130 / 204
特別編4
第7話『クロールレース』
しおりを挟む
「ああっ、スポーツドリンク美味しいです」
「本当に美味しいな、氷織」
海水をたくさんかけ合ったことや、高い波に飲み込まれた際に海水をちょっと飲んでしまったこともあり、氷織が「喉が渇きました」と言ってきた。なので、俺は氷織と一緒にレジャーシートまで戻ってきて、少し休憩することにしたのだ。
水筒に入っているスポーツドリンクを一口飲むと、喉が潤っていくのが分かった。俺も氷織達と水をかけ合って遊んでいたから、気付かない間に喉が渇いていたんだな。
喉の渇きは脱水症状のサインとも聞くし、真夏だから熱中症にかかってしまう危険もある。水分補給はこまめにしないといけないな。そう思いつつ、俺はスポーツドリンクをもう一口飲んだ。
「おっ、アキと青山」
「2人は休憩かな?」
和男と清水さんがレジャーシートに戻ってきた。
「水分補給ついでに小休憩って感じだ」
「喉が渇きまして」
「そうか」
「夏だから水分補給は大切だよね。海水がちょっと冷たいから感覚が鈍くなりがちだけど、海で遊ぶのも結構な運動になるの。だから、気付かないうちにたくさん汗を掻いちゃって、熱中症になっちゃうこともあるんだよ」
清水さんはいつもの可愛らしい笑顔でそう言う。さすがは陸上部のマネージャー。体のことや体調に関することの知識が豊富だ。
「俺もスポーツドリンクを飲んだら、喉が潤うのが分かってさ。清水さんの言うように、気付かない間に汗を掻いていたんだろうな」
「そうかもね。あたし達もビーチボールでたくさん遊んだから、水分補給をしに来たんだ」
俺が見ていた範囲では、和男と清水さんは波打ち際でずっとビーチボールを使って遊んでいたからな。もしかしたら、俺や氷織よりも汗を掻いているのかもしれない。
和男と清水さんは、それぞれ自分のバッグから水筒を取り出し、ゴクゴクと飲む。
「ぷはあっ! スポドリめっちゃ美味いぜ!」
「美味しいよね、和男君!」
美味しいものを飲んだからか、和男も清水さんも幸せそうだ。そんな2人を見ていると、こっちまで気持ちが爽やかになっていく。きっと、陸上部の活動中も、こういう感じで休憩しているんだろうな。
「なあ、アキ。確か、6月に青山とプールデートをしたときに、青山からクロールを教わったんだよな」
「ああ。コツを教わって、25m泳げるようになったよ」
「あのときの明斗さんの成長ぶりは凄かったですね」
当時のことを思い出しているのか、氷織は柔らかな笑顔になる。氷織に教えてもらうまでは全然泳げなかったからな。氷織の上手な教えもあって、25mを泳げるようになったのだと思っている。
「そうなのか。じゃあ、俺とクロールでレースしないか?」
和男はニッコリと笑いながら俺にそんな提案をしてくる。
「やってもいいけど……勝負になるかなぁ。和男、去年遊びに来たときは結構泳いでいたし、速く見えたけど」
「いっぱい泳いだな。ただ、陸上では速く動けるけど、水中では人並みくらいだぜ。体力があるから、たくさんの距離を泳げるけど」
「そうなのか」
「おう! それに……こう言っていいのか分からねえけど、去年のアキは全然泳げなかった。だから、人並み程度の俺の泳ぎも速く見えたんじゃないか? それに、ここはプールじゃなくて海だ。穏やかだが波もある。もしかしたら、いいレースになるかもしれねえぞ?」
和男は持ち前の明るく朗らかな表情でそう言ってくる。
泳げなかった頃は、ちゃんと泳げる人を見ると凄いと思っていた。去年の夏の和男も、この前のプールデートでの氷織の泳ぎも速く見えて。和男の言う通り、泳げないことによるバイアスがかかっていたのかもしれない。
「分かった。じゃあ、一勝負してみるか」
「おう、勝負しようぜ!」
