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本編-ARIA-
第55話『音声検証』
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午後4時半。
僕達が美来の家に戻ると、小学校の授業が終わっていたからか、既に結菜ちゃんが家に帰ってきていた。結菜ちゃんはリビングで紅茶を飲みながらスマートフォンを見ている。その姿は何だか大人っぽい。
「あっ、おかえりなさい」
「ただいま、結菜。彼女、私のクラスメイトの絢瀬詩織ちゃん」
「そうなんだ。初めまして、美来お姉ちゃんの妹の朝比奈結菜です」
「初めまして、絢瀬詩織です。結菜ちゃん、美来ちゃんに似てかわいいなぁ」
あまりにも可愛いと思ったのか、詩織ちゃんは結菜ちゃんのことを抱きしめている。その際に「もふもふ~」と呟いている。
「……あっ、ごめんなさい! 結菜ちゃんが凄く可愛くて思わずもふもふしちゃった」
「いえいえ、気にしないでください。詩織さんに抱かれて気持ち良かったので」
なんて可愛くてピュアな世界なのだろうか。
「……美来ちゃん。結菜ちゃんを妹にほしいんだけど」
「ごめんね。結菜は私以外の妹にはなれない決まりになっているんだ」
「それは残念」
詩織ちゃん、妹にしたいほど結菜ちゃんのことが好きになったのか。そんな詩織ちゃんの言葉を上手くかわす美来の妹愛もなかなかだ。
「ふふっ、もうあまりしなくなったけど、姉妹で喧嘩して結菜が家出したくなったときは、詩織ちゃんの家でお世話になればいいかもね」
「いい提案ですね、お母さん」
そんなことが実際にあったら、詩織ちゃんはずっと結菜ちゃんのことをもふもふしていそうだな。
――プルルッ。
僕のスマートフォンが鳴る。
確認してみると、新着メールが1通。その送信者は『羽賀尊』となっている。
『諸澄司は素直に引き返してくれた。ただ、今回のことで、朝比奈さんのご自宅の最寄り駅が知られてしまったから、今後は駅周辺に行かない方がいいだろう』
諸澄君、さすがに警察官の言うことに対しては素直に応じたということか。羽賀の言うとおり、しばらくは駅の方に行かないほうがいいだろう。
「詩織ちゃん、さっそく録音した内容を聞かせてくれるかな」
「いいですけど……美来ちゃんも聞く?」
これから聞く内容は、アンケートを実施する際に、いじめはなかったと書くように促す後藤さんの話だ。言葉によっては、美来の心を深く傷つけてしまうかもしれない。
「大丈夫だよ。聞いてみたい。どんなことがあったのか知りたいし」
「……分かった。でも、無理しないでね」
僕達はソファーに腰を下ろす。僕の隣に座っている美来は僕の手をぎゅっと握っていた。
詩織ちゃんは制服のポケットから、スマートフォンを出し色々と操作をしてから、テーブルの上に置く。
「では、再生しますね」
詩織ちゃんが再生ボタンを押すと、ざわざわとした音が聞こえてきた。おそらく、いじめのアンケートを実施することになったから、生徒達が話しているんだろう。
『アンケート用紙は全員に行き渡ったか?』
後藤さんの声だ。音が多少こもってはいるけれど、誰がどんなことを言っているか判別するには充分だ。
何人かの生徒から「来てます」という返事が聞こえる。
『朝比奈さんはいじめがあったと言っているが、先生はいじめがなかったと思っている。だから、いじめはないとアンケートには書いてほしい』
