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続編-螺旋百合-
第38話『好きには好きを』
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夕食の後片付けは美来が行なうことに。
僕は亜依ちゃんや玲奈ちゃんと一緒に食後のコーヒーを飲んでいる。2人は紅茶よりもコーヒーの方が好きとのこと。
「美味しいですね。そういえば、始業式の日に、美来ちゃんと喫茶店でお昼ご飯を食べたんですけど、どうすればコーヒーを飲むことができるのか相談されました」
「美来はコーヒーが苦手だからね。砂糖やミルクをたっぷり入れて何度かチャレンジをしているけれど、なかなか飲めないみたいで……」
ただ、僕と口づけをしたときに感じるコーヒーの味や匂いは大好きらしい。そういえば、前に口移しで飲ませたときは普通に飲めていたような。
「ちなみに、朝比奈さんは緑茶って好きなのでしょうか? 私、茶道部なので、いつかは彼女のためにお抹茶を点てたいと考えていまして……」
玲奈ちゃん、茶道部なんだ。亜依ちゃんっていう茶道部に似合う雰囲気の子が隣にいるからか意外に思える。
「好きだと思うよ。こうした食後の一服のとき、たまに日本茶を飲むし」
「そうなのですか」
嬉しそうな表情を浮かべる玲奈ちゃん。
「ふう、後片付け終わりました」
「お疲れ様、美来」
「ありがとうございます。お風呂の準備もできていますけどどうしますか?」
「僕はもちろん最後でいいから、順番は3人で決めてくれるかな」
普段は美来と一緒に入ることが多いけれど、亜依ちゃんと玲奈ちゃんが泊まりに来ているので、さすがに今日は僕1人で入ることになるかな。
「どのくらいの大きさなのかは分かりませんが、せっかく泊まりに来たのです。美来ちゃんと玲奈先輩と私の3人で入るのはどうでしょうか?」
「……あうっ」
玲奈ちゃんはそんな可愛らしい声を上げると、顔を真っ赤にする。
「わ、私はいいよ! 佐々木さんの気持ちは嬉しいけど、私、1人で入るのが好きだから! 朝比奈さんと佐々木さんの2人でゆっくり入ってきて!」
そうは言うけど、単に美来と裸を見せ合うのが恥ずかしいだけのような。美来のことが好きだし、一緒にお風呂に入ったらどうにかなっちゃいそうだとか。……女の子のそういう気持ちを考えちゃダメか。
「玲奈先輩がそう言うのであれば、美来ちゃんと2人きりで入りましょう」
「そうだね、亜依ちゃん。では、一番風呂をいただきますね」
「うん、ゆっくり入ってきてね」
「ご、ごゆっくり~」
そう言うと、美来と亜依ちゃんはリビングを後にした。そういえば、寝間着とかは……美来の服を着てもらえば大丈夫か。Tシャツやパーカーでいいなら僕のを貸すことにしよう。
僕と2人きりになったからか、玲奈ちゃん……時々、僕のことを見ながらコーヒーを口に飲んでいる。彼女のスマホはテーブルの上にあるけれど、弄るようなことはしていないので、きっと彼女も僕と何を話そうか迷っているんだろう。
「氷室さん。美来ちゃんと2人でお風呂に入ることってあるんですか?」
突然、玲奈ちゃんはそんな問いかけをしてきた。
「……同棲してからは一緒に入ることの方が多いね」
普通に答えちゃったけど、美来のことを考えたらごまかした方が良かったかもしれない。
「……あの、氷室さん」
「うん?」
「朝比奈さんや佐々木さんから聞いているかもしれませんが、実は私……朝比奈さんのことが好きなんです!」
きっと勇気を振り絞ったのだろう。玲奈ちゃん、真剣な表情をして僕に告白してきた。こうやって言われると、嫌な気持ちが全然生まれないな。
「先週末に美来から話は聞いたよ。金曜日に色々とあったそうだね」
「……はい。妹の乃愛も悪くないし、もちろん朝比奈さんも悪くないです。朝比奈さんのことが好きな私のせいで、2人のことを傷つけてたくさん迷惑を掛けてしまいました」
玲奈ちゃんの眼からは涙が流れる。
