アリア

桜庭かなめ

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続編-螺旋百合-

第26話『Try』

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 9月2日、金曜日。
 今日から授業もあるので、本格的に2学期の学校生活が始まる。
 今日も亜依ちゃんと一緒に登校すると、教室には既に乃愛ちゃんがいた。なので、さっそく昨日、喫茶店で亜依ちゃんに乃愛ちゃんについて話したことを伝える。

「そういうことがあったんだね。亜依ならいいとは思っていたけれど、実際に話されていることを知るとちょっと恥ずかしいな……」

 私も昨日、喫茶店で恥ずかしい想いをしたよ。マスター、ゴッド、クイーン、ティーチャーとか言われてさ。

「私は乃愛ちゃんの気持ち、とても素敵だと思いました。私も乃愛ちゃんの恋の応援をさせてください」
「……ありがとう」

 乃愛ちゃん、とても嬉しそうだ。1人よりも2人の方がより心強いよね。昨日、亜依ちゃんに話して正解だったかな。

「昨日、家で色々と考えたんだけどさ。お姉ちゃんのことはやっぱり女性として好きだって再確認した。お姉ちゃんのことを考えると、気持ちが凄く温かくなって、幸せな気分になれるんだ。恋人として色々なことをしたいっていう欲もあって。2人にも側にいてほしいから、今日、お姉ちゃんに告白してみようと思う」

 こんなに真剣な乃愛ちゃんを見るのは初めてだ。それだけ、お姉さんのことを考えた証拠なんだと思う。

「分かったよ、乃愛ちゃん」
「そのときは美来ちゃんと一緒に見守っています」
「ありがとう。あたし……頑張るね」
「うん、頑張って、乃愛ちゃん」
「成功することを祈っていますよ」
「ありがとう」

 乃愛ちゃんは、玲奈先輩に放課後に大切な話をしたいとメッセージを送った。
 すると、すぐにお姉さんから返信が。乃愛ちゃんの部活が終わったら、図書室の前で待ち合わせをしようということになったのであった。


 放課後。
 私と乃愛ちゃんは声楽部の活動があるので第2音楽室へ向かう。
 亜依ちゃんは図書室で漫画でも読みながら時間を潰すとのこと。約束はしてあるけれど、玲奈先輩の監視をするみたい。
 今日はコンクールに向けての練習をするけど、乃愛ちゃんはこの後の告白に緊張しているのか、いつものような伸びやかな声が出ていなかった。

「今日は久しぶりだったから、あまり調子が出なかったのかな」
「ごめん、花音ちゃん……」
「気にしないで。こういうときだってあるよ。ただ、これからコンクールまでいつもより多く練習していこうね」
「うん、分かった」

 乃愛ちゃん、とてもがっかりしているな。

「花音先輩の言うとおり、声の調子が悪い日だってあるよ。あと、元気があれば色々なことが成功しやすくなると思うよ」
「……そうだね」

 ようやく、乃愛ちゃんの顔に笑みが。そうそう、笑顔を浮かべればきっと告白だって成功するはず。

「美来ちゃんは結構良かったね。この調子で頑張っていきましょう」
「はい、ありがとうございます」

 褒められると嬉しいな。智也さんもコンクールの日は有休を取って観に来てくれるそうだから、智也さんに素敵な歌声を聴いてもらうためにも頑張っていかないと。

「花音先輩、私と乃愛ちゃん、これから用事がありますのでお先に失礼します」
「うん、分かった。また月曜日にね。お疲れ様」
「お疲れ様です。さっ、行こうか、乃愛ちゃん」
「う、うん……」

 私は乃愛ちゃんの手を引く形で、彼女と一緒に第2音楽室を後にする。陽も沈んでいるので、外は大分暗くなっている。

「ううっ、緊張するよ……」
「亜依ちゃんや私がついているから頑張って」
「……うん」

 そのときが訪れるまでの間って緊張するよね。私も智也さんと再会したあの日の夜、智也さんを待っているときは緊張しっぱなしだったことを覚えている。
 図書室の前にいる亜依ちゃんと玲奈先輩の姿が見えたとき、私は乃愛ちゃんの手を離した。

「あっ、乃愛に……朝比奈さんだったかな」
「はい。朝比奈美来です。乃愛ちゃんやこちらの佐々木亜依ちゃんと同じ1年2組です。えっと、先輩とは初めまして……ですよね」
「そうだね。私は天羽女子に転入してきた金髪美女ってことで、何度か姿は見たことあるよ。名前を言っていなかったね。乃愛の姉の神山玲奈かみやまれいなです。よろしくね」
「よろしくお願いします」

 玲奈先輩……可愛らしい顔立ちや茶色い髪は乃愛ちゃんと似ているけれど、胸部だけは姉妹で似なかったか。あと、玲奈先輩の髪はウェーブがかかっている。

「乃愛、お姉ちゃんに大事な話がしたいんだよね」
「う、うん!」
「じゃあ、ここじゃなくて、そこにあるパブリックスペースに行こうか。今の時間なら生徒や先生は全然来ないと思うから」
「そうだね。美来と亜依もついてきて」

 私達は玲奈先輩の案内でパブリックスペースへと向かう。そこには生徒や先生は1人もいない。この時間に来るのは初めてだから何だか新鮮だ。

「やっぱり、誰もいないか。……それで私に話したいことって何なのかな。佐々木さんが、図書室で私のことをチラチラと見ていたから、彼女と朝比奈さんはその内容を知っていそうだけど」

 亜依ちゃん、漫画を読むことじゃなくて、玲奈先輩の監視がメインになっていたんだ。

「2人には色々と相談に乗ってもらったからね。だから、ここにいてもらっているの」
「そっか」

 そう言うと、玲奈先輩は優しい笑みを浮かべながら乃愛ちゃんのことを見る。とてもいい雰囲気だ。頑張って、乃愛ちゃん。

「あのさ、お、お姉ちゃん」
「……うん」

 じっと見つめる玲奈先輩とは対称的に、乃愛ちゃんは緊張が最高潮に達しているのか視線をちらつかせ、脚がガクガクと震えている。

「お、お姉ちゃんに……伝えたいことがあるの!」

 叫びに近いような大きな声でそう言うと、乃愛ちゃんは玲奈先輩のことを見て、

「あたし……お姉ちゃんのことが1人の女性として大好きなの! だから、あたしと恋人として付き合ってください!」

 さっきよりも更に大きな声で玲奈先輩に向けて好きな気持ちを告白した。
 ただ、もう学校にはほとんど人がいないせいか、乃愛ちゃんの声が響き渡るとすぐに静寂の時間が訪れる。

「そっか。乃愛は……私のことが好きなんだ」
「そ、そうだよ……」

 告白したからか乃愛ちゃんの顔は真っ赤だ。
 玲奈先輩、どうだろう。乃愛ちゃんの告白を受け入れてくれるのかな。
 ただ、優しげな笑みなのはさっきから変わらないのに、どこか寂しそうに見えるのは何故なのだろう?

「お姉ちゃん、あたしと付き合ってくれるかな」
「……乃愛」

 すると、玲奈先輩はゆっくりと歩き始め、

「ごめんね。乃愛と恋人として付き合えない。今まで話していなかったけれど、実は私、ずっと……朝比奈さんのことが好きなんだ」

 そう言うと私のことをそっと抱きしめ、頬にキスしてきたのであった。
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