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特別編-オータムホリデイズ-
第3話『接客練習-前編-』
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9月17日、土曜日。
3連休の初日は秋晴れからスタートした。晴れていても、北の方から涼しい風がやや強めに吹く影響で爽やかな陽気だ。これからはこういう天気になる日が多くなっていくんだと思う。
美来曰く、乃愛ちゃんと亜依ちゃんが家に来るのは午後2時過ぎだという。メイド服は足りるのかと思ったけれど、前に桃花ちゃんと仁実ちゃんが家に遊びに来たときに3人一緒にメイド服を着ていたから大丈夫か。
午前中は美来と紅茶を飲んでゆっくりとした時間を過ごした後、タイムセールに合わせて、美来と一緒に近くのスーパーに買い物に。食料品や生活用品を中心に買ったこともあってか、本当の夫婦のようですねと美来の笑顔が絶えなかった。
お昼ご飯は僕の作った温かい鶏南蛮そば。麺料理が好きなのでそばにしたけれど、美来が美味しそうに食べてくれて嬉しかった。
約束通りの午後2時過ぎ。
「こんにちは~」
「お邪魔します」
家には乃愛ちゃんと亜依ちゃんに――。
「お邪魔します。朝比奈さん、氷室さん」
「玲奈先輩も来たんですね」
玲奈ちゃんも一緒に来ていた。乃愛ちゃんと付き合い始めたからなのか、2人は仲良く手を繋いでいる。大きめのバッグを持ってきているのが気になるけれど。
「ええ。乃愛からメイド喫茶の接客の練習をするためにここに行くって聞いたから。あと、乃愛とこうして恋人の関係でいられるようになったのは、氷室さんの言葉がとても心に響いたからで。そのお礼を直接言いたくて。氷室さん、その節はありがとうございました」
そう言って玲奈ちゃんは深く頭を下げ、乃愛ちゃんもそんな姉の姿に影響されてか同じくらいに深く頭を下げる。
「2人が仲良く手を繋いでいるのを見て微笑ましい気分になったよ。恋人としても仲良く過ごしていけるといいね」
「ええ。氷室さんと朝比奈さんのようになれればいいなと思います」
「そうだね。あたし、お姉ちゃんといつまでも仲良くやっていくことをここに誓います!」
「わ、私も誓います!」
家の玄関で2人とも手を挙げて、相手への愛を堂々と誓っちゃって。最初は似ていない姉妹だと思っていたけれど、意外と似ているところが多いのかも。
「愛を誓うのは素敵だと思いますが、まずはお家の中に入りましょうよ」
「そ、そうだね。亜依」
「玄関前だっていうのを忘れていたよ、佐々木さん。……お邪魔します」
乃愛ちゃん、亜依ちゃん、玲奈ちゃんが家の中に入る。美来と一緒に住んでいることもあってか、これまでの来客の女性比率が非常に高いなと思った。
「美来、メイド服は何着もあるって言っていたけれど……」
「うん。夏用と冬用を合わせて4着あるから大丈夫だよ」
「4着もあるのですか?」
「お母さんが作ってくれたんだ。たまにサイズ調整で私が加えているけれど」
4着もあったんだ。冬用が2つあるのは分かっているから、夏用も2つあるのかな。美来のお母さん、よく作ったな。
「じゃあ、美来達……さっそくメイド服に着替えて練習を始める?」
「そうですね。さっそく寝室で着替えてこようと思います。お店に入ったところからの練習をしたいので、智也さんと玲奈先輩は一旦、外に出てもらってもいいですか?」
「うん、分かったよ。じゃあ、玲奈ちゃん、僕達は一旦――」
「氷室さん、先に一人で出てもらっていいですか? 私もお着替えをしたいので」
「えっ? 着替える必要ってあるの?」
「乃愛達は男の方の接客の練習をしたいそうなので、私も男装しようと思いまして」
「な、なるほどね」
だから、玲奈ちゃんは大きめバッグを持ってきていたんだな。綺麗な顔立ちをした子なので、男装の仕方によっては美男子になるんじゃないだろうか。
「お姉ちゃん、気合いが入ってるね」
「乃愛達の力になれそうなことなら何だってやるよ」
「……ありがとね、お姉ちゃん」
「玲奈先輩の男装姿も楽しみですね」
