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本編-新年度編-
第50話『同棲しているようね。』
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午前11時過ぎ。
健康診断を終えた俺は羽柴と一緒に教室に戻る。そのときの羽柴は顔色こそ良くなかったけど、一人で何とか歩けるようになっていた。この様子なら、これから俺の家に来てお昼ご飯を食べられそうかな。
今日は健康診断が終わり次第、各自下校することになっている。なので、制服に着替え終わるとすぐに教室を後にし、校門に向かった。
「俺達が最初か」
「だな。あと、校門まですんなりと行けるのって気持ちいいぜ」
「そうだな。それに、羽柴はあの勧誘の嵐を嫌がっていたもんな」
「ああ。来年からはやり方を変えたり、生徒会や教師達が監視したりしてほしいぜ」
採血の後とは思えないほどに爽やかな笑顔を羽柴は見せてくれる。昇降口から校門近くまで普通に行けたことがよほど嬉しかったようだ。ただ、その後、駐輪場へ自転車を取りに行くときの足取りはフラフラしていたけど。
校門を出たところで、羽柴と一緒にサクラ達のことを待つ。LIMEでの6人のグループトークにその旨のメッセージを送る。すると、4人から了解のメッセージが届いた。
俺達がレントゲンの列に並んでいるとき、サクラ達3人も別の列に並ぶところを見た。もし、俺達と同じ検査の順番なら、3人はもうすぐ来ると思う。杏奈は途中で一度会っただけなので、いつ来るかは分からないな。
「サクラは大丈夫かな」
レントゲンの列で見かけたとき、サクラの顔色は良くなく、小泉さんに肩を貸してもらっていたけど。羽柴のように一人で歩けるくらいに回復しているといいな。そんな羽柴は自転車のサドルに座り、ハンドルに置いた両腕の上に顎を乗せている。あれが楽な姿勢なのかな。
「小泉と麻生がついているんだ。きっと大丈夫さ。まあ、何かあったらメッセージとかが来るだろう」
「そうだな」
サクラ達から了解の返信が来たし、とりあえずは羽柴とここで待っているか。
時差登校の形を取っているため、下校する生徒だけでなく、登校してくる生徒もそれなりにいる。金曜日だからか、登校してくる生徒の多くが明るい。中には採血が嫌なのか顔色が悪い生徒もいるけど。平日のお昼前という時間帯もあって、普段とは違う時間を過ごしているのだと改めて実感する。
「先輩方、お疲れ様でーす」
杏奈が元気な様子でこちらに向かってやってきた。足取りも普段と変わらないようだし一安心だ。
「お疲れ様、杏奈」
「……お疲れさん」
「羽柴先輩、ぐったりしてますね。顔色も良くないですし。やはり採血のせいですか?」
「今年も採血がキツかった。速水が側にいてくれたから何とかなったけど」
「そうだったんですね。よく頑張りましたね、羽柴先輩」
杏奈は普段、羽柴に対して当たりが強めだけど、今回はさすがに優しい声色で優しい言葉をかけていた。今の言葉に羽柴は微笑み、「おう」と呟いた。
「杏奈は大丈夫か? 採血は初めてだったんだよな」
「血を抜かれるのが初めてだったので、採血中は変な感覚でした。終わった直後にクラッとしたくらいです。朝食を食べていないので、いつもより力が抜けている感じです。それを除けば元気です」
「そうか。昼ご飯は俺が焼きそば作るから。あとは中華風の玉子スープでも作ろうかなと思ってる」
「焼きそば好きですよ! 今の話を聞いたら、凄くお腹が空いてきちゃいました」
「ははっ、そうか」
俺もお腹が空いてきたな。今日は日本茶しか口にしていないから。
「みんな、お待たせ!」
小泉さんの元気そうな声が聞こえたので校舎の方を見ると、サクラ達3人がこちらに向かって歩いていた。サクラは今も顔が青白く、小泉さんに肩を貸してもらっている状態。サクラはバッグを持っておらず、一紗が2人分のバッグを持っていた。
「みんなお疲れ様。サクラは体調はどうだ?」
「採血された直後よりはマシになった。ただ、フラッとするときもあるから、青葉ちゃんに肩を貸してもらってるの。一紗ちゃんには私のバッグを持ってもらっていて。2人ともありがとう」
「ううん、気にしないで。文香が採血弱いのは知ってるし」
「青葉さんの言う通りね。こういうときはお互い様よ」
小泉さんと一紗はサクラに優しくそう言った。きっと、健康診断の間も今のように2人がサクラを支えていたのだろう。
「2人ともありがとな。サクラも採血よく頑張ったね」
ポンポン、とサクラの頭を軽く叩く。すると、サクラは俺のことを見て微笑み、顔に赤みが戻っていった。
