管理人さんといっしょ。

桜庭かなめ

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本編

第31話『敗者の集い』

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 美優先輩にフラれた生徒達で作ったグループ・敗者の集い。
 今、目の前にいる人達が、そのグループのメンバー全員なのかは分からない。ただ、美優先輩は何人もの人に告白されてきたことは分かる。あと、先輩ってアイドルなのか?

「敗者の集いのみなさんが俺に何の用ですか?」
「……お前を抹殺しに来た」
「ま、抹殺?」

 目の前にいる生徒達はみんな俺のことを睨んでいるから、良からぬことを企んでいるとは思っていたけど、まさか抹殺とは。これは……心愛をいじめた奴らを相手したとき以来に、拳を入れてやる必要がありそうだな。

「お、おいおい。桐生を抹殺ってどういうことなんだ?」
「俺が訊きたいくらいですよ」

 抹殺という言葉が出たからか、白金先輩もまずそうな表情をする。顔色も良くない。
 俺に話しかけてきた3年生の男子メンバーの目をじっと見る。

「なぜ、俺を抹殺しようと考えたのですか?」
「決まってるだろ! 入居時のトラブルだか何だか知らないけど、白鳥さんと一緒に住んでいることが羨ましいんだ! そして、妬ましいんだ! 俺はグループの会長としてお前を心底憎んでいる!」
「……そ、そうですか」

 美優先輩にフラれたグループであると聞いた時点で、同居のことが絡んでいるとは思っていた。予想通りだったので、驚きもなければ恐さもない。花柳先輩っていう恐ろしい人を知っているからだろうか。
 ただ、会長と名乗る生徒の迫力が凄かったからか、白金先輩の顔色が悪くなっている。

「桐生の方は随分と余裕がありそうだな。てっきり、そっちの2年のような反応をすると思ったのに。自分は白鳥さんと一緒に住んでいる勝ち組だと思っているのか?」
「勝ち組だなんて思っていません。ただ……自ら敗者の集いと名乗っていると、言葉は悪いですが、あなた方が負け組な印象を持ってしまいます」
「き、桐生の言う通りだな」
「だ、だって……好きな人にフラれちゃったし、そんな人達が集まったグループを一言で表すなら、敗者の集いがいいのかなぁって」

 はあっ……と会長はため息をついてしまう。さっきまでのような俺を抹殺するという意気込みが感じられなくなってきたぞ。

「ちなみに、敗者の集いって何をしているんですか? フラれたとはいえ、美優先輩が好きな人達のグループだと思いますから、ファンクラブみたいな感じがしますが」
「まあ、そうだな。ただ、ファンクラブのカテゴリーに入ったとしても、俺達のグループは非公式だ。白鳥さんにフラれた者同士、慰め合って、白鳥さんのことを楽しく話し合うグループだよ。あとは、白鳥さんに告白してフラれるヤツは定期的に出てくるから、そいつにグループに入ることを勧誘してるんだ。先週の金曜にフラれたヤツにも声は掛けておいた」
「そ、そうですか。お仕事が早いですね」

 要するに、フラれた人間同士で支え合い、一緒に楽しんでいこうっていうグループなのか。共通したショックな体験をしていると、とても仲良くなれるのかもしれない。

「俺達は校内で白鳥さんの姿を愛でることはあるが、放課後や休日に校外でストーカー行為などは決してしないという決まりにしている。お店とかで偶然見かけてもスマホで写真を撮らず、心のシャッターを切れと言っている。白鳥さんに平穏な生活を送ってほしいからな。だから、あけぼの荘の管理人であることは知っているが、あけぼの荘に突撃することはしない。そんなことをしたらメンバー全員でボコボコにする」
「意外としっかりしてますね」
「てっきり、隠し撮りした管理人さんの写真を見て、みんなでクスクス笑っているのかと思ったぞ」
「そんなことするわけねえだろ、2年! 白鳥さんは我々のアイドル……女神なんだからな!」

 どんどん美優先輩の存在が大きく、高貴なものになっているな。それだけ美優先輩が好きだってことは確かだろう。
 少なくとも、美優先輩に対して嫌なことをしているグループではないようだ。それが分かって一安心。

「ただ、グループで白鳥さんのことを話していると、彼女が好きな気持ちが膨らんでいく。だから、再び告白したやつもいるんだ」
「そんなことをしていいんですか? 敗者の集いなのに」
「好きな気持ちは尊いものだ。きちんとした形で告白するのはいいことだ。勇気ある行動として応援する。ただし、そのときは俺達に一声掛ける約束にしている」
「なるほど」

 意外と柔軟に対応できるグループなんだな。

「ただ、それなのにどうして俺のことは抹殺しようと?」
「入居時のトラブルか何だか知らんが、お前は恋人でも親戚でもないのに白鳥さんと一緒に暮らしているんだ! それが気に入らない! これはグループの総意だ! お前のことを抹殺して、陽出学院から、そして白鳥さんの家から追放してやる!」
「……そういうつもりなら、俺は全力で抵抗しますよ。俺との生活を一日でも長く続けたいと美優先輩が望んでいますからね。楽しいとも言ってくれましたし」

 好きな人の家に気付けば男子が住んでいたと知ったらショックを受けたり、怒ったりするのは分かる。
 だけど、自分が気に入らないからといって、誰かを排除しようとするのは言語道断。心愛をいじめた奴らのように、痛い目に遭わせないといけないみたいだな。あのときは兄としてだったけど、今度は同居人として。

