サクラブストーリー

桜庭かなめ

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特別編5-再会と出会いと三者面談編-

第7話『お母さんのいる朝』

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 6月11日、木曜日。
 ゆっくりと目を覚ますと、薄暗い中で天井が見えた。この家に住み始めてから2ヶ月以上経っているから、すっかりと見慣れた天井だ。
 昨日の夜はお母さんとお喋りしたり、ダイちゃんと3人でアニメを観たりして盛り上がったから、日付が変わる直前くらいまで起きていたんだよね。結構いい目覚めだけど、まさか寝坊しちゃった?

「何時だろう……」
「6時52分だよ」
「……えっ?」

 すぐ側から、お母さんの声が聞こえてきた。
 声がする方に体を向けると、ベッドに両腕を乗せてこちらを見ているお母さんの姿が。Tシャツの上に赤いエプロンを身につけている。私と目が合うと、お母さんは可愛い笑顔になる。

「おはよう、文香」
「……おはよう、お母さん」

 お母さんは昨日、三者面談のために四鷹にやってきた。それは分かっている。だけど、お母さんと離れてダイちゃんの家での生活に慣れたから、目が覚めてすぐにお母さんの声が聞こえたり、お母さんの笑顔が見られたりすると夢じゃないかと思ってしまう。しかも、この部屋で。舌を軽く噛むと確かな痛みが感じられた。それに伴って、僅かに残っていた眠気が吹っ飛んだ。

「ちょっと痛そうな顔してるね。もしかして、まだ夢だと思って舌を噛んでみた?」
「……正解です。お見通しなんだね」
「そりゃ親だもの」

 ふふっ、と楽しそうに笑うと、お母さんは私の頭を撫でてくれる。その感触とふとんの温かさでまた眠気が。でも、7時ちょっと前だし、今日も学校があるからこのまま起きた方がいいかな。

「ねえ、お母さん。どうして寝ている私を見ていたの? それと、何故にエプロン姿?」
「早めに起きたからね。朝ご飯に何か一品でも作りたいと思って。優子はのんびりしていていいって言ってくれたけど。文香の大好きな甘めの玉子焼きを作ったの」
「玉子焼き作ってくれたんだ! 嬉しいなぁ」

 再び襲ってきた眠気も、玉子焼きのおかげで吹っ飛んだ。お母さんの玉子焼きはとても美味しいから。また食べられるなんて幸せ。

「文香と大輝君は平日は7時くらいに起きるって優子に教えてもらったの。だから、その時間になるまでは文香の可愛い寝顔を見ようと思ったのよ。文香の寝顔もまたしばらく生で見られなくなるから。文香の寝顔、可愛かったわぁ」
「ふふっ」

 そんなお母さんもやっていることが可愛い。もしかしたら、普段はお父さんの寝顔を楽しんでいるのかも。

「7時近いし、大輝君を起こしに行く?」
「そうだね。まだ寝ているかもしれないし。寝顔を見たいし」
「お母さんも今の大輝君の寝顔に興味があるわ。じゃあ、さっそく行こうか」
「うんっ」

 私はベッドから降りて、お母さんと一緒に部屋から出る。
 洗面所にダイちゃんの姿はなく、お手洗いも電気は消されていて鍵は解錠のまま。ダイちゃんがお手洗いに入っているならこの状態はあり得ないので、今も部屋にいるんだと思う。
 ダイちゃんの部屋の前まで行き、扉に耳をくっつけると……中から物音が聞こえないな。

「まだ寝ていそう」
「じゃあ、こっそり入らないとねっ」

 楽しそうに話すお母さん。ダイちゃんの寝顔を見るのがそんなに楽しみなのかな。
 扉をそっと開けて、部屋の中を確認すると……膨らむ掛け布団が見える。耳を澄ますと、ダイちゃんの寝息も聞こえてくる。
 ダイちゃんが起きないように、私達はベッドの側まで忍び足で近づく。そのことで、ダイちゃんを起こさずにベッドの近くまで行くことができた。ダイちゃんは仰向けの状態で気持ち良さそうに寝ている。

「大輝君、気持ち良さそうに寝ているわね。寝顔は何年も見ていないけど、高校生になっても可愛い寝顔ね」
「そうだね、お母さんっ」

 ダイちゃんの寝顔が本当に可愛い。これが初めてじゃないけど、寝顔を見るとキュンってなるよ。ダイちゃんよりも早く起きられたご褒美って感じ。好き好き好きっ!

「さあ、文香。大輝君を起こしてあげなさい。目覚めのキスをしちゃえば?」
「キ、キスは起きてからするのっ」
「あらそうなの」

 ふふっ、と小声で笑うお母さん。
 私はダイちゃんの胸元辺りをポンポンと叩いて、

「ダイちゃん、朝だよ。起きて」

 ダイちゃんに向かってそう言葉をかける。いい目覚めになるように、優しい声色で。

「んっ……」

 ダイちゃんはそんな声を漏らすと、ゆっくりと目を覚ました。とろんとした目つきで私の方を見ると、ダイちゃんは微笑みかけてくれる。

「……おはよう、サクラ。起こしてくれてありがとう……」
「おはよう、ダイちゃん」

 寝顔も可愛かったけど、微笑みながらおはようって言ってくれるダイちゃんも凄く可愛いっ!

