管理人さんといっしょ。

桜庭かなめ

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本編

第12話『vs.K』

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 新元号が発表される予定の午前11時半まであと少し。
 何十年に一度しかないことなので、深山先輩の提案により、101号室に集まってあけぼの荘メンバー全員で、テレビで新元号を確認することになった。ただ、松本先輩は今日も部活で、佐竹先輩はバイトがあるので来られないとのこと。
 白金先輩と発案者の深山先輩が101号室に来てから数分ほどで、新元号が『令和れいわ』であることが発表された。

「何だか昭和みたいで、新しさがあまりないな」
「白金君の言う通りね。時代が進むのか戻るのか、先行き不透明な元号ね。昭和という時代を生きたことはないけど」

 白金先輩と深山先輩は新元号・令和が微妙だという感想を口にしていた。

「あたし的には、令和ってかっこいい響きの元号だと思いますけど。『和』が入っていて日本らしい気がしますし」
「風花ちゃんの言うこと分かるな。きっと、時間が経てば令和っていう元号にも慣れてくるよ」

 風花と美優先輩は令和という新元号に好印象のようだ。
 個人的には、昭和にあった『和』が入っているのが意外だったことくらい。2020年を迎えたときには『令和』という元号にも馴染むんじゃないだろうか。


 午後になり、風花から俺の勉強机はないのかと指摘された。まだ高校生活が始まっていないのもあり、美優先輩と共同生活することばかり考えて、勉強机のことは全然考えていなかったな。
 美優先輩からも勉強机はあった方がいいと言われたので、勉強机を買うことに決めた。勉強机を置くスペースの寸法を測り、昨日と同じようにショッピングセンターの家具売り場へ向かった。
 家具のときと同じように、置けるスペースに収まり、値段もそこそこの勉強机が見つかったので購入した。午後の買い物だったので、翌日の午前中に家に届けてもらうことに。
 ホームセンターから帰る途中、高校生になったお祝いで俺の好きな夕食を作ると美優先輩が言ってくれたので、大好物のハンバーグがいいとお願いした。ハンバーグは美優先輩の得意料理の一つだという。
 夕食は約束通りのハンバーグ。今まで食べた中で一番だと言えるくらいに美味しかった。

「あぁ、お腹いっぱいです。美味しいハンバーグを食べられて幸せです。作ってくれてありがとうございました」
「いえいえ。美味しく食べてくれて私も幸せだよ。これからも由弦君の好きな料理を作っていくね。はい、コーヒー」
「ありがとうございます。いただきます」

 美優先輩から温かいコーヒーの入ったマグカップを受け取る。先輩が俺の隣に腰を下ろしてから一口飲んだ。

「コーヒーも美味しいです」
「ふふっ、良かった。高校生になったからか、コーヒーを飲む姿がより大人に見える」
「1日や2日でそんなに変わりますか?」
「肩書きから受ける印象って結構違うよ」

 確かに、中学生と高校生では義務教育かそうでないかの違いもあるから、高校生というと大人にだいぶ近づいた感じはする。昨日まで中学生だったからなのも一つの理由かも。

「きゃあああっ!」

 うん? 小さかったけど、女の子の悲鳴が聞こえたな。隣に座っている美優先輩と顔を見合う。

「今の悲鳴って美優先輩……ではないですよね」
「うん。風花ちゃんの家の方から聞こえたね」
「そうですよね。行ってみましょうか」

 いったい、風花の部屋で何があったんだ?
 俺は美優先輩と一緒に外に出て、隣の102号室の前に行き、インターホンを鳴らす。

「風花、どうしたんだ?」
「悲鳴が聞こえたけれど」
「えっと、その……ちょっと待ってくださいね! 今、下着姿なので」

 中からそう言う風花の声が聞こえた。
 どうやら、風花自身は無事みたいだな。それが分かって一安心した。あと、下着姿ってことはお風呂に入ろうとしたか、お風呂から出た直後か。
 それにしても、東京も夜になると外は静かなんだな。ここは23区じゃないし、住宅街だからなのかな。意外だ。

「すみません。お待たせしました」

 すると、102号室の玄関が開き、青いワンピース型の寝間着姿の風花が姿を現す。ボディーソープなのか甘い匂いがしてくるし、髪も濡れているように見えるので、風花はついさっきまでお風呂に入っていたのか。

「風花ちゃん、その寝間着可愛いね。似合ってる」
「ありがとうございます。……あんまりじっと見ないでよ、変態」

 どうやら、昨日のゴキブリの件のせいで、風花にとって俺は変態のイメージがついてしまったようだ。

「寝間着姿を見るのはこれが初めてだからね。可愛いよ」
「あ、ありがとう」
「……ところで、さっき悲鳴が聞こえたけど何があったんだ?」

 俺が問いかけると、それまで顔にあった赤みがサッと引いていく。

「ク、クモが出て……」
「クモ?」
「はい。あたし、クモが大の苦手で。本当に小さいものであれば、ティッシュで捕まえることができるんですけど、洗面所に出たクモはとても大きかったので、思わず叫んでしまいました」
「そ、そんなに大きいクモが出たの? 私、Gよりかはマシだけど、大きさによってはクモもダメ」