「妹が勇気を出して私を好きだと告白してくれて。私も同じ気持ちなんですけど、女の子同士で……ましてや実の姉妹同士で付き合うことになったら、乃愛に辛い目をたくさん遭わせてしまいそうな気がして怖いんです」
「……なるほど。そうか……」
LGBTについては少しずつ理解され始めている印象はあるけど、それでも本人にとっては様々な理由で怖い気持ちが生まれてしまうのだろう。好きになった相手が実の妹ということで、御両親の心情とかも考えているのかも。それらのことを気にせずに好きになれる環境作りが必要なんだろうな。
「妹さん……乃愛ちゃんのことが好きなんだね」
「……はい」
「どのくらい好き?」
「姉妹としてだけじゃなくて、恋人にしたいくらいに好きです。ずっと、乃愛と一緒に生きていきたいなって」
色々とあっても、乃愛ちゃんのことを話すときには明るい表情になる。それだけ乃愛ちゃんのことが好きであることを伺わせる。
「そうなんだね。でも、美来のことも好きなんだよね」
「……はい。乃愛への気持ちを押えるために、他の人を好きになろうと思いました。6月の終わり頃だったでしょうか。転入してきた朝比奈さんの姿を一目見た瞬間、彼女に心を奪われました。彼女の姿を見ると、乃愛のことを忘れるくらいに好きになって。名前までは知りませんでしたが、結婚前提の恋人がいることは知っていました。それでも、私も恋人になりたいなって思うくらいまで好きになりました」
「……美来は魅力的な女の子だからね」
乃愛ちゃんのことが好きだからこそ、他の人を好きになろうと考えたのか。妹とは付き合えないと断るよりは、他に好きな人がいるからという理由の方がいいと思ったのかな。本気でそう思えるのが美来だったと。
「でも、家に帰ってきて、氷室さんのことを見る朝比奈さんの笑顔を見たとき、氷室さんには敵わないなって思いました」
そう言うと、玲奈ちゃんは切なげな笑みを浮かべながら僕のことを見つめてくる。
「その笑顔は学校では見たことのない、一番可愛らしい笑顔でした。これが恋人である氷室さんの力なんだって思いました。きっと、学校で見せることがあっても、それは氷室さんのことを思い浮かべているときじゃないかと思います」
「……恋人として誇らしいよ」
そうか、美来は僕のことを見るときの顔が一番可愛いのか。何か嬉しいな。普段から美来の側にいて、いつも可愛いと思っているから全然気付かなかった。
「それなら、玲奈ちゃんにも同じことが言えるよ。美来のことを話すときの顔は可愛い。でも、乃愛ちゃんのことを話すときの顔はもっと可愛いと思ったよ」
「そ、そうですか……?」
玲奈ちゃんは頬を赤くし、恥ずかしいのか視線をちらつかせる。
「それだけ、乃愛ちゃんのことが好きってことなんじゃないかな」
「……やっぱり、そうなんですよね」
すると、玲奈ちゃんは僕のことを再び見つめ、
「きっと、どんなに素敵な人が現れても、乃愛よりも好きになることはできないんだと思います。だから、乃愛への好意を抑えることはどうしてもできないんです」
はにかみながらもしっかりとそう言ったのだ。
「それが分かった今、とても怖い気持ちでいっぱいで。自分の家に戻ったら、多分、乃愛がいて……乃愛のことを私の中に引きずり込んでしまいそうで」
自分の中に引きずり込む……つまり、乃愛ちゃんへの愛情に乃愛ちゃん自身を浸らせてしまうってことかな。そのことで、彼女に辛い想いをさせてしまうのではないのかと恐れているのだろう。
「玲奈ちゃん」
「はい」
「これは僕の考えだ。参考程度に聞いてくれればいいよ。玲奈ちゃんは妹の乃愛ちゃんのことが女性として好きになっている。そして、乃愛ちゃんも玲奈ちゃんのことが女性として好きで、付き合いたいと告白した。2人の気持ちは見事に重なっている。それは、付き合う上で一番大事なことなんじゃないかって思うんだよ」
姉妹という関係を除けば、桃花ちゃんと仁実ちゃんのときと似ている。
「知り合いの中に、最近、付き合い始めた女の子同士のカップルがいるんだ。その2人は幼なじみで、大学進学を機に離ればなれになっていた。そのうちの1人は僕の従妹なんだけど。従妹は夏休みになって、その子に告白するためにここにやってきた」
