恋人、はじめました。

桜庭かなめ

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続編

第14話『お見舞いに来てくれた。』

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 目を覚ますと、部屋の中は寝る直前と同じように薄暗かった。
 体を起こすと……今朝に比べるとかなり楽だ。熱っぽさがなくなっているし。処方された薬と姉貴のお粥のおかげだろう。
 テーブルを見ると、体温計とバスタオル、スポーツドリンクが置いてある。寝ている間に姉貴か母親が用意してくれたのだろう。有り難い。
 どのくらい寝ていたんだろう? 枕の側にあるスマホを確認すると……今は午後4時過ぎか。寝たのは朝の10時過ぎだったから、6時間眠ったことになるのか。あと、この時間だと放課後だから、氷織達がもうすぐお見舞いに来てくれそうだ。
 LIMEの通知が来ている。なので、LIMEを見てみると、クラスメイトの友人や1年のときに同じクラスだった友人からも『体調大丈夫か』『お大事に』といったメッセージが届いていた。おそらく、氷織達が話したり、担任の先生がホームルームで風邪を引いて欠席したことを伝えたりしたのだろう。
 メッセージをくれた人全員に『ありがとう』と返信を送っていく。そんな中、

 ――コンコン。
「氷織です。沙綾さんと恭子さんと一緒にお見舞いに来ました。明斗さん、起きていますか?」

 ノックの直後、部屋の扉の向こうから氷織の声が聞こえてきた。その声を聞いて頬が緩んでいくのが分かった。いいタイミングで起きられたようだ。

「起きてるよ。どうぞ」

 俺がそう返事すると、部屋の扉が静かに開く。そのことで、制服姿の氷織と火村さん、葉月さんの姿が見えて。学校帰りだから、みんなスクールバッグを持っており、火村さんはコンビニの袋も持っていた。
 氷織がスイッチを押して、部屋の電気を点ける。今まで寝ていたからちょっと眩しく感じる。

「こんにちは、明斗さん」
「どうもッス、紙透君。みうみうと倉木君は部活があるので3人で来たッス」
「体調はどうかしら?」
「病院で処方された薬と姉貴が作ったお粥のおかげで、朝に比べたらだいぶ良くなったよ。6時間くらい眠れたし。みんな来てくれてありがとう」

 俺がそう言って氷織達を見ると、3人ともほっとした様子に。それだけ氷織が心配してくれたのだと分かる。

「いえいえ。体調が良くなっているそうで安心しました。明実さんから、朝は熱が38度5分だったとメッセージをもらっていたので」
「そうだったのか」

 俺の体調がどんな感じなのか、氷織が姉貴に訊いたのかな。

「でも、お腹は壊していないって明実さんが氷織にメッセージをくれたから、ここに来る途中にコンビニでプリンとかスポーツドリンクを買ってきたわ。ただ、スポーツドリンクはテーブルにあるわね」
「それは多分、家の物置に貯蔵してあるやつだよ。今日の俺のように、誰かが急に体調を崩したときとか、災害があったとき用に。まだ開けてないから、それは飲まなくても大丈夫だ。買ってきてくれたものを飲むよ。ありがとう」
「分かったわ」
「ひおりんのお見舞いのときのように、3人でお金を出し合ったッス」
「そうなんだね。3人ともありがとう。とりあえず、熱を測りたいから、誰かテーブルの上にある体温計を持ってきてくれるかな。あと、荷物を適当なところに置いてくつろいでいいからね」
「分かりました。……はい、明斗さん、体温計です」
「ありがとう」

 俺は氷織から渡された体温計を腋に挟む。
 氷織達は部屋の端に荷物を置いて、テーブルの周りに置いてあるクッションに座る。ちなみに、氷織がベッドの近くに座り、3人とも俺の方を向いている。

「そういえば、今日の学校はどうだった?」
「ひおりんがとても寂しそうにしていたッス」
「そうだったわね。紙透がいないのをいいことに、変な奴が氷織に近づいてこないように守ったわ! あと、今日のお昼は氷織と沙綾と3人で一緒に食べたわ!」

 とっても楽しそうに言う火村さん。昼休みの時間が本当に楽しかったのだと分かる。そんな火村さんのことを氷織と葉月さんは微笑みながら見ていた。
 3人の様子からして、氷織に変な人が近づいて来ることはなかったと思われる。

「明斗さんがいなかったのでとても寂しかったです。先日、私が休んだとき、明斗さんもこういう想いをしていたのかなと思いました。もちろん、風邪を引いて休んだのを悪いとは言っていませんよ」
「ああ、分かっているよ」
「一緒に学校に行けなくて、一緒の学校生活を過ごせなかったからこそ、お見舞いに来て、明斗さんと会えたことが凄く嬉しいです」
「俺も嬉しいよ。学校を休んでもここで氷織と会えるんだから。もちろん、火村さんと葉月さんもね」

