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本編-新年度編-
第63話『ひさしぶりに-前編-』
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「夕ご飯美味しかったね。お腹いっぱいだよ~」
「美味かったなぁ。あと、一度の食事で牛肉をこんなに食ったのは初めてかもしれない」
夕食はすき焼きだった。元々は魚料理にする予定だったらしいけど、
『大輝と文香ちゃんが付き合い始めるっていうおめでたいことがあったし、今夜はすき焼きにしましょう!』
という母さんの提案ですき焼きになったのだ。それに父さんが乗っかり、近所のスーパーでたくさん牛肉を買ってきた。その牛肉をすき焼きに全投入してしまったため、サクラと俺が頑張って食べたのだ。
食後となった今。俺達はサクラの部屋で、一緒にコーヒーを飲みながら食休みをしている。お腹いっぱいなので、ベッドに寄りかかって脚を伸ばすという楽な姿勢をとる。隣にいるサクラも同じだ。
「牛肉食べて、こんな姿勢になっていたら牛さんになっちゃうかなぁ」
もぉ~、と牛の鳴き真似をするサクラ。もし、牛になったとしても、サクラは今みたいに可愛く鳴いて俺のことを呼んでくれそう。
あと……もし、この場に一紗がいたら、一紗は興奮しながら乳牛になったときの話をしそうだ。
「寝てないからセーフ。人間のままでいられるよ。そう思っておこう」
「そうだね~」
サクラは俺の方に寄りかかってきて、左肩に頭を乗せてくる。サクラの方を見ると、サクラは上目遣いで俺に微笑みかけてくる。凄く可愛い。
『文香ちゃーん。お風呂が沸いたわよ~』
「は、はーい! 分かりました! すぐに入りまーす!」
母さんの呼びかけに対して、普段よりも大きな声で返事するサクラ。
言ったのは母さんだけど「お風呂」という言葉を聞いたらドキドキしてきた。なんて甘美な響きなのでしょうか。鼓動が早くなってきて、体が段々と熱くなってくる。ただ、心なしかサクラから伝わってくる熱が、さっきよりも強くなった気がする。
「……い、一緒に入る?」
頬を赤くし、俺をチラチラと見ながら、サクラはそう言ってきた。その瞬間に鼓動がさらに早まり、体温がグーンと上がっていく。
サクラとお風呂か。恋人になったし、ひさしぶりに入ってみたいと思っていた。ただ、サクラから実際に提案されると緊張する。
「は、入っていいんですか?」
緊張のあまり、敬語になってしまった。
ただ、サクラはそんな俺を馬鹿にして笑うことはせず、ゆっくりと首肯する。
「ひさしぶりに入りたいな……って。恋人になったし。和奏ちゃん、いつ帰省するか分からないけど、それまでの間に一緒に入浴する練習というか」
「確かに、姉さんが帰省するまでに入っておいた方がいいな」
ただ、練習と言われてしまうと、急に作業のような感じがしてくるけど。
「分かった。一緒に入ろうか」
俺がそう言うと、サクラはぱあっと明るい笑みを浮かべて頷いた。
「分かった。あっ、でも……服を脱いだり、体を洗ったりするところを見られるのはちょっと恥ずかしいから、その後に入ってもらっていいかな。ごめんね、一緒に入りたいって言っておきながら、色々と注文しちゃって」
「ううん、いいんだよ。俺もサクラと一緒に入りたいけど、見られたら恥ずかしい場所はあるし。俺達のベースで、長く一緒に入られるようになっていけばいいと思う。一緒にサクラと入れるだけで、今は嬉しいんだ」
サクラの頭を優しく撫でると、サクラは嬉しそうな笑顔になってゆっくりと頷く。そして、ちゅっ、と唇にキスしてくれた。
「ダイちゃんがそう言ってくれて嬉しい。じゃあ……一緒に入ろっか」
「ああ」
こうして、サクラとひさしぶりに一緒にお風呂に入ることが決まった。
昔からサクラが好きで、いつかまた一緒にお風呂に入りたいとは思っていた。実際に恋人になって、一緒に入れる状況になると感慨深いものがあるな。
