アリア

桜庭かなめ

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本編-ARIA-

第110話『華麗なる逆襲-中編-』

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 諸澄君が自分は『TKS』であることを認めた。
 一連の出来事のそもそもの動機は……やはり、美来なんだろうな。現に諸澄君は美来のことをチラチラと見ているし。しかし、そんな彼に美来が非常に冷たい視線を向けているのが面白いところである。

「諸澄司。君が『TKS』として佐相親子を利用し、氷室を無実の罪で嵌めた理由は何なのだろうか」
「……分かっているくせに、今さら訊かないでくださいよ」
「まあ、大体の想像は付くが君の口から聞いておきたいのだ」

 僕個人としては大体想像がついているので、あまり聞きたくはないけど。

「全ては朝比奈さんを手に入れるためですよ」

 やっぱり、美来絡みか。僕は小さくため息をつく。

「私の予想通りだな。まあ、君は美来さんに対するストーカー行為をしていたからな。それも全て、氷室を嵌めるためにしていたのだろうか」
「違いますよ。彼女のことが好きだからですよ。あの2枚の写真は、そのときに撮ったものを利用しただけですって」
「なるほど。美来さんのことが好きだからか……」

 羽賀、何かを考えているようだけど、どうしたんだろう? もしかして、昨日分かったあのことについて考えているのかな。

「諸澄司。美来さんのことが好きなのであれば、どうして美来さんがクラスでいじめられたときに、彼女のことを助けようとしなかったのか。クラスメイトに見える場でなくとも、詩織さんのように、いじめについて大人に伝えられただろう」
「そ、それは……」
「昨日、柚葉さんとの取り調べで分かったことだが、君が美来さんに告白しフラれたという嘘の噂が原因で、柚葉さんは美来さんをいじめ始めたと言っている。もちろん、その噂が嘘であることは美来さん自身が証言している。なぜ、君はその噂は嘘であることを一度も表明しなかったのだろうか」

 確かに、僕もずっとその点については気になっていた。告白したという噂が嘘であるならそう言えば済むことなのに。それなのにどうして言わなかったのか。噂が広まったことを知らなかっただけなのか、それとも別の理由があったのか。
 諸澄君は爽やかな笑みを浮かべ、

「ああ、その噂を流したのは俺だからですよ」

 とんでもないことをさらっと言ったぞ。こいつ、やっぱり普通じゃないな。

「噂を流したのは君自身だったのか。だから、否定しなかったと」
「ええ」
「……では、どうしてそんな嘘を流したのだ?」
「朝比奈さんがいじめられるようにするためですよ。俺のことが好きな女子生徒はたくさんいますからね。クラスのカースト上位である佐相さんも、俺に好意を抱いているのは何となく分かりましたから。だから流したんですよ。そうしたら、面白いくらいに俺の思い通りになっちゃうから笑えますよね。本当に馬鹿な奴らばっかりだ」
「……呆れて何も言えないな。氷室からは何かあるだろうか」
「えっ」

 僕も呆れて何も言えないんだけど。突然僕に振らないでほしいよ、羽賀。ここまで自分勝手に他人を使っていると、怒りを通り越してしまって。

「どうして、佐相さん達に美来をいじめるように仕向けたんだ」
「俺に気持ちを向けさせるためですよ。俺が助ければ、朝比奈さんは俺の方に向くでしょう? それか、このままいじめられるのが嫌になった朝比奈さんが、実は告白を断っていないと嘘を付いて、俺と付き合っている状態になってしまえばいいと思って」
「……そんなことまでして美来と付き合いたいなら、本当に告白した方がまだ良かったんじゃないかな」

 でも、それだと美来にフラれると思ったのかな。だからこそ、他人を使って美来のことを追い詰め、自分と付き合うことしかいじめから逃れられる道はないことを示したかったのだろうか。それが本当なら自分勝手というか、子どもというか。

