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桜庭かなめ

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続編

第27話『ババ抜き-最弱王決定戦-』

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 平成最後のババ抜き最弱王決定戦。
 リビングの食卓で行なわれる最弱王決定戦は、3つの予選でそれぞれ負けた霧嶋先生、朱莉ちゃん、俺で行なわれることに。心愛という妹がいるから、妹と同い年の朱莉ちゃんには勝たせてあげたいな。

「姉さんは変わらず強いですね。葵も急に強くなったので負けちゃいました。ただ……まさか、由弦さんと霧嶋先生が対戦相手だなんて。お二人とも強そうです。私が最弱王になる確率が一番高そうですね」
「そんなことないよ! 頑張って、朱莉お姉ちゃん! お姉ちゃんだったらきっと勝てるよ!」
「由弦君と一佳先生は強そうだけど頑張ってね、朱莉」
「2人とも強そうに見えますけど、一度負けていますからね。きっと、朱莉ちゃんにも勝機はあると思いますよ。ね? 美優先輩」
「そうだね」

 みんな、朱莉ちゃんを応援している。こういう空気になると、何だか霧嶋先生と俺が悪者になった気分だ。まあ、朱莉ちゃんを勝たせたいと思っているので、俺はそんな扱いでもいいけどさ。

「それにしても、霧嶋先生が予選で負けるとは思いませんでした。先生はとても強そうなイメージがありましたので」

 正直、霧嶋先生のいる組の予選では、風花が負けると思っていた。

「さっきの呟きが聞こえたかもしれないけど、ブランクがあったから負けてしまっただけで。昔、家族や友達とババ抜きをしたときは……か、勝つこともあったの。本当よ」
「でも、一佳先生にジョーカーが渡ってから、とても表情が豊かでしたよ。そのおかげであたしも勝つことができました。あたし、ババ抜きは弱い方で。先生と瑠衣先輩が相手ですから負けちゃうかなって不安だったんです」
「……そ、そうだったのね、姫宮さん。それでも勝つなんて、さすがは陽出学院に通っている生徒だけのことはあるわ。あと、若いっていいわね」

 風花のことを称賛しているものの、霧嶋先生の表情はとても重い。弱いと自負している風花に負けたのがかなりショックなんだな。

「ただ、ここに集まっているのは負け抜いた人達。私でも勝てるかもしれない。それに、さっきの予選でババ抜きの感覚を取り戻したし。今度は絶対に負けない」

 そう言って、霧嶋先生は意気込んだ様子で俺のことばかり見てくる。先生も朱莉ちゃんには勝たせてあげたいと思っているのかな。それとも、担任として受け持っている生徒に負けたくないだけか。

「それでは、平成最後のババ抜き最弱王決定戦を始めます。負けた人には罰ゲームがありますので、みんな頑張ってくださいね」

 美優先輩はそう言うと、3人それぞれにトランプを配る。また、席順で俺は朱莉ちゃんの手札からカードを引き、霧嶋先生にカードを引かれる形に。
 手札を見ると、ジョーカーは……ないな。
 風花曰く、霧嶋先生は顔に出やすい。ただ、そんな彼女は今のところ落ち着いている。ということは、ジョーカーを持っているのは朱莉ちゃんである可能性が非常に高い。
 全員がペアとなったカードを手札から捨て終わり、ジャンケンで勝った朱莉ちゃんが霧嶋先生の手札からカードを引くところからゲームスタート。

「これにしましょう。……よしっ、揃いました。さあ、由弦さん、引いてください」

 きっと、朱莉ちゃんの手札にジョーカーが入っている。そう考えると、カードを引くのが怖いな。
 迷ったフリをして朱莉ちゃんの表情を確認するけど、彼女は落ち着いたままだ。もし持っていたとしたら、彼女はかなりのポーカーフェイスじゃないだろうか。

「これにしよう」

 引いたのはスペードのJ。手札にクラブのJがあったので、手札を減らすことができた。

「霧嶋先生、どうぞ」
「ええ。……これにするわ」

 すると、霧嶋先生は迷いなくダイヤの3を引いた。ペアができたからか、手札から捨てた。そのことに嬉しそうなのが可愛らしい。
 ただ、すぐに俺の手札からカードを引くなんて。本当は先生がジョーカーを持っているのか? さっき風花が表情豊かだと言ったから、さっそくポーカーフェイスを実践しているのだろうか。それとも、ジョーカーは持っていないけど、序盤だから気にせずに引いただけなのか。どちらもあり得そうだ。
 その後、朱莉ちゃんもあまり迷うことなく、霧嶋先生の手札からカードを引いていく。

