見たから、自転車でここに向かっていたとき以上に体が熱い。コップに残っているスポーツドリンクを全て飲むことで、体の熱を何とか押さえることができた。

「ごちそうさま。じゃあ、そろそろ行こうか」
「はいっ」

 俺はショルダーバッグを持って、白いトートバッグを肩に掛けた氷織と一緒に部屋を出る。
 外出するから、家を出発する前に陽子さんに一声掛けることに。そう思って一階のリビングに行くと、陽子さんはソファーで本を読んでいた。

「お母さん。明斗さんと一緒に、下着を買いに東友へ行ってきますね」
「いってきます」
「2人ともいってらっしゃい。下着を買いにショッピングデートかぁ。私もお父さんと付き合っている頃に何度も、私の下着を一緒に買いに行ったわぁ」

 当時のことを思い出しているのか、陽子さんは両手を頬に当てながらうっとりとした表情になっていて。陽子さんにとって相当楽しかったことが窺える。恋人になると、一緒に下着を買いに行くことってあるある……なのかな?

「紙透君に素敵な下着を選んでもらえるといいわね」
「はいっ! では、いってきます」
「は~い、いってらっしゃ~い」

 俺達に向かって楽しそうに手を振る陽子さん。この様子だと、帰ったら氷織がどんな下着を買ったのか見に来そうだ。
 彼氏として、氷織に似合いそうな下着を選びたいな。そう思いながら、俺は氷織と一緒に家を出発した。
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