嬉しさのあまりか、和男は俺の背中をバシンと強く叩いてくる。……痛い。このせいで、和男に勝てる確率が減ったかも。
「面白そう! 和男君と紙透君の試合を見ているよ」
「一緒に見ましょう、美羽さん。ただ、どういう形で勝負しましょうか」
「そうだね……互いにカップルだし、自分の恋人のところへ先に到着できたら勝ちにするのはどうかな?」
「それはいいですね!」
普段よりも高い声でそう言うと、氷織は清水さんに向かって「うんうん」と頷いている。
自分の恋人のいるところへ先にゴールした方が勝ちか。互いに恋人がいるからこそできる勝負だな。
「ナイスアイデアだな、美羽! 燃えてきたぜ!」
「面白そうだ。じゃあ、清水さんの言った形で試合するか」
「おう! やろうぜ!」
俺はバッグから水中メガネを取り出し、氷織達3人と一緒に海へ入っていく。
さっき、氷織と水をかけ合って遊んだときよりも波が穏やかになっている。これなら和男とレースをしても大丈夫そうだ。
「おっ、どうしたッスか。4人一緒に海に入ってきて」
「何か遊ぶのかしら?」
引き続き、浮き輪やフロートマットに乗ってゆったりしていた火村さんと葉月さんにそんな言葉を掛けられる。
「これから、和男とクロールでレースをするんだ」
「自分の彼女に早く着いた方がゴールするっていうルールだ!」
「へえ、それは面白そうね」
「そうッスね。じゃあ、あたし達がスターターやゴールの判定をするッスよ」
「それは助かるぜ! よりレースっぽくなるな!」
「そうだな。お願いするよ」
スターターやゴールの判定員がいた方がよりしっかりしたレースになりそうだから。
火村さんと葉月さんが話し合った結果、葉月さんがスターターで、火村さんがゴールの判定員をすることになった。
その後、みんなで俺の腰の深さくらいのところまで行く。
俺は和男と葉月さんと一緒に、氷織達から離れていく。
ここら辺でいいんじゃないか、と和男が言ったので立ち止まることに。氷織達との距離は……だいたい30mくらいだろうか。このくらいの距離なら一度も脚をつかずに泳ぐことができそうだ。
俺と和男はそれぞれの恋人の正面となる場所に立つ。
「いやぁ、アキと一緒に泳げる日が来るとはな!」
「俺も同じことを思ってるよ。6月まで泳げなかったし」
「ははっ、そうか。今は遊びだけど試合だ。アキには負けないぜ!」
「俺も……精一杯頑張る」
「おう! お互い頑張ろうな!」
和男は白い歯を見せて笑い、俺に向かってサムズアップ。いいスポーツマンシップの持ち主だと思う。俺は何のスポーツもやっていないけど、和男の心構えを見習いたい。俺も和男に向けてサムズアップした。
「男同士のいい友情ッスね。上半身裸ッスから本当に美しい光景ッス……」
凄く満足そうに言う葉月さん。葉月さんはボーイズラブやガールズラブが大好物な女の子だからな。今、葉月さんの頭の中ではどんな世界が広がっているんだろうか。そこに俺と和男がいそうだけど、あまり考えないようにしよう。今はレースに集中だ。
「そろそろスタートするけどいいッスかー?」
氷織達の方を向いて、葉月さんが大きな声で問いかける。
すると、氷織達はこちらに向かって大きく手を振って、
『いいよー!』
と返事が返ってきた。
俺は水中メガネを装着して、両腕のストレッチをする。
クロールを泳ぐのは氷織とのプールデート以来だ。あのときに氷織が教えてくれたコツを思い出して精一杯泳ごう。
「じゃあ、行くッスよー! 位置について。よーい……スタート!」
スターター・葉月さんの号令によって、俺と和男によるレースがスタートした。
プールのようにすぐ後ろに壁がない。だから、蹴伸びではなく、膝を曲げて、戻したときの勢いを利用して泳ぎ始める。氷織に向かって。
