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続編-螺旋百合-
第30話『涙、呟き、その理由。』
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9月3日、土曜日。
ゆっくりと目を覚ますと、部屋の中がうっすらと明るくなっていた。酒入りチョコレート1粒だけ食べたけど、そのおかげかぐっすりと眠れたな。いい週末のスタートを切ることができそうだ。
「……さん」
「ん?」
美来の声が聞こえたような気がしたので彼女の方を見ると、彼女は僕の腕をぎゅっと掴みながら涙を流していた。
「智也さん、行かないで。私を置いて、有紗さんと一緒に……遠くへ行かないで……」
そういった寝言を言うと、美来の涙が頬を伝って枕へとこぼれ落ちた。
どうやら、天羽女子であった出来事は夢にも影響があるようだ。昨晩、美来の側にいると約束したけれど、まだ不安な気持ちの方が強いのかもしれない。
「……大丈夫だよ、美来」
美来が起きてしまわないように、僕はそっと彼女のことを抱きしめた。これで少しでも美来がいい夢を見ることができるようになればいいんだけど。
「美来ちゃん、明美よりもかわいい……」
えへへっ、と有紗さんは笑いながら寝言を言っている。美来とは違って、有紗さんは幸せそうな夢を見ているんだな。今の有紗さんの様子を美来に見せてあげたいくらいだ。
美来の顔を見てみると、涙はすっかりと止まっていた。夢の中で僕や有紗さんに追いつくことができたのかな。
「智也さん……」
どういう状況なのかは分からないけれど、美来の夢の中に僕がいるというのはとても嬉しいことだ。ちなみに、僕の夢は……全然覚えていないな。
美来への抱擁を静かに解いて、僕はそっと寝室を出る。その際に時計を見たけれど、今は午前6時過ぎだった。平日とさほど変わらない時間に起きたんだな。
リビングに行って朝のコーヒーを作る。
「……美味しい」
土曜日の朝に飲むコーヒーはいいな。窓からは青い空が見えているし。あとは美来が普段通りの元気があればなおいいんだけど、そこは仕方ないか。
「しっかし、これからどうするか……」
美来に元気になってもらうためには、美来に降りかかった問題を解決することだけれど、詳しいことまで分かってないからなぁ。ただ、美来は独りになってしまうことを恐れているようなので、とりあえずこの週末はできるだけ美来の側にいることにしよう。
――ぎゅっ。
うん? 突然、誰かに後ろから抱きしめられるけれど、この温もりと柔らかさは、
「……美来かな?」
「はい、智也さん」
ゆっくりと振り返ると、そこには僅かに赤みを帯びた顔に不安げな表情を浮かべる美来の姿があった。
「おはよう、美来」
「おはようございます、智也さん」
「うん。土曜日の朝から、美来に抱きしめられるなんて、いい週末を過ごせそうだよ」
「……智也さんが優しい方で良かったです。実は、智也さんと有紗さんが仲睦まじい感じになっていて、段々と離れていくという夢を見たんです。目が覚めたら智也さんの姿がなかったので凄く不安になっちゃって、それで……」
そう言うと、美来は涙を浮かべる。寝言通りの夢を見て寂しい想いをしたのか。
家の中にいるから大丈夫だと思ったけれど、不安にさせちゃったか。美来が目を覚ますまでずっと隣にいるべきだったかな。
「そっか。不安にさせちゃってごめんね」
「智也さんは悪くありません! 目が覚めたときに智也さんの姿が見ることができたらいいなっていう私のわがままですから。それに、こうして智也さんを抱きしめてちょっと安心しているんです」
「それなら良かったよ。……あのさ、こうして抱きしめ続けられると、段々キスしたい気持ちが強くなっていくんだ」
「……私もです。それに、キスすればもっと安心できるかも……って。だから、智也さんとおはようのキスをしてみたいです」
さすがに、キスの話になると顔が赤くなるのか。僕を見つめることはなく、視線をちらつかせているところが可愛らしい。
コーヒーカップをテーブルの上に置いて、僕は美来のことをぎゅっと抱きしめる。
