恋人、はじめました。

桜庭かなめ

文字の大きさ
上 下
43 / 190

第42話『一番の薬』

しおりを挟む
 午後1時半。
 約束の時間に氷織の家に到着した。自宅からここまで自転車で行くのはこれが初めて。日差しが温かくて空気が爽やかだったから、漕いでいてとても気持ち良かったな。
 自転車を青山家の庭に置かせてもらい、俺はインターホンを鳴らした。

「明斗さん、いらっしゃい」

 鳴らしてから10秒も経たないうちに玄関が開き、氷織が姿を現した。インターホンで応対するかと思いきや、こんなにもすぐに姿を現すとは。ちょっとビックリした。あと、水色のロングスカートに黒いタートルネックの縦ニットセーター姿が可愛い。温かそうだ。
 俺と目が合うと、氷織はニッコリと笑った。

「こんにちは」
「こんにちは、氷織。すぐに出てきてくれるとは思わなかったよ」
「待ち合わせの時間が近づいたので、部屋の窓から外を見ていたんです。そうしたら、自転車を漕ぐ明斗さんの姿が見えて。それで、玄関に降りて待っていたんです」
「そうだったんだ」

 可愛すぎるんですけど。

「今日の服もよく似合っているな。タートルネックだから温かそうだ」
「温かいですよ。病み上がりですから、体を温かくした方がいいと思いまして。明斗さんのワイシャツ姿は爽やかでかっこいいです」
「ありがとう」
「さあ、上がってください」
「うん。お邪魔します」

 俺は氷織の家の中に入る。
 リビングにいる氷織の御両親に挨拶して、俺達は2階にある氷織の部屋へ。ちなみに、七海ちゃんはバドミントン部の活動があり、30分ほど前に中学校へ行ったとのこと。

「どうぞ、明斗さん」
「お邪魔します」
「みやび様を一緒に観る予定ですから、ベッドの側に置いてある2つのクッションのどちらかに座ってもらえますか? 荷物は適当なところに置いてください」
「分かった」

 氷織の指示通り、ベッドの方へ行くと、ベッドの側には2つのクッションが置かれていた。ただし、そのクッションはくっつけて置かれている。今までアニメを一緒に観るときは隣同士に座って観ていたからな。それを氷織が受け入れてくれているのだと分かる。嬉しいな。
 並べてあったクッションの片方に腰を下ろし、自分の横に荷物を置いた。

「飲み物を持ってきます。何がいいですか?」
「じゃあ……温かい紅茶をお願いできるかな」
「分かりました」
「あと、この前借りた百合漫画を返すよ。ありがとう」

 トートバッグから、百合漫画の入ったよつば書店の袋を取り出す。ゆっくりと立ち上がって、袋を氷織に渡した。
 氷織は袋から百合漫画を取り出すと、俺の目を見て微笑む。

「確かに受け取りました。楽しんでもらえて良かったです」
「面白かったよ」

 俺がそう言うと、氷織は嬉しそうに笑ってゆっくりと頷いた。俺が返した漫画を本棚に戻して、部屋を後にした。
 再びクッションに腰を下ろして、そっとベッドにもたれる。そのことで、ベッドの方から氷織の甘い匂いと、洗剤の爽やかな匂いが香ってくる。昨日、汗掻いたと言っていたし、シーツを取り替えたのかもしれない。……何を考えているんだか、俺は。
 まさか、2日連続で氷織の家に来られるとは。夢のようだ。以前の俺にこのことを話したら信じてくれるかな。信じてもらえないかも。

「お待たせしました」
「おかえり」

 マグカップ2つを乗せたトレーを持った氷織が部屋に戻ってきた。温かい紅茶だから、戻ってきてすぐに紅茶の香りを感じる。そのことに安らぎを抱いた。
 氷織は俺の目の前にマグカップを2つ置き、トレーは勉強机に置く。
 氷織が俺の隣に座った直後に、俺はマグカップを手に取る。湯気から結構な熱気が伝わってきたので、ふーっ、と息を吐いて紅茶を少し口に含んだ。

「……ほんのりと甘くて美味しいな」
「良かったです」

 氷織も自分のマグカップを持ち、息を吹きかけた後に紅茶を一口飲んだ。そのときに笑みを浮かべる彼女の横顔はとても美しかった。

「美味しい。……さっそく、みやび様の第2期を観たいと思っているのですが……いいですか?」
「もちろんさ! まずは第1巻を観ようか」
「はいっ」

 俺達はみやび様の第2期のBlu-ray第1巻を観始める。もちろん、今までと同じように隣同士に座って。
 お互いに観たことがあるので、「このシーンが面白い」とか「ここはとてもキュンとした」といった感想を語り合いながら観ていく。ただ、氷織が至近距離で笑顔を見せてくれるから、アニメじゃなくて、氷織の方に気が向いてしまうときもあるが。

