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本編-ARIA-
第71話『解雇宣告-後編-』
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――氷室の懲戒解雇処分が決定した。
その旨を伝える月村さんの声が面会室に虚しく響き渡る。氷室は……さぞかしショックを受けていることだろう。
しばらくの間、無言のときが過ぎた後、
「そうですか。あと、有紗さんは大変な役を任されてしまったんですね。大切なことを伝えてくださって、ありがとうございます」
ようやく、氷室から発された言葉は月村さんを気遣ったものだった。結構な疲れのせいかもしれないが、思いの外、氷室は落ち着いている様子だった。
「……智也君、怒らないの? 無実の罪で逮捕されて、会社まで懲戒解雇させられているのに……」
「怒っていないわけがないですよ。僕を無実の罪で逮捕させ、失職までさせたんですから。ですが、ここで感情を吐き出しても何も事態は変わりません。今の僕には何もできませんから、羽賀に真実を見つけることを任せているんです」
「智也君……」
「真犯人や協力者にはきちんと罪を償ってもらえればいいです。あとは、美来や有紗さんに危害を加えなければ」
「……そっか」
逮捕をされても氷室がいつもと変わっていないことが分かったからか、月村さんからようやく笑顔が。それを見た氷室も安心しているように見えた。
「氷室、朝比奈さんの家に行ってきて、これまでの話を聞いてきた。氷室から嫌なことをされていないと証言してくれた。録音してあるが、聞いてみるか?」
「……ああ、頼む」
私は、スマートフォンで録音しておいた美来さんの証言を再生する。
『はい。智也さんは私に嫌なことは一切していませんし、報道で言われていることは全て嘘です。智也さんから無理矢理にわいせつな行為をされたことはありません。それが私、朝比奈美来の知る事実です』
はっきりと、氷室が無実であることを美来さんが証言してくれている。これでどのくらい氷室を釈放へと近づけるのだろうか。
「ありがとう、羽賀。だいぶ、心が軽くなったよ。実は、気付かないうちに美来に嫌なことをしていたんじゃないかと思うことがあって。こうしている自分に対する懺悔なのかもしれないと思ってさ……」
「そうか。しかし、これからはそう思う必要はないと分かっただろう?」
「……ああ」
むしろ、美来さんはかなり喜んでいたように見えたが。
「今のところ、美来は大丈夫なのか?」
「ああ、まだマスコミも被害者が朝比奈さんだとは分かっていないようだから、彼女の自宅の周りにはそれらしき人間はいなかった」
「そうか」
「あと、氷室は真犯人の可能性があるのは諸澄司と佐相柚葉の2人だけと言っていたが、朝比奈さんはそれに加えて担任、教頭、校長の3人の名も挙げていた」
「懲戒解雇処分になったから、僕への復讐で嵌めた可能性はありそうだなぁ」
「でも、佐相柚葉さんが一番怪しいかもっていう可能性が浮上したんですよね」
「……どういうことなんだ?」
氷室は私の方を向いてそう言う。いつになく、目を鋭くさせている。
「私や浅野さんが所属している捜査一課に、佐相繁という警察官がいるのだ。階級は警視で年齢は50歳前後と思われる」
「その警察官の娘さんが佐相柚葉さんなのか?」
「いや、まだそれは分かっていない。可能性の段階だ」
「でも、僕を無実の罪で逮捕させるには、警察関係者の中に真犯人の協力者がいるかもしれないな。娘が真犯人で、警察官の父親が協力者なら一番自然か。警視っていうと羽賀よりも偉い立場なんだろう?」
「ああ、その通りだ」
さすがに氷室も警察関係者の中に協力者がいなければ、無実の罪で自分を逮捕させられないと考えていたか。
「しかし、そう考えるとやっかいだな。場合によっては、無理矢理にでも僕のことを起訴するかもしれない」
「その可能性は否定できないな。何とかして、不正が働いて氷室が無実の罪で逮捕されてしまったことを証明できればいいのだが」
「権力のある警察関係者が関わっているとなると、証拠はもみ消している可能性がありそうだよな。となると、色々な人から証言を取っていく方がいいんじゃないか?」