6人揃ったので、俺とサクラの自宅に向かって歩き始める。いつもよりもゆっくりとした速度で。背が高くなった、視力が下がってしまった……などといった健康診断の話をしながら。
学校を出発してから10分ほどで帰宅。
サクラと羽柴は今も体調があまり優れないので、サクラは自分のベッド、羽柴は俺のベッドで横になることにした。お粥を作ろうかと提案したが、2人ともベッドで横になったら気分が良くなってきたので、焼きそばを食べるという。
「じゃあ、当初の予定通り6人分の焼きそばと中華スープを作るか。俺、スーパーに行って、昼ご飯の材料を買ってくるよ」
「私も一緒に行っていいかしら? 6人分の食材だから荷物も多いでしょう。それに、何か手伝いたいけど、料理が苦手だからこういうことしかできないし」
自虐もあってか、一紗は苦笑い。
昼食の材料だけだけど、一紗の言うとおり多くなるかもしれない。ここは彼女のご厚意に甘えるとしよう。
「ありがとう、一紗。じゃあ、一緒に買い出しに行くか。杏奈と小泉さんはゆっくりとしていてくれ。たまにでも、サクラと羽柴の様子を見てくれると嬉しい」
「分かりました!」
「文香と羽柴君のことは任せておいて」
「ありがとう」
杏奈と小泉さんがいれば大丈夫だろう。
俺は一紗と2人で、近所にあるスーパーに向かって出発する。制服姿でバッグなど何も荷物を持たずに外を歩くのは新鮮だな。
あと、一紗と2人きりで出かけるのはこれが初めてかもしれない。一紗は上機嫌な様子で鼻歌を歌っていた。美しい声なのでとても心地いい。
「いい歌だな」
気づけば、そんなことを口にしていた。
すると、俺に鼻歌の感想を言われるとは思わなかったのか。そもそも、鼻歌が俺に聞こえていたとは思わなかったのか。一紗は見開いた目で俺を見てきた。
「……ありがとう」
はにかみながら、小さな声でそう言ってきた。
俺に鼻歌が聞かれたのが恥ずかしかったのか、一紗はいつになくしおらしい雰囲気に。スーパーが見えるまで何も言葉を交わさなかった。
数分ほど歩いてスーパーに到着。平日のこの時間はあまりお客さんがいないんだな。あと、今は母さんがパートをしているので、母さんに会うかもしれない。
「まずは何を選ぼうかしら! 近くにあるお野菜? 焼きそばの麺? それともわたし?」
「まさかの選択肢だな。最初は焼きそばの麺だね。……あと、家を出てから普段よりテンション高めだよな」
「だって、近所でも大輝君と2人きりでお出かけしているんだもの。2人でお出かけするのってこれが初めてじゃない?」
「俺も歩いているときに思ったよ」
「ふふっ、そうなの。あと……こういうところに食材を買いに来ると、大輝君と同棲しているような気持ちになるの」
赤くなった顔に笑みを浮かべる一紗。好きな人と一緒だもんな。これから作る食事の材料を近所のスーパーに買いに行くなんて生活感に溢れているし。一紗がそう思う気持ちも理解できる。
麺コーナーに行くと、昔から食べているソース焼きそばが置かれていた。6人分あったので一安心。
「よし、これで昼飯に焼きそばが作れるな」
「そうね。じゃあ、焼きそばに入れる材料を選びましょう」
「そうだな」
麺コーナーの近くに精肉コーナーがある。まずは焼きそばに入れる豚肉を選ぼう。そう思ったときだった。
「あら、大輝。一紗ちゃんも」
ここのパートの制服姿の母さんと会う。母さんは俺達に小さく手を振ってくる。
「母さん、お疲れ様」
「お疲れ様です、お母様!」
「ありがとう。お昼ご飯の材料を買いに来たの?」
「ああ。焼きそばと中華スープを作ろうと思って。一紗と2人で買い出しに来ているんだ」
「そうなの。……ということは、健康診断が終わってみんなと帰ってきたのよね。文香ちゃんの様子はどう? 今朝も採血が不安で何度もため息をついていたから」
確かに、今朝のサクラは頻繁にため息をついていたな。昨日の夜くらいから、不安だったのかため息をつき始めていたけど。
「採血した直後は顔色がかなり悪くなって、青葉さんや私の支えがないとまともに歩けない状況でした。少しずつ良くなっていて、今は自分のベッドで横になってゆっくりしています。横になったときは気持ちよさそうにしていましたので、大丈夫かと」
「それなら良かったわ。文香ちゃんのためにありがとう、一紗ちゃん」
「いえいえ。大切な友人のためですから。好きな人の幼馴染でもありますし……」
「あらあら、可愛いことを言うのね」
少数ではあるけど、周りにお客さんがいる中で、母さんにこういうことを言えるとは。一紗のハートは強い。俺は段々恥ずかしくなってきて、別の場所に移動したくなってきたよ。
「話は戻るけど、きっと、あなたと青葉ちゃんが側にいて、文香ちゃんも心強かったと思うわ。高校で一紗ちゃんっていう友人ができて良かった。これからもよろしくね」