「第2話も終わったから、これで第1巻が終わりか」
「あっという間でしたね」
「そうだね。話しながら観たしね」
「ええ。楽しかったです。ただ、病み上がりだからか、ちょっと疲れてしまいました。長めの休憩を入れてもいいですか?」
「もちろんいいよ」

 アニメをただ観るだけじゃなくて、俺とも楽しそうに話していた。そのことで疲れが出てしまったのかもしれない。それに、氷織は病み上がりの状態だから。

「ベッドで横になった方がいいかも。そうした方がより楽になれるだろうし」
「そうですね。ただ……枕は明斗さんの膝枕がいいです。この前のお家デートで明斗さんを膝枕しましたから、私も体験してみたいと思って。どう……ですか?」

 氷織は頬をほんのりと赤くし、俺のことをチラチラ見てくる。俺に膝枕をしたから、今度は膝枕されてみたい……か。凄く可愛いことを考える。

「いいよ」
「ありがとうございます」

 俺はクッションから立ち上がり、氷織のベッドの端に腰を下ろす。
 氷織は掛け布団をめくり、ベッドの上で仰向けの形で横になる。そして、頭を俺の膝の上にそっと乗せてきた。膝から氷織の重みと温もりがじんわり伝わってくる。
 見下ろす形で氷織を見る。氷織と目が合うと、彼女はやんわりと笑った。

「どうかな、俺の膝枕は」
「とても気持ちいいです。感触も良くて、ほんのりと温かくて。これならゆったりできそうです」
「それは良かった」
「……あと、重くないですか? 大丈夫ですか?」
「ああ、全然大丈夫だよ」
「良かったです」

 ほっとした表情になる氷織。女の子だし、体の重さが気になるのかも。
 両手をどこに置こうか迷う。ただ、この前、俺に膝枕してくれたときの氷織を思い出し、右手を氷織の頭に、左手をお腹の辺りにそっと乗せた。すると、氷織の体がピクッと震えたけど、嫌そうな表情は見せない。

「この前の氷織みたいに手を乗せたけど、嫌だった?」
「いいえ、お腹ですから。それに、明斗さんの温もりを感じられて安心できますから。昨日、風邪を引いて学校を休んだからでしょうかね。学校を欠席して、明斗さん達と会えないのがとても寂しかったです」
「……そうだったんだね」

 俺も教室に氷織がいないことを寂しく思っていた。でも、氷織は俺とは違って一人きり。俺よりも強い寂しさを抱いていたのかもしれない。ただ、寂しい気持ちが重なったことがたまらなく嬉しい。

「その寂しさを少しでも紛らわすために、萩窪デートで明斗さんがプレゼントしてくれたぬいぐるみを抱きしめていました」
「そうだったんだ」

 ベッドを見渡すと、枕の近くに俺がプレゼントした茶色と白のハチ割れ猫のぬいぐるみが置かれていた。ぬいぐるみを手に取ると、氷織にプレゼントしたときのことを思い出す。あのとき……氷織は本当に喜んでくれていたな。
 氷織がぬいぐるみに手を伸ばしたので、氷織にぬいぐるみを渡した。すると、氷織はぬいぐるみを抱きしめる。

「こういう風に抱きしめました。抱き心地もいいですし、明斗さんと同じ茶色い部分もありますから、気分も落ち着いてきて。だから、ぐっすりと眠れたんです」
「なるほどね。じゃあ、このぬいぐるみのおかげで、氷織の体調が早く良くなったのかな」
「そうだと思います。ただ、この猫ちゃんが明斗さんにちょっと似ていて、明斗さんがプレゼントしてくれたものだから、よく眠れたのかなって思っています」

 氷織はほんのり赤くなった顔に笑みを浮かべ、俺を見つめてくる。そんな彼女が本当に可愛くて。キュンともして、体が熱くなっていく。氷織の頭を乗せている太もものあたりが一番熱くなっているのは気のせいだろうか。

「昨日、沙綾さんと恭子さんと一緒にお見舞いに来てくれたとき、心が軽くなりました。頬に手を当ててくれたのが凄く気持ちよくて、熱が引いていきました。今だって、こうして膝枕してもらっていますから、Blu-rayを観た疲れが取れてきています。私にとっての一番の薬は明斗さんなのかもしれませんね」
「……嬉しい言葉だ」

 俺の存在が、氷織の元気に繋がっているのが凄く嬉しい。氷織の頭を優しく撫でる。
 もし、俺が体調を崩して、氷織がお見舞いに来てくれたら……きっと、それだけで快方へ向かうだろうな。そうなる自信がある。健康なのが一番なのは分かっているけど、一度、風邪を引いて氷織がお見舞いに来るのを体験してみたい。