「……氷室智也。お前がいるから告白せずにいじめの計画を立てたんだよ。でも、お前のせいで俺の全ての計画が潰れたんだよ!」

 こういう風に敵意剥き出しになるところとか、本当に子供っぽい。俺と同じく呆れているのか、羽賀から言葉が聞こえない。馬鹿なことばかりする岡村もこんなことは一度もなかったよ。

「お前がいるから、朝比奈さんは一切俺の方を向かない! しかも、お前は朝比奈さんのいじめを救いやがった! だから、俺は『TKS』としてお前を嵌めたんだよ! 俺と同じようにお前を恨んでいる佐相さんを使ってね」
「……僕を美来にわいせつな行為をしたということで犯罪者として逮捕させ、傷心の美来に優しく近づけば、自分の恋人になってくれると思ったのかな」
「ああ、そうだよ」
「それなら、僕の罪状を美来に対する強制わいせつにするべきじゃなかったね。美来自身が一番、僕が無実であると分かっている。だから、僕のことを嵌めた真犯人のことを許さないだろう。しかも、君が自分に対してストーカー行為をしていたことも知っている。諸澄君、君はね……これまでやってきたことが全て裏目に出ているんだよ。美来の心は君に近づくどころかどんどん離れていっているよ」

 羽賀曰く、美来は『TKS』が諸澄君だとしたら、彼のことをとんでもないゲス野郎だとも言っていたし。既に修繕不可能な状況にまでなっているんだ。

「嘘だっ! 嘘だ嘘だ嘘だ!」

 豹変した諸澄君は空気が震えるほどの大きな声でそう言い放った。

「俺のやったことは間違ってなんかいない! 氷室智也は犯罪者なんだ! お前を助けようとした羽賀尊も! ここにいる全員が犯罪者なんだよ! どうしてそれが分からないんだ! 俺の言っていることが全て正しいのに! 世の中おかしいんだよ!」

 彼なりの精一杯の主張が虚しく響く。もちろん、そんな彼の言葉に賛同するような様子を見せる人間はこの場には一人もいない。

「……君の中では、君の考えや行動が全て正しいのかもしれないね。ただ、美来のことが好きで、自分の恋人にしたかったら、せめても美来の気持ちを考えるべきだったと思うよ。それができないのに、美来を恋人にしたいなんて言わないでくれるかな。君のあまりにも身勝手なひどい態度に、怒る気にもならないよ。むしろ、笑っちゃうね」

 美来は可愛い顔をしたロボットじゃない。人間なんだ。心を持った存在なんだ。それが分かっていない限り、諸澄君には決して美来は心を近づけることはないだろう。

「朝比奈さんはこんな奴のことが好きなのか? 俺よりもスペックの低いこんな男のことを……」

 ついに、本人に訊く段階まで来たか。
 今の諸澄君の言葉に対して、美来はどう答えるのか。

「……諸澄君の中にいる朝比奈美来はこの世に存在しないよ。私は10年前から智也さんのことが好きで、智也さんしか好きになれない。智也さんにしか夢中になれない。申し訳ないけど、智也さん達にひどいことばかりする諸澄司っていう男の子には興味すら持ったことない。今後一切、興味を持つこともないよ。ごめんね」

 美来はそう言って、諸澄君の気持ちをバッサリと切り捨てた。ごめんねという最後の一言がせめてもの救いのように思えるほどだ。よく、自分の気持ちをはっきりと言えるようになったな、美来。

「……嘘だ。あり得ない。嘘だ。……あり得ない! 朝比奈さんが俺にそんなことを言うなんて。朝比奈さんは俺のものになるのがこの世の摂理なんだよ! それなのに、氷室智也……お前のせいで全て崩されたんだよ! お前なんか死ねばいいんだ! それがお前に対する然るべき処罰だ!」

 すると、諸澄君はポケットから折りたたみ式のナイフを取り出して、僕の心臓周辺にナイフを突き刺したのであった。
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