「私もそう考えている。幸いなことに、真犯人や真犯人に協力した警察関係者の候補は挙がっているから、その人物達を中心に聞き込み捜査をしようと思っている」
「そうか。僕は今、羽賀や浅野さんが言った佐相という警視が怪しそうだ。もし、佐相柚葉さんと何らかの関わりがあるとしたら、ほぼ確実に協力していそうだな」
「私もそう考えている」
佐相警視と佐相柚葉が仮に親子だとしたら、それは月が丘高校と警察の繋がりがあるということになる。そうなると、真犯人の筆頭候補は佐相柚葉さんで、その協力者は佐相警視である可能性が膨らむ。
「ふふっ、何だか智也君と羽賀さんを見ていると、いいコンビって感じがするね」
「相棒って感じがしますよね。羽賀さんの最もいいパートナーは氷室さんですね。私は足下にも及びません」
浅野さんと月村さんは微笑んで私達のことを見ている。そんなに氷室とのやり取りが面白かったのだろうか。あと、浅野さんの言う『パートナー』とは、色々な意味が含まれていそうだな。
「私は氷室と、持っている情報と考えの共有をしていただけですが」
「羽賀の言うとおりですよ。まあ、今回はたまたま同じように考えていただけで」
「でも、氷室が自由の身であれば、もっと早く真犯人が見つかりそうなのは事実だがな」
「そうかなぁ。じゃあ、岡村に頼んでみればいいんじゃないか? 捜査は足を使えって言うし。あいつでも少しは役立つと思うよ」
「……彼は感情と筋肉の塊だ。知識はそこまでないぞ。捜査に足を使えとは言われるが、正しい方向に使わなければ意味がない」
いないよりはマシだとは思うが。
「岡村から連絡とかはあったのか?」
「一応あった。驚いてはいたが、氷室にわいせつ行為なんてできる度胸はないから、絶対に無実だと豪語していたぞ」
「……好き勝手に言ってくれるなぁ」
「今夜、私の家で彼と呑むことになっているんだ。何か協力できるかもしれないから、事件のことは軽く説明しておく」
「分かった」
一般人だからこそ捜査できることもあるかもしれん。ただ、岡村だとできないこともあるかもしれんが。話してみる価値はあるだろう。
「やはり、羽賀さんと氷室さんと岡村さんは信頼し合っているんですね!」
「まあ、羽賀と岡村とは、20年くらいの付き合いですからね」
「腐れ縁というのもありますが、氷室や岡村は理由なく信頼できますよ。私も氷室が逮捕されることを知ったとき、彼の家で美来さんや月村さんと一緒にいるときの様子を思い出し、氷室は無実だと確信しました。無実なのだから、必ずどこかに真犯人に繋がる突破口があると信じております」
その突破口の一つとなりそうなのが、佐相警視と佐相柚葉さんの関係性の有無。何らかの形で2人に繋がりがあるかどうか知りたいところだ。
「美来ちゃんは無実だと証言してくれているし、羽賀さんが捜査してくれているし。何よりも智也君が羽賀さんと一緒だと元気そうだから、ちょっと安心した」
「そうですか。僕は……有紗さんの顔を見ることができて、少し疲れが取れました」
「……ふふっ」
被疑者も面会者も互いに笑顔になっている面会はあまり見たことがないな。ただ、今回は無実の罪で被疑者逮捕という特殊事例だが。
「じゃあ、あたしはそろそろ現場に戻るね。この後、チーム全員で会社側に抗議することになっているから」
「そうですか。現場の人達に美来のことを話したんですね。その……ありがとうございます。僕のことでここまでしてもらって……」
「いいのよ。それに、大切な人があたしの隣からいなくなるのは嫌だもん」
「……そうですか」
「羽賀さんもあたしに協力できることがあったら何でも言ってきて」
「ええ、分かりました」
少なくとも、岡村よりは月村さんの方が協力してもらう可能性はありそうだ。氷室と一緒に働いている人ということもあるけれども。
月村さんは浅野さんと一緒に面会室を後にした。
「では、氷室も戻るか」
「ああ。そうだ、羽賀。しつこいかもしれないけれど、僕がこうしている間は美来や有紗さんのことを守ってほしい」
「分かっている。任せておけ」
特に美来さんの方は真犯人が彼女の存在を知っているし、諸澄司というストーカー少年もいるからな。諸澄司のことを氷室が月が丘高校に伝えたそうだが、どういう対応をしているかは分かっていない。学校へ捜査をしに行った際にはそのことも訊いておくか。