「はい!」
「じゃあ、私は休憩に入るところだから。お家でゆっくりしていってって、みんなに言っておいてね」
母さんは再び俺達に手を振って、スタッフオンリーのエリアへと向かっていった。
「お母様とも話せたし、買い出しに行くって名乗り出て良かったわ」
「良かったな。……ところで、一紗は採血はどうだったんだ?」
「平気だったわ。担当してくれたのが女性だったから、目を瞑って大輝君に採血してもらうところを想像したわ。そうしたら気持ち良くなっちゃって。あっという間だったわ。そうしたら、高校生で気持ち良さそうに採血される人は初めてだって言われたの」
「そうなのか。一紗、強いんだな」
「大輝君のおかげよ」
満面の笑みでそう言う一紗。さすがである。血を抜かれているとき、今のような表情をしたんだろうなぁ。看護師さんと話してちょっと笑うくらいはあると思うけど、
「いつか大輝君にも注射をしてほしいわ。それで……って、どこに行くのよぉ」
「買い物の途中だからな。お肉選ぶぞお肉」
卑猥な話をされそうなので、逃げたとは言わないでおこう。言ったら、それこそ家に帰るまでずっと猥談をされそうだから。
それからは、一紗と一緒に肉や野菜などの材料を見ていく。
美味しそうなものを選びたいけど、材料費をみんなで出すことになっている。価格面も考慮した上で一紗と選んでいった。
会計をして、レジ袋に購入した物を詰めていく。
俺一人で十分に持てる量だし、実際に一紗にそう打診した。ただ、一紗が「私も持ちたいわ」と言ってきた。なので、一紗には焼きそばと豚肉が入っているレジ袋を持ってもらうことに。袋を渡すと凄く嬉しそうに受け取ってくれた。
「なかなか安く抑えられたんじゃない?」
「そうだな。6等分するから……同じような食事を外でするよりも安くなったと思う。あとで、みんなからもらわないと」
「帰ったらすぐに払うわ。払うのは材料費だけど、お昼ご飯を作ってくれるんだから、本当はその労力にもお金を払わないといけないのよね」
「確かに……そうだな。まあ、そこは友人ということでタダにしよう。それに、一紗は買ったものを運ぶのを手伝ってくれているし。ただ、その考え方は個人的に凄く大切だと思っているよ」
「ええ。それにしても、こうやってレジ袋を持って一緒に家を出ていると、一緒に生活しているみたいで幸せな気持ちになれるわ」
「帰るところも一緒だもんな」
「そうね!」
うふふっ、と一紗は本当に幸せそうに笑う。こういうことで幸せに思えるとは。本当に一紗は俺のことが好きなのだと分かる。
「せっかくだから手を繋ぎましょう! あなた!」
「……結婚している設定なんだ」
「とても幸せで結婚している感覚になっていたわ」
「ははっ、そっか。じゃあ、繋ぐか」
左手を差し出すと、一紗はすぐにぎゅっと掴んできた。その瞬間、一紗の笑顔がますます幸せそうなものになっていって。一紗と付き合ったり、結婚したりしたらこういう顔をたくさん見られるんだろうな。
それから、家に到着するまで一紗の温かい手を握り続けた。あと、ジャケットを着ているからか、家が見えたときには結構暑く感じるのであった。
健康診断を終えた俺は羽柴と一緒に教室に戻る。そのときの羽柴は顔色こそ良くなかったけど、一人で何とか歩けるようになっていた。この様子なら、これから俺の家に来てお昼ご飯を食べられそうかな。
今日は健康診断が終わり次第、各自下校することになっている。なので、制服に着替え終わるとすぐに教室を後にし、校門に向かった。
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「だな。あと、校門まですんなりと行けるのって気持ちいいぜ」
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「ああ。来年からはやり方を変えたり、生徒会や教師達が監視したりしてほしいぜ」
採血の後とは思えないほどに爽やかな笑顔を羽柴は見せてくれる。昇降口から校門近くまで普通に行けたことがよほど嬉しかったようだ。ただ、その後、駐輪場へ自転車を取りに行くときの足取りはフラフラしていたけど。
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「サクラは大丈夫かな」
レントゲンの列で見かけたとき、サクラの顔色は良くなく、小泉さんに肩を貸してもらっていたけど。羽柴のように一人で歩けるくらいに回復しているといいな。そんな羽柴は自転車のサドルに座り、ハンドルに置いた両腕の上に顎を乗せている。あれが楽な姿勢なのかな。