「待て、桐生。武力行使は止めた方がいい。そんなことを学校から処分が下るかもしれないし、酷ければ警察の世話になるかもしれない」
「相手は俺のことを抹殺すると宣言した生徒達ですよ。拳の一発くらい入れてやらないと」
「その気持ちは分かるけど、まずはここから逃げよう。それで、職員室に行って担任の先生にでも――」
「ちょ、ちょっと待て! さっき、桐生が言ったことの中に気になったことがあったんだが、白鳥さんがお前との共同生活を望んでいるのか?」
「はい。一緒に住むことを楽しいと言ってくれました」
「……その通りだよ」

 そう言った声の主に、ここにいる敗者の集いのメンバー全員が驚き、後ろを向く。
 何人かが校舎の方に寄ったことで、真剣な様子でこっちを見ている美優先輩と、落ち着いた笑みを浮かべる花柳先輩がいるのが見える。2人ともスーパーの袋を持っているな。買い物から帰ってきたのだろうか。

「し、白鳥さん!」
「……ここにいる全員、一度は告白してくれた人達だね。ついさっき、瑠衣ちゃんから聞いて初めて知ったよ。あなた達、私にフラれた人達で集まったグループの敗者の集いだって」
「美優が嫌がることはしてないし、ストーカーのようなこともしていないから、これまで美優には話していなかったの」

 花柳先輩は敗者の集いのことを知っていたのか。美優先輩を嫌がるようなことをしなかったから、今まで俺にも教えなかったのかもな。あと、花柳先輩の方が敗者の集いのメンバーよりもよっぽど危険人物のような。

「料理部の買い物から帰ってきたら、由弦君や白金君の声が聞こえてね。そこの木に隠れて、瑠衣ちゃんとこっそり話を聞いてた。由弦君が私と一緒に住むことが気に入らないかもしれない。でも、それが由弦君を抹殺していい理由にはならないよ。もし、由弦君を傷つけるようなことをしたら許さないからね。白金君を巻き込んだら、あけぼの荘の管理人として許さないよ」

 美優先輩は真剣な表情をしてそう言ってくれた。先輩としての風格を凄く感じる。

「今回のことで、報復として美優先輩や花柳先輩、あけぼの荘の住人達を傷つけるようなことをしたら、俺も許しません」
「そのときはあたしも許さない。自分のしたことをたっぷりと後悔させてあげる」

 普段だったら恐いけれど、今の状況だと花柳先輩の言葉がとても心強く思えるな。
 俺達の言葉……特に美優先輩の言葉のショックが大きいのか、敗者の集いのメンバー達の顔色が悪くなっている。

「わ、分かった。白鳥さんがそう言うなら、こいつを抹殺することはしない」
「約束だよ。あと、こんなにも大勢で押しかけて、由弦君を恐がらせたこととかについて、彼に言う言葉があるよね?」

 こんなにも怒った表情を見せるのは初めてじゃないだろうか。普段から笑みを見せることが多いだけあってとても恐いな。

「も、申し訳ありませんでした! 失礼しますっ!」

 会長である男子生徒が大きな声でそう言うと、敗者の集いのメンバーはここから走り去ってしまった。美優先輩が忠告したし、彼らに何かされることはないだろう。

「由弦君と白金君、大丈夫? ケガとかはしてない?」
「はい、大丈夫です。あと、助けていただきありがとうございました」
「いえいえ」
「俺も大丈夫だ」
「もし、美優先輩がいなかったら、彼らの腹部に一発、拳が入っていたと思います」
「もうそんなことを言って。緊急のとき以外はなるべくそういうことをしないようにね」
「分かりました」

 珍しく怒った表情をしながら美優先輩の言葉を聞いて、花柳先輩も俺に武力行使をしないでくれると嬉しいけれど……きっとするんだろうな。全然顔色が変わっていないし。

「そういえば、由弦君は学校の中を散歩していたんだよね?」
「はい。この特別棟を中心に。ただ、第1教室棟を出たときに部活勧誘が殺到して、さっきのこともあったので、結構疲れちゃいました。部室棟などまだ行ってないところもありますが、それは明日以降にしようかなと」

 文芸部もまた今度でいいか。今の状態で霧嶋先生から部活の紹介を受けたらより疲れそうな気がするし。

「疲れているならそれがいいよ。今日だけじゃないしね」
「管理人さんの言う通りだな。まだまだ学校生活は始まったばかりだ。ゆっくり回るといい。……そうだ、俺は食堂に飲み物を買いに行く途中だったんだ。じゃあ、3人ともまたな」

 白金先輩は俺達に手を振って第1教室棟へ向かっていった。

「私達、この材料を家庭科室にある冷蔵庫に入れたら帰るつもりだけど、由弦君、先に帰る? それとも一緒に帰る?」
「一緒に帰りましょう。もし良ければ、お二人が持っている袋を持ちますけど」
「えっ、いいの?」
「ありがとー! 桐生君!」

 花柳先輩は満面の笑みで俺に袋を持たせた。まったく、こういうときに限って可愛らしい顔を見せて。その後に美優先輩が申し訳なさそうな様子で俺に袋を渡した。
 俺達は3人で3階にある家庭科室に向かうのであった。
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