留置所には氷室と一緒に行き、立ち去るときには当然私1人なのだが、それがとても心苦しくなってしまうのであった。
その旨を伝える月村さんの声が面会室に虚しく響き渡る。氷室は……さぞかしショックを受けていることだろう。
しばらくの間、無言のときが過ぎた後、
「そうですか。あと、有紗さんは大変な役を任されてしまったんですね。大切なことを伝えてくださって、ありがとうございます」
ようやく、氷室から発された言葉は月村さんを気遣ったものだった。結構な疲れのせいかもしれないが、思いの外、氷室は落ち着いている様子だった。
「……智也君、怒らないの? 無実の罪で逮捕されて、会社まで懲戒解雇させられているのに……」
「怒っていないわけがないですよ。僕を無実の罪で逮捕させ、失職までさせたんですから。ですが、ここで感情を吐き出しても何も事態は変わりません。今の僕には何もできませんから、羽賀に真実を見つけることを任せているんです」
「智也君……」
「真犯人や協力者にはきちんと罪を償ってもらえればいいです。あとは、美来や有紗さんに危害を加えなければ」
「……そっか」
逮捕をされても氷室がいつもと変わっていないことが分かったからか、月村さんからようやく笑顔が。それを見た氷室も安心しているように見えた。
「氷室、朝比奈さんの家に行ってきて、これまでの話を聞いてきた。氷室から嫌なことをされていないと証言してくれた。録音してあるが、聞いてみるか?」
「……ああ、頼む」
私は、スマートフォンで録音しておいた美来さんの証言を再生する。
『はい。智也さんは私に嫌なことは一切していませんし、報道で言われていることは全て嘘です。智也さんから無理矢理にわいせつな行為をされたことはありません。それが私、朝比奈美来の知る事実です』
はっきりと、氷室が無実であることを美来さんが証言してくれている。これでどのくらい氷室を釈放へと近づけるのだろうか。
「ありがとう、羽賀。だいぶ、心が軽くなったよ。実は、気付かないうちに美来に嫌なことをしていたんじゃないかと思うことがあって。こうしている自分に対する懺悔なのかもしれないと思ってさ……」
「そうか。しかし、これからはそう思う必要はないと分かっただろう?」
「……ああ」
むしろ、美来さんはかなり喜んでいたように見えたが。
「今のところ、美来は大丈夫なのか?」
「ああ、まだマスコミも被害者が朝比奈さんだとは分かっていないようだから、彼女の自宅の周りにはそれらしき人間はいなかった」
「そうか」
「あと、氷室は真犯人の可能性があるのは諸澄司と佐相柚葉の2人だけと言っていたが、朝比奈さんはそれに加えて担任、教頭、校長の3人の名も挙げていた」
「懲戒解雇処分になったから、僕への復讐で嵌めた可能性はありそうだなぁ」
「でも、佐相柚葉さんが一番怪しいかもっていう可能性が浮上したんですよね」
「……どういうことなんだ?」
氷室は私の方を向いてそう言う。いつになく、目を鋭くさせている。
「私や浅野さんが所属している捜査一課に、佐相繁という警察官がいるのだ。階級は警視で年齢は50歳前後と思われる」
「その警察官の娘さんが佐相柚葉さんなのか?」
「いや、まだそれは分かっていない。可能性の段階だ」
「でも、僕を無実の罪で逮捕させるには、警察関係者の中に真犯人の協力者がいるかもしれないな。娘が真犯人で、警察官の父親が協力者なら一番自然か。警視っていうと羽賀よりも偉い立場なんだろう?」
「ああ、その通りだ」
さすがに氷室も警察関係者の中に協力者がいなければ、無実の罪で自分を逮捕させられないと考えていたか。
「しかし、そう考えるとやっかいだな。場合によっては、無理矢理にでも僕のことを起訴するかもしれない」
「その可能性は否定できないな。何とかして、不正が働いて氷室が無実の罪で逮捕されてしまったことを証明できればいいのだが」
「権力のある警察関係者が関わっているとなると、証拠はもみ消している可能性がありそうだよな。となると、色々な人から証言を取っていく方がいいんじゃないか?」
「私もそう考えている。幸いなことに、真犯人や真犯人に協力した警察関係者の候補は挙がっているから、その人物達を中心に聞き込み捜査をしようと思っている」
