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続編-螺旋百合-
エピローグ『はじめまして。』
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9月15日、木曜日。
今日は全日本学生コンクール東京大会、声楽部門・高校生の部の予選が開催される。
この大会に天羽女子声楽部に所属する生徒全員が参加する。昨日も予選が行なわれており、昨日と今日の予選の結果から、10月に行なわれる本選へと通過する生徒が決まるとのこと。
午後0時半過ぎ。
僕は美来達を応援するために有休を取得し、有紗さんと一緒に新宿にある予選会場に来ていた。
「いやぁ、凄いですね、有紗さん。こういうところ、全然来たことがなくて」
「あたしも。こういった音楽ホールには高校生のときの視聴覚教室以来だけれど、そのときもここまで豪華なところじゃなかったよ」
有紗さんの言うように、ここのホールはとても豪華な作りになっている。
学生の音楽コンクールでも、しっかりとした服装の方がいいのかなと思い、フォーマルな感じの服を着たけれど、どうやらこれで良かったようだ。羽賀の真似をして、通気性のいいジャケットを買って正解だった。
「あたし、こういうところでは歌える自信ないな。第一声から裏返りそう」
「雰囲気に圧倒されちゃいますね。僕は声が出なそうです」
乃愛ちゃんが元気になって以降、声楽部は本番を想定し、体育館の壇上で練習したそうだ。たまに、部活で休憩している運動部の生徒に歌声を聴いてもらったのだとか。その成果が今日、存分に発揮できれば何よりだ。
「それにしても、2人とも良かったわよね」
「えっ?」
「ほら、美来ちゃんと……乃愛ちゃんだっけ。今月に入ってから、乃愛ちゃんのお姉さんのことで色々とあったじゃない」
「ええ。ただ、そのことについてはそれぞれが納得する形で解決することができたので、それからは順調に練習できたと言っていましたよ」
「それなら良かった。あたし、こういうコンクールは中学の合唱しかやったことがないけれど、気分がいいと自然といい声になって、モヤモヤしているときに歌うと、何か音程がズレることが多かったんだよね。それは、素人の中学生だったからかもしれないけれど」
「美来も同じようなことを言っていましたよ。元気な体と心があってこそ、いい声が出せるんじゃないかって」
「なるほどね。……そういえば、学生の音楽コンクールってことは前に通っていた月が丘高校の生徒も参加するんじゃない? 大丈夫なの?」
「……そのことについては心配してしまいますよね」
学生の音楽コンクールだから、美来が前に通っていた月が丘高校の生徒との接点が生まれる。有紗さん、心配そうな様子だ。
「月が丘高校を去る6月下旬の時点では、声楽部は無期限の活動停止期間中になっていました。ただ、今も月が丘に通っている詩織ちゃんからの話ですと、顧問の片倉さんが誠実な先生ですし、声楽部の中にもいじめに関わらなかった生徒もいました。部員の数は減りましたが、活動を再開しこのコンクールに向けて練習をしてきたそうです」
「そうなんだ。じゃあ、控え室で月が丘の子達と再会しているかもね」
「そうですね。でも、今は天羽女子高校の声楽部の仲間がいます。天羽女子の子達にはいじめのことを話していないそうですが……きっと、大丈夫でしょう」
「そうね。今は天羽女子の子達を信じるしかないわね。何かあったら、あたしと智也君で色々と……」
有紗さんは両手の指を厭らしく動かす。何だ、美来に嫌味を言った生徒をくすぐるつもりなのだろうか。有紗さんはともかく、僕がそれをやったらおそらく逮捕だろう。
「さっ、もうそろそろ始まりますね」
「そうね。お客さんも多くなってきたね」
