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特別編4

プロローグ『春の終わり-前編-』

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特別編4



「これで終礼を終わります。みなさん、良い週末を」

 5月31日、金曜日。
 中間試験明け1週間の学校生活が無事に終わった。試験で火曜日から金曜日まで午前だけだった先週とは違い、今週は5日全てフルの日程。なので、先週よりも長く感じたな。
 俺・桐生由弦きりゅうゆづるのいるクラスである1年3組の担任・霧嶋一佳きりしまいちか先生は、何か伝えたいことがあるのか、とても真面目な表情で俺達を見ている。

「明日から6月になります。そのため、制服が夏服に変わります。この週末の間に部活動で登校する生徒も夏服を着るように。夏服の期間は9月末までです。では、これで終礼を終わります。委員長、号令をお願いします」
「起立! 礼!」
『さようなら』

 終礼が終わり、部活動に入っている生徒を中心にさっそく教室を後にする。
 そっか、来週から6月になって、季節も夏になるのか。校則により、6月から9月まで制服が夏服となる。だから、1学期中にこの冬服を着るのは今日で最後なのか。そう思うと寂しい気持ちになってくる。

「今週もお疲れ……って、由弦? 何か感傷に浸っているようだけど、どうしたの?」

 前の席に座っている女子生徒・姫宮風花ひめみやふうかが首を傾げながら、俺を見てくる。ちなみに、彼女は俺の自宅の隣人でもある。

「この冬服としばらくお別れなんだと思うと、何だか寂しくなってきてさ」
「なるほどね。あたしは夏服を着るのが楽しみだけどな。みんなの夏服姿も楽しみだし。でも、今の由弦の話を聞いたら、あたしまで寂しくなってきちゃった」

 普段とは違って、しんみりとした笑みを浮かべる風花。

「ごめん。夏服が楽しみなのに、水を差しちゃって」
「ううん、気にしないで。2ヶ月近く着たし、この冬服が好きだからさ。あたしも、冬服をしばらく着なくなるのは寂しいよ」
「そっか」

 しばらく着なくなるのは寂しい、という言葉を風花から聞けて安心する自分がいた。
 風花がどうして俺の前の席にいるのかというと、今週の月曜日に初めての席替えが行なわれたからだ。くじ引きで新しい席を決めた結果、風花と俺が前後で並ぶことになった。
 ただし、俺の席はそれまでと同じく、窓側の一番後ろの席。なので、席替えをした実感がそこまで湧かないな。ちなみに、1学期中はずっとこのままらしい。

「席替えしてから1週間経ったけど、由弦が後ろの席にいるのっていいね。分からないところはすぐに訊けるし。後ろに由弦がいると安心できるんだよね」
「嬉しい言葉だ。出会った直後に変態って言われて、お腹を殴られたときの俺に聞かせてやりたいよ」
「ふふっ、あのときの由弦と美優先輩の光景は今でも鮮明に覚えてるよ。それに、後ろ姿でも、好きな人にいつも見てもらえるのって気分がいいから」
「……そうか」

 頬を赤らめながら俺を見る風花。そんな彼女が可愛らしくて、キュンとした。
 風花に告白され、振ってから1ヶ月半くらい経つのか。あのときは、水泳部の活動中に倒れた風花を看病していたんだよな。風花の部屋で、ベッドで眠っている彼女の側に何時間もいて。それからも色々とあったからか、もう随分と前のように感じる。
 席替えをして、俺の前の席が風花になって良かったなと思う。親しくしている子がすぐ目の前にいるのはいい。それに、窓を開け、風が吹くと、ショートボブの金髪からいい匂いが香ってくるし。

「桐生、姫宮、今週もお疲れ」
「2人とも、今週も終わったね!」

 そう言って、俺達のところにやってきたのは、クラスメイトで友人の加藤潤かとうじゅん橋本奏はしもとかなでさん。席替えをする前は、加藤は俺の、橋本さんは風花の前の席にそれぞれ座っており、それをきっかけに仲良くなった。
 ちなみに、2人は同じ中学出身であり、3年前から付き合っている。互いの好意が引き寄せたのか、それとも前世でそれぞれ徳を積んだのか、席替えをした結果、2人は廊下側の席で前後に座っている。

「桐生。さっき、感傷に浸っているように見えたけど、何かあったのか?」
「この冬服としばらくお別れだと思うと、寂しい気分になってさ」
「ははっ、なるほどなぁ」
「そんなにこの制服を気に入っていたの? 桐生君」
「まあまあ好きだね。着慣れてきて、愛着も湧いてきた。それに、入学してから今日まで色々なことがあったからさ。恋人ができたし、元号も変わったし。もちろん、2人とも出会えたし」
「……ほぉ。俺達との出会いが、恋人ができたことや元号が変わったことと同列で言ってくれると、凄く嬉しい気持ちになるな、奏」
「ふふっ、そうね」

 加藤も橋本さんも爽やかな笑顔で笑い合っている。多くの生徒から美男美女カップルと言われているけど、それも納得だな。加藤はサッカー部に入部していて、橋本さんはサッカー部のマネージャー。部活でも仲睦まじくしているそうだ。
 席順の関係もあるけど、加藤は高校に入学してから初めてできた友人であり、親友だからな。橋本さんも風花を通じて仲良くなったし。そのことで、このクラスで楽しい高校生活が送れそうだと思ったのだ。もちろん、風花と同じクラスになれたのもある。それに――。