「こうして、智也さんに抱きしめられるのはいいですね」
実は美来が眠っている間も抱きしめていたんだけれどね。
僕からのキスを待っているのか、美来はゆっくりと目を瞑った。そんな彼女の唇にキスする。
「んっ……」
キスすることで気持ちが高ぶってきたのか、美来は両手を背中に回す。
「智也さんの口からコーヒーの味や匂いがしてきます」
「ごめんね。さっき一口飲んじゃってさ。美来、コーヒーは苦手だもんね」
「確かにコーヒーは得意じゃないですけど、不思議と智也さんとキスしたときに感じるコーヒーの味や匂いはとても好きです。多分、コーヒーと一緒に智也さんの優しさが感じられるからだと思います」
「……そっか」
それでコーヒーを飲めるきっかけになったりしたら嬉しい。将来的に美来と一緒にコーヒーを飲むことができればいいな。
「……段々と言う勇気が出てきました。昨日の夜に、チョコで酔ったときにちょっと喋っちゃいましたし……」
「うん?」
「智也さんや有紗さんと一緒にいたい。そして、智也さんとこうして抱きしめ合ってキスしたい。今の私にも、そのようなことで幸せを感じてもいいのだと思えるようになってきました。智也さんや有紗さんのおかげです」
「……そうか」
僕や有紗さんが離れていってしまう夢を見たと聞いたときは心配したけど、少しずつでも前向きな気持ちになってきていて良かった。
「私がいなければ、彼女は今頃、好きな人とこうすることができたのかなって思います」
「彼女?」
「私のクラスメイトで親友の神山乃愛ちゃんという女の子です。彼女は私と同じ声楽部に所属しています」
「神山乃愛ちゃん……」
初めて聞く名前だな。朝に桜花駅で会う黒髪の女の子とは違うか。その子は佐々木亜依ちゃんという名前だし。
「簡単に話すと、乃愛ちゃんは3年生のお姉さんのことが女性として好きなんです。そして、昨日の放課後に、私と亜依ちゃんが付き添う形で告白しに行ったら、お姉さんは私のことが好きだから付き合えないと言って。私のことを一目見たときから好きになったそうで。そうしたら、乃愛ちゃん……凄くショックを受けてしまって。私がいなければ、こういう気持ちを味わうことはなかったんじゃないかって言って……」
「だから、側にいる人を傷つけてしまって辛いっていうメッセージを、僕と有紗さんに送ってきたんだね」
「はい。亜依ちゃんと一緒に帰っているときに。ああするのが精一杯でした。2人なら、私に何かあったと気付いてくれると思いましたし、月が丘のこともありましたから、2人には言っても大丈夫じゃないかって思ったんです」
「なるほどね」
「でも、2人が家に帰ってきて、姿を見たときはとても嬉しかったのに、不安とかもあって、昨晩はずっとあのような態度を取ってしまって本当に申し訳ありませんでした」
「気にしないでいいよ。……そうか、美来は辛い経験をしたんだね」
今の話を聞いて、美来が酔っ払ったときに口にしたあの言葉の真意がようやく分かったような気がする。
『……私、天羽女子にもいられない気がする。もう、どこにいても……私、誰かを傷つけちゃいそうで怖いよ……』
それは、乃愛ちゃんが言った「美来さえ天羽女子に編入しなければ、辛い想いをせずに済んだのかも」という言葉からだろう。その言葉を受けてきっと、美来は月が丘高校でいじめられたことを思い出してしまったのだと思う。
「ごめんなさい。智也さんに話したら、あのときの乃愛ちゃんの表情を思い出して……」
美来は再び涙を流す。乃愛ちゃんとのことがあってから、美来はどれだけの涙を流したのだろうか。
「気にしないで。僕こそ辛いことを思い出させちゃってごめんね。あと、話してくれてありがとう」
「……はい」
辛いことを想い出しながら、美来は学校で起きたことを話してくれたんだ。今の状況をどうしていくのか。そのためには何をすればいいのか。ゆっくりでもいいから考えていくことにしよう。
僕は美来のことを再びぎゅっと抱きしめる。不思議とさっきよりも美来の体が冷たく感じられる。今はこうして美来の側にいて、少しでもいいから彼女を心から温めなければいけないだろう。ただ、今の状況では、こうしていてもその場しのぎにしかならないことも分かっていて。それが悔しく思えたのであった。
