アリア

桜庭かなめ

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続編-螺旋百合-

第41話『愛しき夜』

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『乃愛ちゃん、玲奈先輩と付き合うことになりました!』

『私にとっても、今回のことが解決できました』


 それらのメッセージが美来から届いたのは、僕の乗っている電車が桜花駅に到着しようとしたときだった。

「……良かったね、みんな」

 2人が付き合うことになったことはもちろんだけれど、それ以上に美来にとって今回のことが解決できたことが嬉しかった。先週の金曜日の美来はとても落ち込んでいたから。これで一件落着かな。
 また、美来は亜依ちゃんと一緒に電車に乗ったというメッセージも届いたので、今日も僕が夕飯を作ると返信しておいた。

「さてと、今日は何を作ろうかな……」

 昨日は温かい塩鍋だったから、今日は冷たい料理にするのもいいかな。今日も残暑が厳しかったし。
 桜花駅に到着し、昨日と同じようにマンションの近くのスーパーに立ち寄る。

「おっ、豚バラ肉が安くなってる」

 あと、野菜だときゅうり、ブロッコリー、サニーレタスとかも安いな。

「……冷しゃぶにしよう」

 肉も野菜もたくさん食べられるし、ドレッシングを変えれば色々な味も楽しめる。今日みたいな暑い日にもいい。
 材料を買って帰宅する。部屋着に着替え、お風呂と夕食の準備をする。

「美来もこういう感じだったのかな……」

 8月の間、僕が仕事から帰ってくると、いつも夕飯の美味しそうな匂いがする中、彼女は笑顔で出迎えてくれた。こうして料理を作ったりしていていると、その有り難さが身に沁みる。
 そういえば、美来が参加する声楽コンクールの予選は来週の水曜日と木曜日だったな。美来は木曜日の方に出場する。ちゃんと有休を取得することができたので、美来のことを応援しに行こう。有紗さんと一緒に。

「……よし、これで完成だな」

 美来が返ってくるまで冷蔵庫の中に冷しゃぶを――。

「ただいま~」

 玄関の方から美来の声が聞こえてきた。
 玄関に行くと、そこには嬉しそうな笑みを浮かべている美来がいた。普段の美来に戻ったんだなと思えて安心する。

「おかえり、美来。まずはご飯にする? それとも、今日は暑かったからシャワーで汗でも流す?」
「まずはご飯にしたいと思います。その後に智也さんとゆっくりお風呂に入りたいです」
「うん、分かった」
「それにしても、まさか智也さんから、ご飯にするか、お風呂にするかを訊かれるときが来るなんて。一番は智也さんなんですけどね」

 美来、とても嬉しそうだな。思い返せば、僕が仕事から帰ってくると大半は美来がご飯か、お風呂か、自分のどれかを選ばせていたっけ。僕は決まってご飯にするんだけどね。

「智也さん、今日の夕ご飯は何ですか?」
「昨日は温かいものを食べたからね。今日は冷しゃぶだよ」
「冷しゃぶですか! いいですね」
「さっ、着替えておいで。準備をしておくから」
「分かりました」

 こうしたやり取りをしていると、本当に普段と逆だ。でも、コンクールが終わるまでは美来も今日みたいに遅い日はあるだろうし、生活面でしっかりとサポートしていこう。
 美来と一緒に夕飯を食べながら、乃愛ちゃんと玲奈ちゃんの話を聞いた。

「玲奈ちゃんは自分の気持ちに向き合って、乃愛ちゃんに気持ちを伝えることができたんだね」
「はい。そのときの2人を見ていたら、まるで私が告白されたかのようにドキドキして。ただ、とても微笑ましい光景で心がとても温かくなりました」
「そっか。そう思えるのはきっと、美来が2人のことを大切に想っているからじゃないかな。それにしても、みんなにとっていい結果になったようで良かったよ」

 乃愛ちゃんと玲奈ちゃんならきっと幸せな関係を築いていくことができるだろう。といっても、乃愛ちゃんとは一度も会ったことがないけれども。明るくて活発な女の子であることは聞いている。

「本当に良かったです。乃愛ちゃんと仲直りができて、私に向かって笑顔を見せてくれたとき、私にとっても今回のことが解決したって思えたんです。またこれで、いつもの日々を乃愛ちゃんと一緒に送ることができると思って」

 乃愛ちゃんが幸せな道を見つけるのを見届け、彼女と再び一緒の高校生活を送り始めることが美来にとっての解決だったのかな。

「玲奈先輩、昨日の夜に智也さんと色々と話したおかげで、心の整理をきちんとすることができたと言っていました。本当にありがとうございました」
「僕はただ、思ったことを言っただけだよ。あとは、つい最近あったことをね」

 僕が話したことに登場した桃花ちゃんと仁実ちゃんは、今頃どうしているだろうか。僕と美来のように家で楽しく話しているのかな。

「それに、乃愛ちゃんも玲奈ちゃんも、美来達が側で見守っていることに安心できたんじゃないかな」
「そうだと嬉しいです。ただ、告白やキスを目の前で見ると何だか恥ずかしいですね。自分も智也さんとこんな感じにしているのかなって……」