みんな、僕達のように参加する生徒を応援しに来ているのかな。後は高校音楽コンクールファンとかもいそうだ。
それから程なくして、声楽部門・高校生の部の予選が始まる。
参加する生徒が続々と歌唱していくけれど、みんな上手だなぁ。また、天羽女子の生徒も月が丘高校の生徒も何人か参加していた。
例の神山乃愛ちゃんも歌唱する。美来と比べると小柄な体だけれど、綺麗な声を出していた。
『次は私立天羽女子高等学校の朝比奈美来さんです』
おっ、次は美来の番か。僕が歌うわけじゃないのに、急に息苦しくなってきた。
「大丈夫? 智也君」
「ちょっと緊張しているだけですよ」
幼稚園のとき、演劇発表会を見に来た両親が、演技が始まる前に緊張したって言っていたけれど、20年くらい経ってようやくその気持ちが分かった気がする。
「智也君、あたしの手を握っちゃって。相当緊張しているんだね。ほら、美来ちゃんだよ」
ステージの方を見ると、制服姿の美来がいた。僕よりも緊張していると思ったけれど、美来は落ち着いている。僕のことを見つけたのか笑みまで見せるほどだ。
美来がお辞儀をすると、会場からは拍手が。
美来の歌唱が始まった。第一声から心が鷲掴みされる歌声だ。以前、カラオケで美来の歌声を聴いたことはあったけれど、さすがにあのときとは違う。
「凄いな……」
という有紗さんの呟きが聞こえてくる。確かに凄い歌声だ。いつまでも聴き続けたい。
そんなことを考えていたら、あっという間に美来の歌唱が終わってしまった。もっと聴いていたかったのにな。
しかし、それは周りの人も同じように思っているのか、美来の歌唱が終わってすぐに大きな歓声と拍手が巻き起こった。僕と有紗さんも歌声を聴かせてくれた美来に感謝と称賛の拍手を贈った。
「凄かったわね、智也君」
「そうですね」
これまでの中で一番良かったんじゃないだろうか。
その後も高校生達が歌唱を行なっていく。どの子も上手だったので、誰が本選に進むのかいい意味で分からないな。
全ての参加者の歌唱が終わり、予選通過者が発表される。天羽女子の生徒は……新藤花音と神山乃愛、そして朝比奈美来の名前があった。
「美来ちゃんの名前があったよ!」
「ありましたね! 天羽女子の生徒は美来を含めて3人が本選に進みますね」
本選は10月だったかな。その日は今日みたいに有休を取って美来を応援しに行こう。
ホールを出てロビーの方に向かうと、美来を含めた天羽女子の生徒が見えた。
「美来」
「智也さん!」
すると、美来は僕達のところにやってきて、僕のことをぎゅっと抱きしめてきた。
「智也さん、私、予選を通過できました!」
「おめでとう。美来、凄かったよ」
「おめでとう、美来ちゃん」
「ありがとうございます!」
美来はとても嬉しそうな表情をしながら僕にキスしてきた。もう、みんながいるのに。予選を通過したのが嬉しすぎてキスせずにはいられなかったのかな。
「美来ちゃん、さすがに彼氏さんの前では甘えん坊さんになるのね」
「美来は氷室さんの話になるとウキウキするもんね」
気付けば、予選を通過した新藤さんと乃愛ちゃんが僕達のところにやってくる。
「ごめんなさい、智也さんのことを見たらつい。あっ、紹介しますね。こちらが私の恋人の氷室智也さん。友人の月村有紗さんです。智也さん、こちらの黒髪の方が声楽部部長の新藤花音先輩、そして茶髪の子が神山乃愛ちゃんです」
「初めまして、氷室智也です。美来がお世話になっています」
「月村有紗です、よろしくね」
「初めまして、神山乃愛です。今月に入ってから色々とご迷惑を掛けました」
「いえいえ」
美来からは元気いっぱいの女の子と聞いていたけど、意外と大人しい感じが。僕や有紗さんの前だからかな。