「由弦君! みんな! 今日もお疲れ様!」
「そして、今週もお疲れ様」

 教室後方の扉から、2年生の白鳥美優しらとりみゆ先輩と花柳瑠衣はなやぎるい先輩が教室の中に入ってくる。2人は笑顔で俺達に手を振ってくる。そんな先輩方に、俺達4人は、彼女達に『お疲れ様です』と声を揃えて言った。
 美優先輩と花柳先輩は高校入学のときに出会った親友同士で、2年連続で同じクラスだ。
 そして、美優先輩は俺の恋人。
 出会いのきっかけは、入学直前、学校から徒歩数分のアパート・あけぼの荘に引っ越してきたときだった。俺は風花と二重契約を結んでおり、周辺のアパートに空きがなかったので、あけぼの荘に後から到着した俺が、管理人さんである美優先輩と一緒に住むことになったのだ。
 同居を通じて美優先輩と距離が縮まり、好意を自覚した俺はゴールデンウィーク前に告白し、恋人同士になった。
 あと、あけぼの荘に住む人は全員、この私立陽出ひで学院高等学校の生徒。入学前から繋がりを持つことができたので、安心して高校生活を送れると思えた。
 入学当初から、先輩方は今日のように、学校が終わると俺達の教室に迎えに来てくれる。なので、彼女達の姿を見ると一日が終わったんだなと実感する。

「一佳先生から言われたかもしれないけど、4人とも、来週から制服が夏服になるから気を付けてね。先生にもよっては、違った制服を着ていると叱ってくるし」
「そうだね、美優。去年、うっかり冬服を着てきたとき、成実先生に『うっかりさんだね』って笑顔で言われちゃって。そのときは恥ずかしかったな」
「あったねぇ」

 そう言って、美優先輩は朗らかな笑顔を見せる。
 成実先生というのは、美優先輩と花柳先輩のクラス担任の大宮成実おおみやなるみ先生のこと。俺達のクラスは、家庭科の授業で関わりがある。個人的には、先輩方も入部している料理部の顧問としても繋がりがあるが。とても温厚な性格の方なので、制服を間違えても叱らずに「うっかりさん」と笑顔で言うのは納得だ。その様子がすぐに思い浮かぶ。

「気を付けますね、美優先輩、瑠衣先輩。そういえば、由弦が冬服をしばらく着られなくなることを寂しがっていましたよ」
「へえ、そうなんだ」
「意外ね。桐生君ってあまり気にしないと思ってた」

 俺、服に愛着を持たないイメージを持たれているのか? 実際、服装にそこまでこだわりとかはないからなぁ。
 風花が色々な人に言うせいで、冬服をしばらく着ないことがとても寂しく思えてきたぞ。美優先輩と花柳先輩が来てからはよりいっそうに。

「風花達には話しましたけど、入学してから色々なことがありましたからね。あと、みんなの冬服姿をしばらく見られなくなるからっていうのもありますね。みんな似合ってますし。特に美優先輩は凄く可愛いです」
「……そう言われると照れちゃうな」

 えへへっ、と言葉通りの照れくさそうな笑顔を見せる美優先輩。

「ふふっ、由弦らしい」
「そうね。美優が照れくさそうに笑うところを含めて、らしさを感じるわ」
「素敵なことを言うね、桐生君は。潤はそういうことを言ってくれたことあったかなぁ。中学の卒業式のときくらいかも」
「……覚えてるよ。これで中学の制服姿は見納めだから寂しいって。あのとき、スマホやデジカメで何枚も写真撮ったよな」
「そうだね。それまでも、スマホでたくさん写真撮ってきたのに」
「ああ。……今日でひとまず冬服も終わりますし、6人で写真を撮りますか?」
「いい案だね、加藤君。写真があれば、少しは由弦の寂しさも紛れると思いますし」

 ニヤニヤしながら俺のことを見てくる風花。寂しいだけじゃなくて、段々と恥ずかしい気持ちも膨らんできた。

「そういうことなら、私が撮影してあげるわ」

 そう名乗りを上げたのは霧嶋先生。
 そんな先生の服装は……入学当初からずっと着ている黒いスーツだ。先日、休日出勤から帰る途中に家に寄ったときには、普段よりもカジュアルな格好をしていたけど。その際、6月から夏服になるし、自分もたまには普段と違う雰囲気の服装をしてもいいかもしれないと言っていた。これから暑くなるし、スーツではない服装の先生を学校で見られるかもしれない。

「由弦、撮ってもらおうよ」
「そうだな。先生、俺のスマートフォンでお願いします」
「分かったわ」

 カメラアプリを起動し、俺は霧嶋先生にスマートフォンを渡す。
 俺が自分の席に座ると、俺を中心に美優先輩や風花達が寄り添ってきた。今も教室に残っているクラスメイトの多くがこっちを見ているので、本当に恥ずかしい。

「撮るわよー。はい、チーズ」

 霧嶋先生がそう言ってから程なくして、シャッター音が聞こえたのであった。
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