恋人、はじめました。

桜庭かなめ

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続編

第11話『タピオカドリンク』

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 火村さんが教えてくれた通り、お店を出て左へ少し歩くと落ち着いた雰囲気の広場がある。広場の周りはもちろんのこと、広場の中にも大きな木が何本も植えられており、日陰になっている部分が多い。だから、涼しそうな感じがして。
 広場の端や広場の中に植えられた木の周りに、ベンチがたくさん置かれている。ベンチは日陰になっているので、本を読んでいたり、女子3人で語らっていたり、酔っ払いなのか仰向けでぐっすり寝ていたりとゆっくりとしている人が多い。
 空いているベンチがいくつもあり、俺達はそのうちの一つに隣同士で座った。

「日陰になっていて、少し風が吹いていますから気持ちがいいですね」
「そうだね。周りは賑わっているから、こういう落ち着いた雰囲気が凄くいいなって思うよ」
「そうですね」

 それから、俺達は自分の購入したタピオカドリンクの写真や、タピオカドリンクのカップを持った俺達のツーショット自撮り写真をスマホで撮った。
 アルバムを見ると……今日のデート中にたくさん写真を撮ったんだなぁ。いくつかはプリントアウトして、家のアルバムに貼ろうかな。

「明斗さん。そろそろ飲みましょうか」
「そうだな。いただきます」
「いただきますっ!」

 俺はタピオカカフェオレを一口飲む。
 カフェオレとタピオカの甘さが強く感じられるけど、コーヒーの苦味もしっかりとしているので甘ったるくない。15分くらい歩いたから体が潤っていくなぁ。熱くなった体が冷やされていく感覚が気持ちいい。

「甘味も苦味もあって美味しいなぁ」
「そうなんですか。ミルクティーも茶葉の味がしっかりと感じられて美味しいです」
「良かったね」
「ええ。あと、15分ほど歩いたので、ミルクティーの冷たさがとてもいいですね」
「俺もカフェオレを飲んだときに思ったよ。晴れている中歩いてきて良かったな」
「そうですねっ!」

 喜んで返事をすると、氷織はもう一口ミルクティーを飲む。カップを両手で持ち、ちゅーっ、と吸っている姿がとても可愛らしい。ずっと見ていられる。そう思いながら、俺もカフェオレをもう一口飲む。

「ミルクティー美味しいです。……こうして2人きりでタピオカドリンクを飲んでいると、初めて放課後デートをしたときのことを思い出します」
「そうだな。あのときは笠ヶ谷駅近くのタピオカドリンクのお店に行ったよな。あれも今から1ヶ月近く前になるのか」
「そうですね。一口交換したときに、間接キスだってドキドキしたのを思い出します」

 柔らかな笑みを浮かべながら話す氷織。
 初めて放課後デートをしたときの氷織は、笑顔を全然見せていない頃だった。ただ、タピオカドリンクを一口交換したときは頬が赤くなっていて。やっぱりドキドキしていたんだ。

「あのときの頬が赤くなっていた氷織、可愛かったよ。俺も間接キスはドキドキしたな」
「明斗さんもだったんですね。あのときの明斗さん、顔がほんのり赤くなっていましたから」
「そうだったんだ。体も熱かったからなぁ」
「ふふっ。今では一口交換して間接キスをすることも多くなりましたし、直接キスすることもありますもんね。私も明斗さんが大好きだと自覚して、正式にお付き合いするようになりましたから……」

 うっとりとした様子でそう言うと、氷織は俺にキスしてくる。唇を重ねるだけだけど、氷織の唇からミルクティーの甘い匂いが香ってきた。
 数秒ほどで唇を離すと、目の前には頬を赤くしてニッコリと笑顔を見せる氷織の姿があった。