「あっ、美紀さんも起こしに来てくれたんですね。おはようございます」
「おはよう、大輝君。ひさしぶりに大輝君の可愛い寝顔を見られて嬉しいわ。あと、文香から聞いたけど、2人は起きたらキスするんだってね。あたしのことは気にせずおはようのキスをしちゃって!」

 そう言いながらも、お母さんは目を輝かせ、ワクワクとした様子でダイちゃんと私のことを見てくる。こりゃ、ダイちゃんとキスするまではこのままだろうなぁ。
 ダイちゃんは……視線をちらつかせながらはにかんでる。ダイちゃんには悪いけど、そんな顔も可愛いっ。

「ダイちゃん。いつもみたいに……しよっか。今日は私からするよ」
「そ、そうか。分かった。しよう」
「うんっ。おはよう、ダイちゃん」
「……おはよう、サクラ」

 私はダイちゃんにおはようのキスをする。
 唇が触れた瞬間、すぐ近くから「きゃっ」とお母さんの黄色い声が聞こえてきて。そのことでちょっと恥ずかしい気分になるけど、ダイちゃんとキスする幸せの方が勝った。
 ゆっくりと唇を離すと、すぐ目の前には優しい笑みを浮かべるダイちゃんの顔が。そんな顔をされるとまたキスしたくなっちゃう。でも、そうしたら止まらなくなりそうだし、何よりもお母さんが側にいるから、おはようのキスはこれで終わらせた。

「娘カップルのキスシーンを見てキュンとなったわ。ごちそうさまでした。顔を洗ったり、歯を磨いたりしたら、1階に降りてきなさいね。朝ご飯を用意しておくから」
「うん、分かったよ、お母さん」
「分かりました」

 その後、2階の洗面所でダイちゃんと一緒に顔を洗ったり、歯を磨いたり。部屋で制服に着替えたりして、1階のキッチンに向かった。
 キッチンに行くと、エプロン姿のお母さんと優子さん、スーツのワイシャツ姿の徹さんが楽しそうに喋っており、徹さんは既に朝ご飯を食べ始めていた。今までと同じ平和な朝だけど、お母さんがいるので不思議な感じだ。
 ダイちゃんと私は3人に朝の挨拶して、それぞれ自分の分のご飯とほうれん草の味噌汁をよそい、冷たい緑茶を用意した。おかずは焼き鮭とお母さん特製の玉子焼きか。まさに和の朝食。

「いただきます」
「いただきまーす」

 ダイちゃんと私も朝ご飯を食べ始める。
 最初に食べるのは……もちろん、お母さん特製の玉子焼き。箸で一口分切り分けて、口の中に入れた。

「……あぁ、美味しい」

 口の中に入れた瞬間、玉子焼きの甘味が感じられて。噛んでいく度にその甘味が口いっぱいに広がっていく。ふんわり加減もちょうどいいし。ダイちゃんや優子さんの作る玉子焼きも美味しいけど、お母さんの玉子焼きが一番だ。

「玉子焼き美味いよな、サクラ」
「うんっ」
「文香と大輝君がそう言ってくれて嬉しいわ」

 そう言うお母さんは嬉しそうな笑顔になっている。そういえば、一緒に住んでいた頃は朝から今のような笑顔を見せてくれることが多かったっけ。

「あたし達も食べようか、優子」
「そうだね」

 それからは5人で朝食を食べる。
 朝食にはお母さん特製の玉子焼きがあるし、お母さんとお喋りできる。だから、いつも以上に美味しくて。普段よりも元気が出た気がする。今日も学校は午前中だけなので、あっという間に過ぎていきそう。
 普段通り、先に徹さんがお仕事に出かけ、午前8時を過ぎたところで私はダイちゃんと一緒に学校に向けて出発する。

「母さん、美紀さん、いってきます」
「お母さん、優子さん、いってきます!」
「2人ともいってらっしゃい」
「いってらっしゃい。お昼ご飯はあたしの作る焼きそばだよ」
「そうなんだ!」

 お昼ご飯が大好物の焼きそばだと分かったから、つい大きな声で返事してしまった。そのことにダイちゃんもお母さんも優子さんも声に出して笑う。

「良かったな、文香」
「焼きそばは文香の大好物だものね」
「文香ちゃん可愛いわ」
「焼きそば大好きですから」

 今日の学校をより頑張れそうな気がする。
 お母さんと優子さんに見送られながら、私はダイちゃんと一緒に四鷹高校に向かって出発する。今日も梅雨空だけど、心はとても晴れやかで。
 朝ご飯にお母さんの玉子焼きを食べたり、お昼ご飯の焼きそばが待っていたりするからかな。今日の学校生活はかなり早く進んでいる気がした。
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