今までも泳げているからか。それとも、体力の差なのか。スタート直後から、俺の右側を泳ぐ和男とは体半分との差がついている。……でも、焦るな。まずは氷織が教えてくれたクロールのコツを思い出すんだ。
両脚はお尻から動かすようにする。
ストロークは肩甲骨から大きく回すようにする。
息継ぎはストロークと連動して、腕が水に入るときに顔を出して呼吸する。
これらのコツを心がけて泳いでいく。
知識だけでなく、体の動きとしても覚えているな。だから、多少波のある海だけど、スイスイと前へ進んでいけている。正面にある水着姿の氷織の下半身がはっきり見えてきた。
「いい調子ですよ、明斗さん! 頑張って!」
「和男君頑張って!」
「紙透なかなか泳げているじゃない!」
ゴールが近づいてきたからか、息継ぎをしているときを中心に、ゴール地点で待っている氷織達の声が聞こえてくる。また、葉月さんの「2人ともいい泳ぎッスよ!」という声も。
今も和男とは体半分ほどの差がついている。追いつくためにも、ラストスパートをかけ始める。
しかし、和男に俺の考えを見抜かれていただろうか。和男のスピードが上がっていき、和男との差が広がっていく。
それから程なくして、清水さんのところへ辿り着いて立ち上がる姿が見えた。その直後に俺は氷織のお腹に優しくタッチして、氷織の目の前で立ち上がった。
「倉木の勝ち!」
火村さんが大きな声でレース結果を伝えた。
「やったぜ!」
「おめでとう、和男君!」
俺の隣で、倉木と清水さんは嬉しそうに抱きしめ合っている。そんなカップルに俺と氷織は「おめでとう」と祝福の言葉を贈った。火村さんと葉月さんも2人に拍手している。
「負けたな。途中まで和男とは体半分の差だったから、もしかしたら……って思ったけど、和男は凄かったよ」
「明斗さんも終盤にスピードが上がりましたが、倉木さんはそれ以上でしたね」
「ああ。さすがは和男だ。何だか悔しいな」
「それだけいい試合ができていたということですよ。ただ、プールデートのときに私が教えたクロールのコツを覚えていて、今日もしっかり泳げていたことが嬉しいです! あのときのプール以上の距離があったと思いますし、ここは海ですから。一度も脚をつかずにここまで泳げた明斗さんは凄いですよ! 明斗さんの泳ぐ姿は素敵でした。そんな明斗さんにご褒美です」
可愛らしい笑顔でそう言うと、氷織は両手を俺の頬に添えてキスしてきた。
海で遊んでいるのもあってか、氷織の唇は普段よりも湿っていて、ふっくらとしていて。氷織がさっき飲んでいたスポーツドリンクの甘味もほんのりと感じられて。泳いだ疲れがすーっと抜けていく感じがした。
10秒ほどして氷織から唇を離す。頬に添えていた両手を俺の背中の方に回し、俺のことを抱きしめる形に。氷織は俺を見上げて、ニコッと笑った。
「最高のご褒美をもらったよ、氷織」
「良かったです」
「あと、氷織が正面にいて、氷織が応援してくれたから一度も足をつかずに泳げたよ。ありがとう」
氷織の頭を撫でると、氷織は目を細めて笑ってくれる。氷織がいなかったら、海でこういう時間を過ごすことはできなかっただろう。氷織には感謝の気持ちでいっぱいだ。
「何か、今のアキと青山を見たら、試合には勝ったけど、勝負には負けた感じがするぜ」
「2人とも嬉しそうだし、氷織ちゃんのおかげで紙透君は泳げるようになったもんね」
「試合には負けたけど、楽しく泳げたよ。ありがとう、和男」
「おう! 俺も楽しかったぜ! ありがとな!」
和男は右手で清水さんを抱きしめながら、左手で俺に向かってサムズアップした。水もしたたる本当にいい男だ。
今後も、和男と一緒に海で遊ぶときには、今みたいにクロールのレースをしたいな。できれば、いつかは勝ちたいものである。