「明斗さんからカフェオレの匂いがしました」
「氷織からもミルクティーの匂いがしたよ」
「そうですか。匂いだけですけど、唇で交換しちゃいましたね」

 そう言うと、氷織は右手の人差し指を唇に当て、「ふふっ」と笑った。まったく……俺の彼女が可愛すぎるんですけど。初めての放課後デートで、タピオカドリンクを一口交換したとき以上に体が熱くなってきた。

「そうだね。じゃあ、実際にドリンクを一口交換しようか」
「はいっ」

 俺達は自分のタピオカドリンクのカップを相手に渡す。
 これが氷織が買って、二口飲んだタピオカミルクティーか。今まで何杯もミルクティーを飲んできたけど、これが一番美味しそうに見える。

「では、タピオカカフェオレを一口いただきますね」
「どうぞ。俺もミルクティーを一口いただくね」
「はい」

 俺は氷織のタピオカミルクティーを一口飲む。氷織の言うとおり、茶葉の味や香りがしっかり感じられて美味しい。あと、今まで飲んできたタピオカミルクティーよりも甘く感じる。氷織が口を付けたからだろうか。
 一口交換には慣れてきたけど、間接キスの話や、唇で匂いだけ交換したこともあってドキッとするよ。

「カフェオレ美味しいですね!」

 そう言ってにこやかに笑う氷織を見て、口の中に残っているミルクティーの味わいが増した気がした。

「ミルクティーも美味しいよ。ありがとう」
「ありがとうございます」

 俺達は互いのドリンクのカップを相手に返す。

「すごーい! 乗ってる!」
「チャレンジ成功じゃん!」
「2年になった頃に比べて大きくなったんだー」

 前方からそんな女性達の楽しげな話し声が聞こえてきた。なので、そちらを見てみると、木の周りに置かれる円形のベンチに女子高生と思われる制服姿の女性が3人座っていた。
 真ん中に座っている女性の胸の上には、タピオカメロンソーダの入ったカップが乗っている。女性は両手で支えることなくカップを安定させ、嬉しそうな様子で飲んでいる。……いかんいかん、恋人がいるのに他の女性の胸をあまり見ては。
 氷織の方に視線を向けると、氷織は女性達を見ながらタピオカミルクティーを飲んでいた。

「……あれって確か『タピオカチャレンジ』というチャレンジですよね。カップを胸に乗せて、手で支えずに飲めるかという。以前読んだ漫画でそんなシーンがありました」
「……お、俺も漫画やアニメでそんなシーンを見たことがあるよ」

 タピオカチャレンジは胸に直結する話題だ。氷織ができるのかどうか興味はあるけど、そんなことは訊けない。何か別の話題を振った方がいいか――。

「私、やったことないんですよね」
「そ、そうなんだ」
「……できるかどうか一度試してみましょうかね。ある程度の大きさがないと成功しないそうですけど」

 氷織がそう言うので、俺は思わず氷織の胸を見てしまう。……この大きさだと成功しそうな気がする。まさか、タピオカチャレンジを試す意思表示をするとは。

「……やったことないなら、一度試してみる価値はあるんじゃないかな」

 恋人として、この言葉が正しかったかどうか。ただ、氷織がタピオカチャレンジをしている姿を見てみたい気持ちは正直ある。成功する姿を見届けたい気持ちもある。
 俺の今の言葉が良かったのだろうか。氷織は微笑んで、一度頷く。

「分かりました。やってみましょう」
「……じゃあ、万が一のときのために、カップを取れるようにスタンバイしておくよ。もちろん、氷織の胸のキャパシティを信用していないわけじゃない」
「ふふっ。万が一の場合の備えは大切ですから、スタンバイお願いします。ただ、恋人の明斗さんには成功する姿を見届けてもらいたいです」
「分かった」