 俺は右手を伸ばして氷織の頭を優しく撫でる。そのことで氷織の温もりを感じられ、氷織の柔らかな笑みを見られて安心する。

「そう言ってくれると嬉しいッスね」
「そうね、沙綾。不意打ちだったからちょっとキュンとした。あと、今日は大半の教科が中間試験の返却と解説だけだったわ」
「そうだったんだ」

 休んだ期間の長さや授業内容によっては、追いつくのに苦労することがある。中間試験の返却と解説だけの授業が大半だったのは運が良かった。

「どの教科も、明斗さんの答案は次の授業に返却してくれるそうです」
「そうなんだね。分かった。ちなみに、点数はどうだった? こういうことを訊くのは良くないかもしれないけど。一緒に勉強したから気になっちゃって」
「私は……どの教科も満点でした」
「おおっ、さすがは氷織」
「あたしはまあまあだったわ。ちょっと苦手な数学Ⅱも平均点近く取れてた。勉強会で氷織達が教えてくれたおかげよ」
「良かったね、火村さん」
「ええ。美羽や倉木も赤点はなかったわ」
「そうだったんだ」

 今夜あたりに、和男と清水さんからお礼のメッセージが届きそうだ。2人も勉強会のときには、苦手な科目について俺達に質問して頑張っていたからな。

「葉月さんはどうだった?」
「どの教科も結構できたッス。苦手な古典Aも平均点以上取れていたッス。これも主に紙透君のおかげッスね。ありがとうッス」
「いえいえ」

 勉強会では近くに座っていたから、和男ほどではないが、葉月さんの苦手な古典Aや日本史Aを教えることも多かった。それがちゃんと結果に繋がったと知り、お礼を言われると嬉しい気持ちになる。
 俺は……今日返却されたテストの点数はどのくらいだったんだろう。手応えも良かったし、高得点であることを期待したい。
 ――ピピッ。
 おっ、体温計が鳴った。今朝に比べたら熱っぽさはないし、結構下がっていると思うんだけど。体温計を手に取る。

「37度1分か」
「今朝は38度5分だったんですよね。それを考えると、結構下がりましたね」
「このままゆっくりすれば、明日からはまた学校に行けるんじゃない?」
「その可能性は大きいッスね。何にせよ、体調が良くなってきていて良かったッス」
「ああ。安心したよ」

 処方された薬もまだまだあるし、火村さんの言うとおり、このままゆっくり過ごしていれば、明日からまた学校に行けるだろう。バイトもできるかも。明日のシフトは……午後4時から7時までの3時間だし。

「明斗さん。私達に何かしてほしいことはありませんか? 私のお見舞いのときは……汗を拭いてもらったり、プリンを食べさせてもらったりしましたね。明斗さんは病人ですし、遠慮なく何でも言ってください」

 優しい笑顔で氷織はそう言ってくれる。火村さんと葉月さんも優しく微笑みかけてくれて。ここは氷織達のご厚意に甘えることにしよう。
 朝からずっと寝ていたし、寝始めたときは熱っぽかったから、胸元や背中にちょっと汗を掻いている。だから、汗を拭いて、新しいインナーシャツに着替えたい。恋人の氷織なら……汗を拭いてもらっても大丈夫かな。

「じゃあ……汗を拭いてくれるかな、氷織。朝からずっと寝ていたから、胸元と背中がちょっと汗掻いてて。上半身だけだから氷織に頼んでも大丈夫かなって思うんだけど……どうかな?」
「上半身であれば大丈夫です! 私が汗を拭きますね!」

 氷織、やる気になっているな。ほんのりと顔が赤くなっているけど。これから上半身裸になるからドキドキしているのだろうか。

「ありがとう。あと、プリンを買ってきてくれたから、この前の氷織のときみたいに食べさせてもらおうかな。火村さんと葉月さんもいるから、これは3人で」
「分かったわ」
「了解ッス」

 自分にも役目を与えられたからなのか、火村さんも葉月さんも嬉しそうだ。

「まずは汗を拭いてもらおうかな。タオルはテーブルの上にあるものを使って」
「分かりました」
「新しいインナーシャツは……自分で出すよ。ベッドの収納スペースに衣服を入れているんだ」

 俺はベッドから降り、ベッドの引き出しから新しいインナーシャツを1枚取り出す。そのシャツは枕の側に置く。

「ええと……服を脱ぐし、恥ずかしいなら部屋から出ていいよ、火村さん、葉月さん」
「上半身だけなんだし大丈夫よ。プールや海で見るんだし」
「あたしも大丈夫ッス。それに、上半身だけでも、裸を見れば何か小説の参考になったり、構想が浮かんだりするかもしれないッスから」
「そ、そうか」