サクラと俺はそれぞれ必要なものを準備して、1階の洗面所の前まで行く。
「じゃあ、私が『いいよ』って言うまではここで待っててね」
「分かった」
「……あと、ダイちゃんだから大丈夫だとは思うけど、こっそり扉を開けて脱ぐところを覗かないでね」
「了解だ。俺含めて誰も覗かないようにここに立ってるよ」
「うん、よろしく」
サクラは1人で洗面所の中へと入っていった。
中から布の擦れる音が聞こえてくる。きっと、サクラが服を脱ぎ始めたんだろう。この後すぐにサクラと一緒に風呂に入ると思うと、凄く緊張してくる。
「あら、どうしたの? 大輝。こんなところで、寝間着とかを持ちながら立って」
さっきの話し声が聞こえたのか、母さんが俺のところにやってきた。こんなところで立っているからか、不思議そうな様子。俺とサクラは恋人なんだし、正直に話すか。
「これからサクラと一緒にお風呂に入るんだよ。ただ、最初から一緒なのは恥ずかしいみたいだから、サクラが入ってきていいって言ってくれるまではここで待っているんだよ」
「あらぁ……」
母さんはうっとりとした様子に。若い頃に父さんと一緒にお風呂に入ったときのことでも思い出しているのだろうか。
「お母さんも付き合い始めた直後に、お父さんと初めて一緒にお風呂に入ったの。そのとき、私も恥ずかしくて髪や体を洗い終わってから、お父さんに入ってきてもらったわ」
「今回の俺達とそっくりだ」
あと、やっぱり父さんとのことを思い出していたんだな。
「大輝。文香ちゃんの嫌がるようなことをしないように気をつけなさいね! あと、楽しみなさいね!」
「もちろんさ」
サクラと浴室で何をするつもりだと思っているんだろう。一緒に湯船に浸かることとかだよね? 母親だし、そういうことを想定しているんだよね?
「大輝の話を聞いたら、私もお父さんと一緒に入りたくなってきたわ。文香ちゃんの日課にはなっているけど、お風呂から出たらお母さんに声を掛けてね」
「分かった。じゃあ、ごゆっくり~」
母さんは楽しげな様子でリビングの方へと戻っていった。あの様子だと、今夜は確実に父さんと一緒にお風呂に入る展開になるな。
母さんと話していたからか、気づけば中からシャワーの音が聞こえている。気持ちいいのか鼻歌も聞こえてきて。だから、気持ちよさそうにシャワーを浴びるサクラの様子を思い浮かべてしまう。い、いいよね、恋人なんだし。
それにしても、あと少しで、あの音がする場所へ行くんだよな。興奮してきた。下手すると、ここでのぼせてしまいそうだ。そうならないように、何度も深呼吸をする。
『ダ、ダイちゃん! 入ってきていいよ!』
「あ、ああ。分かった」
いよいよ、そのときがやってきたか。
俺は洗面所の中に入り、服や下着を脱いでいく。湯船に浸かっているのか、中からは「あぁ、気持ちいい」というサクラの声が聞こえてくる。扉の一つ向こうに、裸身のサクラがいるんだ。
タオルを腰に巻き、脱いだものを洗濯物カゴに入れる。よし、これで準備完了だな。
「サクラ、入るよ」
『ど、どうぞ!』
曇りガラスで俺がいると確認したからか、サクラは普段よりも高い声で返事した。
浴室の扉をゆっくりと開けると、そこには湯船に入り、湯船の縁に両方の前腕を置いてこちらを見るサクラの姿があった。なので、見えてはまずそうな部分は見えていない。それでも裸であることは変わりなく、艶やかさは十分に感じられる。あと、ヘアクリップでまとめた髪型も似合っているな。
「じっと見られると恥ずかしいんだけど」
ちょっと不機嫌な様子でそう言うサクラ。
「ご、ごめん。お邪魔します」
その言葉が良かったのか、サクラの顔には微笑みが浮かぶ。
「いらっしゃい。ちなみに、はっきりとダイちゃんを見ちゃってるけど大丈夫?」
「大丈夫だよ。見られて恥ずかしい部分はタオルで隠してるし」
「……なるほど。やっぱり、そこが恥ずかしいところなんだね」
と言いながらも、サクラはタオルで隠れている腰から股間のあたりをまじまじと見てくる。タオルで隠しているとはいえ、ここまでじっと見られると恥ずかしい。興奮しているけど、見た目的には平常運転で良かった。