「本当に美味しいな、氷織」
海水をたくさんかけ合ったことや、高い波に飲み込まれた際に海水をちょっと飲んでしまったこともあり、氷織が「喉が渇きました」と言ってきた。なので、俺は氷織と一緒にレジャーシートまで戻ってきて、少し休憩することにしたのだ。
水筒に入っているスポーツドリンクを一口飲むと、喉が潤っていくのが分かった。俺も氷織達と水をかけ合って遊んでいたから、気付かない間に喉が渇いていたんだな。
喉の渇きは脱水症状のサインとも聞くし、真夏だから熱中症にかかってしまう危険もある。水分補給はこまめにしないといけないな。そう思いつつ、俺はスポーツドリンクをもう一口飲んだ。
「おっ、アキと青山」
「2人は休憩かな?」
和男と清水さんがレジャーシートに戻ってきた。
「水分補給ついでに小休憩って感じだ」
「喉が渇きまして」
「そうか」
「夏だから水分補給は大切だよね。海水がちょっと冷たいから感覚が鈍くなりがちだけど、海で遊ぶのも結構な運動になるの。だから、気付かないうちにたくさん汗を掻いちゃって、熱中症になっちゃうこともあるんだよ」
清水さんはいつもの可愛らしい笑顔でそう言う。さすがは陸上部のマネージャー。体のことや体調に関することの知識が豊富だ。
「俺もスポーツドリンクを飲んだら、喉が潤うのが分かってさ。清水さんの言うように、気付かない間に汗を掻いていたんだろうな」
「そうかもね。あたし達もビーチボールでたくさん遊んだから、水分補給をしに来たんだ」
俺が見ていた範囲では、和男と清水さんは波打ち際でずっとビーチボールを使って遊んでいたからな。もしかしたら、俺や氷織よりも汗を掻いているのかもしれない。
和男と清水さんは、それぞれ自分のバッグから水筒を取り出し、ゴクゴクと飲む。
「ぷはあっ! スポドリめっちゃ美味いぜ!」
「美味しいよね、和男君!」
美味しいものを飲んだからか、和男も清水さんも幸せそうだ。そんな2人を見ていると、こっちまで気持ちが爽やかになっていく。きっと、陸上部の活動中も、こういう感じで休憩しているんだろうな。
「なあ、アキ。確か、6月に青山とプールデートをしたときに、青山からクロールを教わったんだよな」
「ああ。コツを教わって、25m泳げるようになったよ」
「あのときの明斗さんの成長ぶりは凄かったですね」
当時のことを思い出しているのか、氷織は柔らかな笑顔になる。氷織に教えてもらうまでは全然泳げなかったからな。氷織の上手な教えもあって、25mを泳げるようになったのだと思っている。
「そうなのか。じゃあ、俺とクロールでレースしないか?」
和男はニッコリと笑いながら俺にそんな提案をしてくる。
「やってもいいけど……勝負になるかなぁ。和男、去年遊びに来たときは結構泳いでいたし、速く見えたけど」
「いっぱい泳いだな。ただ、陸上では速く動けるけど、水中では人並みくらいだぜ。体力があるから、たくさんの距離を泳げるけど」
「そうなのか」
「おう! それに……こう言っていいのか分からねえけど、去年のアキは全然泳げなかった。だから、人並み程度の俺の泳ぎも速く見えたんじゃないか? それに、ここはプールじゃなくて海だ。穏やかだが波もある。もしかしたら、いいレースになるかもしれねえぞ?」
和男は持ち前の明るく朗らかな表情でそう言ってくる。
泳げなかった頃は、ちゃんと泳げる人を見ると凄いと思っていた。去年の夏の和男も、この前のプールデートでの氷織の泳ぎも速く見えて。和男の言う通り、泳げないことによるバイアスがかかっていたのかもしれない。
「分かった。じゃあ、一勝負してみるか」
「おう、勝負しようぜ!」
嬉しさのあまりか、和男は俺の背中をバシンと強く叩いてくる。……痛い。このせいで、和男に勝てる確率が減ったかも。
