アリア

桜庭かなめ

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続々編-蒼き薔薇と不協和音-

第25話『季節が夏に戻った。』

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「さて、どこに行きましょうか……」

 羽賀は文化祭を楽しんでほしいと言っていたけど、青薔薇からのメッセージについて考えたからか、文化祭の中に手がかりがないかどうかを考えてしまう。パンフレットの出し物案内のページを見ているけど、なかなか決まらない。

「行きたいところは昨日行ってしまいましたし、青薔薇のことがありますので、ヒントがありそうなところに行きたいですよね。氷室さん、さっき青薔薇から送られた写真を撮っていましたよね。見せてもらってもいいですか?」
「うん、いいよ」

 僕はスマートフォンを取り出して、青い点が1つ打たれた赤い紙の写真を表示させ、詩織ちゃんに見せる。

「う~ん、もしこの赤い紙が天羽女子を現しているとしたら、青い点は青薔薇でしょうか。私は今日の天羽祭にも来ているという意味で」
「なるほど。青薔薇だから青か。普段はいないから1枚はただの赤い紙で、天羽祭に来ているからもう1枚の青い点が打たれていると。面白いね。メッセージを解く人や、不審な動きをする人がいるかどうかを確認するために、天羽女子にいる可能性もありそうだね」

 ただ、文書の方で、昨日の天羽祭に来ていたことをはっきりと書いてある。それなのに、自分が天羽女子にいることをわざわざ2枚の赤い紙で示すだろうか。

「智也君、詩織ちゃん。今日のあたしは冴えちゃってるかも」
「何か分かったんですか? 有紗さん」
「この赤い紙に打たれた一つの青い点。これは、水泳部のことなんだよ!」
「す、水泳部?」

 パンフレットを見てみると、天羽女子には水泳部があるな。この天羽祭では、特別棟3階にある多目的室で水泳喫茶というのをやっている。

「どうして、青い点が水泳部だと?」
「ほら、学校のプールって水色が多いでしょう? 競泳水着だって青系の色が多いし。それに、水は青色のイメージがあるし」
「なるほど。じゃあ、裏側が黒く塗られた500円玉は?」
「……ぶ、部費とか? 過去にお金関係の問題を水に流したっていう可能性はあるかもよ。水泳部だけに」
「ギャグっぽい感じはしますけど、さすがは大人の方ですね! 本当に冴えてますよ!」
「でしょう?」

 詩織ちゃん、有紗さんを持ち上げるのが上手だな。詩織ちゃんが褒めてくれたのが嬉しいのか、有紗さんはドヤ顔を浮かべ、大きな胸を張っている。
 やや強引な部分もあるけど、有紗さんの推理は一応、筋が通っている。ただ、仮に部費関連の不正があったとしたら、青薔薇が文書に天羽女子の生徒や職員は悪くないと明記するのかという疑問が残る。

「じゃあ、とりあえず水泳部がやっている水泳喫茶ってところに行ってみますか?」
「うん、そうしよう」
「どんな喫茶店が楽しみですね!」
「その前に、今の有紗さんの推理を羽賀にメッセージで送っておきますね」

 当たっている可能性は低そうだけど、僕は羽賀に今、有紗さんが話してくれた水泳部が絡んでいる推理をメッセージで送った。
 すると、すぐに羽賀から返信が来て、可能性は捨てきれないので、水泳部の顧問に部費のことについて尋ねてみるとのこと。
 僕らは特別棟3階の多目的教室でやっている水泳喫茶に向かって歩き出す。

「智也君、詩織ちゃん。水泳喫茶ってどんな感じのところなんだろうね」
「なかなか想像できないですね、お姉さん。ただ、ナース喫茶はナース服を着ていましたから、競泳水着を着ているかもしれませんね」
「えっ、もしそうだとしたら……あたしや詩織ちゃんはともかく、智也君を連れてって大丈夫なの?」
「確かに、問題がありそうです」
「前に美来が話していたんですけど、過去に水着喫茶をやりたいクラスがあったそうですが、学校側の反対でその案はボツになって。ですから、いくら水泳部でも競泳水着だけを着ることはないんじゃないかと。ただ、水着の上に部活のTシャツとかを着て、海の家のような雰囲気になっている可能性はありそうです」
「そういうコンセプトならありそうだね」