「じゃあ、私達は着替えてきますから、智也さんはリビングから出てください。着替え終わったらスマホにメッセージを送りますので」
「分かったよ」
僕は美来の言う通りに玄関の外に出る。
てっきり、メイド服姿をした3人が僕にコーヒーや紅茶を出す練習をするだけかと思いきや、店に入ったときからの応対まで練習するなんて。しかも、玲奈ちゃんは男装までするし。
「どうなることやら……」
3人がメイドさんとして接客しやすくなるように僕も心がけないと。そう思い始めたら、急に緊張してきた。
そんなことを考えていると、中からパンツルックの玲奈ちゃんが出てきた。男装をするということもあって、さらしでも巻いているのか胸は平らになっており、メガネをかけてキリッとした表情に。さすがに髪を切るようなことはしていないようだけど、サイドに纏めている。大学の友人の1人がこういう風貌だったなぁ。
「お待たせしました、氷室さん」
おまけに普段よりも声が低くなっている。
「……本格的な男装をしたね、玲奈ちゃん」
「ええ。すぐに思いついたのがこの恰好でした。男性の雰囲気を出すためにさらしを強く巻いたのでちょっと苦しいです。多分、すぐに慣れると思いますが……」
「無理はしないでね」
「はい。あの……男性っぽく見えていますか?」
「正直に言えば……中性的な感じかな。ただ、キリッとしていてかっこいいね。大学時代の男の友人に雰囲気が似ているよ。さすがに、玲奈ちゃんの方が綺麗で可愛らしさが垣間見られるけどね」
「あ、ありがとうございます」
玲奈ちゃんは頬をほんのりと赤くさせて微笑んでいる。うん、今はボーイッシュな恰好をした胸があまりない女の子に見えるな。
「乃愛達にもかっこいいと言われて嬉しかったですけど、やはり男性である氷室さんに言われるのが一番嬉しいかも……」
「ははっ、そっか。3人のメイド服姿も楽しみだね」
「そうですね、特に乃愛のメイド服姿が楽しみです」
美来のメイド服姿はもちろん楽しみだけれど見慣れているからね。乃愛ちゃんや亜依ちゃんのメイド服姿も楽しみだ。
「そうだ、氷室さん」
「うん、どうかした? 玲奈ちゃん」
「男装した私と一緒に来店するというシチュエーションなんですから、氷室さんと私の関係も考えた方がいいと思うんですよ」
「……必要かどうかは分からないけれど、考えてみるのは面白そうだね」
普通の声で話されると、ボーイッシュな女の子にしか思えなくなってくる。
「ちなみに、玲奈ちゃんはどういう関係がいいって思っているの?」
「……幼なじみとか」
「……なるほど」
友達や先輩ではなく幼なじみか。そこに何かこだわりでもあるのかな。
「ですから、氷室さんのことを下の名前で呼んでみますね。と、智也君……」
恥ずかしいのか、玲奈ちゃんの顔が今日一番の赤さになっている。それがとても可愛らしくて、もはや男装の意味がなくなってきている。
「と、智也君! メイド喫茶、楽しみだね……」
「……楽しみだね、玲奈ちゃん。ただ、このままだと玲奈ちゃんが中でゆっくりできそうにないから、幼なじみじゃなくて先輩後輩っていう関係がいいんじゃないかな。それなら、僕への話し方は普段と変わらずに済むでしょ。僕は先輩らしく神山って呼ぶからさ」
「……そうですね。その方がやりやすくていいと思います。氷室……先輩」
「うん、玲奈ちゃ……神山」
「ふふっ、普段と違うと間違えちゃいますよね」
職場でも僕が一番年下だからなぁ。有紗さんの方にいる景子ちゃんは女性なので、年下の男性と仕事をしたことはまだ一度もない。去年は新人で、最初に配属された部署では同期の男子社員と一緒に仕事をしていた。
――プルルッ。
うん、スマートフォンが鳴っている。もしかして、美来達の着替えが終わったのかな。確認してみると、
『メイド服に着替え終わりました! スタンバイしていますので、いつでもお家の中に入ってきてください!』
美来達はやる気満々のようだ。
「準備完了だって。……神山」
「そうですか。じゃあ、乃愛達の可愛らしいメイド服姿を堪能しましょうか!」
玲奈ちゃんはキリッとした表情になり、低い声色でそう言った。ノリノリだなぁ。あと、今日の一番の目的は美来達の接客練習なんだけれどね。
