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特別編5

第3話『高熱恋人のお願い』

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 美優先輩が38度7分の高熱を出してしまった。頭がクラクラし、喉の調子もおかしいそうなので、病院に行ったら99%の確率で風邪だと診断されるだろう。
 美優先輩の体調が良くなるまで、先輩の看病をしっかりとやって、先輩からのお願いを聞いていきたい。

「ねえ、由弦君。高熱だって分かったからか、急に体が汗ばんだ感じになってきたよ」
「きっと、寝ている間に汗を掻いたんでしょうね」
「そうかも。だから……由弦君に汗を舐めてほしいの。ペロペロして?」

 俺の目を見つめ、美優先輩は可愛らしい声でそんなことを言ってくる。ただ、内容が内容だけに全然キュンとこないぞ。……いや、俺の聞き間違いや先輩の言い間違いの可能性もあり得る。確認してみるか。

「汗を掻いたから……何ですって?」
「ペロペロしてほしいの」
「……ペロペロ」

 オウム返しのように俺が言うと、美優先輩はゆっくりと頷く。先輩の言い間違いや俺の聞き間違いじゃなかったのか。普段の先輩なら、汗を結構掻いているときは、汗の匂いを気にして制汗剤を使うこともあるのに。実際には、先輩の汗が変に臭うことはないけど。

「汗を舐め取るのは……さすがにできませんね」
「……由弦君の嘘つき」

 美優先輩は不機嫌そうな表情になり、頬を少し膨らませる。どうやら、熱にうかされると普段よりも甘えん坊になって、エロい方への欲が増すようだ。過激な要求をされるのは困るけど可愛いな。
 色々考えているうちに、美優先輩の頬の膨らみが増していっている。しょうがない、こうなったら。

 ――ちゅっ。
「ふあっ」

 美優先輩の首筋に唇を触れ、ほんの少しだけ舐めた。その瞬間に先輩の可愛らしい声が聞こえ、体がビクつく。
 汗ばんでいると言っただけあって、ちょっと塩気を感じる。
 首筋から顔を話して美優先輩のことを見ると、先輩の顔は起きてから一番と言っていいほどに真っ赤になっていた。これはまずかっただろうか。

「ぐ、くすぐったくて変な声が出ちゃった。ちょっと恥ずかしい……」
「可愛い声でしたよ」
「……首筋を舐めて、そのときの私の声を可愛いって言うなんて。由弦君って結構エロいんだね」

 そうは言うものの、自分の言う通りにしたからか美優先輩は楽しそうだ。怒られたり、引かれたりしないでほっとした。

「高熱を出しているとはいえ、汗を舐め取ってほしいって言う美優先輩ほどじゃありませんよ。あとはタオルで拭き取りましょうね」
「うん」

 良かった、全身舐め取る展開にならなくて。
 洗面所からタオルを持ってくると、美優先輩は上の寝間着を脱ごうとしていた。ただ、体調を崩しているからか、ボタンがなかなか外せないようだ。

「俺がやりますよ」
「ありがとう」

 俺は美優先輩の寝間着を脱がせて、洗面所から持ってきたタオルを使って先輩の汗を拭き取っていく。タオルが気持ちいいのか、先輩は柔らかな笑みを浮かべている。

「こんな感じで拭いていっていいですか?」
「うんっ。タオルが柔らかくて、手つきが優しいから気持ちいいよ」
「そうですか。では、この調子で拭いていきますね」

 このことで少しでもリラックスできれば嬉しい。
 その後も俺は優しい手つきで美優先輩の体を拭いていく。汗の匂いをほんのり感じるけど、俺にとってその匂いはちょっと好きだったりする。それを言ってしまったらどんな反応をされるか分からないので、今は心に留めておこう。

「はい。これで一通り拭けました。どうですか?」
「……さっきよりも体がスッキリした感じ。ありがとね、由弦君」
「いえいえ」

 汗を拭き取るだけでも、気分が良くなることはあるよな。心なしか、起きたときよりも気分が良さそうに見える。
 美優先輩は顔を赤くさせて、俺のことをチラチラ見てくる。

「……お礼のキスがしたいなぁ」
「もちろんですよ」

 俺は美優先輩に顔を近づけて、ゆっくりと目を閉じる。
 すると、それから程なくして唇に柔らかな感触が。高熱を出しているからか、美優先輩の唇から伝わってくる熱はいつもよりも強い。
 唇から美優先輩の熱を受け取って、平熱まで下げられればいいのにな。でも、もし先輩から熱を受け取れたら、俺が代わりに高熱を出しちゃうのかな。もしそういう仕組みで受け取るのだとしたら、美優先輩は嫌がりそうな気がする。
 やがて、唇から柔らかな感覚が失われる。なので、ゆっくりと目を開けると、そこには顔がかなり赤くなっているものの、嬉しそうな笑みを浮かべる美優先輩がいた。