「面白そう! 和男君と紙透君の試合を見ているよ」
「一緒に見ましょう、美羽さん。ただ、どういう形で勝負しましょうか」
「そうだね……互いにカップルだし、自分の恋人のところへ先に到着できたら勝ちにするのはどうかな?」
「それはいいですね!」
普段よりも高い声でそう言うと、氷織は清水さんに向かって「うんうん」と頷いている。
自分の恋人のいるところへ先にゴールした方が勝ちか。互いに恋人がいるからこそできる勝負だな。
「ナイスアイデアだな、美羽! 燃えてきたぜ!」
「面白そうだ。じゃあ、清水さんの言った形で試合するか」
「おう! やろうぜ!」
俺はバッグから水中メガネを取り出し、氷織達3人と一緒に海へ入っていく。
さっき、氷織と水をかけ合って遊んだときよりも波が穏やかになっている。これなら和男とレースをしても大丈夫そうだ。
「おっ、どうしたッスか。4人一緒に海に入ってきて」
「何か遊ぶのかしら?」
引き続き、浮き輪やフロートマットに乗ってゆったりしていた火村さんと葉月さんにそんな言葉を掛けられる。
「これから、和男とクロールでレースをするんだ」
「自分の彼女に早く着いた方がゴールするっていうルールだ!」
「へえ、それは面白そうね」
「そうッスね。じゃあ、あたし達がスターターやゴールの判定をするッスよ」
「それは助かるぜ! よりレースっぽくなるな!」
「そうだな。お願いするよ」
スターターやゴールの判定員がいた方がよりしっかりしたレースになりそうだから。
火村さんと葉月さんが話し合った結果、葉月さんがスターターで、火村さんがゴールの判定員をすることになった。
その後、みんなで俺の腰の深さくらいのところまで行く。
俺は和男と葉月さんと一緒に、氷織達から離れていく。
ここら辺でいいんじゃないか、と和男が言ったので立ち止まることに。氷織達との距離は……だいたい30mくらいだろうか。このくらいの距離なら一度も脚をつかずに泳ぐことができそうだ。
俺と和男はそれぞれの恋人の正面となる場所に立つ。
「いやぁ、アキと一緒に泳げる日が来るとはな!」
「俺も同じことを思ってるよ。6月まで泳げなかったし」
「ははっ、そうか。今は遊びだけど試合だ。アキには負けないぜ!」
「俺も……精一杯頑張る」
「おう! お互い頑張ろうな!」
和男は白い歯を見せて笑い、俺に向かってサムズアップ。いいスポーツマンシップの持ち主だと思う。俺は何のスポーツもやっていないけど、和男の心構えを見習いたい。俺も和男に向けてサムズアップした。
「男同士のいい友情ッスね。上半身裸ッスから本当に美しい光景ッス……」
凄く満足そうに言う葉月さん。葉月さんはボーイズラブやガールズラブが大好物な女の子だからな。今、葉月さんの頭の中ではどんな世界が広がっているんだろうか。そこに俺と和男がいそうだけど、あまり考えないようにしよう。今はレースに集中だ。
「そろそろスタートするけどいいッスかー?」
氷織達の方を向いて、葉月さんが大きな声で問いかける。
すると、氷織達はこちらに向かって大きく手を振って、
『いいよー!』
と返事が返ってきた。
俺は水中メガネを装着して、両腕のストレッチをする。
クロールを泳ぐのは氷織とのプールデート以来だ。あのときに氷織が教えてくれたコツを思い出して精一杯泳ごう。
「じゃあ、行くッスよー! 位置について。よーい……スタート!」
スターター・葉月さんの号令によって、俺と和男によるレースがスタートした。
プールのようにすぐ後ろに壁がない。だから、蹴伸びではなく、膝を曲げて、戻したときの勢いを利用して泳ぎ始める。氷織に向かって。