「初めまして、声楽部部長の新藤花音です。今日は応援ありがとうございました。今年は3人、予選を通過することができました」
「予選通過おめでとう。3人もそうだけれど、みんなの歌声、とても素敵だったよ」
「そうだったね、智也君。本選も楽しみにしているよ。そのときもまた有休取って応援しに行くね。あと、智也君……美来ちゃんの番になったとき、緊張しすぎてあたしの手をぎゅっと握ってきたよね」
「えっ、そうだったんですか? 智也さんったら可愛いですね」
美来ったら、ニヤニヤしながら僕のことを見て。
「恋人心というか、親心というか……緊張しちゃったんだよ」
「そうなんですか。智也さんって普段は落ち着いていますから、そういうことで緊張するなんて意外です」
ふふっ、と美来は楽しそうに笑っている。しばらくの間、このことでからかわれそうだな。今はとりあえず話題を変えないと。
「……あっ」
遠くの方に月が丘高校の制服を着た女の子達が見える。顧問の片倉さんの姿も。
「美来、そういえば……月が丘高校の生徒もこのコンクールに参加していたよね。その……大丈夫だった?」
「参加していましたね。参加者の控え室でちょっと話しました。今回のコンクールに参加できたのは、私へのいじめに関わっていなかった生徒だけでしたし、片倉先生もいい先生ですから大丈夫でしたよ。むしろ、あのときは何もできずにごめんなさいって謝られました」
「そうだったんだ……」
やっぱり、控え室とかで会っていたんだ。声楽部の方はクラスに比べれば酷くはなかったし、顧問の先生もしっかりと対応していたので大丈夫だったんだな。
「花音先輩や乃愛ちゃん達の前で話したので、天羽女子の生徒全員の発表が終わってから月が丘で受けたいじめのことを話しました。そうしたら、みんな……温かい言葉と抱擁で私のことを包んでくれました」
「……そうか。良かったね」
嬉しそうに笑顔を浮かべる美来と、そんな彼女に温かい視線を送る乃愛ちゃんや花音ちゃんを見て安心した。
「私、天羽女子でなら楽しい高校生活を送ることができそうです。2学期に入って早々にゴタゴタしましたけど、周りの人達が支えてくれたので」
「良かったよ、そういう場所が見つかって」
「はい!」
どうやら、美来は今回のことで、完全に高校生活の再スタートを切ることができたようだ。きっと、天羽女子高校が美来の母校になるだろう。
「本選も頑張りますね!」
「うん、応援しているよ。本選も今日みたいに会場に応援しに行くね」
「ありがとうございます。より頑張れそうです」
美来達のためにも本選の日程を確認して、早いうちに有休を取得しないと。
「智也さん」
「うん?」
「今週末は3連休なので、その……1日くらいはどこかにお出かけしたいなと思っているのですが」
「そういえば、来週の月曜日は敬老の日でお休みだったね」
大学時代は月曜日が祝日でも講義があることが多かったので、祝日となっている月曜日はお休みという感覚が薄れていた。
「桜花駅の周りはたくさんお店がありますし、映画館もありますので色々と行ってみたいです!」
「引っ越してまだ1ヶ月くらいだもんね」
「そうですよ。これまであまり行くことができていなかったなと思いまして。有紗さんとも一緒に回ってみたいです」
「桜花駅の周り、色々なお店があるもんね。大学の友達と遊びに行く日もあるけれど、予定が空いている日もあるから、そのときは3人で一緒に行こうか」
どこかにお出かけしたいというから、日帰り旅行でもしたいのかと思ったけれど。
ただ、桜花駅の周りを美来と一緒にあまり散策していなかったので、週末の3連休の間に好きなお店やスポットを見つけることにするか。桃花ちゃんと仁実ちゃんがアルバイトしている喫茶店にも行ってみたいな。
「あと、智也さん。予選を通過したので、ご褒美のキスをしてほしいです」
