アリア

桜庭かなめ

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続編-螺旋百合-

第31話『シンパシー』

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 あれから、昨日の夕食のときと同じように、美来と一緒に朝食を作り始める。僕に神山さんのことを話すことができたからか、昨晩よりは明るい表情になっていた。
 朝食ができた頃に有紗さんが起きてきたので、朝食を食べながら有紗さんに昨日の美来のことを話した。

「なるほどね。乃愛ちゃんも姉の玲奈ちゃんも、あたしと同じような立場ってわけか」

 美来からの話を終わったとき、有紗さんはそう呟いた。

「乃愛ちゃんの好きな玲奈さんには美来という想い人がいて、玲奈ちゃんが好きな美来には僕という同棲をするほどの恋人がいる。有紗さんと立場は似ていますね」
「ふふっ、今でもあたしは智也君のことが好きだよ。まあ、今だから話すけど、美来ちゃんを選んだあのときはもちろんショックだったし、あの夜はあまり眠れなかった。でも、2人はお似合いだと思ったし、智也君を好きでいることで元気になれる自分がいるって分かったから、今もこうして2人と一緒に休日の朝を迎えているんだよ」
「そうですか」

 さすがに、あの日の夜は、有紗さんもあまり眠れないほどのショックを受けていたのか。

「実は、私も……玲奈先輩から好きだと告白されたとき、有紗さんの顔を思い浮かべました。恋人のいる智也さんのことが好きですから……」
「そっか。だから、あたしにもメッセージをくれたのかな」
「それも理由の一つですけど、有紗さんは私にとって最も信頼できる女性ですから」
「そう言われると嬉しいけれど、照れるね」

 有紗さんははにかんだ様子で美来の頭を撫でた。
 乃愛ちゃんも有紗さんのように立ち直ることができればいいけど。玲奈ちゃんとも仲直りできればもっといいな。

「どうしたの、智也君。あたしのことを見ながら笑って」
「……有紗さんのような人がたくさんいればいいなと思いまして」

 思ったことを素直に伝えると、有紗さんは頬を真っ赤にする。

「そ、それってどういう意味かな?」
「言葉通りの意味ですよ。ただ、有紗さんのようにショックを受けてもいつかは立ち直って、ライバルとも仲良くできる人が多くなればいいのかなって」
「あぁ、そういうことね」

 有紗さん、ちょっとがっかりしているようだけど、さっきの僕の言葉で何を考えていたんだろうな。

「有紗さんはすぐに元気になって、次の日には家に遊びに来ましたよね」
「そ、そうだね。2人がどんな様子なのか知りたいのもあったし……」

 あははっ、とさっき以上に有紗さんは顔を赤くしている。何があったのかは知らないけど、目に見える反応をするところは可愛らしい。

「そういえばさ、美来ちゃん。乃愛ちゃんから連絡は来たの?」
「……いいえ、ありません。亜依ちゃんも乃愛ちゃんから何か連絡があれば、そのときは私に伝えてくれることになっていますけど、亜依ちゃんからも連絡はありませんね。大丈夫かって心配してくれるメッセージがたまに来るくらいで」
「そっか。亜依ちゃんっていう子もその場に居合わせたから、彼女にも連絡しづらいのかも。クラスメイトだから、月曜日には乃愛ちゃんに会うわけだし、ここは彼女からの言葉をゆっくり待つのがいいかもしれないね」
「……そうですね。休まなければ月曜日に会えます。恐いですけど……それが一番いいんですよね」

 美来はそう言うと俯いてしまう。きっと、昨日の乃愛ちゃんのことを思い出しているのだと思う。
 ただ、有紗さんの言う通りかもしれない。美来と同じように、乃愛ちゃんも心が傷付いているんだ。急がずにゆっくりと……乃愛ちゃんの言葉を待つのが今、美来ができる一番のことなのかもしれない。
 ――プルルッ。
 うん、スマートフォンが鳴っているな。僕の……じゃないか。

「私のスマートフォンですね。亜依ちゃんから電話です」

 すると、僕らに昨日のことを話しているからか、美来はスピーカーホンにして亜依ちゃんからの電話に出る。

「おはよう、亜依ちゃん」
『おはようございます、美来ちゃん。美来ちゃんの声が聞きたくなって朝から電話を掛けてしまいました。その……調子はいかがですか?』
「さすがに昨日よりは良くなってるよ。智也さんと有紗さんに乃愛ちゃんと玲奈先輩のことは話した」
『有紗さん、というのは美来ちゃんのお話に出てきた恋のライバルの女性ですか?』
「そ、そうだよ」

 どうやら、美来は天羽女子で僕や有紗さんのことを話しているようだ。有紗さんもこれには苦笑い。

「亜依ちゃん、乃愛ちゃんからは何か連絡あった?」
『いいえ。特にはありません。私もあのとき、乃愛ちゃんにキツい言葉を言ってしまったと思い、昨日の夜に謝罪のメッセージを送ったのですが……今朝になっても既読にならないのです』
「そうなんだ。週末だし、今はそっとしておいた方がいいかもしれないね」
『そうですね。月曜日になれば……多分、学校で会えるでしょうし』
「……そうだね」