ゆっくりと目を覚ますと、部屋の中がうっすらと明るくなっていた。酒入りチョコレート1粒だけ食べたけど、そのおかげかぐっすりと眠れたな。いい週末のスタートを切ることができそうだ。
「……さん」
「ん?」
美来の声が聞こえたような気がしたので彼女の方を見ると、彼女は僕の腕をぎゅっと掴みながら涙を流していた。
「智也さん、行かないで。私を置いて、有紗さんと一緒に……遠くへ行かないで……」
そういった寝言を言うと、美来の涙が頬を伝って枕へとこぼれ落ちた。
どうやら、天羽女子であった出来事は夢にも影響があるようだ。昨晩、美来の側にいると約束したけれど、まだ不安な気持ちの方が強いのかもしれない。
「……大丈夫だよ、美来」
美来が起きてしまわないように、僕はそっと彼女のことを抱きしめた。これで少しでも美来がいい夢を見ることができるようになればいいんだけど。
「美来ちゃん、明美よりもかわいい……」
えへへっ、と有紗さんは笑いながら寝言を言っている。美来とは違って、有紗さんは幸せそうな夢を見ているんだな。今の有紗さんの様子を美来に見せてあげたいくらいだ。
美来の顔を見てみると、涙はすっかりと止まっていた。夢の中で僕や有紗さんに追いつくことができたのかな。
「智也さん……」
どういう状況なのかは分からないけれど、美来の夢の中に僕がいるというのはとても嬉しいことだ。ちなみに、僕の夢は……全然覚えていないな。
美来への抱擁を静かに解いて、僕はそっと寝室を出る。その際に時計を見たけれど、今は午前6時過ぎだった。平日とさほど変わらない時間に起きたんだな。
リビングに行って朝のコーヒーを作る。
「……美味しい」
土曜日の朝に飲むコーヒーはいいな。窓からは青い空が見えているし。あとは美来が普段通りの元気があればなおいいんだけど、そこは仕方ないか。
「しっかし、これからどうするか……」
美来に元気になってもらうためには、美来に降りかかった問題を解決することだけれど、詳しいことまで分かってないからなぁ。ただ、美来は独りになってしまうことを恐れているようなので、とりあえずこの週末はできるだけ美来の側にいることにしよう。
――ぎゅっ。
うん? 突然、誰かに後ろから抱きしめられるけれど、この温もりと柔らかさは、
「……美来かな?」
「はい、智也さん」
ゆっくりと振り返ると、そこには僅かに赤みを帯びた顔に不安げな表情を浮かべる美来の姿があった。
「おはよう、美来」
「おはようございます、智也さん」
「うん。土曜日の朝から、美来に抱きしめられるなんて、いい週末を過ごせそうだよ」
「……智也さんが優しい方で良かったです。実は、智也さんと有紗さんが仲睦まじい感じになっていて、段々と離れていくという夢を見たんです。目が覚めたら智也さんの姿がなかったので凄く不安になっちゃって、それで……」
そう言うと、美来は涙を浮かべる。寝言通りの夢を見て寂しい想いをしたのか。
家の中にいるから大丈夫だと思ったけれど、不安にさせちゃったか。美来が目を覚ますまでずっと隣にいるべきだったかな。
「そっか。不安にさせちゃってごめんね」
「智也さんは悪くありません! 目が覚めたときに智也さんの姿が見ることができたらいいなっていう私のわがままですから。それに、こうして智也さんを抱きしめてちょっと安心しているんです」
「それなら良かったよ。……あのさ、こうして抱きしめ続けられると、段々キスしたい気持ちが強くなっていくんだ」
「……私もです。それに、キスすればもっと安心できるかも……って。だから、智也さんとおはようのキスをしてみたいです」
さすがに、キスの話になると顔が赤くなるのか。僕を見つめることはなく、視線をちらつかせているところが可愛らしい。
コーヒーカップをテーブルの上に置いて、僕は美来のことをぎゅっと抱きしめる。
「こうして、智也さんに抱きしめられるのはいいですね」
実は美来が眠っている間も抱きしめていたんだけれどね。
僕からのキスを待っているのか、美来はゆっくりと目を瞑った。そんな彼女の唇にキスする。