今までも泳げているからか。それとも、体力の差なのか。スタート直後から、俺の右側を泳ぐ和男とは体半分との差がついている。……でも、焦るな。まずは氷織が教えてくれたクロールのコツを思い出すんだ。
両脚はお尻から動かすようにする。
ストロークは肩甲骨から大きく回すようにする。
息継ぎはストロークと連動して、腕が水に入るときに顔を出して呼吸する。
これらのコツを心がけて泳いでいく。
知識だけでなく、体の動きとしても覚えているな。だから、多少波のある海だけど、スイスイと前へ進んでいけている。正面にある水着姿の氷織の下半身がはっきり見えてきた。
「いい調子ですよ、明斗さん! 頑張って!」
「和男君頑張って!」
「紙透なかなか泳げているじゃない!」
ゴールが近づいてきたからか、息継ぎをしているときを中心に、ゴール地点で待っている氷織達の声が聞こえてくる。また、葉月さんの「2人ともいい泳ぎッスよ!」という声も。
今も和男とは体半分ほどの差がついている。追いつくためにも、ラストスパートをかけ始める。
しかし、和男に俺の考えを見抜かれていただろうか。和男のスピードが上がっていき、和男との差が広がっていく。
それから程なくして、清水さんのところへ辿り着いて立ち上がる姿が見えた。その直後に俺は氷織のお腹に優しくタッチして、氷織の目の前で立ち上がった。
「倉木の勝ち!」
火村さんが大きな声でレース結果を伝えた。
「やったぜ!」
「おめでとう、和男君!」
俺の隣で、倉木と清水さんは嬉しそうに抱きしめ合っている。そんなカップルに俺と氷織は「おめでとう」と祝福の言葉を贈った。火村さんと葉月さんも2人に拍手している。
「負けたな。途中まで和男とは体半分の差だったから、もしかしたら……って思ったけど、和男は凄かったよ」
「明斗さんも終盤にスピードが上がりましたが、倉木さんはそれ以上でしたね」
「ああ。さすがは和男だ。何だか悔しいな」
「それだけいい試合ができていたということですよ。ただ、プールデートのときに私が教えたクロールのコツを覚えていて、今日もしっかり泳げていたことが嬉しいです! あのときのプール以上の距離があったと思いますし、ここは海ですから。一度も脚をつかずにここまで泳げた明斗さんは凄いですよ! 明斗さんの泳ぐ姿は素敵でした。そんな明斗さんにご褒美です」
可愛らしい笑顔でそう言うと、氷織は両手を俺の頬に添えてキスしてきた。
海で遊んでいるのもあってか、氷織の唇は普段よりも湿っていて、ふっくらとしていて。氷織がさっき飲んでいたスポーツドリンクの甘味もほんのりと感じられて。泳いだ疲れがすーっと抜けていく感じがした。
10秒ほどして氷織から唇を離す。頬に添えていた両手を俺の背中の方に回し、俺のことを抱きしめる形に。氷織は俺を見上げて、ニコッと笑った。
「最高のご褒美をもらったよ、氷織」
「良かったです」
「あと、氷織が正面にいて、氷織が応援してくれたから一度も足をつかずに泳げたよ。ありがとう」
氷織の頭を撫でると、氷織は目を細めて笑ってくれる。氷織がいなかったら、海でこういう時間を過ごすことはできなかっただろう。氷織には感謝の気持ちでいっぱいだ。
「何か、今のアキと青山を見たら、試合には勝ったけど、勝負には負けた感じがするぜ」
「2人とも嬉しそうだし、氷織ちゃんのおかげで紙透君は泳げるようになったもんね」
「試合には負けたけど、楽しく泳げたよ。ありがとう、和男」
「おう! 俺も楽しかったぜ! ありがとな!」
和男は右手で清水さんを抱きしめながら、左手で俺に向かってサムズアップした。水もしたたる本当にいい男だ。
今後も、和男と一緒に海で遊ぶときには、今みたいにクロールのレースをしたいな。できれば、いつかは勝ちたいものである。
0
あなたにおすすめの小説