「いい調子です。由弦さん、どうぞ」
「うん」

 どれを引こうか迷うけれど……よし、この左端のカードを取ろう。

「……ほぉ……」

 見事にジョーカーを引いてしまい、思わずそんな声を出してしまった。
 朱莉ちゃんのことをチラッと見ると、彼女は「ふっ」と上品に笑う。その姿が美優先輩と重なって見えた。

「霧嶋先生、どうぞ」
「え、ええ……わ、分かったわ」

 俺の手札に伸ばす霧嶋先生の右手が小刻みに震えている。前に手札を引いたときよりも顔色が悪くなっているし。きっと、さっきの朱莉ちゃんと俺のやり取りを見て、俺がジョーカーを引いたことに気付いたのだろう。

「こ、これにするわ!」

 そう宣言して、霧嶋先生はクローバーの2を引いた。ジョーカーじゃなかったからか、霧嶋先生はとても安心した様子。確かに、風花の言うように表情豊かな人だな。
 その後も最弱王決定戦は進んでいく。
 枚数は減っていくのに、霧嶋先生はジョーカーを一度も引いてくれない。弱いかと思っていたけれど、運はかなり強そうだ。この状況には焦りが出てくるな。早く引いてくれよ。
 そして、ついに一つの大きな出来事が起こった。

「あっ、8で揃いました! 上がりです!」
「おめでとう! 朱莉!」
「やったね! 朱莉お姉ちゃん!」

 美優先輩や葵ちゃんを筆頭に、朱莉ちゃんはみんなから1番抜けしたことを祝福される。心愛や風花とはハイタッチまでしているし。大団円ムードになっているので、もうここで最弱王決定戦を終わらせてもいいんじゃないでしょうか。

「朱莉さんが勝って、いいムードになったのだから、もうここで終わりにしてもいいと思うのだけれど」
「ははっ」

 霧嶋先生も同じことを考えていたのか。これには思わず笑ってしまった。

「何を言っているんですか、一佳先生。この大会はババ抜きが最も弱い人を決めるんですから。ここから、一佳先生と由弦による大会のクライマックスですよ! 2人とも枚数が少ないですし、もう大詰めじゃないですか」

 風花がはっきりそう言うと、霧嶋先生は露骨にため息をつく。

「……仕方ないわ。最後までやり遂げましょう。朱莉さんが抜けたから、私が桐生君のカードを引くのよね」
「そうです。霧嶋先生がダイヤのKを引くことができたら、先生の勝ちです」
「……絶対に引いてみせる」

 霧嶋先生、授業をしているとき以上に真剣な様子だ。
 これが一番強い人を決める決勝戦だったら俺も胸が熱くなるんだけど、一番弱い人を決める最弱王決定戦だからなぁ。ただ、朱莉ちゃんが無事に勝ち抜けることができた今、たとえ相手が霧嶋先生だとしても俺が勝ってみせる。

「これがダイヤのK! ……あああっ!」

 霧嶋先生が引いたカードは……ジョーカーだった。ようやく、霧嶋先生が初めてジョーカーを引いてくれた。

「形勢逆転ですね、霧嶋先生」
「……ぎゃ、逆転されたら逆転すればいいだけのこと。ま、まだ負けてないから」
「そうですね。でも、俺が勝ちます」

 罰ゲームなんて、今もネコ耳カチューシャを付けていることで十分なんだから。
 2枚のうち、一方がK、もう一方がジョーカー。
 霧嶋先生の顔を見てみると、とても嬉しそうな表情を浮かべている。今は向かって右側のカードに手を伸ばしている状況だ。
 ちなみに、左側のカードに手を伸ばしてみると、

「……はあっ」

 露骨にため息をついて、霧嶋先生はがっかりとした様子になる。きっと、こっちがKのカードだろう。
 俺は向かって左側のカードを掴み、霧嶋先生の手札から引き抜こうとする。

「ちょ、ちょっと待ちなさい、桐生君」
「何ですか?」
「どちらのカードを引けばいいのか、もう少し考えてもいいと思うの。目を瞑って、心の声に従ってみるのはどうかしら」

