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第13話『それは偶然か。必然か。』
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席は全て埋まっていたけど、電車の中は混んでいない。なので、徒歩通学の僕でも、20分ほどの乗車も大丈夫そうだ。それに撫子達がいるから、話していればあっという間に過ぎるだろう。
普段は電車に乗らないので、車窓から景色を見るのも楽しい。晴れているから輝いて見えてくる。
「毎年、この時期に兄さんとクリスの映画を観に行くのが恒例になっているんです。向日葵先輩と愛華先輩も同じ感じですか?」
「そうね。ただ、小さい頃は4月中に家族で観に行っていたわ。中学に入学して、愛華と仲良くなってからはこの時期に行くのが恒例になったの」
「そうだね。中学時代はバドミントン部が土日に練習することが多くて。ゴールデンウィーク中は何日かお休みがあるから、この時期にひまちゃんと映画に行くことになったの。高校になってからは合宿があるけどね。ただ、初日の今日は休みだから、今日映画を観に行く約束をしていたの」
そういえば、水曜日にサカエカフェに来てくれたとき、福山さんは合宿があるからこの5連休中に遊ぶ時間があまりないって言っていたな。
「そうだったんですか。友達が入っているテニス部やバスケ部も、この連休中に合宿がありますね。ですから、私はそんな子達と一緒に水曜日にクリスを観に行きました」
「そうだったんだ。ネ、ネタバレはしないでよ! ホラー映画なら、事前にどんな内容なのか知って構えていたいけど」
「ひまちゃんとホラー映画を観に行くことは全然ないけどね。DVDをレンタルして家で何度か観たくらいで。私にしがみつくひまちゃん可愛かったなぁ」
「もう、愛華ったら……」
向日葵は不機嫌そうな様子になり、赤くなった頬を膨らませる。福山さんにこんな態度を取るとは珍しい。あと、向日葵はホラー系が苦手なのか。覚えておこう。
当の本人である福山さんは今の向日葵を見ても、穏やかに笑っている。
「ふふっ、今のひまちゃんも可愛いよ。私は……ネタバレされてもされなくてもOKなタイプ。犯人を知った上で映画を観るのも結構楽しめるの。2人はどうかな?」
「私も愛華先輩と同じですね」
「僕は推理系の作品はネタバレしないでほしいタイプだな。それ以外だったら、ネタバレされてもかまわないけど」
「あら、珍しく気が合うわね、桔梗。あたしもミステリーやサスペンスだけは絶対にネタバレは回避したいわ」
「犯人を誰なのか予想したりしながら観たいよな。自分の予想と違っても『こいつが犯人だったのか!』っていう驚きが快感というか」
「分かる分かる!」
さっきまで不機嫌だったのが嘘みたいに、僕に明るい笑顔を見せてくれる。僕が自分と同じような考えだと分かって嬉しいのかな。僕は嬉しいよ。
気づけば、撫子が福山さんに何やら耳打ちをしている。今年のクリスの映画の犯人を教えているのかな。
「そうなんだ。じゃあ、その人に注目しながら観てみるね」
「私も一度観ましたので、同じような感じで観てみます」
「撫子ちゃんに教えてもらったのね。……2人とも犯人の名前は言わないでよ」
「言わないでくれると嬉しいな」
「分かっていますよ」
「2人とも安心して」
撫子は口が堅い方なのは分かっているので、きっと大丈夫だろう。福山さんも話さないイメージがある。
それからも電車に乗っている間は、クリスの原作漫画やTVアニメについて4人で話すのであった。
遅延や運転見合わせなどのトラブルもなく、僕らの乗る電車は定刻通りに花宮駅に到着する。特急列車が停車したり、複数の路線が乗り入れていたりする駅だけあって、駅の規模がとても大きい。人の数も武蔵栄駅と比べてかなり多い。
向日葵の提案で、はぐれてしまわないように、僕らは手を繋いで映画館まで向かう。僕は撫子の手を繋いでいるので、こうしていることに特に恥ずかしさは感じなかった。
北口を出て徒歩数分で映画館に到着。
ロビーに行くと……連休初日だからか、券売機への行列がかなり長くなっている。