 俺は氷織の方に体を向けて。左手を彼女の胸の近くでスタンバイ。
 氷織は右手でタピオカミルクティーの入ったカップを胸元に置く。

「じゃあ、チャレンジしますね」
「ああ」

 氷織はミルクティーの入ったカップから右手を離す。そのことで胸元の上にあるカップは――。

「……ビクともしませんね」
「そうだね」

 落ちることはおろか、氷織の胸元の上にしっかり乗っていた。氷織がストローに口を付けてミルクティーを飲んでも、カップは安定していた。俺の予想が当たったか。さすがは氷織の胸。ひおっぱい。
 ミルクティーを飲むと、氷織は嬉しそうに笑った。

「チャレンジ成功ですね!」
「おめでとう」
「ありがとうございます。漫画のシーンを再現できて嬉しいです。それに、その……できる程度の胸の大きさがあるんだって分かりましたし」
「そ、そっか」
「明斗さん。スマホで写真を撮って、LIMEで送ってくれませんか? 成功記念に。もちろん、この写真を明斗さんが持ってくれていいですから」
「分かった」

 俺は氷織の目の前に立ち、タピオカチャレンジを成功させた氷織の姿をスマホで撮影する。成功して嬉しいのか、満面の笑みを浮かべたり、ピースサインをしたりと可愛い姿を写させてくれた。
 LIMEで写真を送ると、氷織はすぐに自分のスマホで写真を見ていた。

「写真ありがとうございます。正面から見るとこんな感じなんですね」
「そうだね」
「……今日のデートの思い出がまた一つできました」
「それは良かった」

 氷織に今送った写真を見たら、今のタピオカチャレンジや火村さんがバイトしている様子を思い出すんだろうな。
 それからもタピオカドリンクを飲みながら、映画館で見た『空駆ける天使』のことや猫カフェでの話をして盛り上がった。
 タピオカドリンクを飲み終わった後、俺達は帰路に就く。近くに新高野駅があるので、地下鉄の東都メトロ円ノ内線に乗り、それぞれの家の最寄り駅へ向かうことに。
 土曜日の夕方だからだろうか。車内の座席は全て埋まっていた。なので、俺達は寄り添って立つ形に。
 メトロでの氷織の最寄り駅は南笠ヶ谷駅。新高野駅からは3駅のところにあるが、1駅の間隔が短いので5分ほどで到着する。車内でも氷織と話していたので、

『まもなく、南笠ヶ谷駅。南笠ヶ谷駅。お出口は――』

 南笠ヶ谷駅にもうすぐ到着するとアナウンスされるまであっという間だった。

「南笠ヶ谷まですぐでしたね」
「そうだな。話していたからあっという間だったな。とても楽しいデートだったよ」
「私も楽しかったです。映画にオムライスに猫カフェにタピオカドリンク。沙綾さんと恭子さんのバイトする様子も見られて盛りだくさんでしたね」
「ああ。これからもデートしていこう。あと、映画館でもお互いの家でも、一緒に氷織と映画を観たいなって思ってる」
「とても楽しかったですもんね。是非、そうしましょう」

 その言葉が本心であると示すかのように、氷織は楽しそうな笑顔を見せてくれて。それがとても嬉しかった。
 やがて、電車は減速していき、南笠ヶ谷駅に到着する。

「今日は楽しかったです。ありがとうございました」
「こちらこそありがとう。気をつけて帰ってね」
「はい。明斗さんも気をつけて。明日は午後にゾソールに行くと思います」
「ああ。待ってるよ」

 そのことだけで、明日のバイトはずっと頑張れそうだ。

「では、またです」

 一言そう言うと、氷織は俺にキスして電車から降りていく。そして、こちらに振り返り、赤らんだ顔に笑みを浮かべて俺に手を振ってきた。そんな氷織に俺も手を振る。電車が発車して、氷織の姿が見えなくなるまでずっと。
 手を振るのを止めると、その途端に氷織がいない寂しさを覚えるようになって。
 ただ、氷織がさっき言った通り、今日のデートは盛りだくさんで。それらのことを思い出すと、心が温かくなっていったのであった。
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