「……さっき、キスしなかったっけ」
「あれは私の方から勢いでしただけです! 智也さんからしてほしいなって」
見つめられながらお願いされたら断るわけにはいかない。
「……分かった。予選通過おめでとう」
美来のことを抱きしめて、彼女にキスした。周りに人がいるので恥ずかしいけど、キスすると心が温まるからいいな。
「んっ……」
美来ったら、人前だから唇を触れているだけなのに可愛らしい声を出さないでほしいよ。段々と気持ちが高ぶってきちゃうじゃないか。
「なるほど。美来ちゃんがいい声を出せるのは彼氏さんにありそうだね」
「花音ちゃんもそう思う?」
案の定、周りから色々と言われてしまっているし。
「美来、今はこのくらいにしておこうね。周りの目っていうのもあるから」
「分かりました。では、お楽しみはお家まで取っておきますね」
ふふっ、と美来は普段通りに可愛らしく笑う。僕とのキスには慣れているから、こういうところでしてもあまり恥ずかしくないのかな。
「じゃあ、氷室さんとのキスが終わったところで、そろそろ帰ろうか」
「そうですね。智也さん、有紗さん……帰りましょうか」
僕らは予選会場のコンサートホールを後にした。
今日、ここで楽しそうに歌っている美来の姿を見たことで、僕と美来は本当の意味で新しい生活を始めることができたのだと思った。美来はもうすっかりと私立天羽女子高等学校の生徒だ。こんなにも素敵な子達に囲まれて、楽しそうにしているんだから。
「美来」
「はい、何ですか?」
「美来はもうすっかりと天羽女子の生徒だなって。楽しそうで何よりだよ」
「ここにいる声楽部のみなさんやクラスメイトのおかげです。でも、何よりも智也さんが側にいてくれるからですよ!」
美来はぎゅっと僕のことを抱きしめてきた。僕も美来が側にいてくれるから大変なこともあるけれど楽しいよ。美来と一緒に、いつまでもこの温もりを感じることができるようにこれからも頑張っていこう。
続編-螺旋百合- おわり
次の話から特別編-オータムホリデイズ-です。
今日は全日本学生コンクール東京大会、声楽部門・高校生の部の予選が開催される。
この大会に天羽女子声楽部に所属する生徒全員が参加する。昨日も予選が行なわれており、昨日と今日の予選の結果から、10月に行なわれる本選へと通過する生徒が決まるとのこと。
午後0時半過ぎ。
僕は美来達を応援するために有休を取得し、有紗さんと一緒に新宿にある予選会場に来ていた。
「いやぁ、凄いですね、有紗さん。こういうところ、全然来たことがなくて」
「あたしも。こういった音楽ホールには高校生のときの視聴覚教室以来だけれど、そのときもここまで豪華なところじゃなかったよ」
有紗さんの言うように、ここのホールはとても豪華な作りになっている。
学生の音楽コンクールでも、しっかりとした服装の方がいいのかなと思い、フォーマルな感じの服を着たけれど、どうやらこれで良かったようだ。羽賀の真似をして、通気性のいいジャケットを買って正解だった。
「あたし、こういうところでは歌える自信ないな。第一声から裏返りそう」
「雰囲気に圧倒されちゃいますね。僕は声が出なそうです」
乃愛ちゃんが元気になって以降、声楽部は本番を想定し、体育館の壇上で練習したそうだ。たまに、部活で休憩している運動部の生徒に歌声を聴いてもらったのだとか。その成果が今日、存分に発揮できれば何よりだ。
「それにしても、2人とも良かったわよね」
「えっ?」
「ほら、美来ちゃんと……乃愛ちゃんだっけ。今月に入ってから、乃愛ちゃんのお姉さんのことで色々とあったじゃない」
「ええ。ただ、そのことについてはそれぞれが納得する形で解決することができたので、それからは順調に練習できたと言っていましたよ」