「うわあっ、結構並んでいるわね」
「そうだね。全員がクリス目的じゃないのは分かっているけど、この列に並んだら11時どころか、11時半も無理だったかもね」
「そうね。昼過ぎや夕方の上映回になっていたかも。ほんと、桔梗には感謝ね」
「そう言ってくれて嬉しいよ。じゃあ、発券機でみんなのチケットを発券してくるよ。3人はここら辺で待っていて」
僕は1人で発券機の行列に並ぶ。券売機の列と比べて短い。
小さい頃は券売機の長い列に並んだな。家族と一緒に観られるのか。目的の上映回で観られるのかと不安になったこともあったっけ。
2、3分ほどで僕の番に。無事に11時からの上映回のチケットを4枚発券できた。座席番号も4つ連続になっているな。そのことに一安心。
撫子達のところへ戻る。3人は楽しく話している。
「みんな、ちゃんと発券できたよ」
「お疲れ様、兄さん」
「ありがとう、桔梗」
「ありがとう、加瀬君」
「いえいえ。座席番号は13番から16番だ。ちなみに、元々予約していた2席は15番と16番。撫子は通路側の席が好きなんだよな」
「うん。落ち着いて観られるから。だから、通路側がいいな」
「分かった」
撫子に座席番号16番のチケットを渡す。
「向日葵、福山さん。13番から15番のどれがいい? 僕はどこでもいいけど」
「そうは言うけど、桔梗は撫子ちゃんの隣で観たいんじゃないの?」
「……撫子の隣で観られたら最高だな」
「じゃあ、桔梗は15番の席に座りなさいよ。それに、元々予約していたのは15番だったんでしょう?」
「そうか? 福山さんも僕が15番の席に座っていいか?」
「もちろんいいよ」
「じゃあ、僕は15番の席で」
どこでもいいとは言ったけど、今年も撫子の隣でクリスを観られるのは嬉しい。撫子の方に視線を向けると、撫子は僕を見て微笑んでくれる。撫子も僕と同じような気持ちだったら嬉しいな。
「あとは、さっき追加で予約した13番と14番の席だね」
「愛華はどっちがいい? あたしは……どっちでもいいけど」
向日葵は僕をチラチラと見ながら福山さんにそう言う。14番は僕が座る席の隣だからかな。
福山さんはいつもの優しい笑みを浮かべながら向日葵を見つめ、
「私は13番がいいな。真ん中に近い方がより観やすいだろうし」
「わ、分かったわ。じゃあ、愛華が13番であたしが14番の席ね」
「決まったか。2人に渡すよ」
向日葵には14番、福山さんには13番の席のチケットを渡す。まさか、向日葵と隣同士に座って映画を観ることになるとは。
「ありがとう。……そういえば、桔梗。チケット代ってどうなってるの?」
「僕のスマホ料金と一緒に払うようにしてる。だから、チケット代を現金でくれるかな。券売機で買う値段と同じだよ」
「分かったわ」
向日葵と福山さんからチケット代をちゃんと受け取る。
映画が開始する11時までは少し時間があるので、僕らは売店へ行く。
僕と向日葵は映画のパンフレットを購入。犯人を知っている撫子と福山さんから離れたところで、僕らは登場人物のページを見てどの人が犯人か予想し合う。僕も向日葵も同じ人が犯人であると予想した。
お手洗いに行ったり、ポップコーンやドリンクを買ったりしていると、あっという間に入場時間になった。
僕らは映画館のスタッフの男性にチケットを見せ、スクリーンの中に入る。チケットに記載されている席番号に座る。
「兄さん。ちょっとなら、映画を観ている間にこの薄塩ポップコーンを食べていいからね」
「うん、ありがとう」
「いえいえ。それにしても、2度目のクリスが楽しみ。この人が犯人だとか言わないように気をつけるね」
「そうしてくれると嬉しい」
撫子のことは信頼しているけど、もし耳にしてしまったら……すぐに記憶から消すように心がけよう。
僕の右隣には撫子、左隣には向日葵か。撫子はもちろんのこと、向日葵も可愛くて美人な女の子だから両手に花……ではなく、両隣に花だな。それに、2人とも花の名前だし。
あと、撫子、桔梗、向日葵という並び方は、撫子と冴島さんの花壇に植えられている花と同じだ。これは偶然なのか。それとも必然か。
向日葵と目が合うと、彼女は少しだけ目を細める。