 それでも、水着を着ていることには変わりないので問題ありそうだけど。
 水泳喫茶の予想合戦をしながら、僕らは特別棟に。青薔薇のこともあってか、昨日よりも人が多いような気がする。
 水泳喫茶の会場である3階の多目的教室に。入り口近くに、『水泳喫茶』と青ペンで可愛らしく書かれた水色の紙が貼られている。さっき言った有紗さんの推理が意外と当たっているような気がしてきた。
 僕を先頭に水泳喫茶の中に入ってみる。
 すると、競泳水着に白いTシャツを着た茶髪のポニーテールの女の子がこちらに近づいてきた。背が高くてスラッとした子だ。胸の部分に名札が付いていて、『さき』と書かれている。

「いらっしゃいませ! 水泳喫茶へようこそ! 何名様ですか?」
「3人です」
「3名様ですね。こちらへどうぞ」

 海の家をイメージしているのか、中の装飾は結構落ち着いた雰囲気だ。壁にもメニューと値段が貼ってあって、小さい頃に家族旅行のときに行った海の家を思い出した。10月だけど、季節が夏に戻った感じがするな。あと、焼きそばを作っているのかいい匂い。
 また、この喫茶店の店員さんはみんな、競泳水着の上に、白いTシャツという格好だ。Tシャツには『AmoJoshi Swimming』と青い文字で印刷されている。履いているものも上履きではなくビーチサンダル。今日は寒くないし、店員として動いているとこれがちょうどいいのかも。
 4人テーブルのところに案内されたので、僕は有紗さんや詩織ちゃんと向かい合う形で座った。

「智也君の予想通りだったね」
「ええ。ただ、美来から水着喫茶の話を聞いていたので驚きました」
「そうだね。ただ、水着にTシャツっていう格好だから海の家の雰囲気があるね。メニューを見てみてみようか」

 テーブルの上に置いてあったメニューを見てみると、海の家らしく飲み物は全て冷たいものか。コーヒー、紅茶、緑茶、サイダー、コーラ、オレンジジュースと豊富だ。
 食べ物は……今も匂いが香ってきている焼きそばに、醤油ラーメン、フランクフルト、かき氷か。かき氷はレモン、メロン、いちごを選べる。どれも海の家の定番メニューだな。焼きそばとかフランクフルトは、この部屋にあるホットプレートでできそうだけど、ラーメンも作るのか。この階に家庭科室でもあるのかな?

「あたしは決まったよ。智也君は詩織ちゃんは?」
「私も決まりました」
「僕も決めました」
「じゃあ、呼ぶね。すみませーん、注文してもいいですか?」
「はーい」

 すると、さっきこのテーブルまで案内してくれた『さき』という名札を付けた女の子がこっちにやってくる。

「ご注文を伺います」
「じゃあ、あたしから。フランクフルトと緑茶」
「次は私で。かき氷のいちご味を」
「僕は醤油ラーメンと緑茶で」
「かしこまりました。少々お待ちください」

 店員の女の子は料理をしている子の方へと歩いて行った。その後ろ姿は本物の海の家のスタッフって感じがする。

「智也君、朝からラーメン?」
「ラーメンが好きですし、昔は家族旅行で海の家に行くと、ラーメンを食べることが多かったので。あと、屋台にラーメンはなかったですから」
「なるほどね。詩織ちゃんは冷たいかき氷だけど」
「かき氷は好きですからね。それに、今日は寒くないですし、教室棟からここまで歩いたからか体が温かくなっていて」
「そっかそっか。あたしもフランクフルトが好きだから頼んだの」

 みんな好きなものを頼むよな。ちなみに、美来はこのメニューの中だったら、フランクフルトは頼む気がする。
 美来といえば、今はメイド喫茶で接客の担当をしているのか。今は9時半。美来の接客時間は午前11時までだけど、水泳喫茶の後にでも行ければいいなと思う。
 ――プルルッ。
 スマートフォンが鳴っているな。確認してみると、羽賀から電話が来ている。