「膝枕が気持ち良かったので疲れが取れました」
「良かった。膝枕は姉貴くらいにしかしたことないけど、膝枕をするのもいいもんだな」
「ふふっ。ありがとうございます、明斗さん」

 氷織は体をゆっくりと起こし、ベッドから降りる。その際、猫のぬいぐるみは枕に置いた。

「Blu-rayの第2巻、観る?」
「はいっ、観ましょう」
「分かった」

 俺はベッドから降り、プレーヤーにみやび様のBlu-ray第2巻を挿入する。既に座っている氷織の隣のクッションに腰を下ろした。
 Blu-rayの再生が始まり、オープニングの映像が流れているときだった。

「ひ、氷織?」

 氷織が俺に寄り掛かってきて、右肩に俺の頭を乗せてきたのだ。ドームタウンの観覧車に乗ったときと同じような姿勢なので、あのときのことを思い出す。
 氷織は俺を見て、目が合うと優しく微笑む。

「こうして、明斗さんの温もりを感じながら観ていれば疲れにくいかと思って。明斗さん……いいですか?」
「もちろんさ。俺も……氷織の温もりが気持ちいいし」
「ありがとうございます。では、まずはこの体勢で第2巻を観てみます」
「うん。試してみるといいよ」

 氷織が快適に観られたらいいな。
 寄り添う姿勢になったけど、第1巻を観ているときと同じく、感想などを話しながら第2巻を観ていく。氷織の温もりだけじゃなく、甘い匂いや柔らかさも感じるので、第1巻のときよりも氷織のことが気になってしまったけど。ただ、これはこれで楽しい。
 やがて、第2巻を観終わった。
 氷織は疲れを全然感じないという。俺に寄り添う体勢なのもあり、むしろ楽だったそうだ。なので、第3巻以降もBlu-rayを観ている間は、基本的に寄り添った。
 これまでのお家デートよりも、氷織の温もりをたくさん感じられた時間になったのであった。
しおりを挟む
読んでいただきありがとうございます。お気に入り登録や感想をお待ちしております。

『クラスメイトの王子様系女子をナンパから助けたら。』の続編がスタートしました!(2025.2.8) 学園ラブコメです。是非、読みに来てみてください。
URL:https://www.alphapolis.co.jp/novel/347811610/89864889

『高嶺の花の高嶺さんに好かれまして。』は全編公開中です。 学園ラブコメ作品です。是非、読みに来てみてください。宜しくお願いします。
URL:https://www.alphapolis.co.jp/novel/347811610/441389601

『まずはお嫁さんからお願いします。』は全編公開中です。高校生夫婦学園ラブコメです。是非、読みに来て見てください。
URL:https://www.alphapolis.co.jp/novel/347811610/120759248
感想 2

あなたにおすすめの小説

僕(じゃない人)が幸せにします。

暇魷フミユキ
恋愛
【副題に☆が付いている話だけでだいたい分かります!】 ・第1章  彼、〈君島奏向〉の悩み。それはもし将来、恋人が、妻ができたとしても、彼女を不幸にすることだった。  そんな彼を想う二人。  席が隣でもありよく立ち寄る喫茶店のバイトでもある〈草壁美頼〉。  所属する部の部長でたまに一緒に帰る仲の〈西沖幸恵〉。  そして彼は幸せにする方法を考えつく―――― 「僕よりもっと相応しい人にその好意が向くようにしたいんだ」  本当にそんなこと上手くいくのか!?  それで本当に幸せなのか!?  そもそも幸せにするってなんだ!? ・第2章  草壁・西沖の二人にそれぞれの相応しいと考える人物を近付けるところまでは進んだ夏休み前。君島のもとにさらに二人の女子、〈深町冴羅〉と〈深町凛紗〉の双子姉妹が別々にやってくる。  その目的は―――― 「付き合ってほしいの!!」 「付き合ってほしいんです!!」  なぜこうなったのか!?  二人の本当の想いは!?  それを叶えるにはどうすれば良いのか!? ・第3章  文化祭に向け、君島と西沖は映像部として広報動画を撮影・編集することになっていた。  君島は西沖の劇への参加だけでも心配だったのだが……  深町と付き合おうとする別府!  ぼーっとする深町冴羅!  心配事が重なる中無事に文化祭を成功することはできるのか!? ・第4章  二年生は修学旅行と進路調査票の提出を控えていた。  期待と不安の間で揺れ動く中で、君島奏向は決意する―― 「僕のこれまでの行動を二人に明かそうと思う」  二人は何を思い何をするのか!?  修学旅行がそこにもたらすものとは!?  彼ら彼女らの行く先は!? ・第5章  冬休みが過ぎ、受験に向けた勉強が始まる二年生の三学期。  そんな中、深町凛紗が行動を起こす――  君島の草津・西沖に対するこれまでの行動の調査!  映像部への入部!  全ては幸せのために!  ――これは誰かが誰かを幸せにする物語。 ここでは毎日1話ずつ投稿してまいります。 作者ページの「僕(じゃない人)が幸せにします。(「小説家になろう」投稿済み全話版)」から全話読むこともできます!