「そうか。僕は今、羽賀や浅野さんが言った佐相という警視が怪しそうだ。もし、佐相柚葉さんと何らかの関わりがあるとしたら、ほぼ確実に協力していそうだな」
「私もそう考えている」
佐相警視と佐相柚葉が仮に親子だとしたら、それは月が丘高校と警察の繋がりがあるということになる。そうなると、真犯人の筆頭候補は佐相柚葉さんで、その協力者は佐相警視である可能性が膨らむ。
「ふふっ、何だか智也君と羽賀さんを見ていると、いいコンビって感じがするね」
「相棒って感じがしますよね。羽賀さんの最もいいパートナーは氷室さんですね。私は足下にも及びません」
浅野さんと月村さんは微笑んで私達のことを見ている。そんなに氷室とのやり取りが面白かったのだろうか。あと、浅野さんの言う『パートナー』とは、色々な意味が含まれていそうだな。
「私は氷室と、持っている情報と考えの共有をしていただけですが」
「羽賀の言うとおりですよ。まあ、今回はたまたま同じように考えていただけで」
「でも、氷室が自由の身であれば、もっと早く真犯人が見つかりそうなのは事実だがな」
「そうかなぁ。じゃあ、岡村に頼んでみればいいんじゃないか? 捜査は足を使えって言うし。あいつでも少しは役立つと思うよ」
「……彼は感情と筋肉の塊だ。知識はそこまでないぞ。捜査に足を使えとは言われるが、正しい方向に使わなければ意味がない」
いないよりはマシだとは思うが。
「岡村から連絡とかはあったのか?」
「一応あった。驚いてはいたが、氷室にわいせつ行為なんてできる度胸はないから、絶対に無実だと豪語していたぞ」
「……好き勝手に言ってくれるなぁ」
「今夜、私の家で彼と呑むことになっているんだ。何か協力できるかもしれないから、事件のことは軽く説明しておく」
「分かった」
一般人だからこそ捜査できることもあるかもしれん。ただ、岡村だとできないこともあるかもしれんが。話してみる価値はあるだろう。
「やはり、羽賀さんと氷室さんと岡村さんは信頼し合っているんですね!」
「まあ、羽賀と岡村とは、20年くらいの付き合いですからね」
「腐れ縁というのもありますが、氷室や岡村は理由なく信頼できますよ。私も氷室が逮捕されることを知ったとき、彼の家で美来さんや月村さんと一緒にいるときの様子を思い出し、氷室は無実だと確信しました。無実なのだから、必ずどこかに真犯人に繋がる突破口があると信じております」
その突破口の一つとなりそうなのが、佐相警視と佐相柚葉さんの関係性の有無。何らかの形で2人に繋がりがあるかどうか知りたいところだ。
「美来ちゃんは無実だと証言してくれているし、羽賀さんが捜査してくれているし。何よりも智也君が羽賀さんと一緒だと元気そうだから、ちょっと安心した」
「そうですか。僕は……有紗さんの顔を見ることができて、少し疲れが取れました」
「……ふふっ」
被疑者も面会者も互いに笑顔になっている面会はあまり見たことがないな。ただ、今回は無実の罪で被疑者逮捕という特殊事例だが。
「じゃあ、あたしはそろそろ現場に戻るね。この後、チーム全員で会社側に抗議することになっているから」
「そうですか。現場の人達に美来のことを話したんですね。その……ありがとうございます。僕のことでここまでしてもらって……」
「いいのよ。それに、大切な人があたしの隣からいなくなるのは嫌だもん」
「……そうですか」
「羽賀さんもあたしに協力できることがあったら何でも言ってきて」
「ええ、分かりました」
少なくとも、岡村よりは月村さんの方が協力してもらう可能性はありそうだ。氷室と一緒に働いている人ということもあるけれども。
月村さんは浅野さんと一緒に面会室を後にした。
「では、氷室も戻るか」
「ああ。そうだ、羽賀。しつこいかもしれないけれど、僕がこうしている間は美来や有紗さんのことを守ってほしい」
「分かっている。任せておけ」
特に美来さんの方は真犯人が彼女の存在を知っているし、諸澄司というストーカー少年もいるからな。諸澄司のことを氷室が月が丘高校に伝えたそうだが、どういう対応をしているかは分かっていない。学校へ捜査をしに行った際にはそのことも訊いておくか。
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