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「そうだな」
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時差登校の形を取っているため、下校する生徒だけでなく、登校してくる生徒もそれなりにいる。金曜日だからか、登校してくる生徒の多くが明るい。中には採血が嫌なのか顔色が悪い生徒もいるけど。平日のお昼前という時間帯もあって、普段とは違う時間を過ごしているのだと改めて実感する。
「先輩方、お疲れ様でーす」
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「お疲れ様、杏奈」
「……お疲れさん」
「羽柴先輩、ぐったりしてますね。顔色も良くないですし。やはり採血のせいですか?」
「今年も採血がキツかった。速水が側にいてくれたから何とかなったけど」
「そうだったんですね。よく頑張りましたね、羽柴先輩」
杏奈は普段、羽柴に対して当たりが強めだけど、今回はさすがに優しい声色で優しい言葉をかけていた。今の言葉に羽柴は微笑み、「おう」と呟いた。
「杏奈は大丈夫か? 採血は初めてだったんだよな」
「血を抜かれるのが初めてだったので、採血中は変な感覚でした。終わった直後にクラッとしたくらいです。朝食を食べていないので、いつもより力が抜けている感じです。それを除けば元気です」
「そうか。昼ご飯は俺が焼きそば作るから。あとは中華風の玉子スープでも作ろうかなと思ってる」
「焼きそば好きですよ! 今の話を聞いたら、凄くお腹が空いてきちゃいました」
「ははっ、そうか」
俺もお腹が空いてきたな。今日は日本茶しか口にしていないから。
「みんな、お待たせ!」
小泉さんの元気そうな声が聞こえたので校舎の方を見ると、サクラ達3人がこちらに向かって歩いていた。サクラは今も顔が青白く、小泉さんに肩を貸してもらっている状態。サクラはバッグを持っておらず、一紗が2人分のバッグを持っていた。
「みんなお疲れ様。サクラは体調はどうだ?」
「採血された直後よりはマシになった。ただ、フラッとするときもあるから、青葉ちゃんに肩を貸してもらってるの。一紗ちゃんには私のバッグを持ってもらっていて。2人ともありがとう」
「ううん、気にしないで。文香が採血弱いのは知ってるし」
「青葉さんの言う通りね。こういうときはお互い様よ」
小泉さんと一紗はサクラに優しくそう言った。きっと、健康診断の間も今のように2人がサクラを支えていたのだろう。
「2人ともありがとな。サクラも採血よく頑張ったね」
ポンポン、とサクラの頭を軽く叩く。すると、サクラは俺のことを見て微笑み、顔に赤みが戻っていった。
6人揃ったので、俺とサクラの自宅に向かって歩き始める。いつもよりもゆっくりとした速度で。背が高くなった、視力が下がってしまった……などといった健康診断の話をしながら。
学校を出発してから10分ほどで帰宅。
サクラと羽柴は今も体調があまり優れないので、サクラは自分のベッド、羽柴は俺のベッドで横になることにした。お粥を作ろうかと提案したが、2人ともベッドで横になったら気分が良くなってきたので、焼きそばを食べるという。
「じゃあ、当初の予定通り6人分の焼きそばと中華スープを作るか。俺、スーパーに行って、昼ご飯の材料を買ってくるよ」
「私も一緒に行っていいかしら? 6人分の食材だから荷物も多いでしょう。それに、何か手伝いたいけど、料理が苦手だからこういうことしかできないし」
自虐もあってか、一紗は苦笑い。
昼食の材料だけだけど、一紗の言うとおり多くなるかもしれない。ここは彼女のご厚意に甘えるとしよう。
「ありがとう、一紗。じゃあ、一緒に買い出しに行くか。杏奈と小泉さんはゆっくりとしていてくれ。たまにでも、サクラと羽柴の様子を見てくれると嬉しい」
「分かりました!」
「文香と羽柴君のことは任せておいて」
「ありがとう」
杏奈と小泉さんがいれば大丈夫だろう。
俺は一紗と2人で、近所にあるスーパーに向かって出発する。制服姿でバッグなど何も荷物を持たずに外を歩くのは新鮮だな。
あと、一紗と2人きりで出かけるのはこれが初めてかもしれない。一紗は上機嫌な様子で鼻歌を歌っていた。美しい声なのでとても心地いい。
「いい歌だな」
気づけば、そんなことを口にしていた。
すると、俺に鼻歌の感想を言われるとは思わなかったのか。そもそも、鼻歌が俺に聞こえていたとは思わなかったのか。一紗は見開いた目で俺を見てきた。
「……ありがとう」
はにかみながら、小さな声でそう言ってきた。