 風花はクモが大の苦手なのか。それで、美優先輩もゴキブリほどじゃないけど苦手だと。クモの種類によってはゴキブリを食べてくれるんだよな。それを言ったら、2人が悲鳴を上げそうなので言わないでおくか。
 気付けば、美優先輩と風花が俺の後ろに隠れていた。そういえば、心愛がクモを見つけたときも今の2人みたいにしていたな。

「クモも大丈夫だから任せて、風花」
「うん、お願いします」
「よし。じゃあ、お邪魔します」

 風花の部屋に入るのってこれが初めてか。もしかしたら、ここに住んでいたのかもしれないのか。101号室の広さに慣れ始めているからか、102号室はコンパクトな感じがする。

「風花ちゃん、どこでその大きなクモと出会ったの?」
「そこの洗面所です。お風呂から出て、下着を着ようとしたときに大きなクモと出会って、思わず大きな声が出ちゃったんです。その後すぐにどこかに消えちゃって」
「そうだったんだ。服を着ていないときに嫌いな虫を見つけると驚いちゃうよね」
「それ分かります! あんなクモがいる中で一昨日と昨日寝たかと思うと恐ろしくて……」
「その気持ちも分かるよ! 何だか気持ち悪くなっちゃうよね」
「なっちゃいますよね!」

 何か後ろで意気投合しているな。大嫌いな虫と出くわしてしまったからこそ分かり合えることもあるか。
 クモが出たのは洗面所って言っていたな。じゃあ、まずは洗面所を調べるか。そう思って、洗面所の中に入ろうとしたときだった。

「おっ、クモが出てきた」
『きゃあああっ!』

 そんな絶叫の後、右からは美優先輩、左からは風花にぎゅっと抱きしめられる。洗面所から出てきた巨大グモよりも、2人の絶叫の方がよっぽど恐い。すぐ近くで同時に叫ばれたから耳が壊れそうだ。

「あれだよ! 由弦!」
「あんなに大きなクモは私もダメ!」
「俺が退治するので安心してください。クモは部屋の方に行きましたね」
「退治するって言っても、潰すのはダメだからね! クモの液がベッドとか床に付くのは嫌だもん! ティッシュ渡すからそれで掴んで、窓の外に出して!」
「分かった」

 風花は洗面所に行き、箱ティッシュを持ってきてくれる。クモも手掴みできるけど、何をあるか分からないからティッシュ越しに掴む方が確実か。
 箱からティッシュを2枚取り出し、俺は部屋の中に入る。
 巨大グモは勉強机の近くの壁にいる。休んでいるのか、ここなら大丈夫だと思ったのか留まっている。今がチャンスだ。
 俺はそっとクモに近づいて、

「それっ!」

 クモが逃げてしまわないように素早く右手を伸ばした。
 空気の揺れとかで俺の手が迫っていることに気付いたのだろうか。巨大グモが動き始める。ただ、素早く手を伸ばしたのもあり、何とかクモを捕まえられた。

「よし、捕まえた!」
「じゃあ出して!」
「ティッシュごと外に投げちゃっていいよ! 管理人として許可する!」
「分かりました」

 俺は窓を開け、美優先輩の言う通りにティッシュごとクモを投げた。たぶん、庭に落ちただろう。
 窓を閉めて振り返ると、そこにはほっと胸を撫で下ろした風花と美優先輩が。それでも、さっきまで不安だったのか、今も2人で抱き合っている。

「クモ、ちゃんと外に出したから大丈夫だよ、風花」
「ありがとう、由弦。本当に」

 風花はそう言うと両手で俺の左手をぎゅっと握ってくる。前日にパンチされたから、握手されると感慨深い気持ちになるな。

「由弦君、本当に虫に対して強いんだね。昨日のGのときといい……」
「実家でもGやクモ退治はよくやっていましたから」
「あたしはGも苦手な方だからなぁ。虫を駆除するって意味では一家に一人由弦がほしいよね!」
「人を殺虫剤みたいに言わないでくれるか。ただ、今日みたいに嫌いな虫が出たらいつでも呼んでね、風花。もちろん美優先輩も」
「うん、分かったよ、由弦」
「ありがとう、由弦君。本当に頼りになるよ。一緒に住もうって由弦君に提案して良かった」

 もっと別の理由でそう思ってほしいんだけどな。まあ何にせよ、美優先輩と風花の役に立てたことは素直に嬉しい。
 クモ退治が無事に終わったので、俺は美優先輩と一緒に101号室へ戻るのであった。
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