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
管理人さんといっしょ。
桜庭かなめ
恋愛
桐生由弦は高校進学のために、学校近くのアパート「あけぼの荘」に引っ越すことに。
しかし、あけぼの荘に向かう途中、由弦と同じく進学のために引っ越す姫宮風花と二重契約になっており、既に引っ越しの作業が始まっているという連絡が来る。
風花に部屋を譲ったが、あけぼの荘に空き部屋はなく、由弦の希望する物件が近くには一切ないので、新しい住まいがなかなか見つからない。そんなとき、
「責任を取らせてください! 私と一緒に暮らしましょう」
高校2年生の管理人・白鳥美優からのそんな提案を受け、由弦と彼女と一緒に同居すると決める。こうして由弦は1学年上の女子高生との共同生活が始まった。
ご飯を食べるときも、寝るときも、家では美少女な管理人さんといつもいっしょ。優しくて温かい同居&学園ラブコメディ!
※特別編11が完結しました!(2025.6.20)
※お気に入り登録や感想をお待ちしております。
ルピナス
桜庭かなめ
恋愛
高校2年生の藍沢直人は後輩の宮原彩花と一緒に、学校の寮の2人部屋で暮らしている。彩花にとって直人は不良達から救ってくれた大好きな先輩。しかし、直人にとって彩花は不良達から救ったことを機に一緒に住んでいる後輩の女の子。直人が一定の距離を保とうとすることに耐えられなくなった彩花は、ある日の夜、手錠を使って直人を束縛しようとする。
そして、直人のクラスメイトである吉岡渚からの告白をきっかけに直人、彩花、渚の恋物語が激しく動き始める。
物語の鍵は、人の心とルピナスの花。たくさんの人達の気持ちが温かく、甘く、そして切なく交錯する青春ラブストーリーシリーズ。
※特別編-入れ替わりの夏-は『ハナノカオリ』のキャラクターが登場しています。
※1日3話ずつ更新する予定です。
∞
桜庭かなめ
恋愛
高校1年生の逢坂玲人は入学時から髪を金色に染め、無愛想なため一匹狼として高校生活を送っている。
入学して間もないある日の放課後、玲人は2年生の生徒会長・如月沙奈にロープで拘束されてしまう。それを解く鍵は彼女を抱きしめると約束することだった。ただ、玲人は上手く言いくるめて彼女から逃げることに成功する。そんな中、銀髪の美少女のアリス・ユメミールと出会い、お互いに好きな猫のことなどを通じて彼女と交流を深めていく。
しかし、沙奈も一度の失敗で諦めるような女の子ではない。玲人は沙奈に追いかけられる日々が始まる。
抱きしめて。生徒会に入って。口づけして。ヤンデレな沙奈からの様々な我が儘を通して見えてくるものは何なのか。見えた先には何があるのか。沙奈の好意が非常に強くも温かい青春ラブストーリー。
※タイトルは「むげん」と読みます。
※完結しました!(2020.7.29)
罰ゲームから始まった、五人のヒロインと僕の隣の物語
ノン・タロー
恋愛
高校2年の夏……友達同士で行った小テストの点を競う勝負に負けた僕、御堂 彼方(みどう かなた)は、罰ゲームとしてクラスで人気のある女子・風原 亜希(かざはら あき)に告白する。
だが亜希は、彼方が特に好みでもなく、それをあっさりと振る。
それで終わるはずだった――なのに。
ひょんな事情で、彼方は亜希と共に"同居”することに。
さらに新しく出来た、甘えん坊な義妹・由奈(ゆな)。
そして教室では静かに恋を仕掛けてくる寡黙なクラス委員長の柊 澪(ひいらぎ みお)、特に接点の無かった早乙女 瀬玲奈(さおとめ せれな)、おまけに生徒会長の如月(きさらぎ)先輩まで現れて、彼方の周囲は急速に騒がしくなっていく。
由奈は「お兄ちゃん!」と懐き、澪は「一緒に帰らない……?」と静かに距離を詰める。