「それなら良かった。あたし、こういうコンクールは中学の合唱しかやったことがないけれど、気分がいいと自然といい声になって、モヤモヤしているときに歌うと、何か音程がズレることが多かったんだよね。それは、素人の中学生だったからかもしれないけれど」
「美来も同じようなことを言っていましたよ。元気な体と心があってこそ、いい声が出せるんじゃないかって」
「なるほどね。……そういえば、学生の音楽コンクールってことは前に通っていた月が丘高校の生徒も参加するんじゃない? 大丈夫なの?」
「……そのことについては心配してしまいますよね」
学生の音楽コンクールだから、美来が前に通っていた月が丘高校の生徒との接点が生まれる。有紗さん、心配そうな様子だ。
「月が丘高校を去る6月下旬の時点では、声楽部は無期限の活動停止期間中になっていました。ただ、今も月が丘に通っている詩織ちゃんからの話ですと、顧問の片倉さんが誠実な先生ですし、声楽部の中にもいじめに関わらなかった生徒もいました。部員の数は減りましたが、活動を再開しこのコンクールに向けて練習をしてきたそうです」
「そうなんだ。じゃあ、控え室で月が丘の子達と再会しているかもね」
「そうですね。でも、今は天羽女子高校の声楽部の仲間がいます。天羽女子の子達にはいじめのことを話していないそうですが……きっと、大丈夫でしょう」
「そうね。今は天羽女子の子達を信じるしかないわね。何かあったら、あたしと智也君で色々と……」
有紗さんは両手の指を厭らしく動かす。何だ、美来に嫌味を言った生徒をくすぐるつもりなのだろうか。有紗さんはともかく、僕がそれをやったらおそらく逮捕だろう。
「さっ、もうそろそろ始まりますね」
「そうね。お客さんも多くなってきたね」
みんな、僕達のように参加する生徒を応援しに来ているのかな。後は高校音楽コンクールファンとかもいそうだ。
それから程なくして、声楽部門・高校生の部の予選が始まる。
参加する生徒が続々と歌唱していくけれど、みんな上手だなぁ。また、天羽女子の生徒も月が丘高校の生徒も何人か参加していた。
例の神山乃愛ちゃんも歌唱する。美来と比べると小柄な体だけれど、綺麗な声を出していた。
『次は私立天羽女子高等学校の朝比奈美来さんです』
おっ、次は美来の番か。僕が歌うわけじゃないのに、急に息苦しくなってきた。
「大丈夫? 智也君」
「ちょっと緊張しているだけですよ」
幼稚園のとき、演劇発表会を見に来た両親が、演技が始まる前に緊張したって言っていたけれど、20年くらい経ってようやくその気持ちが分かった気がする。
「智也君、あたしの手を握っちゃって。相当緊張しているんだね。ほら、美来ちゃんだよ」
ステージの方を見ると、制服姿の美来がいた。僕よりも緊張していると思ったけれど、美来は落ち着いている。僕のことを見つけたのか笑みまで見せるほどだ。
美来がお辞儀をすると、会場からは拍手が。
美来の歌唱が始まった。第一声から心が鷲掴みされる歌声だ。以前、カラオケで美来の歌声を聴いたことはあったけれど、さすがにあのときとは違う。
「凄いな……」
という有紗さんの呟きが聞こえてくる。確かに凄い歌声だ。いつまでも聴き続けたい。
そんなことを考えていたら、あっという間に美来の歌唱が終わってしまった。もっと聴いていたかったのにな。
しかし、それは周りの人も同じように思っているのか、美来の歌唱が終わってすぐに大きな歓声と拍手が巻き起こった。僕と有紗さんも歌声を聴かせてくれた美来に感謝と称賛の拍手を贈った。
「凄かったわね、智也君」
「そうですね」
これまでの中で一番良かったんじゃないだろうか。
その後も高校生達が歌唱を行なっていく。どの子も上手だったので、誰が本選に進むのかいい意味で分からないな。
全ての参加者の歌唱が終わり、予選通過者が発表される。天羽女子の生徒は……新藤花音と神山乃愛、そして朝比奈美来の名前があった。