「そうなんですか?」
「うん。まあ、僕とも10年くらい会っていなかったから、それも兼ねてね。従妹は久しぶりに会った幼なじみの女の子と告白したんだ。ただ、その子は玲奈ちゃんのように、恋人になりたいとは思っているけれど、女の子同士で付き合うことで従妹に辛い想いをさせちゃうんじゃないかって不安になっていたんだ。幼なじみのままでいいんじゃないかって言ったそうだよ」
そう、乃愛ちゃんが桃花ちゃん。玲奈ちゃんが仁実ちゃんの立場だ。ただ、神山姉妹の場合は乃愛ちゃんが告白したけど、恋人という関係になることを躊躇い、距離ができてしまった状況になっている。
「それで、2人はどうして付き合うようになったんですか?」
いつしか、玲奈ちゃんは真剣な表情になっていた。この様子なら、何とかなりそうな気がする。
「辛いことはあるかもしれない。そうしたら、そのときはゆっくりと一緒に考えよう。2人でも無理そうなら、周りの人に相談したり、助けを借りたりしよう。それでいいじゃないかって従妹が言って、幼なじみの子は気持ちが軽くなったのかな。それで付き合うことになったんだ」
本質としては桃花ちゃんと仁実ちゃんのときと同じで、相手のことをとても大切に想っているからこそ、深い関係に踏み込むことができない。自分のせいで相手が辛い目に遭ったら、自分で救うことができないかもしれないと思い込んでいるんだ。
「どんなにゆっくりでもかまわない。乃愛ちゃんに一度、心から向き合ってみるといいんじゃないかなって思ってる。乃愛ちゃんが金曜日、玲奈ちゃんと向き合ったように。1人で無理なら、乃愛ちゃんのように親友が側にいてもらえばいいと思うよ」
気持ちが重なっていると分かっている今、それが玲奈ちゃんのやるべきことじゃないかと僕は考えている。そのやり方は既に、妹の乃愛ちゃんが先週の金曜日に教えてくれているんだ。
「……今でも幼さが残る妹ですけど、恋に関しては私よりもよっぽど大人ですね」
「そうかもね。僕も、恋のことなら美来の方がよっぽど大人だと思っているよ。彼女は10年も僕のことを結婚したいほどに想い続けていた。出会ったばかりにプロポーズをして、10年間も離れて、またプロポーズをして再会する。これはなかなかできないことだと思ってる。そして、僕は本当に美来から愛されていると思う。玲奈ちゃんが僕に美来のことが好きだと言ったから、はっきり言っておくよ。僕は誰にも美来のことを渡さない。それを覚えておいてくれるかな」
有紗さんや桃花ちゃんと一緒にいるとき、たまに美来が不機嫌そうな表情で見るときがあるけど、その気持ちが分かったような気がする。
「もちろんです、氷室さん。今思えば、本当に失礼なことを言ったと思っています。申し訳ありませんでした」
「謝る必要なんて全然ないよ。怒ってないし。ただ、美来が僕を結婚したいくらいに好きであるように、僕も美来のことが結婚したいくらいに好きだっていうことと、そんな僕らの関係が、そう簡単になくならないんだってことを言っておきたかったんだ」
何だか、玲奈ちゃんに告白しているような感じがして恥ずかしくなってきたよ。
「……朝比奈さんが素敵な笑顔を見せる理由が分かったような気がします。あと、乃愛に対してどうすればいいのか、氷室さんの言葉で少しずつ見え始めてきました」
「いつか、答えが見つかるといいね」
とは言いつつも、きっとすぐに見つかることだろう。玲奈ちゃん、いい笑顔になっているし。
「私も、結婚したいくらいに智也さんのことが大好きですよ!」
「……えっ?」
すると、廊下に続く扉のすぐ近くに寝間着姿の美来がうっとりとした表情をして立っていた。そんな彼女のことをすぐ側から、寝間着姿の亜依ちゃんが優しい笑顔をして見ている。
「私は誰にも智也さんのことは渡しません!」
「……話、聞いていたんだね」
あぁ、恥ずかしい。体が熱すぎるので、今日はシャワーだけにしようかな。
「ちなみに2人はどこら辺から聞いていたのかな」