「羽賀から電話です。……もしもし」
『羽賀だ。今は大丈夫だろうか?』
「うん。今は有紗さんや詩織ちゃんと3人で水泳喫茶にいて、頼んだメニューを待っているところだから」
『そうか。それなら話しでも大丈夫か。月村さんの推理はなかなかいいと思ったが、ハズレだった。顧問に部費などの金銭面について話を聞いたが、特に問題はないとのことだ』
「分かった。じゃあ、水泳部の線はなさそうだね。そっちは何か進展はあったか?」
『例の500円玉を鑑識に預けた。その人も月村さんの言うように、マジックではないもので塗ってありそうだとは言っていた。結果が分かり次第、連絡してくれることになっている。そうしたら、氷室にも伝える』
「分かった。じゃあ、またな」
『ああ』

 羽賀の方から通話を切った。また考え直さないといけないな。

「羽賀さんから? あたしの推理結果が分かったの?」
「ええ。水泳部の顧問によると、金銭面で特に問題はなかったようです」
「……そっか。でも、問題がないのが一番だよね」
「私は当たっているかなとは思ったのですが。あっ、さっきの方が私達の頼んだものを持ってきましたよ!」

 三度、『さき』という名札を付けた茶髪の女の子が僕達のテーブルに。もしかして、このテーブルの担当なのかな。

「お待たせしました。醤油ラーメンにフランクフルト。いちご味のかき氷に、緑茶2つになります。ごゆっくり」

 僕の頼んだ醤油ラーメン、なかなか美味しそうだな。見た感じ、社食やお店で食べるラーメンの半分くらいの量だ。文化祭で食べるからこのくらいがちょうどいいかな。麺以外にものりにメンマ、チャーシューが1枚乗っているので本格的だ。

「じゃあ、さっそく食べましょうか」
「そうですね。いただきます!」
「いただきます」

 僕はさっそくラーメンを一口食べる。

「うん、美味しい」

 麺はちょうどいい茹で加減。スープもさっぱりしていて、まさに海の家のラーメンって感じがする。

「かき氷も美味しいですよ」
「フランクフルトもいいね」

 有紗さんはフランクフルトをもぐもぐと食べていて可愛らしい。これが美来だったら、フランクフルトを食べる前にじっくりと見て、咥えた状態で僕のことをチラチラと見ていたことだろう。僕に食べさせてと言ってきたかも。

「さっきまで体が温かったのですが、何口か食べていたらもう体が冷えてきました」
「ふふっ。じゃあ、あたしのフランクフルトと一口交換しようよ」
「ありがとうございます!」

 もう10月だし、かき氷を少し食べたら体が冷えたのかもしれないな。
 有紗さんと詩織ちゃんはお互いに頼んだものを一口交換する。この2人が食べものを交換し合っている光景は結構レアだ。

「フランクフルトも美味しいですね」
「でしょう? かき氷も美味しいよ」
「氷室さんもいかがですか? 昨日もホットケーキをいただきましたし、間接キスは気にしません」
「じゃあ、お言葉に甘えて。詩織ちゃんさえよければ僕のラーメンもどうぞ。スープを飲めば、体を温まるだろうし」
「ありがとうございます。いただきます。ただ、これを話したら、美来ちゃんに羨ましがられそうですね」
「そうかもね。あたしもその後に食べてもいい? あたしのフランクフルトを食べていいから」
「もちろんですよ、有紗さん」

 そういえば、小さい頃に家族で海の家に行ったときは、両親が頼んだものを一口もらっていたっけ。フランクフルトやかき氷を食べながらそんなことを思い出した。
 詩織ちゃんは体が冷えているということもあってスープを飲むだけだったけど、有紗さんは麺までしっかりと食べていた。美味しいのか、2人とも満足そうだ。
 羽賀から水泳部は何にも問題なかったと言われたこともあってか、水泳喫茶を楽しむことができたのであった。
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