「美来ちゃんの名前があったよ!」
「ありましたね! 天羽女子の生徒は美来を含めて3人が本選に進みますね」
本選は10月だったかな。その日は今日みたいに有休を取って美来を応援しに行こう。
ホールを出てロビーの方に向かうと、美来を含めた天羽女子の生徒が見えた。
「美来」
「智也さん!」
すると、美来は僕達のところにやってきて、僕のことをぎゅっと抱きしめてきた。
「智也さん、私、予選を通過できました!」
「おめでとう。美来、凄かったよ」
「おめでとう、美来ちゃん」
「ありがとうございます!」
美来はとても嬉しそうな表情をしながら僕にキスしてきた。もう、みんながいるのに。予選を通過したのが嬉しすぎてキスせずにはいられなかったのかな。
「美来ちゃん、さすがに彼氏さんの前では甘えん坊さんになるのね」
「美来は氷室さんの話になるとウキウキするもんね」
気付けば、予選を通過した新藤さんと乃愛ちゃんが僕達のところにやってくる。
「ごめんなさい、智也さんのことを見たらつい。あっ、紹介しますね。こちらが私の恋人の氷室智也さん。友人の月村有紗さんです。智也さん、こちらの黒髪の方が声楽部部長の新藤花音先輩、そして茶髪の子が神山乃愛ちゃんです」
「初めまして、氷室智也です。美来がお世話になっています」
「月村有紗です、よろしくね」
「初めまして、神山乃愛です。今月に入ってから色々とご迷惑を掛けました」
「いえいえ」
美来からは元気いっぱいの女の子と聞いていたけど、意外と大人しい感じが。僕や有紗さんの前だからかな。
「初めまして、声楽部部長の新藤花音です。今日は応援ありがとうございました。今年は3人、予選を通過することができました」
「予選通過おめでとう。3人もそうだけれど、みんなの歌声、とても素敵だったよ」
「そうだったね、智也君。本選も楽しみにしているよ。そのときもまた有休取って応援しに行くね。あと、智也君……美来ちゃんの番になったとき、緊張しすぎてあたしの手をぎゅっと握ってきたよね」
「えっ、そうだったんですか? 智也さんったら可愛いですね」
美来ったら、ニヤニヤしながら僕のことを見て。
「恋人心というか、親心というか……緊張しちゃったんだよ」
「そうなんですか。智也さんって普段は落ち着いていますから、そういうことで緊張するなんて意外です」
ふふっ、と美来は楽しそうに笑っている。しばらくの間、このことでからかわれそうだな。今はとりあえず話題を変えないと。
「……あっ」
遠くの方に月が丘高校の制服を着た女の子達が見える。顧問の片倉さんの姿も。
「美来、そういえば……月が丘高校の生徒もこのコンクールに参加していたよね。その……大丈夫だった?」
「参加していましたね。参加者の控え室でちょっと話しました。今回のコンクールに参加できたのは、私へのいじめに関わっていなかった生徒だけでしたし、片倉先生もいい先生ですから大丈夫でしたよ。むしろ、あのときは何もできずにごめんなさいって謝られました」
「そうだったんだ……」
やっぱり、控え室とかで会っていたんだ。声楽部の方はクラスに比べれば酷くはなかったし、顧問の先生もしっかりと対応していたので大丈夫だったんだな。
「花音先輩や乃愛ちゃん達の前で話したので、天羽女子の生徒全員の発表が終わってから月が丘で受けたいじめのことを話しました。そうしたら、みんな……温かい言葉と抱擁で私のことを包んでくれました」
「……そうか。良かったね」
嬉しそうに笑顔を浮かべる美来と、そんな彼女に温かい視線を送る乃愛ちゃんや花音ちゃんを見て安心した。
「私、天羽女子でなら楽しい高校生活を送ることができそうです。2学期に入って早々にゴタゴタしましたけど、周りの人達が支えてくれたので」