「私はもう洗い終わったから、ゆっくり洗ってかまわないからね。私も湯船に浸かるのは好きだし」
「分かった」
お言葉に甘えて、普段と同じような感じで髪と体を洗うか。興奮や緊張でそういう風にはできないかもしれないけど。
俺はバスチェアに座り、さっそく髪を洗い始める。目を瞑っていると、いくらか緊張がほぐれる。
ただ、サクラが湯船に浸かっていると思うと、彼女がどうしているのか気になる。ゆっくりと目を開け、鏡に映るサクラのことを見ると、彼女は俺のことをじーっと見ていた。鏡越しに目が合うと、サクラはちょっと驚いた様子に。
「ご、ごめんダイちゃん。こんなに近いところから、ダイちゃんの裸を見るのはひさしぶりだから、つい」
「ううん、気にするな」
「……去年の水泳の授業のときにも思ったけど、昔よりも筋肉がついたように見えるね。バイトを始めたからかな?」
「それはあるかもしれない。中学までは体育以外では運動を全然しなかったからなぁ。小学生のときは、サクラと和奏姉さんと一緒に公園で遊んだりもしたけど。だから、バイトするだけでも俺にとってはいい運動になっているんだと思う。たまに力仕事をするときもあるし。実際、高校生になってから体力がついた感じがするし」
「なるほどね。ちょ、ちょっと触ってみてもいい?」
「いいよ」
俺が許可すると、サクラは少し俺に近づく。そのことで鳴るお湯の音が甘美に響いて。サクラはゆっくりと右手を伸ばし、俺の背中を優しく触ってきた。
「……これが男の子の体なんだね。青葉ちゃんや一紗ちゃん、和奏ちゃん達とはちょっと違う」
「そ、そっか」
「あと、体を洗う前だけど、肌触りが結構いいね。これは青葉ちゃん達と一緒だ」
「そうなんだ」
肌触りとか全然意識したことがなかったけど、俺の肌は女の子並みなのか。
俺の肌触りがいいからなのか、サクラは撫でるようにして俺の背中を何度も触る。それがくすぐったくて、体がビクついてしまう。
「ごめんダイちゃん。思ったよりも肌触りが良くて」
「別にいいよ。ちょっとくすぐたかったけど。シャンプーの泡を落としたいから、お触りタイムは終わりだ」
「うんっ」
俺の背中からサクラの手が離れたのを確認してから、シャワーで髪に付いた泡を落としていく。
昔はこういうときに、和奏姉さんと一緒にちょっかいを出してきたっけ。なので、ちょっと警戒してしまう。
しかし、泡を落としている間に、何かされることはなかった。だから、警戒したことに罪悪感が。
「よし、これで髪はOKだな」
「ね、ねえ、ダイちゃん。ひさしぶりのお風呂だし……昔みたいに背中を流そっか? もちろん、ダイちゃんさえよければだけど」
「ほ、本当に流してくれるのか?」
「うん」
サクラはしっかりと頷く。昔、一緒にお風呂に入ると、サクラが背中を流してくれることがあった。それがまた体験できるとは。
「嬉しいなぁ。じゃあ、お願いできるかな。俺の使っているボディータオルはそこの水色のやつだよ」
「分かった! 任せて! じゃあ、いいよって言うまでは目を瞑ってて」
「ああ」
サクラの言う通り、しっかりと目を瞑る。
それからすぐに、背後から水の音が聞こえる。きっと、サクラが湯船から出たのだろう。サクラの足音やボディーソープのポンプを押す音なども、普段よりもはっきりと聞こえてくる。目を瞑ると、普段よりも耳から情報を仕入れようとするのだろうか。
「これなら……きっと見えないかな。ダイちゃん、目を開けていいよ。ただし、一切、振り返ってはいけません。その……恥ずかしい部分を晒しているので。いいね?」
「りょ、了解です。では、目を開けます」
「ど、どうぞ」
ゆっくりと目を開けると、鏡に肩から上だけサクラが映っていた。これなら大丈夫だ。鏡越しに目が合うと、サクラはニッコリと笑う。その笑顔は小さい頃から変わっていないなぁと思った。
「じゃあ、背中を流し始めるね」
「うん、お願いします」