手が届かないはずの高嶺の花が幼馴染の俺にだけベタベタしてきて、あと少しで我慢も限界かもしれない

みずがめ
恋愛
 宮坂葵は可愛くて気立てが良くて社長令嬢で……あと俺の幼馴染だ。  葵は学内でも屈指の人気を誇る女子。けれど彼女に告白をする男子は数える程度しかいなかった。  なぜか? 彼女が高嶺の花すぎたからである。  その美貌と肩書に誰もが気後れしてしまう。葵に告白する数少ない勇者も、ことごとく散っていった。  そんな誰もが憧れる美少女は、今日も俺と二人きりで無防備な姿をさらしていた。  幼馴染だからって、とっくに体つきは大人へと成長しているのだ。彼女がいつまでも子供気分で困っているのは俺ばかりだった。いつかはわからせなければならないだろう。  ……本当にわからせられるのは俺の方だということを、この時点ではまだわかっちゃいなかったのだ。

クールな生徒会長のオンとオフが違いすぎるっ!?

ブレイブ
恋愛
政治家、資産家の子供だけが通える高校。上流高校がある。上流高校の一年生にして生徒会長。神童燐は普段は冷静に動き、正確な指示を出すが、家族と、恋人、新の前では

コミュ障な幼馴染が俺にだけ饒舌な件〜クラスでは孤立している彼女が、二人きりの時だけ俺を愛称で呼んでくる〜

青野そら
青春
友達はいるが、パッとしないモブのような主人公、幸田 多久(こうだ たく)。 彼には美少女の幼馴染がいる。 それはクラスで常にぼっちな橘 理代(たちばな りよ)だ。 学校で話しかけられるとまともに返せない理代だが、多久と二人きりの時だけは素の姿を見せてくれて──。 これは、コミュ障な幼馴染を救う物語。 毎日更新します。

高校生なのに娘ができちゃった!?

まったりさん
キャラ文芸
不思議な桜が咲く島に住む主人公のもとに、主人公の娘と名乗る妙な女が現われた。その女のせいで主人公の生活はめちゃくちゃ、最初は最悪だったが、段々と主人公の気持ちが変わっていって…!? そうして、紅葉が桜に変わる頃、物語の幕は閉じる。

僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた

楠富 つかさ
恋愛
ある朝、目覚めたら女の子になっていた主人公と主人公に恋をしていたが、女の子になって主人公を見て百合に目覚めたヒロインのドタバタした日常。 この作品はハーメルン様でも掲載しています。

兄貴がイケメンすぎる件

みららぐ
恋愛
義理の兄貴とワケあって二人暮らしをしている主人公の世奈。 しかしその兄貴がイケメンすぎるせいで、何人彼氏が出来ても兄貴に会わせた直後にその都度彼氏にフラれてしまうという事態を繰り返していた。 しかしそんな時、クラス替えの際に世奈は一人の男子生徒、翔太に一目惚れをされてしまう。 「僕と付き合って!」 そしてこれを皮切りに、ずっと冷たかった幼なじみの健からも告白を受ける。 「俺とアイツ、どっちが好きなの?」 兄貴に会わせばまた離れるかもしれない、だけど人より堂々とした性格を持つ翔太か。 それとも、兄貴のことを唯一知っているけど、なかなか素直になれない健か。 世奈が恋人として選ぶのは……どっち?

学園の美人三姉妹に告白して断られたけど、わたしが義妹になったら溺愛してくるようになった

白藍まこと
恋愛
 主人公の花野明莉は、学園のアイドル 月森三姉妹を崇拝していた。  クールな長女の月森千夜、おっとり系な二女の月森日和、ポジティブ三女の月森華凛。  明莉は遠くからその姿を見守ることが出来れば満足だった。  しかし、その情熱を恋愛感情と捉えられたクラスメイトによって、明莉は月森三姉妹に告白を強いられてしまう。結果フラれて、クラスの居場所すらも失うことに。  そんな絶望に拍車をかけるように、親の再婚により明莉は月森三姉妹と一つ屋根の下で暮らす事になってしまう。義妹としてスタートした新生活は最悪な展開になると思われたが、徐々に明莉は三姉妹との距離を縮めていく。  三姉妹に溺愛されていく共同生活が始まろうとしていた。 ※他サイトでも掲載中です。

処理中です...