 美来の話を聞いた限り、乃愛ちゃんはかなりのショックを受けているから、誰とも関わりたくないのかもしれない。

『それにしても、少しは元気になっていて良かったです。安心しました』
「智也さんや有紗さんのおかげだよ」
『そうですか。こういうときは、愛おしい氷室さんにたっぷりと甘えてみてはいかがでしょうか』
「あっ……えっと、うん……」

 すると、美来の顔はイチゴのように赤くなっていく。こんなに顔を赤くした美来は今までにあったかな。誰かに僕のことを言われると恥ずかしくなるタイプなのかも。

『前に話してくれたじゃないですか。将来のことを見据えて色々としていると。今のようなときこそ、氷室さんとの愛を深めてみてはどうでしょう?』
「ううっ……」

 美来、ついに両手で顔を隠してしまった。また、今の亜依ちゃんの言葉で察したのか有紗さんの頬が紅潮し始める。

「……美来」
「は、はい!」
「君は友達にどこまで話しているのかな?」
「ご、ごめんなさい! 智也さんの話になるとつい熱が上がってしまって、色々なことを話してしまうんです。もちろん、言葉は選んでいますよ!」

 さすがに今は恥ずかしい気持ちが勝っているのか、いつもの美来のような感じがする。あと、言葉は選んでいるけど色々と話しているんだ。

「そう……なんだ。先月から同棲を始めたし、僕とのことを話しちゃう気持ちは分かるけれど、誤解されないように気を付けてね」
「分かりました……」
『えっ、近くに氷室さんがいるのですか?』
「いるよ。2人の会話は聞いていたよ」
「あと、かつての恋のライバルもいるよ。初めまして、月村有紗です」
『初めまして。美来ちゃんの友人でクラスメイトの佐々木亜依と申します。まさか、月村さんまでいると思いませんでした』
「昨日、美来ちゃんからメッセージを送ったからね。智也君と一緒に会社から帰ってきたの。以前からたまに週末は2人の家に泊まることがあって」
『そうだったのですか。その……お二人が聞いているとは知らず、色々と言ってしまって申し訳ありませんでした』
「気にしないで。あたしや智也君も2人の話をこっそり聞いちゃっていたんだし」

 亜依ちゃんのおかげで、美来がどのくらい僕達のことを話しているのかが分かったし。まさか、夫婦としての行為をしていることを話しているなんて。僕も恥ずかしくなってきた。

『美来ちゃんのことをよろしくお願いします』
「もちろんだよ、亜依ちゃん。この週末は美来と一緒にいるって決めたから」
「たっぷりと甘えさせるつもりだよね、未来の旦那さん?」
「もちろん。美来の願望にはできるだけ応えるつもりでいますよ」

 有紗さんがいるのでお願いできないこともありそうな気がするけど。なるべくは美来の要望に応えたいと思っている。

『それでは、美来ちゃん。何かあったらまた連絡しますね』
「うん、分かった」
『いつでも連絡してきていいですからね』
「ありがとう。じゃあ、またね」
『はい。失礼します』

 亜依ちゃんの方から通話を切った。亜依ちゃんが色々と言ったからか、美来はほっと胸を撫で下ろしている。

「天羽女子でもいい友達ができたね。乃愛ちゃんの方も普段は仲がいいと思うけれど……」
「……はい」

 今のところは学校にいるときは亜依ちゃんが同じクラスにいるので大丈夫かな。昨日も美来と一緒に桜花駅までずっとついていてくれたそうだし。

「それじゃ、美来ちゃん。後片付けはあたしがするから、美来ちゃんは智也君にたっぷりと甘えちゃって」
「もう、有紗さんったら。そうですね……」

 う~ん、と美来は考えている。有紗さんにからかわれるのは嫌だけど、僕に甘えるつもりでいるのか。

「……ソファーの上で仰向けになっている智也さんの上に私が乗りますので、そのときにぎゅっと抱きしめてほしいです」
「随分と具体的な指示だね。分かったよ」
「じゃあ、美来ちゃんのお願いが聞けたところで、あたしは後片付けをするね」

 そう言って、有紗さんはお茶碗や食器などを持って台所に向かう。
 僕は美来と一緒にソファーまで行き、美来のお願い通り、ソファーの上で仰向けになる。

「それでは、失礼しますね」
「うん」

 すると、美来は僕の上に乗っかってきて、うつぶせの形に。そんな彼女のことをぎゅっと抱きしめる。

「……とても気持ちがいいです」
「僕もだよ。美来のことを全身で感じてる」

 温もりも、匂いも、柔らかさも。朝食を食べてからあまり時間も経っていないせいか、段々と眠気が襲ってきた。

「こうしていると気持ちが段々と落ち着いてきます。私を抱きしめているのが智也さんだからでしょうか」
「……そうだと嬉しいよ」
「ふふっ。……お礼に」

 そう言って、美来は僕にキスしてきた。
 もしかしたら、キスしたいからこういうお願いにしたのかもしれないな。唇を離したときの柔らかい彼女の笑みを間近で見ながらそう思うのであった。
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