「んっ……」
キスすることで気持ちが高ぶってきたのか、美来は両手を背中に回す。
「智也さんの口からコーヒーの味や匂いがしてきます」
「ごめんね。さっき一口飲んじゃってさ。美来、コーヒーは苦手だもんね」
「確かにコーヒーは得意じゃないですけど、不思議と智也さんとキスしたときに感じるコーヒーの味や匂いはとても好きです。多分、コーヒーと一緒に智也さんの優しさが感じられるからだと思います」
「……そっか」
それでコーヒーを飲めるきっかけになったりしたら嬉しい。将来的に美来と一緒にコーヒーを飲むことができればいいな。
「……段々と言う勇気が出てきました。昨日の夜に、チョコで酔ったときにちょっと喋っちゃいましたし……」
「うん?」
「智也さんや有紗さんと一緒にいたい。そして、智也さんとこうして抱きしめ合ってキスしたい。今の私にも、そのようなことで幸せを感じてもいいのだと思えるようになってきました。智也さんや有紗さんのおかげです」
「……そうか」
僕や有紗さんが離れていってしまう夢を見たと聞いたときは心配したけど、少しずつでも前向きな気持ちになってきていて良かった。
「私がいなければ、彼女は今頃、好きな人とこうすることができたのかなって思います」
「彼女?」
「私のクラスメイトで親友の神山乃愛ちゃんという女の子です。彼女は私と同じ声楽部に所属しています」
「神山乃愛ちゃん……」
初めて聞く名前だな。朝に桜花駅で会う黒髪の女の子とは違うか。その子は佐々木亜依ちゃんという名前だし。
「簡単に話すと、乃愛ちゃんは3年生のお姉さんのことが女性として好きなんです。そして、昨日の放課後に、私と亜依ちゃんが付き添う形で告白しに行ったら、お姉さんは私のことが好きだから付き合えないと言って。私のことを一目見たときから好きになったそうで。そうしたら、乃愛ちゃん……凄くショックを受けてしまって。私がいなければ、こういう気持ちを味わうことはなかったんじゃないかって言って……」
「だから、側にいる人を傷つけてしまって辛いっていうメッセージを、僕と有紗さんに送ってきたんだね」
「はい。亜依ちゃんと一緒に帰っているときに。ああするのが精一杯でした。2人なら、私に何かあったと気付いてくれると思いましたし、月が丘のこともありましたから、2人には言っても大丈夫じゃないかって思ったんです」
「なるほどね」
「でも、2人が家に帰ってきて、姿を見たときはとても嬉しかったのに、不安とかもあって、昨晩はずっとあのような態度を取ってしまって本当に申し訳ありませんでした」
「気にしないでいいよ。……そうか、美来は辛い経験をしたんだね」
今の話を聞いて、美来が酔っ払ったときに口にしたあの言葉の真意がようやく分かったような気がする。
『……私、天羽女子にもいられない気がする。もう、どこにいても……私、誰かを傷つけちゃいそうで怖いよ……』
それは、乃愛ちゃんが言った「美来さえ天羽女子に編入しなければ、辛い想いをせずに済んだのかも」という言葉からだろう。その言葉を受けてきっと、美来は月が丘高校でいじめられたことを思い出してしまったのだと思う。
「ごめんなさい。智也さんに話したら、あのときの乃愛ちゃんの表情を思い出して……」
美来は再び涙を流す。乃愛ちゃんとのことがあってから、美来はどれだけの涙を流したのだろうか。
「気にしないで。僕こそ辛いことを思い出させちゃってごめんね。あと、話してくれてありがとう」
「……はい」
辛いことを想い出しながら、美来は学校で起きたことを話してくれたんだ。今の状況をどうしていくのか。そのためには何をすればいいのか。ゆっくりでもいいから考えていくことにしよう。
僕は美来のことを再びぎゅっと抱きしめる。不思議とさっきよりも美来の体が冷たく感じられる。今はこうして美来の側にいて、少しでもいいから彼女を心から温めなければいけないだろう。ただ、今の状況では、こうしていてもその場しのぎにしかならないことも分かっていて。それが悔しく思えたのであった。
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