「良かったよ、そういう場所が見つかって」
「はい!」
どうやら、美来は今回のことで、完全に高校生活の再スタートを切ることができたようだ。きっと、天羽女子高校が美来の母校になるだろう。
「本選も頑張りますね!」
「うん、応援しているよ。本選も今日みたいに会場に応援しに行くね」
「ありがとうございます。より頑張れそうです」
美来達のためにも本選の日程を確認して、早いうちに有休を取得しないと。
「智也さん」
「うん?」
「今週末は3連休なので、その……1日くらいはどこかにお出かけしたいなと思っているのですが」
「そういえば、来週の月曜日は敬老の日でお休みだったね」
大学時代は月曜日が祝日でも講義があることが多かったので、祝日となっている月曜日はお休みという感覚が薄れていた。
「桜花駅の周りはたくさんお店がありますし、映画館もありますので色々と行ってみたいです!」
「引っ越してまだ1ヶ月くらいだもんね」
「そうですよ。これまであまり行くことができていなかったなと思いまして。有紗さんとも一緒に回ってみたいです」
「桜花駅の周り、色々なお店があるもんね。大学の友達と遊びに行く日もあるけれど、予定が空いている日もあるから、そのときは3人で一緒に行こうか」
どこかにお出かけしたいというから、日帰り旅行でもしたいのかと思ったけれど。
ただ、桜花駅の周りを美来と一緒にあまり散策していなかったので、週末の3連休の間に好きなお店やスポットを見つけることにするか。桃花ちゃんと仁実ちゃんがアルバイトしている喫茶店にも行ってみたいな。
「あと、智也さん。予選を通過したので、ご褒美のキスをしてほしいです」
「……さっき、キスしなかったっけ」
「あれは私の方から勢いでしただけです! 智也さんからしてほしいなって」
見つめられながらお願いされたら断るわけにはいかない。
「……分かった。予選通過おめでとう」
美来のことを抱きしめて、彼女にキスした。周りに人がいるので恥ずかしいけど、キスすると心が温まるからいいな。
「んっ……」
美来ったら、人前だから唇を触れているだけなのに可愛らしい声を出さないでほしいよ。段々と気持ちが高ぶってきちゃうじゃないか。
「なるほど。美来ちゃんがいい声を出せるのは彼氏さんにありそうだね」
「花音ちゃんもそう思う?」
案の定、周りから色々と言われてしまっているし。
「美来、今はこのくらいにしておこうね。周りの目っていうのもあるから」
「分かりました。では、お楽しみはお家まで取っておきますね」
ふふっ、と美来は普段通りに可愛らしく笑う。僕とのキスには慣れているから、こういうところでしてもあまり恥ずかしくないのかな。
「じゃあ、氷室さんとのキスが終わったところで、そろそろ帰ろうか」
「そうですね。智也さん、有紗さん……帰りましょうか」
僕らは予選会場のコンサートホールを後にした。
今日、ここで楽しそうに歌っている美来の姿を見たことで、僕と美来は本当の意味で新しい生活を始めることができたのだと思った。美来はもうすっかりと私立天羽女子高等学校の生徒だ。こんなにも素敵な子達に囲まれて、楽しそうにしているんだから。
「美来」
「はい、何ですか?」
「美来はもうすっかりと天羽女子の生徒だなって。楽しそうで何よりだよ」
「ここにいる声楽部のみなさんやクラスメイトのおかげです。でも、何よりも智也さんが側にいてくれるからですよ!」
美来はぎゅっと僕のことを抱きしめてきた。僕も美来が側にいてくれるから大変なこともあるけれど楽しいよ。美来と一緒に、いつまでもこの温もりを感じることができるようにこれからも頑張っていこう。
続編-螺旋百合- おわり
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