サクラに背中を流し始めてもらう。ひさしぶりなのもあってか、サクラは優しい手つきで俺の背中を洗ってくれる。気持ちいいし、本当に幸せだ。
「ど、どうかな、ダイちゃん」
「気持ちいいよ。こんな感じでお願い」
「うん、分かった」
そう言うサクラは嬉しそうだ。背中を流すのもひさしぶりだし、昔とは違って今は恋人同士だからだろうか。
あと、誰かに背中を洗ってもらうって凄く気持ちいいんだな。洗ってくれる人がサクラという恋人だからか、温かくて愛おしい気持ちにもなる。
いつかは俺も、サクラの背中を洗いたい。それで、今の俺のようにサクラも幸せな気持ちになってもらいたいなぁ。
「ねえ、ダイちゃん。前に肩を揉んだときにも思ったんだけど、小さい頃に比べて背中が広くなったね」
「小6くらいから、背が伸び始めたからかな。おとといの健康診断で身長を測ったら180cmだった」
「180cmなんだ! ダイちゃん大きくなったねぇ」
「その言い方、親戚のおばさんみたいだ。サクラは身長いくつだった?」
「163cm。確か、平均よりも高いはずだけど、青葉ちゃんと一紗ちゃんの身長が高いから、これでも低いのかなって思っちゃう。和奏ちゃんも私より高いし」
「3人の身長は高いよなぁ」
和奏姉さんの身長は……確か169cmだったはず。一紗も小泉さんも、姉さんとさほど変わりない背の高さに見えるから、おそらく169cm前後だろう。そんな女子達と一緒にいたら、自分は背が低いんじゃないかと思うのも自然だと思う。
「3人の誰かと一緒にいるときは、サクラは小さめに見える。だけど、昔に比べたら、結構背が高くなって、スラッとした女性になったと思うよ」
「中1まで背がちっちゃかったからね。ダイちゃんは背が小さい私と、今の背の私……どっちが好き?」
そう言うと、背中を流すサクラの手が止まる。鏡越しにサクラのことを見ると、彼女は真剣そうな様子で俺を見ている。
「背の小さかった頃から今まで、サクラのことがずっと好きだからなぁ。どっちがいいかは決められない。どっちもサクラなんだし。俺はどっちも好きだよ」
つい最近まで、サクラにこういうことは全然言えなかったのに。互いに好きだと分かり、恋人になった途端にこんなにも自然と言えてしまうとは。自分のことでもちょっと不思議に思えてしまう。
中身は今のまま、背が小さくて見た目が幼い雰囲気になると、どんな感じになるのかは興味がある。髪型が昔のようにショートヘアだったら、杏奈のような感じなのかな。
サクラの顔は見る見るうちに赤くなっていく。
「……凄く嬉しいです。ありがとう」
敬語でお礼を言うと、サクラは右頬にキスしてくれる。反射的に顔を右に向け、俺はサクラと目を合わせる。
「私もどんな背の高さでもダイちゃんが好きだよ。今の背の高いダイちゃんはかっこよくて好き」
サクラはそう言うと、ちゅっ、と唇にキス。浴室で2人きりだから、一瞬でもかなりの威力があるな。サクラ可愛いよ。振り返って抱きしめたいよ。ただ、振り向いてはダメだと言われたので、必死に理性を働かせた。
そして、サクラは再び背中を流してくれる。
嬉しすぎて。幸せすぎて。自然と表情が緩んでしまう。鏡に映る自分の顔がおかしくて、このままだと声に出して笑ってしまいそうだ。なので、目を瞑った。
「どうしたの、目を瞑っちゃって」
「自分の緩い顔を見たら笑っちゃいそうだから」
「何それ。……でも、確かに笑いを誘う顔になってるね」
ふふっ、とサクラの可愛らしい笑い声が浴室に響く。顔を笑われるのは恥ずかしいけど、サクラの笑い声が聞けるのは嬉しい。目を開けると、鏡には楽しそうに笑うサクラが映った。
「ダイちゃん、一通り洗えたよ」
「ありがとう。気持ち良かった。あとは自分で洗うよ」
「うん」
サクラからボディータオルを渡され、俺は一応目を瞑った。
聞こえる音からして、サクラはシャワーで手に付いた泡を落とし、湯船に入ったのだと思われる。
それから、残りの部分を自分で洗っていく。さっきまでサクラが持っていたと思うと、彼女に洗ってもらっているように感じ、普段よりも気持ちがいい。