 霧嶋先生は作り笑いを見せながらそう言った。

「……辞世の句に聞こえますね。俺が言っては失礼かもしれませんが、最弱王らしい振る舞いですね、霧嶋先生!」
「きゃああっ!」

 そのまま俺は左側のカードを引き抜く。それは……ハートのKだった。これで俺の手札がなくなり、勝ち抜けが決定した。それは同時に、

「決勝戦はこれで終了! 平成最後のババ抜き最弱王は霧嶋一佳先生です!」

「……はあああああっ」

 美優先輩が試合結果を言うと、最弱王となった霧嶋先生は大きなため息をついた。そんな彼女からは表情が抜け、彼女の手からジョーカーのカードが虚しく食卓に落ちた。そうなるのはきっと、勝負に負けただけではなく、罰ゲームが待ち受けているからだろう。
 雫姉さんに抱きしめられたり、美優先輩達とハイタッチしたりするけれど、意気消沈な霧嶋先生が目の前にいると、そうしているのが申し訳ない気持ちになる。

「まさか、平成最後にこういうことが待っているなんてね……」
「ですね。俺も危なかったです」
「……ところで、罰ゲームは何なのかしら? こういうものはさっさと済ませたいのだけれど」
「最弱王決定戦の間に、予選を勝ち抜いた6人で、スマホで話し合って決めました。由弦君が今つけているネコ耳カチューシャを頭につけて、『ババ抜きで負けちゃったにゃん!』と感情を込めて言ってください」

 なかなか心にダメージのくる罰ゲームだな。
 あと、今の美優先輩の演技も可愛かった。ネコ耳カチューシャを頭に付けた状態で言ってほしかったな。

「……分かった。私は教師だし、決められた罰ゲームはしっかりこなすわ。桐生君、そのネコ耳カチューシャを貸してくれるかしら」
「分かりました」

 俺はネコ耳カチューシャを霧嶋先生に渡した。しばらく付けていたので、外すとかなりの開放感があるな。
 霧嶋先生がネコ耳カチューシャを付けると、女性陣から大好評。風花や花柳先輩、雫姉さんがスマートフォンで写真を撮っている。そのことに先生は既に恥ずかしそう。彼女にとってはもうこの時点で罰ゲームじゃないだろうか。
 花柳先輩の指導の下、霧嶋先生は両手を猫の形にする。また、セリフの最終確認もしているようだ。

「そ、そんな風に言うの? 恥ずかしいわね……」

 霧嶋先生、顔が赤くなっているな。
 風花と花柳先輩、雫姉さんは霧嶋先生にスマホを向けている。動画で収めようとしているのかな。

「……今から罰ゲームを始めるけど、その様子を映した動画をばらまくのは止めなさい」
「分かってますよ、一佳先生。では、どうぞ!」

 風花がそう言うと、霧嶋先生はさらに顔を赤くする。ただ言うだけではなく、スマホを向けられていたらより恥ずかしいよな。
 霧嶋先生は一度、深呼吸をすると笑顔になって、

「私、霧嶋一佳、25歳! へ、平成最後の日にババ抜きで負けちゃったにゃんっ!」

 可愛らしい声でそう言い、ウインクした。顔が赤く、恥ずかしい想いも伝わってくるからこそ、その姿はより可愛らしく思えた。嫌がっていたのに、ちゃんと罰ゲームこなすのはさすがだと思う。

「はい、OKです! さすがはミスコン優勝経験もある一佳先生! とっても可愛かったですよ!」
「あたしが指導したときよりも凄く良かったですよ。さすがは一佳先生です」
「ううっ……」

 風花や花柳先輩が褒めたものの、さすがに耐えきれなくなったのか、霧嶋先生は真っ赤になった顔を両手で覆い、その場でしゃがみ込んでしまった。そんな先生のことをみんなが褒めたり、励ましていたりしているのが微笑ましかった。

「霧嶋先生、罰ゲームお疲れ様でした。その……俺も王様ゲームで、そのネコ耳カチューシャを付けてネコ語を話すことがあったので、お気持ちは少し分かります」
「……そう。あと少しだったのに。でも、負けは負けね。あと、このカチューシャは返すわ」

 霧嶋先生から返してもらったネコ耳カチューシャを再び付けると、カチューシャから強い温もりと先生の甘い残り香が感じられた。
 こうして、平成最後のババ抜き最弱王決定戦は、最年長の霧嶋先生が最弱王となるという形で幕を下ろしたのであった。
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