「恋のことなら美来ちゃんの方がよっぽど大人だというところからです。氷室さんの素敵な言葉を聞いて、美来ちゃんとっても興奮していましたよ」
「そ、そうなんだ」
僕に気付かれずに姿を見たり、会話を聞いていたりするのは美来の得意とすることだけど。盗み聞きは……よろしくないな。
「智也さん、今なら……智也さんとの愛を形に残すことができる自信があります!」
「今は亜依ちゃんや玲奈ちゃんがいるんだ! 自信があっても言うんじゃありません!」
「智也さんがあんなに素敵なことを言ったんですよ! それを聞いたら、智也さんへの愛がどうしようもなく溢れてきちゃうんです!」
「……玲奈ちゃん、このくらいに僕に対する美来の愛情は深いんだ」
「……氷室さんには敵わないことが本当によく分かりました」
うんうん、と玲奈ちゃんは頷いている。
「さっ、美来。お願いがあるんだ。これから玲奈ちゃんにお風呂へと案内してほしい。そして、寝間着とかも用意してあげて」
「分かりました! では、玲奈先輩、行きましょう!」
「う、うん」
張り切った様子の美来は玲奈ちゃんの手を引っ張ってリビングを後にした。
「何だか、さすがは氷室さんという感じです」
「……そんなことないよ。こういったところもあるけれど、これからも美来と仲良くしてくれると嬉しい」
「もちろんです。美来ちゃん、本当にかわいいです」
亜依ちゃん、とても楽しそうな笑顔を浮かべている。良かったよ、今の美来の様子を見て引くようなことにならずに済んで。
その後、玲奈ちゃんの後に僕がお風呂に入った。さすがに亜依ちゃんと玲奈ちゃんがいるからか、美来がお風呂に入ってくるようなことはなく。
僕がお風呂から出た頃には、みんな眠くなってきたいうことで寝ることに。部屋割りはすぐに決まり、僕と美来は普段通り寝室のベッドで眠り、亜依ちゃんと玲奈ちゃんはリビングに敷いたふとんで眠ることに。
寝室で2人きりになり、自分がお風呂から出てきたときに聞いた僕の言葉がとても嬉しかったのか、美来はしっかりと腕枕をしてきて、眠りにつくまでに数え切れないくらいのキスをしてきたのであった。
僕は亜依ちゃんや玲奈ちゃんと一緒に食後のコーヒーを飲んでいる。2人は紅茶よりもコーヒーの方が好きとのこと。
「美味しいですね。そういえば、始業式の日に、美来ちゃんと喫茶店でお昼ご飯を食べたんですけど、どうすればコーヒーを飲むことができるのか相談されました」
「美来はコーヒーが苦手だからね。砂糖やミルクをたっぷり入れて何度かチャレンジをしているけれど、なかなか飲めないみたいで……」
ただ、僕と口づけをしたときに感じるコーヒーの味や匂いは大好きらしい。そういえば、前に口移しで飲ませたときは普通に飲めていたような。
「ちなみに、朝比奈さんは緑茶って好きなのでしょうか? 私、茶道部なので、いつかは彼女のためにお抹茶を点てたいと考えていまして……」
玲奈ちゃん、茶道部なんだ。亜依ちゃんっていう茶道部に似合う雰囲気の子が隣にいるからか意外に思える。
「好きだと思うよ。こうした食後の一服のとき、たまに日本茶を飲むし」
「そうなのですか」
嬉しそうな表情を浮かべる玲奈ちゃん。
「ふう、後片付け終わりました」
「お疲れ様、美来」
「ありがとうございます。お風呂の準備もできていますけどどうしますか?」
「僕はもちろん最後でいいから、順番は3人で決めてくれるかな」
普段は美来と一緒に入ることが多いけれど、亜依ちゃんと玲奈ちゃんが泊まりに来ているので、さすがに今日は僕1人で入ることになるかな。
「どのくらいの大きさなのかは分かりませんが、せっかく泊まりに来たのです。美来ちゃんと玲奈先輩と私の3人で入るのはどうでしょうか?」
「……あうっ」
玲奈ちゃんはそんな可愛らしい声を上げると、顔を真っ赤にする。
「わ、私はいいよ! 佐々木さんの気持ちは嬉しいけど、私、1人で入るのが好きだから! 朝比奈さんと佐々木さんの2人でゆっくり入ってきて!」