時々、鏡でサクラのことを見る。サクラは俺が浴室に入ってきたときと同じような体勢で、ずっと俺のことを見続けていた。
「美味かったなぁ。あと、一度の食事で牛肉をこんなに食ったのは初めてかもしれない」
夕食はすき焼きだった。元々は魚料理にする予定だったらしいけど、
『大輝と文香ちゃんが付き合い始めるっていうおめでたいことがあったし、今夜はすき焼きにしましょう!』
という母さんの提案ですき焼きになったのだ。それに父さんが乗っかり、近所のスーパーでたくさん牛肉を買ってきた。その牛肉をすき焼きに全投入してしまったため、サクラと俺が頑張って食べたのだ。
食後となった今。俺達はサクラの部屋で、一緒にコーヒーを飲みながら食休みをしている。お腹いっぱいなので、ベッドに寄りかかって脚を伸ばすという楽な姿勢をとる。隣にいるサクラも同じだ。
「牛肉食べて、こんな姿勢になっていたら牛さんになっちゃうかなぁ」
もぉ~、と牛の鳴き真似をするサクラ。もし、牛になったとしても、サクラは今みたいに可愛く鳴いて俺のことを呼んでくれそう。
あと……もし、この場に一紗がいたら、一紗は興奮しながら乳牛になったときの話をしそうだ。
「寝てないからセーフ。人間のままでいられるよ。そう思っておこう」
「そうだね~」
サクラは俺の方に寄りかかってきて、左肩に頭を乗せてくる。サクラの方を見ると、サクラは上目遣いで俺に微笑みかけてくる。凄く可愛い。
『文香ちゃーん。お風呂が沸いたわよ~』
「は、はーい! 分かりました! すぐに入りまーす!」
母さんの呼びかけに対して、普段よりも大きな声で返事するサクラ。
言ったのは母さんだけど「お風呂」という言葉を聞いたらドキドキしてきた。なんて甘美な響きなのでしょうか。鼓動が早くなってきて、体が段々と熱くなってくる。ただ、心なしかサクラから伝わってくる熱が、さっきよりも強くなった気がする。
「……い、一緒に入る?」
頬を赤くし、俺をチラチラと見ながら、サクラはそう言ってきた。その瞬間に鼓動がさらに早まり、体温がグーンと上がっていく。
サクラとお風呂か。恋人になったし、ひさしぶりに入ってみたいと思っていた。ただ、サクラから実際に提案されると緊張する。
「は、入っていいんですか?」
緊張のあまり、敬語になってしまった。
ただ、サクラはそんな俺を馬鹿にして笑うことはせず、ゆっくりと首肯する。
「ひさしぶりに入りたいな……って。恋人になったし。和奏ちゃん、いつ帰省するか分からないけど、それまでの間に一緒に入浴する練習というか」
「確かに、姉さんが帰省するまでに入っておいた方がいいな」
ただ、練習と言われてしまうと、急に作業のような感じがしてくるけど。
「分かった。一緒に入ろうか」
俺がそう言うと、サクラはぱあっと明るい笑みを浮かべて頷いた。
「分かった。あっ、でも……服を脱いだり、体を洗ったりするところを見られるのはちょっと恥ずかしいから、その後に入ってもらっていいかな。ごめんね、一緒に入りたいって言っておきながら、色々と注文しちゃって」
「ううん、いいんだよ。俺もサクラと一緒に入りたいけど、見られたら恥ずかしい場所はあるし。俺達のベースで、長く一緒に入られるようになっていけばいいと思う。一緒にサクラと入れるだけで、今は嬉しいんだ」
サクラの頭を優しく撫でると、サクラは嬉しそうな笑顔になってゆっくりと頷く。そして、ちゅっ、と唇にキスしてくれた。
「ダイちゃんがそう言ってくれて嬉しい。じゃあ……一緒に入ろっか」
「ああ」
こうして、サクラとひさしぶりに一緒にお風呂に入ることが決まった。
昔からサクラが好きで、いつかまた一緒にお風呂に入りたいとは思っていた。実際に恋人になって、一緒に入れる状況になると感慨深いものがあるな。
サクラと俺はそれぞれ必要なものを準備して、1階の洗面所の前まで行く。
「じゃあ、私が『いいよ』って言うまではここで待っててね」
「分かった」
「……あと、ダイちゃんだから大丈夫だとは思うけど、こっそり扉を開けて脱ぐところを覗かないでね」