 葉月さんは花月沙耶かづきさやとして、氷織と同じように投稿サイトで小説を投稿している。ただ、彼女の場合は恋愛小説が多く、中には恋愛の描写がかなり過激な内容もある。BL小説も書いているから、執筆のために生で見ておきたいのかも。
 3人とも俺の上半身を見ても大丈夫と言ってくれたけど、3人の方を向いて服を脱ぐのは恥ずかしい。なので、3人に背を向けて寝間着の上着とインナーシャツを脱ぐ。
 上半身裸になった状態で、氷織達の方へゆっくり体を向けると、氷織と火村さんはほんのりと顔を赤くして、葉月さんは好奇的な視線を向ける。

「おおっ、紙透君は意外と筋肉あるッスね! ちょっと萌えたッス」
「そ、そうか。運動する習慣はないけど、高校までは自転車や徒歩だし、バイトも1年以上しているからかな。中学までに比べたら体力が増えたし。まあ、風邪を引いているから説得力がないかもしれないけど」
「なるほどッス。いい体してるッスよ」
「それはどうも」

 恋人じゃなくても、女の子に体のことを褒められると嬉しいもんだな。氷織は俺の体を見てどう思っているんだろう。
 葉月さんはニヤリと悪戯っぽい笑みになり、氷織と火村さんのことを見る。

「……ひおりんもヒム子も顔を赤くして紙透君を見ているッスね。去年、一緒にプールへ遊びに行ったとき、ひおりんは男の人の体にドキドキすることはなかったのに」
「こ、恋人の体ですからね。沙綾さんの言うように筋肉もついていて。素敵ですから、ドキドキしてしまいますよ」
「ふふっ、可愛いッス」
「氷織が素敵だと言ってくれて嬉しいよ」

 少なくとも、今の体型を維持できるようにしよう。

「海やプールへ行ったときは、男の体を見ても平気なんだけど、親しい紙透だからか、見たら何かドキッとしちゃった」
「そうか」

 今の言葉もあって、じっと見つめる火村さんが可愛く見えてきた。俺の体について馬鹿にされなくて良かった。

「そういえば、葉月さんは氷織とプールへ遊びに行ったことがあるんだね」
「去年の夏に文芸部の女子部員達で行ったッスよ」
「そうなんだ。もうすぐ夏になるし、今の話を聞いたら、氷織とプールデートをしたくなったよ」
「私も……明斗さんとプールデートしたいです。笠ヶ谷高校には水泳の授業がありませんし、6月になったら行ってみたいです」
「じゃあ、6月のどこかでプールデートしようか」
「はいっ!」

 氷織は元気良く返事してくれる。
 俺はあまり泳げないけど、海やプールに入って遊ぶことは好きだ。去年は夏休みに和男達友人と一緒に遊びに行ったこともある。きっと、氷織とのプールデートも楽しめるだろう。それに、プールなら氷織の水着姿も見られるし。……氷織がどんな水着を着るんだろうと考えたら、体がちょっと熱くなってきた。

「夏休みまでの間に、いつもの6人で海かプールに遊びに行きたいわ!」
「いいッスね! 一度は行きたいッスね!」
「みんなで遊ぶのも楽しそうです」
「そうだな。去年と同じなら、夏休みには陸上部も休みの日が何日かあるし、夏休みまでに6人で一緒に遊びに行こうか」

 俺がそう言うと、氷織達は笑顔で頷いてくれる。
 氷織とのプールデートも楽しみだけど、みんなで一緒に海やプールに行くのも楽しみだな。今年の夏は今までで一番の夏になりそうだ。

「そろそろ拭きましょうか。明斗さん、ベッドに腰を下ろしてください」
「ああ」

 俺は氷織の指示通り、ベッドに腰を下ろす。
 氷織はテーブルにあるバスタオルを持って俺の側まで近づき、バスタオルで体の前面を拭き始める。バスタオルの柔らかさが気持ちいいな。あと、うっとりとした様子で体を拭いてくれる氷織が凄く可愛い。

「どうですか? 明斗さん」
「気持ちいいよ。こんな感じで拭いてくれるかな」
「分かりました」

 持ち前の優しい笑顔でそう言うと、氷織は再び俺の体を拭き始める。
 氷織の手つきが優しいのもあって、本当に気持ちいいな。氷織の温かな吐息が直接肌にかかることにドキッとするけど、心地良くも感じられて。凄く看病してもらっている感じがする。
 火村さんと葉月さんに見られるのはちょっと恥ずかしいけど、それから少しの間、氷織による癒しの時間を過ごすのであった。
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