「……さっきよりも体が熱くなっちゃった。でも、気持ちはちょっと元気になったよ。キスって凄いね」
「俺もキスして、先輩の笑顔を見て元気をもらいました」
「……嬉しい」

 えへっ、と笑う美優先輩。体調を崩しても先輩の笑顔の可愛らしさは変わらない。
 俺は美優先輩の頭を優しく撫でる。こうしているときに感じる熱もいつもより強いけど、それが今はとても心地よく感じられる。

「ねえ、由弦君。お願いを思いついたから言ってもいい?」
「いいですよ。叶えられるかどうかは内容次第ですが」

 汗を舐め取ってほしいと言うくらいだ。次にどんなお願いをされるのか、不安な気持ちがないと言ったら嘘になる。
 美優先輩は俺のことをじっと見つめてくる。

「膝枕……してほしいの」
「膝枕ですか」
「うん」

 ゆっくりだけど、美優先輩はしっかりと首肯する。凄くまともで可愛らしいお願いだ。厭らしいお願いをされるんじゃないかと考えた自分を殴りたい。

「俺はいいですけど、美優先輩は大丈夫ですか? 俺は人間なんで、服越しでもそれなりに温かいと思いますよ。熱が出ているときは、水枕を使う人もいるじゃないですか」
「水枕はひんやりしてて気持ちいいよね。まあ……体は熱いよ。それでもね、由弦君の温もりは気持ちいいの。抱き留めてもらったときとか、キスしているときとか。由弦君の温かさが感じられて癒されたり、幸せな気持ちになれたりするの」
「……そうですか」

 何て可愛らしい理由なのだろう。体調を崩して辛い美優先輩にとっての癒しになるのなら、協力しないわけにはいかない。

「分かりました。膝枕しましょう」
「やったー!」

 いつもとは違った雰囲気の明るい笑顔を美優先輩は見せてくれる。
 俺はベッドに腰を下ろして、美優先輩を仰向けの状態で膝枕する。高熱が出ているだけあって、脚に伝わってくる熱はかなり強い。

「あぁ、気持ちいい」
「それは良かったです」
「服越しだけど……由弦君の温もりはちゃんと感じるし、柔らかさもあって。匂いも感じるし。こうして見ていると由弦君の顔が見えて。私にとっては最高の枕だよ」
「嬉しいことを言ってくれますね。ありがとうございます」

 右手で美優先輩の頭を優しく撫でると、先輩は柔らかな笑顔を見せてくれる。これで少しでも楽になっているといいな。

「由弦君は私を膝枕してみてどう? 重くない?」
「重みは感じますけど、重くないですよ。先輩から熱が凄く伝わってきます。今日は肌寒いですから、この熱が気持ち良くも思えますね」
「……それなら良かった」

 えへへっ、と声に出して笑う美優先輩。少なくとも、精神的には元気になってきているかな。
 過去に美優先輩に膝枕をしてもらったことがあるけど、そのときはとても気持ち良かった。今度、体調を崩したときには先輩に膝枕してもらおう。きっと早く元気になりそうだから。

「由弦君。左手はベッドじゃなくて……私の体に置いてくれていいんだよ? 由弦君だったら胸の上でもいいし」
「そうですね……胸に手を乗せたら色々してしまうかもしれないので、お腹の上に乗せますね」

 俺は左手を美優先輩のお腹の上に乗せる。

「つーかまーえたっ」

 そう言い、美優先輩は両手で俺の左手を掴んできた。そのことで左手が先輩の温もりに包まれる。先輩の顔を見ると、子供のような無邪気な笑みを浮かべている。風邪を引いても先輩はとても可愛い。
 それから少しの間、美優先輩に膝枕をして、先輩の温もりを感じ続けた。
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