俺に鼻歌が聞かれたのが恥ずかしかったのか、一紗はいつになくしおらしい雰囲気に。スーパーが見えるまで何も言葉を交わさなかった。
数分ほど歩いてスーパーに到着。平日のこの時間はあまりお客さんがいないんだな。あと、今は母さんがパートをしているので、母さんに会うかもしれない。
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「だって、近所でも大輝君と2人きりでお出かけしているんだもの。2人でお出かけするのってこれが初めてじゃない?」
「俺も歩いているときに思ったよ」
「ふふっ、そうなの。あと……こういうところに食材を買いに来ると、大輝君と同棲しているような気持ちになるの」
赤くなった顔に笑みを浮かべる一紗。好きな人と一緒だもんな。これから作る食事の材料を近所のスーパーに買いに行くなんて生活感に溢れているし。一紗がそう思う気持ちも理解できる。
麺コーナーに行くと、昔から食べているソース焼きそばが置かれていた。6人分あったので一安心。
「よし、これで昼飯に焼きそばが作れるな」
「そうね。じゃあ、焼きそばに入れる材料を選びましょう」
「そうだな」
麺コーナーの近くに精肉コーナーがある。まずは焼きそばに入れる豚肉を選ぼう。そう思ったときだった。
「あら、大輝。一紗ちゃんも」
ここのパートの制服姿の母さんと会う。母さんは俺達に小さく手を振ってくる。
「母さん、お疲れ様」
「お疲れ様です、お母様!」
「ありがとう。お昼ご飯の材料を買いに来たの?」
「ああ。焼きそばと中華スープを作ろうと思って。一紗と2人で買い出しに来ているんだ」
「そうなの。……ということは、健康診断が終わってみんなと帰ってきたのよね。文香ちゃんの様子はどう? 今朝も採血が不安で何度もため息をついていたから」
確かに、今朝のサクラは頻繁にため息をついていたな。昨日の夜くらいから、不安だったのかため息をつき始めていたけど。
「採血した直後は顔色がかなり悪くなって、青葉さんや私の支えがないとまともに歩けない状況でした。少しずつ良くなっていて、今は自分のベッドで横になってゆっくりしています。横になったときは気持ちよさそうにしていましたので、大丈夫かと」
「それなら良かったわ。文香ちゃんのためにありがとう、一紗ちゃん」
「いえいえ。大切な友人のためですから。好きな人の幼馴染でもありますし……」
「あらあら、可愛いことを言うのね」
少数ではあるけど、周りにお客さんがいる中で、母さんにこういうことを言えるとは。一紗のハートは強い。俺は段々恥ずかしくなってきて、別の場所に移動したくなってきたよ。
「話は戻るけど、きっと、あなたと青葉ちゃんが側にいて、文香ちゃんも心強かったと思うわ。高校で一紗ちゃんっていう友人ができて良かった。これからもよろしくね」
「はい!」
「じゃあ、私は休憩に入るところだから。お家でゆっくりしていってって、みんなに言っておいてね」
母さんは再び俺達に手を振って、スタッフオンリーのエリアへと向かっていった。
「お母様とも話せたし、買い出しに行くって名乗り出て良かったわ」
「良かったな。……ところで、一紗は採血はどうだったんだ?」
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俺一人で十分に持てる量だし、実際に一紗にそう打診した。ただ、一紗が「私も持ちたいわ」と言ってきた。なので、一紗には焼きそばと豚肉が入っているレジ袋を持ってもらうことに。袋を渡すと凄く嬉しそうに受け取ってくれた。
「なかなか安く抑えられたんじゃない?」
「そうだな。6等分するから……同じような食事を外でするよりも安くなったと思う。あとで、みんなからもらわないと」
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「確かに……そうだな。まあ、そこは友人ということでタダにしよう。それに、一紗は買ったものを運ぶのを手伝ってくれているし。ただ、その考え方は個人的に凄く大切だと思っているよ」
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「そうね!」
うふふっ、と一紗は本当に幸せそうに笑う。こういうことで幸せに思えるとは。本当に一紗は俺のことが好きなのだと分かる。
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読んでいただきありがとうございます。お気に入り登録や感想をお待ちしております。
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