そうは言うけど、単に美来と裸を見せ合うのが恥ずかしいだけのような。美来のことが好きだし、一緒にお風呂に入ったらどうにかなっちゃいそうだとか。……女の子のそういう気持ちを考えちゃダメか。
「玲奈先輩がそう言うのであれば、美来ちゃんと2人きりで入りましょう」
「そうだね、亜依ちゃん。では、一番風呂をいただきますね」
「うん、ゆっくり入ってきてね」
「ご、ごゆっくり~」
そう言うと、美来と亜依ちゃんはリビングを後にした。そういえば、寝間着とかは……美来の服を着てもらえば大丈夫か。Tシャツやパーカーでいいなら僕のを貸すことにしよう。
僕と2人きりになったからか、玲奈ちゃん……時々、僕のことを見ながらコーヒーを口に飲んでいる。彼女のスマホはテーブルの上にあるけれど、弄るようなことはしていないので、きっと彼女も僕と何を話そうか迷っているんだろう。
「氷室さん。美来ちゃんと2人でお風呂に入ることってあるんですか?」
突然、玲奈ちゃんはそんな問いかけをしてきた。
「……同棲してからは一緒に入ることの方が多いね」
普通に答えちゃったけど、美来のことを考えたらごまかした方が良かったかもしれない。
「……あの、氷室さん」
「うん?」
「朝比奈さんや佐々木さんから聞いているかもしれませんが、実は私……朝比奈さんのことが好きなんです!」
きっと勇気を振り絞ったのだろう。玲奈ちゃん、真剣な表情をして僕に告白してきた。こうやって言われると、嫌な気持ちが全然生まれないな。
「先週末に美来から話は聞いたよ。金曜日に色々とあったそうだね」
「……はい。妹の乃愛も悪くないし、もちろん朝比奈さんも悪くないです。朝比奈さんのことが好きな私のせいで、2人のことを傷つけてたくさん迷惑を掛けてしまいました」
玲奈ちゃんの眼からは涙が流れる。
「妹が勇気を出して私を好きだと告白してくれて。私も同じ気持ちなんですけど、女の子同士で……ましてや実の姉妹同士で付き合うことになったら、乃愛に辛い目をたくさん遭わせてしまいそうな気がして怖いんです」
「……なるほど。そうか……」
LGBTについては少しずつ理解され始めている印象はあるけど、それでも本人にとっては様々な理由で怖い気持ちが生まれてしまうのだろう。好きになった相手が実の妹ということで、御両親の心情とかも考えているのかも。それらのことを気にせずに好きになれる環境作りが必要なんだろうな。
「妹さん……乃愛ちゃんのことが好きなんだね」
「……はい」
「どのくらい好き?」
「姉妹としてだけじゃなくて、恋人にしたいくらいに好きです。ずっと、乃愛と一緒に生きていきたいなって」
色々とあっても、乃愛ちゃんのことを話すときには明るい表情になる。それだけ乃愛ちゃんのことが好きであることを伺わせる。
「そうなんだね。でも、美来のことも好きなんだよね」
「……はい。乃愛への気持ちを押えるために、他の人を好きになろうと思いました。6月の終わり頃だったでしょうか。転入してきた朝比奈さんの姿を一目見た瞬間、彼女に心を奪われました。彼女の姿を見ると、乃愛のことを忘れるくらいに好きになって。名前までは知りませんでしたが、結婚前提の恋人がいることは知っていました。それでも、私も恋人になりたいなって思うくらいまで好きになりました」
「……美来は魅力的な女の子だからね」
乃愛ちゃんのことが好きだからこそ、他の人を好きになろうと考えたのか。妹とは付き合えないと断るよりは、他に好きな人がいるからという理由の方がいいと思ったのかな。本気でそう思えるのが美来だったと。
「でも、家に帰ってきて、氷室さんのことを見る朝比奈さんの笑顔を見たとき、氷室さんには敵わないなって思いました」
そう言うと、玲奈ちゃんは切なげな笑みを浮かべながら僕のことを見つめてくる。
「その笑顔は学校では見たことのない、一番可愛らしい笑顔でした。これが恋人である氷室さんの力なんだって思いました。きっと、学校で見せることがあっても、それは氷室さんのことを思い浮かべているときじゃないかと思います」
「……恋人として誇らしいよ」