「了解だ。俺含めて誰も覗かないようにここに立ってるよ」
「うん、よろしく」
サクラは1人で洗面所の中へと入っていった。
中から布の擦れる音が聞こえてくる。きっと、サクラが服を脱ぎ始めたんだろう。この後すぐにサクラと一緒に風呂に入ると思うと、凄く緊張してくる。
「あら、どうしたの? 大輝。こんなところで、寝間着とかを持ちながら立って」
さっきの話し声が聞こえたのか、母さんが俺のところにやってきた。こんなところで立っているからか、不思議そうな様子。俺とサクラは恋人なんだし、正直に話すか。
「これからサクラと一緒にお風呂に入るんだよ。ただ、最初から一緒なのは恥ずかしいみたいだから、サクラが入ってきていいって言ってくれるまではここで待っているんだよ」
「あらぁ……」
母さんはうっとりとした様子に。若い頃に父さんと一緒にお風呂に入ったときのことでも思い出しているのだろうか。
「お母さんも付き合い始めた直後に、お父さんと初めて一緒にお風呂に入ったの。そのとき、私も恥ずかしくて髪や体を洗い終わってから、お父さんに入ってきてもらったわ」
「今回の俺達とそっくりだ」
あと、やっぱり父さんとのことを思い出していたんだな。
「大輝。文香ちゃんの嫌がるようなことをしないように気をつけなさいね! あと、楽しみなさいね!」
「もちろんさ」
サクラと浴室で何をするつもりだと思っているんだろう。一緒に湯船に浸かることとかだよね? 母親だし、そういうことを想定しているんだよね?
「大輝の話を聞いたら、私もお父さんと一緒に入りたくなってきたわ。文香ちゃんの日課にはなっているけど、お風呂から出たらお母さんに声を掛けてね」
「分かった。じゃあ、ごゆっくり~」
母さんは楽しげな様子でリビングの方へと戻っていった。あの様子だと、今夜は確実に父さんと一緒にお風呂に入る展開になるな。
母さんと話していたからか、気づけば中からシャワーの音が聞こえている。気持ちいいのか鼻歌も聞こえてきて。だから、気持ちよさそうにシャワーを浴びるサクラの様子を思い浮かべてしまう。い、いいよね、恋人なんだし。
それにしても、あと少しで、あの音がする場所へ行くんだよな。興奮してきた。下手すると、ここでのぼせてしまいそうだ。そうならないように、何度も深呼吸をする。
『ダ、ダイちゃん! 入ってきていいよ!』
「あ、ああ。分かった」
いよいよ、そのときがやってきたか。
俺は洗面所の中に入り、服や下着を脱いでいく。湯船に浸かっているのか、中からは「あぁ、気持ちいい」というサクラの声が聞こえてくる。扉の一つ向こうに、裸身のサクラがいるんだ。
タオルを腰に巻き、脱いだものを洗濯物カゴに入れる。よし、これで準備完了だな。
「サクラ、入るよ」
『ど、どうぞ!』
曇りガラスで俺がいると確認したからか、サクラは普段よりも高い声で返事した。
浴室の扉をゆっくりと開けると、そこには湯船に入り、湯船の縁に両方の前腕を置いてこちらを見るサクラの姿があった。なので、見えてはまずそうな部分は見えていない。それでも裸であることは変わりなく、艶やかさは十分に感じられる。あと、ヘアクリップでまとめた髪型も似合っているな。
「じっと見られると恥ずかしいんだけど」
ちょっと不機嫌な様子でそう言うサクラ。
「ご、ごめん。お邪魔します」
その言葉が良かったのか、サクラの顔には微笑みが浮かぶ。
「いらっしゃい。ちなみに、はっきりとダイちゃんを見ちゃってるけど大丈夫?」
「大丈夫だよ。見られて恥ずかしい部分はタオルで隠してるし」
「……なるほど。やっぱり、そこが恥ずかしいところなんだね」
と言いながらも、サクラはタオルで隠れている腰から股間のあたりをまじまじと見てくる。タオルで隠しているとはいえ、ここまでじっと見られると恥ずかしい。興奮しているけど、見た目的には平常運転で良かった。
「私はもう洗い終わったから、ゆっくり洗ってかまわないからね。私も湯船に浸かるのは好きだし」
「分かった」