 美来は頬を紅潮させながら笑顔を見せる。僕に2度のプロポーズをして、特に2人きりのときは、キスはもちろんのこと、その先のことまでおねだりする女の子だ。そんな彼女でも、誰かがキスをするところを見ると恥ずかしがるのか。

「ははっ、可愛いね、美来は。美来の大胆さと強引さには驚くこともあるけれど、そういうところも大好きだよ」
「あ、ありがとうございます。その……自分でもセーブしなければならないときがあるのは分かってはいるんですけど、欲望のままに動いてしまうこともあったと反省しています。ですから、今も……大好きだって言われて、冷しゃぶよりも智也さんのことを食べたいと思っているのですが必死に我慢しています」
「なるほどね」

 欲望を口にしてしまっているけど、行動に移さず我慢しているので美来も少しずつ成長しているということにしよう。

「じゃあ、夕食を食べたら一緒にお風呂に入って、ベッドで色々なことをしようか」
「いいんですか? 明日も仕事がありますが……」
「今朝、美来が言っていたじゃない。近いうちにしたいって。それに、乃愛ちゃんと玲奈ちゃんの話を聞いたら、今夜は特に美来と濃い時間を過ごしたいなって思ったんだ。ダメ……かな?」

 もちろん、美来は明日も学校があるし、声楽コンクールの予選も来週に控えているので、彼女が遠慮したいのであればそれでもかまわないと思っている。

「ダメなわけがありません! もちろん、明日も平日ですから、それは考慮したいと思います。私も乃愛ちゃんと玲奈先輩の告白とキスを見たときから、今夜は智也さんと色々なことをしたいと思っていました。あとは智也さんに言葉だけじゃなく、様々な形でお礼ができればいいなと……」
「お礼?」
「はい。今回のことで、私のことを献身的に支えてくれましたし、玲奈先輩にも色々とアドバイスをしましたから……智也さんがいなければ、こんなに早く円満な解決はできなかったと思っています」

 とても真剣な表情で美来はそう言ってくれる。
 僕はただ、その時に起こっている状況に対して、僕なりに向き合ってきただけ。それでも、僕のおかげで円満に解決できたと言われると嬉しいな。

「そうか。僕もこんなに早く美来の笑顔を見ることができて嬉しいよ。これからも色々なことがあるかもしれないけれど、今回みたいに周りの人に頼っていいからね」
「はい」
「さあ、冷めない……ことはないんだな。残りの冷しゃぶを食べて、ゆっくりと2人きりの時間を過ごそうか」
「ふふっ、そうですね」

 そんな会話をして、再び夕食を食べるけれど、心なしかさっきよりも美味しく感じられた。
 夕ご飯を食べ終わり、後片付けも済ませると、僕らは一緒にお風呂に入って心と体を温めた。
 お風呂から出ると、美来に手を引かれてそのままベッドに入り、深く、優しく愛し合う。夏の暑さが残る時期だけれど、美来から伝わる温もりはとても心地よく感じられた。美来の匂いや柔らかさを感じると凄く安心できる。いつもの時間が戻ってきたんだと思った気がして。

「……たくさん愛し合うことができましたね」
「そうだね。今日の美来はいつも以上に甘え方が凄かったな」
「知り合いのディープキスを間近で見ちゃいましたから、それに触発されて」
「ははっ、そんな風に言われるとどんな感じだったのか気になるな」
「こんな感じですよ」

 そう言って、美来は僕にキスしてきて、激しく舌を絡ませてくる。ちょっと厭らしい音を立てながら。

「……ふうっ、これを見たんです」
「な、なるほどね」

 今のことでディープキスの凄さは分かったけど、僕はその様子を見たらどうなるかが気になっているんだ。ただ、美来達が見た乃愛ちゃんと玲奈ちゃんのキスは僕らのようにきっと心が温まり、ドキドキするものだっただろう。

「智也さんのおかげでたくさん元気をもらいました。来週のコンクール予選、必ず突破したいと思います」
「うん。無理せずに頑張ってね。声楽って体全体で歌うっていうイメージがあるからさ」
「そうですね。部長も同じようなことを言っていました。元気な心と体があってこそいい声が出せるんじゃないかって……」
「何事も心と体が元気なことが大切だよね。だからこそ、疲れを感じたらゆっくりと休んでね。僕も色々とサポートしていくから」
「ありがとうございます」

 美来は約束という意味を込めてなのかキスしてくる。これが何度目なのか分からないけど、美来の唇と触れる度に安らぎと愛おしさをもたらしてくれるのだ。

「……何だか眠くなってきちゃいました」
「僕も眠くなってきたな。明日も仕事や学校があるし、今日はもう寝ようか」
「そうですね」

 ベッドの中で美来と色々なことをしたから僕も眠い。ベッドの温もりと美来の匂いで眠気がどんどん増してきている。
 美来と寄り添って、優しい温もりを感じながら眠りにつくのであった。
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