そうか、美来は僕のことを見るときの顔が一番可愛いのか。何か嬉しいな。普段から美来の側にいて、いつも可愛いと思っているから全然気付かなかった。
「それなら、玲奈ちゃんにも同じことが言えるよ。美来のことを話すときの顔は可愛い。でも、乃愛ちゃんのことを話すときの顔はもっと可愛いと思ったよ」
「そ、そうですか……?」
玲奈ちゃんは頬を赤くし、恥ずかしいのか視線をちらつかせる。
「それだけ、乃愛ちゃんのことが好きってことなんじゃないかな」
「……やっぱり、そうなんですよね」
すると、玲奈ちゃんは僕のことを再び見つめ、
「きっと、どんなに素敵な人が現れても、乃愛よりも好きになることはできないんだと思います。だから、乃愛への好意を抑えることはどうしてもできないんです」
はにかみながらもしっかりとそう言ったのだ。
「それが分かった今、とても怖い気持ちでいっぱいで。自分の家に戻ったら、多分、乃愛がいて……乃愛のことを私の中に引きずり込んでしまいそうで」
自分の中に引きずり込む……つまり、乃愛ちゃんへの愛情に乃愛ちゃん自身を浸らせてしまうってことかな。そのことで、彼女に辛い想いをさせてしまうのではないのかと恐れているのだろう。
「玲奈ちゃん」
「はい」
「これは僕の考えだ。参考程度に聞いてくれればいいよ。玲奈ちゃんは妹の乃愛ちゃんのことが女性として好きになっている。そして、乃愛ちゃんも玲奈ちゃんのことが女性として好きで、付き合いたいと告白した。2人の気持ちは見事に重なっている。それは、付き合う上で一番大事なことなんじゃないかって思うんだよ」
姉妹という関係を除けば、桃花ちゃんと仁実ちゃんのときと似ている。
「知り合いの中に、最近、付き合い始めた女の子同士のカップルがいるんだ。その2人は幼なじみで、大学進学を機に離ればなれになっていた。そのうちの1人は僕の従妹なんだけど。従妹は夏休みになって、その子に告白するためにここにやってきた」
「そうなんですか?」
「うん。まあ、僕とも10年くらい会っていなかったから、それも兼ねてね。従妹は久しぶりに会った幼なじみの女の子と告白したんだ。ただ、その子は玲奈ちゃんのように、恋人になりたいとは思っているけれど、女の子同士で付き合うことで従妹に辛い想いをさせちゃうんじゃないかって不安になっていたんだ。幼なじみのままでいいんじゃないかって言ったそうだよ」
そう、乃愛ちゃんが桃花ちゃん。玲奈ちゃんが仁実ちゃんの立場だ。ただ、神山姉妹の場合は乃愛ちゃんが告白したけど、恋人という関係になることを躊躇い、距離ができてしまった状況になっている。
「それで、2人はどうして付き合うようになったんですか?」
いつしか、玲奈ちゃんは真剣な表情になっていた。この様子なら、何とかなりそうな気がする。
「辛いことはあるかもしれない。そうしたら、そのときはゆっくりと一緒に考えよう。2人でも無理そうなら、周りの人に相談したり、助けを借りたりしよう。それでいいじゃないかって従妹が言って、幼なじみの子は気持ちが軽くなったのかな。それで付き合うことになったんだ」
本質としては桃花ちゃんと仁実ちゃんのときと同じで、相手のことをとても大切に想っているからこそ、深い関係に踏み込むことができない。自分のせいで相手が辛い目に遭ったら、自分で救うことができないかもしれないと思い込んでいるんだ。
「どんなにゆっくりでもかまわない。乃愛ちゃんに一度、心から向き合ってみるといいんじゃないかなって思ってる。乃愛ちゃんが金曜日、玲奈ちゃんと向き合ったように。1人で無理なら、乃愛ちゃんのように親友が側にいてもらえばいいと思うよ」
気持ちが重なっていると分かっている今、それが玲奈ちゃんのやるべきことじゃないかと僕は考えている。そのやり方は既に、妹の乃愛ちゃんが先週の金曜日に教えてくれているんだ。
「……今でも幼さが残る妹ですけど、恋に関しては私よりもよっぽど大人ですね」