僕はゆっくりと玄関の扉を開けるのであった。
3連休の初日は秋晴れからスタートした。晴れていても、北の方から涼しい風がやや強めに吹く影響で爽やかな陽気だ。これからはこういう天気になる日が多くなっていくんだと思う。
美来曰く、乃愛ちゃんと亜依ちゃんが家に来るのは午後2時過ぎだという。メイド服は足りるのかと思ったけれど、前に桃花ちゃんと仁実ちゃんが家に遊びに来たときに3人一緒にメイド服を着ていたから大丈夫か。
午前中は美来と紅茶を飲んでゆっくりとした時間を過ごした後、タイムセールに合わせて、美来と一緒に近くのスーパーに買い物に。食料品や生活用品を中心に買ったこともあってか、本当の夫婦のようですねと美来の笑顔が絶えなかった。
お昼ご飯は僕の作った温かい鶏南蛮そば。麺料理が好きなのでそばにしたけれど、美来が美味しそうに食べてくれて嬉しかった。
約束通りの午後2時過ぎ。
「こんにちは~」
「お邪魔します」
家には乃愛ちゃんと亜依ちゃんに――。
「お邪魔します。朝比奈さん、氷室さん」
「玲奈先輩も来たんですね」
玲奈ちゃんも一緒に来ていた。乃愛ちゃんと付き合い始めたからなのか、2人は仲良く手を繋いでいる。大きめのバッグを持ってきているのが気になるけれど。
「ええ。乃愛からメイド喫茶の接客の練習をするためにここに行くって聞いたから。あと、乃愛とこうして恋人の関係でいられるようになったのは、氷室さんの言葉がとても心に響いたからで。そのお礼を直接言いたくて。氷室さん、その節はありがとうございました」
そう言って玲奈ちゃんは深く頭を下げ、乃愛ちゃんもそんな姉の姿に影響されてか同じくらいに深く頭を下げる。
「2人が仲良く手を繋いでいるのを見て微笑ましい気分になったよ。恋人としても仲良く過ごしていけるといいね」
「ええ。氷室さんと朝比奈さんのようになれればいいなと思います」
「そうだね。あたし、お姉ちゃんといつまでも仲良くやっていくことをここに誓います!」
「わ、私も誓います!」
家の玄関で2人とも手を挙げて、相手への愛を堂々と誓っちゃって。最初は似ていない姉妹だと思っていたけれど、意外と似ているところが多いのかも。
「愛を誓うのは素敵だと思いますが、まずはお家の中に入りましょうよ」
「そ、そうだね。亜依」
「玄関前だっていうのを忘れていたよ、佐々木さん。……お邪魔します」
乃愛ちゃん、亜依ちゃん、玲奈ちゃんが家の中に入る。美来と一緒に住んでいることもあってか、これまでの来客の女性比率が非常に高いなと思った。
「美来、メイド服は何着もあるって言っていたけれど……」
「うん。夏用と冬用を合わせて4着あるから大丈夫だよ」
「4着もあるのですか?」
「お母さんが作ってくれたんだ。たまにサイズ調整で私が加えているけれど」
4着もあったんだ。冬用が2つあるのは分かっているから、夏用も2つあるのかな。美来のお母さん、よく作ったな。
「じゃあ、美来達……さっそくメイド服に着替えて練習を始める?」
「そうですね。さっそく寝室で着替えてこようと思います。お店に入ったところからの練習をしたいので、智也さんと玲奈先輩は一旦、外に出てもらってもいいですか?」
「うん、分かったよ。じゃあ、玲奈ちゃん、僕達は一旦――」
「氷室さん、先に一人で出てもらっていいですか? 私もお着替えをしたいので」
「えっ? 着替える必要ってあるの?」
「乃愛達は男の方の接客の練習をしたいそうなので、私も男装しようと思いまして」
「な、なるほどね」
だから、玲奈ちゃんは大きめバッグを持ってきていたんだな。綺麗な顔立ちをした子なので、男装の仕方によっては美男子になるんじゃないだろうか。
「お姉ちゃん、気合いが入ってるね」
「乃愛達の力になれそうなことなら何だってやるよ」
「……ありがとね、お姉ちゃん」
「玲奈先輩の男装姿も楽しみですね」
「じゃあ、私達は着替えてきますから、智也さんはリビングから出てください。着替え終わったらスマホにメッセージを送りますので」
「分かったよ」
僕は美来の言う通りに玄関の外に出る。