お言葉に甘えて、普段と同じような感じで髪と体を洗うか。興奮や緊張でそういう風にはできないかもしれないけど。
俺はバスチェアに座り、さっそく髪を洗い始める。目を瞑っていると、いくらか緊張がほぐれる。
ただ、サクラが湯船に浸かっていると思うと、彼女がどうしているのか気になる。ゆっくりと目を開け、鏡に映るサクラのことを見ると、彼女は俺のことをじーっと見ていた。鏡越しに目が合うと、サクラはちょっと驚いた様子に。
「ご、ごめんダイちゃん。こんなに近いところから、ダイちゃんの裸を見るのはひさしぶりだから、つい」
「ううん、気にするな」
「……去年の水泳の授業のときにも思ったけど、昔よりも筋肉がついたように見えるね。バイトを始めたからかな?」
「それはあるかもしれない。中学までは体育以外では運動を全然しなかったからなぁ。小学生のときは、サクラと和奏姉さんと一緒に公園で遊んだりもしたけど。だから、バイトするだけでも俺にとってはいい運動になっているんだと思う。たまに力仕事をするときもあるし。実際、高校生になってから体力がついた感じがするし」
「なるほどね。ちょ、ちょっと触ってみてもいい?」
「いいよ」
俺が許可すると、サクラは少し俺に近づく。そのことで鳴るお湯の音が甘美に響いて。サクラはゆっくりと右手を伸ばし、俺の背中を優しく触ってきた。
「……これが男の子の体なんだね。青葉ちゃんや一紗ちゃん、和奏ちゃん達とはちょっと違う」
「そ、そっか」
「あと、体を洗う前だけど、肌触りが結構いいね。これは青葉ちゃん達と一緒だ」
「そうなんだ」
肌触りとか全然意識したことがなかったけど、俺の肌は女の子並みなのか。
俺の肌触りがいいからなのか、サクラは撫でるようにして俺の背中を何度も触る。それがくすぐったくて、体がビクついてしまう。
「ごめんダイちゃん。思ったよりも肌触りが良くて」
「別にいいよ。ちょっとくすぐたかったけど。シャンプーの泡を落としたいから、お触りタイムは終わりだ」
「うんっ」
俺の背中からサクラの手が離れたのを確認してから、シャワーで髪に付いた泡を落としていく。
昔はこういうときに、和奏姉さんと一緒にちょっかいを出してきたっけ。なので、ちょっと警戒してしまう。
しかし、泡を落としている間に、何かされることはなかった。だから、警戒したことに罪悪感が。
「よし、これで髪はOKだな」
「ね、ねえ、ダイちゃん。ひさしぶりのお風呂だし……昔みたいに背中を流そっか? もちろん、ダイちゃんさえよければだけど」
「ほ、本当に流してくれるのか?」
「うん」
サクラはしっかりと頷く。昔、一緒にお風呂に入ると、サクラが背中を流してくれることがあった。それがまた体験できるとは。
「嬉しいなぁ。じゃあ、お願いできるかな。俺の使っているボディータオルはそこの水色のやつだよ」
「分かった! 任せて! じゃあ、いいよって言うまでは目を瞑ってて」
「ああ」
サクラの言う通り、しっかりと目を瞑る。
それからすぐに、背後から水の音が聞こえる。きっと、サクラが湯船から出たのだろう。サクラの足音やボディーソープのポンプを押す音なども、普段よりもはっきりと聞こえてくる。目を瞑ると、普段よりも耳から情報を仕入れようとするのだろうか。
「これなら……きっと見えないかな。ダイちゃん、目を開けていいよ。ただし、一切、振り返ってはいけません。その……恥ずかしい部分を晒しているので。いいね?」
「りょ、了解です。では、目を開けます」
「ど、どうぞ」
ゆっくりと目を開けると、鏡に肩から上だけサクラが映っていた。これなら大丈夫だ。鏡越しに目が合うと、サクラはニッコリと笑う。その笑顔は小さい頃から変わっていないなぁと思った。
「じゃあ、背中を流し始めるね」
「うん、お願いします」
サクラに背中を流し始めてもらう。ひさしぶりなのもあってか、サクラは優しい手つきで俺の背中を洗ってくれる。気持ちいいし、本当に幸せだ。
「ど、どうかな、ダイちゃん」
「気持ちいいよ。こんな感じでお願い」
「うん、分かった」