ここまでストレートにいじめはないとアンケートに書けと言っていると、怒りを通り越して呆れてしまう。どういう考えを持っていれば、こういうことをさらりと言えてしまうのだろうか。
『アンケートは形として残る。後で面倒なことになりたくないなら、どういう風に書けばいいのか……この学校に入学できたお前達なら分かるよな?』
これはモロに圧力を掛けてきているな。おそらく、後藤さんも詩織ちゃんのようにいじめの場では何も言えなかったものの、アンケートには事実を書く生徒がいると危惧して言ったのだろう。
『あと、このことは誰にも話すんじゃないぞ。話したら、みんなもこの学校にはいられなくなるからな』
というところで、録音が終わっていた。
これは……決定的な証拠だな。後藤さんが、アンケートにはいじめはないという記述をするように圧力を掛けている。
「これが録音した内容の全てです。本当だったら、もっと録音した方がいいと思ったんですが、後藤先生があんなことを言っていたので、アンケート内容の写真を撮った方がいいと思って、その機会を伺うことにしたんです」
「それは英断だったと思うよ、詩織ちゃん」
「無記名だったので、写真に撮った回答で提出しました。ただ、筆跡とかでその回答を書いたのが私なのは、いずれ分かってしまうと思います」
それでも、詩織ちゃんはいじめの内容を詳細に記述して提出した。そして、後藤先生の発言を録音し、アンケートの自身の回答を写真に撮っておいた。今の僕らにとって、詩織ちゃんの行動力には頭が上がらない。
「ありがとう、詩織ちゃん。この録音データと美来に送ってくれた写真があれば、アンケートに不正があったと証明できるよ」
「……少しでも、状況が改善するのであれば嬉しいです。私にはこのくらいしかできませんでした。早くこのことを知らせた方がいいと思っていました。そんな中で美来ちゃんから、アンケートのことについてメッセージを受け取ったので、例の写真を送ったんです」
「そうだったんだね」
詩織ちゃんその判断は正しいだろう。アンケートは誰が書いたのかいずれバレる恐れがあるなら、早くこのことを誰かに伝えた方がいい。
「……ごめんなさい。私、お手洗いに行ってきますね」
そう言う美来は今にも眼から涙がこぼれ落ちそうだった。泣く姿を見られたくないのか、足早にリビングを後にした。
「許せないよ! こんなことを言う先生も、お姉ちゃんをいじめた人達も……」
結菜ちゃんは大きな声で怒りを口にする。美来の悲しげな様子を見て、より強い怒りを抱いているんだろう。
「落ち着きなさい、結菜」
「だって、今の話を聞いたら、後藤っていう担任の先生だって、お姉ちゃんをいじめているようなものじゃない! 面倒だとか言って……」
「結菜の気持ちは痛いほどに分かるわ。お母さんだって同じ気持ちよ……」
結菜ちゃんの言うとおりだ。本人がいないからって、美来の受けたいじめを「面倒なこと」と言って、それを適当に流そうにしていることが伺える。結菜ちゃんが先生もいじめていると捉えるのも頷ける。
僕も今の録音内容を聞いて、当然怒りを覚える。しかし、僕ぐらいは冷静でいないと。感情だけで事を進めようとしたら、再び学校側の思う壺になってしまうかもしれない。
「詩織ちゃん、美来のために本当にありがとう。あとは僕達が絶対に何とかするから」
「……お願いします」
詩織ちゃんが頑張って収集してくれた情報を基に、後藤さんに対する反論をしっかりと考えていかないと。
――プルルッ。
家の電話が鳴っている。まさかとは思うけれど、学校からか?
「学校からです」
前回の電話から3時間くらいしか経っていないぞ。この短い時間の中で何が分かったというのだろうか。
「詩織ちゃんは声を出さないでね」
「……はい」
スマートフォンで録音の準備ができてから、果歩さんに通話に出てもらう。
「はい、朝比奈ですが」
『月が丘高等学校の後藤です。お世話になっております』
「お世話に……なっております」
果歩さんは震えるほどに右手を強く握っている。
やはり、相手は後藤さんか。おそらく、美来が名を挙げた生徒への個人面談をしたけれど、本人達はいじめなんてしないと言っている、ということを伝えてくるんじゃないかな。
『おや、氷室さんはいないのですか? 彼に伝えたいことがあるのですが……』
「すぐに代わりますね。氷室さん」
「……ええ」
このタイミングで後藤さんから電話がかかってきたのは予想外だけど、こうなったらここで彼に釘を刺してやろうじゃないか。事実に勝る嘘なんてないんだと。
僕達が美来の家に戻ると、小学校の授業が終わっていたからか、既に結菜ちゃんが家に帰ってきていた。結菜ちゃんはリビングで紅茶を飲みながらスマートフォンを見ている。その姿は何だか大人っぽい。
「あっ、おかえりなさい」
「ただいま、結菜。彼女、私のクラスメイトの絢瀬詩織ちゃん」
「そうなんだ。初めまして、美来お姉ちゃんの妹の朝比奈結菜です」
「初めまして、絢瀬詩織です。結菜ちゃん、美来ちゃんに似てかわいいなぁ」
あまりにも可愛いと思ったのか、詩織ちゃんは結菜ちゃんのことを抱きしめている。その際に「もふもふ~」と呟いている。
「……あっ、ごめんなさい! 結菜ちゃんが凄く可愛くて思わずもふもふしちゃった」
「いえいえ、気にしないでください。詩織さんに抱かれて気持ち良かったので」
なんて可愛くてピュアな世界なのだろうか。
「……美来ちゃん。結菜ちゃんを妹にほしいんだけど」
「ごめんね。結菜は私以外の妹にはなれない決まりになっているんだ」
「それは残念」
詩織ちゃん、妹にしたいほど結菜ちゃんのことが好きになったのか。そんな詩織ちゃんの言葉を上手くかわす美来の妹愛もなかなかだ。
「ふふっ、もうあまりしなくなったけど、姉妹で喧嘩して結菜が家出したくなったときは、詩織ちゃんの家でお世話になればいいかもね」
「いい提案ですね、お母さん」
そんなことが実際にあったら、詩織ちゃんはずっと結菜ちゃんのことをもふもふしていそうだな。
――プルルッ。
僕のスマートフォンが鳴る。
確認してみると、新着メールが1通。その送信者は『羽賀尊』となっている。
『諸澄司は素直に引き返してくれた。ただ、今回のことで、朝比奈さんのご自宅の最寄り駅が知られてしまったから、今後は駅周辺に行かない方がいいだろう』
諸澄君、さすがに警察官の言うことに対しては素直に応じたということか。羽賀の言うとおり、しばらくは駅の方に行かないほうがいいだろう。
「詩織ちゃん、さっそく録音した内容を聞かせてくれるかな」
「いいですけど……美来ちゃんも聞く?」
これから聞く内容は、アンケートを実施する際に、いじめはなかったと書くように促す後藤さんの話だ。言葉によっては、美来の心を深く傷つけてしまうかもしれない。
「大丈夫だよ。聞いてみたい。どんなことがあったのか知りたいし」
「……分かった。でも、無理しないでね」
僕達はソファーに腰を下ろす。僕の隣に座っている美来は僕の手をぎゅっと握っていた。
詩織ちゃんは制服のポケットから、スマートフォンを出し色々と操作をしてから、テーブルの上に置く。
「では、再生しますね」
詩織ちゃんが再生ボタンを押すと、ざわざわとした音が聞こえてきた。おそらく、いじめのアンケートを実施することになったから、生徒達が話しているんだろう。
『アンケート用紙は全員に行き渡ったか?』
後藤さんの声だ。音が多少こもってはいるけれど、誰がどんなことを言っているか判別するには充分だ。
何人かの生徒から「来てます」という返事が聞こえる。
『朝比奈さんはいじめがあったと言っているが、先生はいじめがなかったと思っている。だから、いじめはないとアンケートには書いてほしい』
ここまでストレートにいじめはないとアンケートに書けと言っていると、怒りを通り越して呆れてしまう。どういう考えを持っていれば、こういうことをさらりと言えてしまうのだろうか。
『アンケートは形として残る。後で面倒なことになりたくないなら、どういう風に書けばいいのか……この学校に入学できたお前達なら分かるよな?』
これはモロに圧力を掛けてきているな。おそらく、後藤さんも詩織ちゃんのようにいじめの場では何も言えなかったものの、アンケートには事実を書く生徒がいると危惧して言ったのだろう。
『あと、このことは誰にも話すんじゃないぞ。話したら、みんなもこの学校にはいられなくなるからな』
というところで、録音が終わっていた。
これは……決定的な証拠だな。後藤さんが、アンケートにはいじめはないという記述をするように圧力を掛けている。
「これが録音した内容の全てです。本当だったら、もっと録音した方がいいと思ったんですが、後藤先生があんなことを言っていたので、アンケート内容の写真を撮った方がいいと思って、その機会を伺うことにしたんです」
「それは英断だったと思うよ、詩織ちゃん」
「無記名だったので、写真に撮った回答で提出しました。ただ、筆跡とかでその回答を書いたのが私なのは、いずれ分かってしまうと思います」
それでも、詩織ちゃんはいじめの内容を詳細に記述して提出した。そして、後藤先生の発言を録音し、アンケートの自身の回答を写真に撮っておいた。今の僕らにとって、詩織ちゃんの行動力には頭が上がらない。
「ありがとう、詩織ちゃん。この録音データと美来に送ってくれた写真があれば、アンケートに不正があったと証明できるよ」
「……少しでも、状況が改善するのであれば嬉しいです。私にはこのくらいしかできませんでした。早くこのことを知らせた方がいいと思っていました。そんな中で美来ちゃんから、アンケートのことについてメッセージを受け取ったので、例の写真を送ったんです」
「そうだったんだね」
詩織ちゃんその判断は正しいだろう。アンケートは誰が書いたのかいずれバレる恐れがあるなら、早くこのことを誰かに伝えた方がいい。
「……ごめんなさい。私、お手洗いに行ってきますね」
そう言う美来は今にも眼から涙がこぼれ落ちそうだった。泣く姿を見られたくないのか、足早にリビングを後にした。
「許せないよ! こんなことを言う先生も、お姉ちゃんをいじめた人達も……」
結菜ちゃんは大きな声で怒りを口にする。美来の悲しげな様子を見て、より強い怒りを抱いているんだろう。
「落ち着きなさい、結菜」
「だって、今の話を聞いたら、後藤っていう担任の先生だって、お姉ちゃんをいじめているようなものじゃない! 面倒だとか言って……」
「結菜の気持ちは痛いほどに分かるわ。お母さんだって同じ気持ちよ……」
結菜ちゃんの言うとおりだ。本人がいないからって、美来の受けたいじめを「面倒なこと」と言って、それを適当に流そうにしていることが伺える。結菜ちゃんが先生もいじめていると捉えるのも頷ける。
僕も今の録音内容を聞いて、当然怒りを覚える。しかし、僕ぐらいは冷静でいないと。感情だけで事を進めようとしたら、再び学校側の思う壺になってしまうかもしれない。
「詩織ちゃん、美来のために本当にありがとう。あとは僕達が絶対に何とかするから」
「……お願いします」
詩織ちゃんが頑張って収集してくれた情報を基に、後藤さんに対する反論をしっかりと考えていかないと。
――プルルッ。
家の電話が鳴っている。まさかとは思うけれど、学校からか?
「学校からです」
前回の電話から3時間くらいしか経っていないぞ。この短い時間の中で何が分かったというのだろうか。
「詩織ちゃんは声を出さないでね」
「……はい」
スマートフォンで録音の準備ができてから、果歩さんに通話に出てもらう。
「はい、朝比奈ですが」
『月が丘高等学校の後藤です。お世話になっております』
「お世話に……なっております」
果歩さんは震えるほどに右手を強く握っている。
やはり、相手は後藤さんか。おそらく、美来が名を挙げた生徒への個人面談をしたけれど、本人達はいじめなんてしないと言っている、ということを伝えてくるんじゃないかな。
『おや、氷室さんはいないのですか? 彼に伝えたいことがあるのですが……』
「すぐに代わりますね。氷室さん」
「……ええ」
このタイミングで後藤さんから電話がかかってきたのは予想外だけど、こうなったらここで彼に釘を刺してやろうじゃないか。事実に勝る嘘なんてないんだと。
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