てっきり、メイド服姿をした3人が僕にコーヒーや紅茶を出す練習をするだけかと思いきや、店に入ったときからの応対まで練習するなんて。しかも、玲奈ちゃんは男装までするし。
「どうなることやら……」
3人がメイドさんとして接客しやすくなるように僕も心がけないと。そう思い始めたら、急に緊張してきた。
そんなことを考えていると、中からパンツルックの玲奈ちゃんが出てきた。男装をするということもあって、さらしでも巻いているのか胸は平らになっており、メガネをかけてキリッとした表情に。さすがに髪を切るようなことはしていないようだけど、サイドに纏めている。大学の友人の1人がこういう風貌だったなぁ。
「お待たせしました、氷室さん」
おまけに普段よりも声が低くなっている。
「……本格的な男装をしたね、玲奈ちゃん」
「ええ。すぐに思いついたのがこの恰好でした。男性の雰囲気を出すためにさらしを強く巻いたのでちょっと苦しいです。多分、すぐに慣れると思いますが……」
「無理はしないでね」
「はい。あの……男性っぽく見えていますか?」
「正直に言えば……中性的な感じかな。ただ、キリッとしていてかっこいいね。大学時代の男の友人に雰囲気が似ているよ。さすがに、玲奈ちゃんの方が綺麗で可愛らしさが垣間見られるけどね」
「あ、ありがとうございます」
玲奈ちゃんは頬をほんのりと赤くさせて微笑んでいる。うん、今はボーイッシュな恰好をした胸があまりない女の子に見えるな。
「乃愛達にもかっこいいと言われて嬉しかったですけど、やはり男性である氷室さんに言われるのが一番嬉しいかも……」
「ははっ、そっか。3人のメイド服姿も楽しみだね」
「そうですね、特に乃愛のメイド服姿が楽しみです」
美来のメイド服姿はもちろん楽しみだけれど見慣れているからね。乃愛ちゃんや亜依ちゃんのメイド服姿も楽しみだ。
「そうだ、氷室さん」
「うん、どうかした? 玲奈ちゃん」
「男装した私と一緒に来店するというシチュエーションなんですから、氷室さんと私の関係も考えた方がいいと思うんですよ」
「……必要かどうかは分からないけれど、考えてみるのは面白そうだね」
普通の声で話されると、ボーイッシュな女の子にしか思えなくなってくる。
「ちなみに、玲奈ちゃんはどういう関係がいいって思っているの?」
「……幼なじみとか」
「……なるほど」
友達や先輩ではなく幼なじみか。そこに何かこだわりでもあるのかな。
「ですから、氷室さんのことを下の名前で呼んでみますね。と、智也君……」
恥ずかしいのか、玲奈ちゃんの顔が今日一番の赤さになっている。それがとても可愛らしくて、もはや男装の意味がなくなってきている。
「と、智也君! メイド喫茶、楽しみだね……」
「……楽しみだね、玲奈ちゃん。ただ、このままだと玲奈ちゃんが中でゆっくりできそうにないから、幼なじみじゃなくて先輩後輩っていう関係がいいんじゃないかな。それなら、僕への話し方は普段と変わらずに済むでしょ。僕は先輩らしく神山って呼ぶからさ」
「……そうですね。その方がやりやすくていいと思います。氷室……先輩」
「うん、玲奈ちゃ……神山」
「ふふっ、普段と違うと間違えちゃいますよね」
職場でも僕が一番年下だからなぁ。有紗さんの方にいる景子ちゃんは女性なので、年下の男性と仕事をしたことはまだ一度もない。去年は新人で、最初に配属された部署では同期の男子社員と一緒に仕事をしていた。
――プルルッ。
うん、スマートフォンが鳴っている。もしかして、美来達の着替えが終わったのかな。確認してみると、
『メイド服に着替え終わりました! スタンバイしていますので、いつでもお家の中に入ってきてください!』
美来達はやる気満々のようだ。
「準備完了だって。……神山」
「そうですか。じゃあ、乃愛達の可愛らしいメイド服姿を堪能しましょうか!」
玲奈ちゃんはキリッとした表情になり、低い声色でそう言った。ノリノリだなぁ。あと、今日の一番の目的は美来達の接客練習なんだけれどね。
僕はゆっくりと玄関の扉を開けるのであった。
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