そう言うサクラは嬉しそうだ。背中を流すのもひさしぶりだし、昔とは違って今は恋人同士だからだろうか。
あと、誰かに背中を洗ってもらうって凄く気持ちいいんだな。洗ってくれる人がサクラという恋人だからか、温かくて愛おしい気持ちにもなる。
いつかは俺も、サクラの背中を洗いたい。それで、今の俺のようにサクラも幸せな気持ちになってもらいたいなぁ。
「ねえ、ダイちゃん。前に肩を揉んだときにも思ったんだけど、小さい頃に比べて背中が広くなったね」
「小6くらいから、背が伸び始めたからかな。おとといの健康診断で身長を測ったら180cmだった」
「180cmなんだ! ダイちゃん大きくなったねぇ」
「その言い方、親戚のおばさんみたいだ。サクラは身長いくつだった?」
「163cm。確か、平均よりも高いはずだけど、青葉ちゃんと一紗ちゃんの身長が高いから、これでも低いのかなって思っちゃう。和奏ちゃんも私より高いし」
「3人の身長は高いよなぁ」
和奏姉さんの身長は……確か169cmだったはず。一紗も小泉さんも、姉さんとさほど変わりない背の高さに見えるから、おそらく169cm前後だろう。そんな女子達と一緒にいたら、自分は背が低いんじゃないかと思うのも自然だと思う。
「3人の誰かと一緒にいるときは、サクラは小さめに見える。だけど、昔に比べたら、結構背が高くなって、スラッとした女性になったと思うよ」
「中1まで背がちっちゃかったからね。ダイちゃんは背が小さい私と、今の背の私……どっちが好き?」
そう言うと、背中を流すサクラの手が止まる。鏡越しにサクラのことを見ると、彼女は真剣そうな様子で俺を見ている。
「背の小さかった頃から今まで、サクラのことがずっと好きだからなぁ。どっちがいいかは決められない。どっちもサクラなんだし。俺はどっちも好きだよ」
つい最近まで、サクラにこういうことは全然言えなかったのに。互いに好きだと分かり、恋人になった途端にこんなにも自然と言えてしまうとは。自分のことでもちょっと不思議に思えてしまう。
中身は今のまま、背が小さくて見た目が幼い雰囲気になると、どんな感じになるのかは興味がある。髪型が昔のようにショートヘアだったら、杏奈のような感じなのかな。
サクラの顔は見る見るうちに赤くなっていく。
「……凄く嬉しいです。ありがとう」
敬語でお礼を言うと、サクラは右頬にキスしてくれる。反射的に顔を右に向け、俺はサクラと目を合わせる。
「私もどんな背の高さでもダイちゃんが好きだよ。今の背の高いダイちゃんはかっこよくて好き」
サクラはそう言うと、ちゅっ、と唇にキス。浴室で2人きりだから、一瞬でもかなりの威力があるな。サクラ可愛いよ。振り返って抱きしめたいよ。ただ、振り向いてはダメだと言われたので、必死に理性を働かせた。
そして、サクラは再び背中を流してくれる。
嬉しすぎて。幸せすぎて。自然と表情が緩んでしまう。鏡に映る自分の顔がおかしくて、このままだと声に出して笑ってしまいそうだ。なので、目を瞑った。
「どうしたの、目を瞑っちゃって」
「自分の緩い顔を見たら笑っちゃいそうだから」
「何それ。……でも、確かに笑いを誘う顔になってるね」
ふふっ、とサクラの可愛らしい笑い声が浴室に響く。顔を笑われるのは恥ずかしいけど、サクラの笑い声が聞けるのは嬉しい。目を開けると、鏡には楽しそうに笑うサクラが映った。
「ダイちゃん、一通り洗えたよ」
「ありがとう。気持ち良かった。あとは自分で洗うよ」
「うん」
サクラからボディータオルを渡され、俺は一応目を瞑った。
聞こえる音からして、サクラはシャワーで手に付いた泡を落とし、湯船に入ったのだと思われる。
それから、残りの部分を自分で洗っていく。さっきまでサクラが持っていたと思うと、彼女に洗ってもらっているように感じ、普段よりも気持ちがいい。
時々、鏡でサクラのことを見る。サクラは俺が浴室に入ってきたときと同じような体勢で、ずっと俺のことを見続けていた。
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