「そうかもね。僕も、恋のことなら美来の方がよっぽど大人だと思っているよ。彼女は10年も僕のことを結婚したいほどに想い続けていた。出会ったばかりにプロポーズをして、10年間も離れて、またプロポーズをして再会する。これはなかなかできないことだと思ってる。そして、僕は本当に美来から愛されていると思う。玲奈ちゃんが僕に美来のことが好きだと言ったから、はっきり言っておくよ。僕は誰にも美来のことを渡さない。それを覚えておいてくれるかな」
有紗さんや桃花ちゃんと一緒にいるとき、たまに美来が不機嫌そうな表情で見るときがあるけど、その気持ちが分かったような気がする。
「もちろんです、氷室さん。今思えば、本当に失礼なことを言ったと思っています。申し訳ありませんでした」
「謝る必要なんて全然ないよ。怒ってないし。ただ、美来が僕を結婚したいくらいに好きであるように、僕も美来のことが結婚したいくらいに好きだっていうことと、そんな僕らの関係が、そう簡単になくならないんだってことを言っておきたかったんだ」
何だか、玲奈ちゃんに告白しているような感じがして恥ずかしくなってきたよ。
「……朝比奈さんが素敵な笑顔を見せる理由が分かったような気がします。あと、乃愛に対してどうすればいいのか、氷室さんの言葉で少しずつ見え始めてきました」
「いつか、答えが見つかるといいね」
とは言いつつも、きっとすぐに見つかることだろう。玲奈ちゃん、いい笑顔になっているし。
「私も、結婚したいくらいに智也さんのことが大好きですよ!」
「……えっ?」
すると、廊下に続く扉のすぐ近くに寝間着姿の美来がうっとりとした表情をして立っていた。そんな彼女のことをすぐ側から、寝間着姿の亜依ちゃんが優しい笑顔をして見ている。
「私は誰にも智也さんのことは渡しません!」
「……話、聞いていたんだね」
あぁ、恥ずかしい。体が熱すぎるので、今日はシャワーだけにしようかな。
「ちなみに2人はどこら辺から聞いていたのかな」
「恋のことなら美来ちゃんの方がよっぽど大人だというところからです。氷室さんの素敵な言葉を聞いて、美来ちゃんとっても興奮していましたよ」
「そ、そうなんだ」
僕に気付かれずに姿を見たり、会話を聞いていたりするのは美来の得意とすることだけど。盗み聞きは……よろしくないな。
「智也さん、今なら……智也さんとの愛を形に残すことができる自信があります!」
「今は亜依ちゃんや玲奈ちゃんがいるんだ! 自信があっても言うんじゃありません!」
「智也さんがあんなに素敵なことを言ったんですよ! それを聞いたら、智也さんへの愛がどうしようもなく溢れてきちゃうんです!」
「……玲奈ちゃん、このくらいに僕に対する美来の愛情は深いんだ」
「……氷室さんには敵わないことが本当によく分かりました」
うんうん、と玲奈ちゃんは頷いている。
「さっ、美来。お願いがあるんだ。これから玲奈ちゃんにお風呂へと案内してほしい。そして、寝間着とかも用意してあげて」
「分かりました! では、玲奈先輩、行きましょう!」
「う、うん」
張り切った様子の美来は玲奈ちゃんの手を引っ張ってリビングを後にした。
「何だか、さすがは氷室さんという感じです」
「……そんなことないよ。こういったところもあるけれど、これからも美来と仲良くしてくれると嬉しい」
「もちろんです。美来ちゃん、本当にかわいいです」
亜依ちゃん、とても楽しそうな笑顔を浮かべている。良かったよ、今の美来の様子を見て引くようなことにならずに済んで。
その後、玲奈ちゃんの後に僕がお風呂に入った。さすがに亜依ちゃんと玲奈ちゃんがいるからか、美来がお風呂に入ってくるようなことはなく。
僕がお風呂から出た頃には、みんな眠くなってきたいうことで寝ることに。部屋割りはすぐに決まり、僕と美来は普段通り寝室のベッドで眠り、亜依ちゃんと玲奈ちゃんはリビングに敷いたふとんで眠ることに。
寝室で2人きりになり、自分がお風呂から出てきたときに聞いた僕の言葉がとても嬉しかったのか、美来はしっかりと腕枕をしてきて、眠りにつくまでに数え切れないくらいのキスをしてきたのであった。
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