一方の瀬玲奈は友達感覚で、如月先輩は不器用ながらも接してくる。
そんな中、亜希は「別に好きじゃないし」と言いながら、彼方が誰かと仲良くするたびに心がざわついていく。
罰ゲームから始まった関係は、日常の中で少しずつ形を変えていく。
ツンデレな同居人、甘えたがりな義妹、寡黙な同クラ女子、恋愛に不器用な生徒会長、ギャル気質な同クラ女子……。
そして、無自覚に優しい彼方が、彼女たちの心を少しずつほどいていく。
これは、恋と居場所と感情の距離をめぐる、ちょっと不器用で、でも確かな青春の物語。
サクラブストーリー
桜庭かなめ
恋愛
高校1年生の速水大輝には、桜井文香という同い年の幼馴染の女の子がいる。美人でクールなので、高校では人気のある生徒だ。幼稚園のときからよく遊んだり、お互いの家に泊まったりする仲。大輝は小学生のときからずっと文香に好意を抱いている。
しかし、中学2年生のときに友人からかわれた際に放った言葉で文香を傷つけ、彼女とは疎遠になってしまう。高校生になった今、挨拶したり、軽く話したりするようになったが、かつてのような関係には戻れていなかった。
桜も咲く1年生の修了式の日、大輝は文香が親の転勤を理由に、翌日に自分の家に引っ越してくることを知る。そのことに驚く大輝だが、同居をきっかけに文香と仲直りし、恋人として付き合えるように頑張ろうと決意する。大好物を作ってくれたり、バイトから帰るとおかえりと言ってくれたりと、同居生活を送る中で文香との距離を少しずつ縮めていく。甘くて温かな春の同居&学園青春ラブストーリー。
※特別編8-お泊まり女子会編-が完結しました!(2025.6.17)
※お気に入り登録や感想をお待ちしております。
【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!
satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。
働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。
早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。
そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。
大丈夫なのかなぁ?
明日のために、昨日にサヨナラ(goodbye,hello)
松丹子
恋愛
スパダリな父、優しい長兄、愛想のいい次兄、チャラい従兄に囲まれて、男に抱く理想が高くなってしまった女子高生、橘礼奈。
平凡な自分に見合うフツーな高校生活をエンジョイしようと…思っているはずなのに、幼い頃から抱いていた淡い想いを自覚せざるを得なくなり……
恋愛、家族愛、友情、部活に進路……
緩やかでほんのり甘い青春模様。
*関連作品は下記の通りです。単体でお読みいただけるようにしているつもりです(が、ひたすらキャラクターが多いのであまりオススメできません…)
★展開の都合上、礼奈の誕生日は親世代の作品と齟齬があります。一種のパラレルワールドとしてご了承いただければ幸いです。
*関連作品
『神崎くんは残念なイケメン』(香子視点)
『モテ男とデキ女の奥手な恋』(政人視点)
上記二作を読めばキャラクターは押さえられると思います。
(以降、時系列順『物狂ほしや色と情』、『期待ハズレな吉田さん、自由人な前田くん』、『さくやこの』、『爆走織姫はやさぐれ彦星と結ばれたい』、『色ハくれなゐ 情ハ愛』、『初恋旅行に出かけます』)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる