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本編-ARIA-
第52話『Evidence』
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「智也さん、コーヒーです」
「ありがとう、美来」
僕は美来が淹れてくれたコーヒーを一口飲んで、一度、気持ちを落ち着かせる。うん、やっぱり僕が普段飲んでいるコーヒーよりも美味しいな。あとで、どこのメーカーから発売されているのか聞いてみよう。
「……みんな、いじめだと思っていないから、いじめはないと書いたのでしょうか」
美来の言葉がチクッと胸に刺さる。
「私がいじめだと思っていても、向こうがいじめだと思っていなかったら……アンケートには反映されない。だから、先生はクラスでのいじめなんてないと言っているんじゃないでしょうか」
そう言う美来は寂しい笑みを浮かべていた。いじめは心や笑顔に傷を付けていくんだと思い知る。
「……そんなことないわよ、美来。美来がいじめだと思ったら、それはもういじめなの。そして、美来は何も悪くないの」
「果歩さんの言うとおりだよ」
「お母さん、智也さん……」
美来の眼からはいくつもの涙がこぼれ落ちる。そんな彼女のことを果歩さんはぎゅっと抱きしめていた。
「でも、氷室さん。学校側も随分と私達に無理難題を突きつけてきた感じがしますね」
「ええ。迂闊でした。僕がアンケート結果についてねじ曲げられた、隠蔽された、圧力がかけられたのではないかと言ってしまったので。それを逆手にとって、いずれかの疑惑を一つでも証明できなければ、いじめがあったと認めないと言われてしまいました。申し訳ないです」
それらも「美来がクラスメイトからいじめを受けていた」ことを証明できる証拠を示せば、一発で解決するけれど。
「氷室さんは何も悪くありません。それに、私は昨日の後藤先生の態度から、学校側はきちんとクラスのいじめを調査するかどうか疑問に思っていました。声楽部でのいじめがあったことを上手く利用しているのではないかと……」
「そうですね……」
声楽部の生徒がいじめていたことを告白したので、学校でいじめがあった事実は隠せなくなった。声楽部でのいじめの存在はあっさりと認めたのに、どうしてクラスの方でのいじめはないと主張し続けるのだろうか。
「それでも、氷室さんのおかげで、一度はちゃんと調査するような感じだったのに……」
「……ええ。後藤さんだけがいじめを明らかにしたくないだけなら、昨日の電話したことでちゃんと調査に乗り出すと思うんですよ。ただ、実際は違いました。むしろ、昨日よりもいじめはないという姿勢を強めているようにも思えるのです」
「もしかして、組織的にクラスでのいじめをなかったことに……?」
「ええ、その可能性は大いにありますね。それなら、後藤さんのあの強気な姿勢も納得できます」
ただ、クラスのいじめだけ隠そうとしていることがどうも引っかかる。事を大きくしたくないのか。それともいじめに関わっていると分かってしまうと、とんでもなくまずい状況に陥る生徒がいるのか。それとも、外部から隠蔽するように圧力がかけられているのか。
「それで、これからどうしましょうか。学校側からの連絡を待っているだけでは、事実を明らかにできないかもしれないんですよね」
「そうですね」
そうだ、今は学校側がいじめを隠そうとする理由よりも、現状を打破するための証拠集めをしていかなければならない。
「でも、どうすればいいんでしょう」
「先ほどの電話は録音しました。なので、電話で伝えられた内容とアンケートの結果の差異については、アンケートそのものを見せてもらえれば確認できます。しかし、守秘義務とか言われてアンケートを見せるのを断られちゃいましたからね……」
「アンケートをするときに圧力を掛けたというのも、実際に1年1組の生徒に話を聞かないといけませんよね」
「ええ……」
僕はもちろんそんな生徒は知らないし、明美ちゃんに調査をお願いしてもらうようにメッセージを送っておくか。
「明美ちゃんにメッセージを送っておきます」
「お願いします」
「私も……信頼できるクラスメイトの友人が1人いるので、その子にメッセージを送ってみます」
「分かった」
そのことで、反撃のきっかけを作れればいいな。
僕は明美ちゃんに、アンケートについての聞き込み調査をお願いするメッセージを送る。
すると、すぐに分かったという旨のメッセージが返ってきた。授業中じゃないのかと思ったけど、時刻は午後3時過ぎ。授業は終わっているのかも。
「多少でも、明美ちゃんの方から分かればいいんですけど。あと、考えられる方法は……声楽部の方と同じように、1年1組の生徒の誰かが自らいじめを認めることです。美来が名を挙げた佐相柚葉さんや種島奈那さんが認めれば一番いいですが……そうなる可能性は薄いでしょうね。声楽部の場合も明美ちゃんの協力があって、ようやくいじめたことを認めてくれましたし……」
職員にばれないように、美来のことを『アリア』と言っていたほどだ。今更になって自分から、美来をいじめたことを認めはしないだろう。
「こうなったら、一度……羽賀と相談するのがいいかもしれません」
「羽賀さんというのは?」
「警視庁に勤めている僕の親友です。彼にも一応、美来の受けたいじめについては伝えていて。何かあったときには相談に乗ると」
「そうですか。警察の方に連絡する前に、一度、羽賀さんにご相談した方がいいかもしれませんね」
法律という視点からアドバイスをしてもらって、警察に頼んだら捜査をしてもらえるかどうか聞いてみることにするか。
羽賀に連絡をしようとスマートフォンを手に取ったときだった。
――プルルッ。
僕のスマートフォンは鳴っていない。美来か果歩さんのスマートフォンが鳴っていると思われる。
「私のスマートフォンです。メッセージが届いたんですね」
美来のスマートフォンだったか。例の信頼できる友達からのメッセージだといいな。
「智也さん! 例の友達からなんですけど、これを見てください……」
「えっ?」
僕は美来のスマートフォンを見せてもらう。『絢瀬詩織』という名前の子との個人メッセージのやり取りか。
『メッセージありがとう。私もアンケートのことで美来ちゃんに話したいと思っていたの。授業も終わったから今から、どこかで会えないかな? もちろん、私1人で行くつもりだよ』
それなら、今すぐにでも絢瀬さんという女の子と会って話したいところだ。
「お友達の名前は何て言うのかな」
「絢瀬詩織ちゃんです。最初は助けてくれていたんですけど、段々と何も言えなくなってきたみたいで……」
「じゃあ、特に美来をいじめているわけじゃないんだね」
「はい、もちろんです」
信頼できるって言っていたもんな。それなら、これから会っても大丈夫かな。会う場所は安全のことも考えてここが一番いいだろう。
「家に来てもらうようにしよう。待ち合わせは最寄り駅にしてもらえるかな」
諸澄君のストーカー行為を考慮しないといけないから。万が一のことを考えて、その対策もしておかないといけないな。
「分かりました、では……」
美来が絢瀬さんにメッセージを打とうとしたときだった。
「えっと、これって……」
美来がそう呟くので彼女のスマートフォンを見てみると、絢瀬さんから1枚の写真が送られてきた。プリントのようなものが映っているけれど。まさか、例のアンケート用紙なのか?
写真をじっくりと見てみると、
『Q. 朝比奈美来さんがクラスでいじめられている場面を見たことがありますか?』
という問いに対して、シャーペンで書かれた文字は絢瀬さんのものだろうか。書かれていた答えは、
『何度も見たことがあります。
中心になっていたのは佐相柚葉さんと種島奈那さん。他の生徒もいじめに関わっていました。他のクラスの生徒や部活の先輩からも虐められていたと本人から聞いています』
はっきりとそう書かれていたのだ。
それからも、何枚も写真が送られてくる。写真を見ていくと、1年1組でのいじめがあったことを詳細にアンケートに記されていたことが分かった。
「このまま提出されていたのなら、後藤先生がこの回答を隠していたのは事実ね……」
「そうですね。美来、この文字は絢瀬さんのものかな?」
「多分、そうだと思います」
後藤さんも、それらしき回答はあると言っていたけれど、実際にはここまで詳細にクラスでのいじめについての回答が存在していたんだ。
「これは反撃の証拠になりますね。まずは、絢瀬さんとじっくりと話したいです。美来、駅で待ち合わせをしようとメッセージを送ってくれないかな」
「分かりました」
「ちなみに学校の門を出てから、この家の最寄り駅までどのくらいかかる?」
「30分くらいでしょうか」
「じゃあ、午後4時に改札前に待ち合わせにしてくれないかな。僕の方も準備したいことがあるから」
「了解です。詩織ちゃんにはそう伝えておきますね」
思わぬ形でアンケートの真実が見えてきたな。
さあ、後藤さん。どうやら、あなたの思惑通りにはならないかもしれませんよ。僕達が逆襲するその瞬間は、もうすぐそこまで迫っている……はずだ。
「ありがとう、美来」
僕は美来が淹れてくれたコーヒーを一口飲んで、一度、気持ちを落ち着かせる。うん、やっぱり僕が普段飲んでいるコーヒーよりも美味しいな。あとで、どこのメーカーから発売されているのか聞いてみよう。
「……みんな、いじめだと思っていないから、いじめはないと書いたのでしょうか」
美来の言葉がチクッと胸に刺さる。
「私がいじめだと思っていても、向こうがいじめだと思っていなかったら……アンケートには反映されない。だから、先生はクラスでのいじめなんてないと言っているんじゃないでしょうか」
そう言う美来は寂しい笑みを浮かべていた。いじめは心や笑顔に傷を付けていくんだと思い知る。
「……そんなことないわよ、美来。美来がいじめだと思ったら、それはもういじめなの。そして、美来は何も悪くないの」
「果歩さんの言うとおりだよ」
「お母さん、智也さん……」
美来の眼からはいくつもの涙がこぼれ落ちる。そんな彼女のことを果歩さんはぎゅっと抱きしめていた。
「でも、氷室さん。学校側も随分と私達に無理難題を突きつけてきた感じがしますね」
「ええ。迂闊でした。僕がアンケート結果についてねじ曲げられた、隠蔽された、圧力がかけられたのではないかと言ってしまったので。それを逆手にとって、いずれかの疑惑を一つでも証明できなければ、いじめがあったと認めないと言われてしまいました。申し訳ないです」
それらも「美来がクラスメイトからいじめを受けていた」ことを証明できる証拠を示せば、一発で解決するけれど。
「氷室さんは何も悪くありません。それに、私は昨日の後藤先生の態度から、学校側はきちんとクラスのいじめを調査するかどうか疑問に思っていました。声楽部でのいじめがあったことを上手く利用しているのではないかと……」
「そうですね……」
声楽部の生徒がいじめていたことを告白したので、学校でいじめがあった事実は隠せなくなった。声楽部でのいじめの存在はあっさりと認めたのに、どうしてクラスの方でのいじめはないと主張し続けるのだろうか。
「それでも、氷室さんのおかげで、一度はちゃんと調査するような感じだったのに……」
「……ええ。後藤さんだけがいじめを明らかにしたくないだけなら、昨日の電話したことでちゃんと調査に乗り出すと思うんですよ。ただ、実際は違いました。むしろ、昨日よりもいじめはないという姿勢を強めているようにも思えるのです」
「もしかして、組織的にクラスでのいじめをなかったことに……?」
「ええ、その可能性は大いにありますね。それなら、後藤さんのあの強気な姿勢も納得できます」
ただ、クラスのいじめだけ隠そうとしていることがどうも引っかかる。事を大きくしたくないのか。それともいじめに関わっていると分かってしまうと、とんでもなくまずい状況に陥る生徒がいるのか。それとも、外部から隠蔽するように圧力がかけられているのか。
「それで、これからどうしましょうか。学校側からの連絡を待っているだけでは、事実を明らかにできないかもしれないんですよね」
「そうですね」
そうだ、今は学校側がいじめを隠そうとする理由よりも、現状を打破するための証拠集めをしていかなければならない。
「でも、どうすればいいんでしょう」
「先ほどの電話は録音しました。なので、電話で伝えられた内容とアンケートの結果の差異については、アンケートそのものを見せてもらえれば確認できます。しかし、守秘義務とか言われてアンケートを見せるのを断られちゃいましたからね……」
「アンケートをするときに圧力を掛けたというのも、実際に1年1組の生徒に話を聞かないといけませんよね」
「ええ……」
僕はもちろんそんな生徒は知らないし、明美ちゃんに調査をお願いしてもらうようにメッセージを送っておくか。
「明美ちゃんにメッセージを送っておきます」
「お願いします」
「私も……信頼できるクラスメイトの友人が1人いるので、その子にメッセージを送ってみます」
「分かった」
そのことで、反撃のきっかけを作れればいいな。
僕は明美ちゃんに、アンケートについての聞き込み調査をお願いするメッセージを送る。
すると、すぐに分かったという旨のメッセージが返ってきた。授業中じゃないのかと思ったけど、時刻は午後3時過ぎ。授業は終わっているのかも。
「多少でも、明美ちゃんの方から分かればいいんですけど。あと、考えられる方法は……声楽部の方と同じように、1年1組の生徒の誰かが自らいじめを認めることです。美来が名を挙げた佐相柚葉さんや種島奈那さんが認めれば一番いいですが……そうなる可能性は薄いでしょうね。声楽部の場合も明美ちゃんの協力があって、ようやくいじめたことを認めてくれましたし……」
職員にばれないように、美来のことを『アリア』と言っていたほどだ。今更になって自分から、美来をいじめたことを認めはしないだろう。
「こうなったら、一度……羽賀と相談するのがいいかもしれません」
「羽賀さんというのは?」
「警視庁に勤めている僕の親友です。彼にも一応、美来の受けたいじめについては伝えていて。何かあったときには相談に乗ると」
「そうですか。警察の方に連絡する前に、一度、羽賀さんにご相談した方がいいかもしれませんね」
法律という視点からアドバイスをしてもらって、警察に頼んだら捜査をしてもらえるかどうか聞いてみることにするか。
羽賀に連絡をしようとスマートフォンを手に取ったときだった。
――プルルッ。
僕のスマートフォンは鳴っていない。美来か果歩さんのスマートフォンが鳴っていると思われる。
「私のスマートフォンです。メッセージが届いたんですね」
美来のスマートフォンだったか。例の信頼できる友達からのメッセージだといいな。
「智也さん! 例の友達からなんですけど、これを見てください……」
「えっ?」
僕は美来のスマートフォンを見せてもらう。『絢瀬詩織』という名前の子との個人メッセージのやり取りか。
『メッセージありがとう。私もアンケートのことで美来ちゃんに話したいと思っていたの。授業も終わったから今から、どこかで会えないかな? もちろん、私1人で行くつもりだよ』
それなら、今すぐにでも絢瀬さんという女の子と会って話したいところだ。
「お友達の名前は何て言うのかな」
「絢瀬詩織ちゃんです。最初は助けてくれていたんですけど、段々と何も言えなくなってきたみたいで……」
「じゃあ、特に美来をいじめているわけじゃないんだね」
「はい、もちろんです」
信頼できるって言っていたもんな。それなら、これから会っても大丈夫かな。会う場所は安全のことも考えてここが一番いいだろう。
「家に来てもらうようにしよう。待ち合わせは最寄り駅にしてもらえるかな」
諸澄君のストーカー行為を考慮しないといけないから。万が一のことを考えて、その対策もしておかないといけないな。
「分かりました、では……」
美来が絢瀬さんにメッセージを打とうとしたときだった。
「えっと、これって……」
美来がそう呟くので彼女のスマートフォンを見てみると、絢瀬さんから1枚の写真が送られてきた。プリントのようなものが映っているけれど。まさか、例のアンケート用紙なのか?
写真をじっくりと見てみると、
『Q. 朝比奈美来さんがクラスでいじめられている場面を見たことがありますか?』
という問いに対して、シャーペンで書かれた文字は絢瀬さんのものだろうか。書かれていた答えは、
『何度も見たことがあります。
中心になっていたのは佐相柚葉さんと種島奈那さん。他の生徒もいじめに関わっていました。他のクラスの生徒や部活の先輩からも虐められていたと本人から聞いています』
はっきりとそう書かれていたのだ。
それからも、何枚も写真が送られてくる。写真を見ていくと、1年1組でのいじめがあったことを詳細にアンケートに記されていたことが分かった。
「このまま提出されていたのなら、後藤先生がこの回答を隠していたのは事実ね……」
「そうですね。美来、この文字は絢瀬さんのものかな?」
「多分、そうだと思います」
後藤さんも、それらしき回答はあると言っていたけれど、実際にはここまで詳細にクラスでのいじめについての回答が存在していたんだ。
「これは反撃の証拠になりますね。まずは、絢瀬さんとじっくりと話したいです。美来、駅で待ち合わせをしようとメッセージを送ってくれないかな」
「分かりました」
「ちなみに学校の門を出てから、この家の最寄り駅までどのくらいかかる?」
「30分くらいでしょうか」
「じゃあ、午後4時に改札前に待ち合わせにしてくれないかな。僕の方も準備したいことがあるから」
「了解です。詩織ちゃんにはそう伝えておきますね」
思わぬ形でアンケートの真実が見えてきたな。
さあ、後藤さん。どうやら、あなたの思惑通りにはならないかもしれませんよ。僕達が逆襲するその瞬間は、もうすぐそこまで迫っている……はずだ。
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