「な、何よ。あたしのことを見て」
「まさか、向日葵とこうして一緒に映画を観る日が来るとは思わなかったからね」
「あたしだって想像もしてなかったわ。1週間前の自分に言っても信じないと思う」
「僕の方も……信じてくれないかもな」
ナンパしてきた男達から向日葵を助けたのは、今週の月曜日のことだから。そこから向日葵と話すようになった。そうなってから、まだ1週間も経っていないとは。色々なことがあったから、もっと前のことだと思ったよ。
照明が消え、中が暗くなっていく。スクリーンには近日公開予定の作品の予告が流れ始める。クリスを観に来ている人の客層に合わせてか、アニメーションや若い女性向けの邦画が多い。
「そういえば、桔梗」
「うん?」
「……暗くなったからって、あたしに変なことはしないでよね」
ムスッとした様子で言う向日葵。クラスメイトの男子と初めて一緒に観るんだ。薄暗い中、何かされるかもしれないと警戒するのは自然なことだろう。
「もちろんさ。気をつける」
「……よろしく」
そう言って、向日葵はスクリーンの方に顔を向ける。スクリーンからの明かりに照らされた向日葵の横顔がとても綺麗で、少しの間見入ってしまった。彼女はずっとスクリーンの方を見ているから、それに気づいている可能性は低い。
やがて、予告が終わって映画本編が始まる。
冒頭から、劇場版シリーズでは恒例となっている爆発シーンが炸裂。これには予想外でビックリしてしまう。向日葵と福山さんから「きゃっ」と可愛い声が聞こえた。チラッと見ると、見開いた目でスクリーンを見ている。
ちなみに、撫子は2度目なのもあってか、驚いた様子は見せない。
『僕は高校生探偵――』
開始から数分。劇場版おなじみのクリス君による主要人物の紹介パートに。これを観ると『今年も劇場版を観るんだなぁ』と実感する。
「兄さん、ポップコーンを食べますか?」
「うん。一口いただくよ」
「あーん」
撫子が小声でそう言うので、僕はゆっくりと口を開ける。すると、すぐに撫子からポップコーンを口の中に入れてくれる。ほんのりと塩味が効いていて美味しいな。
「美味しいよ。ありがとう」
「うんっ」
小さな声で撫子は返事すると、僕の右肩にそっと頭を乗せてきた。小さい頃から、たまにこうやって寄りかかってくることがある。前に理由を訊いたら、こうしていると気持ちよく観られるときがあるのだという。
「このままでいい?」
「いいよ」
撫子が気持ちよく観られるなら。それに、僕も撫子の温もりと重みが心地いいし。
それからも映画を見続けていく。今年の劇場版も面白いなぁ。年々、人気が拡大し続けているのも納得だ。映画の世界観に引き込まれて集中して観ている中、
「きゃっ」
そんな向日葵の可愛らしくて小さな声が聞こえた。その瞬間、肘掛けに置いてある左手に何か触れたような気がした。
向日葵のように視線を向けると、彼女がほんのりと頬を赤くして僕のことを見ていた。そんな彼女の右手は僕の左手のすぐ近くにあって。触れてはいないけど、彼女の温もりが手に伝わってきている。
「ご、ごめん。桔梗」
「気にしないでいいよ。あと、肘掛けってどっち側を使うのがいいか迷うよな。……って言いながら、僕は気づけば左手を肘掛けに置いちゃってるけど」
「ふふっ」
向日葵は小声で笑っている。僕に向けて笑ってくれているからか、彼女の笑みがとても可愛らしく感じる。
僕は肘掛けから自分の脚の上に左手を動かした。
「肘掛けどうぞ」
「あ、ありがとう。……お礼にキャラメルポップコーンを一口食べさせてあげるわ」
「それはどうも」
僕がそう言うと向日葵は右手でキャラメルポップコーンをつまみ、僕の口元までもってくる。
「はい。あ、あ~ん」
「あーん」
僕は口を開け、向日葵にキャラメルポップコーンを食べさせてもらう。ポップコーンが口の中に入った瞬間、キャラメルの甘さが口の中に広がっていく。味が結構濃くて、甘い物好きな人にはたまらないと思う。
「美味しいよ。ありがとう」
「いえいえ」
「……ふふっ、随分と仲が良くなったこと」
「ち、違うわよっ、愛華。肘掛けを譲ってくれたお礼なのっ」
そう言いながら向日葵は右手を肘掛けに置き、頬を少し膨らませながらスクリーンを見る。そんな彼女に、福山さんと僕は微笑み合った。
それ以降は向日葵との間に何かが起こることはなく、エンディングまで集中して映画を観るのであった。
普段は電車に乗らないので、車窓から景色を見るのも楽しい。晴れているから輝いて見えてくる。
「毎年、この時期に兄さんとクリスの映画を観に行くのが恒例になっているんです。向日葵先輩と愛華先輩も同じ感じですか?」
「そうね。ただ、小さい頃は4月中に家族で観に行っていたわ。中学に入学して、愛華と仲良くなってからはこの時期に行くのが恒例になったの」
「そうだね。中学時代はバドミントン部が土日に練習することが多くて。ゴールデンウィーク中は何日かお休みがあるから、この時期にひまちゃんと映画に行くことになったの。高校になってからは合宿があるけどね。ただ、初日の今日は休みだから、今日映画を観に行く約束をしていたの」
そういえば、水曜日にサカエカフェに来てくれたとき、福山さんは合宿があるからこの5連休中に遊ぶ時間があまりないって言っていたな。
「そうだったんですか。友達が入っているテニス部やバスケ部も、この連休中に合宿がありますね。ですから、私はそんな子達と一緒に水曜日にクリスを観に行きました」
「そうだったんだ。ネ、ネタバレはしないでよ! ホラー映画なら、事前にどんな内容なのか知って構えていたいけど」
「ひまちゃんとホラー映画を観に行くことは全然ないけどね。DVDをレンタルして家で何度か観たくらいで。私にしがみつくひまちゃん可愛かったなぁ」
「もう、愛華ったら……」
向日葵は不機嫌そうな様子になり、赤くなった頬を膨らませる。福山さんにこんな態度を取るとは珍しい。あと、向日葵はホラー系が苦手なのか。覚えておこう。
当の本人である福山さんは今の向日葵を見ても、穏やかに笑っている。
「ふふっ、今のひまちゃんも可愛いよ。私は……ネタバレされてもされなくてもOKなタイプ。犯人を知った上で映画を観るのも結構楽しめるの。2人はどうかな?」
「私も愛華先輩と同じですね」
「僕は推理系の作品はネタバレしないでほしいタイプだな。それ以外だったら、ネタバレされてもかまわないけど」
「あら、珍しく気が合うわね、桔梗。あたしもミステリーやサスペンスだけは絶対にネタバレは回避したいわ」
「犯人を誰なのか予想したりしながら観たいよな。自分の予想と違っても『こいつが犯人だったのか!』っていう驚きが快感というか」
「分かる分かる!」
さっきまで不機嫌だったのが嘘みたいに、僕に明るい笑顔を見せてくれる。僕が自分と同じような考えだと分かって嬉しいのかな。僕は嬉しいよ。
気づけば、撫子が福山さんに何やら耳打ちをしている。今年のクリスの映画の犯人を教えているのかな。
「そうなんだ。じゃあ、その人に注目しながら観てみるね」
「私も一度観ましたので、同じような感じで観てみます」
「撫子ちゃんに教えてもらったのね。……2人とも犯人の名前は言わないでよ」
「言わないでくれると嬉しいな」
「分かっていますよ」
「2人とも安心して」
撫子は口が堅い方なのは分かっているので、きっと大丈夫だろう。福山さんも話さないイメージがある。
それからも電車に乗っている間は、クリスの原作漫画やTVアニメについて4人で話すのであった。
遅延や運転見合わせなどのトラブルもなく、僕らの乗る電車は定刻通りに花宮駅に到着する。特急列車が停車したり、複数の路線が乗り入れていたりする駅だけあって、駅の規模がとても大きい。人の数も武蔵栄駅と比べてかなり多い。
向日葵の提案で、はぐれてしまわないように、僕らは手を繋いで映画館まで向かう。僕は撫子の手を繋いでいるので、こうしていることに特に恥ずかしさは感じなかった。
北口を出て徒歩数分で映画館に到着。
ロビーに行くと……連休初日だからか、券売機への行列がかなり長くなっている。
「うわあっ、結構並んでいるわね」
「そうだね。全員がクリス目的じゃないのは分かっているけど、この列に並んだら11時どころか、11時半も無理だったかもね」
「そうね。昼過ぎや夕方の上映回になっていたかも。ほんと、桔梗には感謝ね」
「そう言ってくれて嬉しいよ。じゃあ、発券機でみんなのチケットを発券してくるよ。3人はここら辺で待っていて」
僕は1人で発券機の行列に並ぶ。券売機の列と比べて短い。
小さい頃は券売機の長い列に並んだな。家族と一緒に観られるのか。目的の上映回で観られるのかと不安になったこともあったっけ。
2、3分ほどで僕の番に。無事に11時からの上映回のチケットを4枚発券できた。座席番号も4つ連続になっているな。そのことに一安心。
撫子達のところへ戻る。3人は楽しく話している。
「みんな、ちゃんと発券できたよ」
「お疲れ様、兄さん」
「ありがとう、桔梗」
「ありがとう、加瀬君」
「いえいえ。座席番号は13番から16番だ。ちなみに、元々予約していた2席は15番と16番。撫子は通路側の席が好きなんだよな」
「うん。落ち着いて観られるから。だから、通路側がいいな」
「分かった」
撫子に座席番号16番のチケットを渡す。
「向日葵、福山さん。13番から15番のどれがいい? 僕はどこでもいいけど」
「そうは言うけど、桔梗は撫子ちゃんの隣で観たいんじゃないの?」
「……撫子の隣で観られたら最高だな」
「じゃあ、桔梗は15番の席に座りなさいよ。それに、元々予約していたのは15番だったんでしょう?」
「そうか? 福山さんも僕が15番の席に座っていいか?」
「もちろんいいよ」
「じゃあ、僕は15番の席で」
どこでもいいとは言ったけど、今年も撫子の隣でクリスを観られるのは嬉しい。撫子の方に視線を向けると、撫子は僕を見て微笑んでくれる。撫子も僕と同じような気持ちだったら嬉しいな。
「あとは、さっき追加で予約した13番と14番の席だね」
「愛華はどっちがいい? あたしは……どっちでもいいけど」
向日葵は僕をチラチラと見ながら福山さんにそう言う。14番は僕が座る席の隣だからかな。
福山さんはいつもの優しい笑みを浮かべながら向日葵を見つめ、
「私は13番がいいな。真ん中に近い方がより観やすいだろうし」
「わ、分かったわ。じゃあ、愛華が13番であたしが14番の席ね」
「決まったか。2人に渡すよ」
向日葵には14番、福山さんには13番の席のチケットを渡す。まさか、向日葵と隣同士に座って映画を観ることになるとは。
「ありがとう。……そういえば、桔梗。チケット代ってどうなってるの?」
「僕のスマホ料金と一緒に払うようにしてる。だから、チケット代を現金でくれるかな。券売機で買う値段と同じだよ」
「分かったわ」
向日葵と福山さんからチケット代をちゃんと受け取る。
映画が開始する11時までは少し時間があるので、僕らは売店へ行く。
僕と向日葵は映画のパンフレットを購入。犯人を知っている撫子と福山さんから離れたところで、僕らは登場人物のページを見てどの人が犯人か予想し合う。僕も向日葵も同じ人が犯人であると予想した。
お手洗いに行ったり、ポップコーンやドリンクを買ったりしていると、あっという間に入場時間になった。
僕らは映画館のスタッフの男性にチケットを見せ、スクリーンの中に入る。チケットに記載されている席番号に座る。
「兄さん。ちょっとなら、映画を観ている間にこの薄塩ポップコーンを食べていいからね」
「うん、ありがとう」
「いえいえ。それにしても、2度目のクリスが楽しみ。この人が犯人だとか言わないように気をつけるね」
「そうしてくれると嬉しい」
撫子のことは信頼しているけど、もし耳にしてしまったら……すぐに記憶から消すように心がけよう。
僕の右隣には撫子、左隣には向日葵か。撫子はもちろんのこと、向日葵も可愛くて美人な女の子だから両手に花……ではなく、両隣に花だな。それに、2人とも花の名前だし。
あと、撫子、桔梗、向日葵という並び方は、撫子と冴島さんの花壇に植えられている花と同じだ。これは偶然なのか。それとも必然か。
向日葵と目が合うと、彼女は少しだけ目を細める。
「な、何よ。あたしのことを見て」
「まさか、向日葵とこうして一緒に映画を観る日が来るとは思わなかったからね」
「あたしだって想像もしてなかったわ。1週間前の自分に言っても信じないと思う」
「僕の方も……信じてくれないかもな」
ナンパしてきた男達から向日葵を助けたのは、今週の月曜日のことだから。そこから向日葵と話すようになった。そうなってから、まだ1週間も経っていないとは。色々なことがあったから、もっと前のことだと思ったよ。
照明が消え、中が暗くなっていく。スクリーンには近日公開予定の作品の予告が流れ始める。クリスを観に来ている人の客層に合わせてか、アニメーションや若い女性向けの邦画が多い。
「そういえば、桔梗」
「うん?」
「……暗くなったからって、あたしに変なことはしないでよね」
ムスッとした様子で言う向日葵。クラスメイトの男子と初めて一緒に観るんだ。薄暗い中、何かされるかもしれないと警戒するのは自然なことだろう。
「もちろんさ。気をつける」
「……よろしく」
そう言って、向日葵はスクリーンの方に顔を向ける。スクリーンからの明かりに照らされた向日葵の横顔がとても綺麗で、少しの間見入ってしまった。彼女はずっとスクリーンの方を見ているから、それに気づいている可能性は低い。
やがて、予告が終わって映画本編が始まる。
冒頭から、劇場版シリーズでは恒例となっている爆発シーンが炸裂。これには予想外でビックリしてしまう。向日葵と福山さんから「きゃっ」と可愛い声が聞こえた。チラッと見ると、見開いた目でスクリーンを見ている。
ちなみに、撫子は2度目なのもあってか、驚いた様子は見せない。
『僕は高校生探偵――』
開始から数分。劇場版おなじみのクリス君による主要人物の紹介パートに。これを観ると『今年も劇場版を観るんだなぁ』と実感する。
「兄さん、ポップコーンを食べますか?」
「うん。一口いただくよ」
「あーん」
撫子が小声でそう言うので、僕はゆっくりと口を開ける。すると、すぐに撫子からポップコーンを口の中に入れてくれる。ほんのりと塩味が効いていて美味しいな。
「美味しいよ。ありがとう」
「うんっ」
小さな声で撫子は返事すると、僕の右肩にそっと頭を乗せてきた。小さい頃から、たまにこうやって寄りかかってくることがある。前に理由を訊いたら、こうしていると気持ちよく観られるときがあるのだという。
「このままでいい?」
「いいよ」
撫子が気持ちよく観られるなら。それに、僕も撫子の温もりと重みが心地いいし。
それからも映画を見続けていく。今年の劇場版も面白いなぁ。年々、人気が拡大し続けているのも納得だ。映画の世界観に引き込まれて集中して観ている中、
「きゃっ」
そんな向日葵の可愛らしくて小さな声が聞こえた。その瞬間、肘掛けに置いてある左手に何か触れたような気がした。
向日葵のように視線を向けると、彼女がほんのりと頬を赤くして僕のことを見ていた。そんな彼女の右手は僕の左手のすぐ近くにあって。触れてはいないけど、彼女の温もりが手に伝わってきている。
「ご、ごめん。桔梗」
「気にしないでいいよ。あと、肘掛けってどっち側を使うのがいいか迷うよな。……って言いながら、僕は気づけば左手を肘掛けに置いちゃってるけど」
「ふふっ」
向日葵は小声で笑っている。僕に向けて笑ってくれているからか、彼女の笑みがとても可愛らしく感じる。
僕は肘掛けから自分の脚の上に左手を動かした。
「肘掛けどうぞ」
「あ、ありがとう。……お礼にキャラメルポップコーンを一口食べさせてあげるわ」
「それはどうも」
僕がそう言うと向日葵は右手でキャラメルポップコーンをつまみ、僕の口元までもってくる。
「はい。あ、あ~ん」
「あーん」
僕は口を開け、向日葵にキャラメルポップコーンを食べさせてもらう。ポップコーンが口の中に入った瞬間、キャラメルの甘さが口の中に広がっていく。味が結構濃くて、甘い物好きな人にはたまらないと思う。
「美味しいよ。ありがとう」
「いえいえ」
「……ふふっ、随分と仲が良くなったこと」
「ち、違うわよっ、愛華。肘掛けを譲ってくれたお礼なのっ」
そう言いながら向日葵は右手を肘掛けに置き、頬を少し膨らませながらスクリーンを見る。そんな彼女に、福山さんと僕は微笑み合った。
それ以降は向日葵との間に何かが起こることはなく、エンディングまで集中して映画を観るのであった。
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