14 / 194
本編-春休み編-
第13話『お花見-後編-』
しおりを挟む
文香と玉子焼きを食べさせ合うというドキドキな体験をした後は、お弁当やお菓子を食べたり、ジュースやお茶を飲んだりして、のんびりとした時間を過ごしていく。
「そういえば、文香。速水君の家での生活はどう?」
「えっ? い、いい感じかな。今までたくさん遊びに行っていたし、お泊まり会を何度もしたことあるから、もう順応できてる」
「そっか。それなら良かった。……ところで、速水君と同じ家に住んでいて、部屋も隣同士なんだから……何かドキドキすることはなかったの?」
「それは俺も興味があるな」
「お姉ちゃんも知りた~い!」
小泉さんと和奏姉さんは特に興味津々な様子で俺達を見てくる。逃がさないためか、姉さんは俺の右腕をしっかりと抱きしめる。
文香は分からないけど、俺は文香と一緒に暮らし始めること自体にドキドキしているからな。
文香は照れくさそうな様子で俺をチラチラと見て、
「へ、変なことは特にないよ。ただ、大輝の部屋に行って、漫画やラノベを借りに行ったときはちょっとドキドキしたかな。そのときはお風呂に入った後で寝間着姿だったから。だ、大輝はどう?」
「俺も……寝間着姿の文香を見るとドキドキする。ここ何年かはお泊まりをしなかったからな」
あと、文香が漫画やラノベを借りに俺の部屋に入ってきたときは、俺は結構ドキドキした。寝間着姿の文香が自分の部屋にいることと、文香からいい匂いがしたことで。
「文香も速水君も可愛いエピソードを話すね」
「ほのぼのするよな」
「2人の言う通りね。あたしはてっきり、フミちゃんが着替えているときに大輝が部屋を間違えて扉を開けちゃったとか、部屋で2人きりでいるときに大輝が足を滑らせてベッドにフミちゃんを押し倒しちゃったとか言うのかと」
「さ、さすがにそんなことはありませんよ!」
「文香の言う通りだよ、姉さん」
というか、和奏姉さんの言ったことは単なるラッキースケベじゃないか。もし、そんなことがあったらドキドキしちゃうだろうけど。
「あぁ、肩が凝ってきた~。大輝。肩を揉んでくれる~?」
「分かったよ、母さん」
俺は母さんの後ろまで行き、母さんの肩を揉み始める。お酒を呑んでいるからなのか、普段よりも体が熱いな。
母さんは肩が凝りやすい体質なので、昔から定期的に家族に肩を揉んでもらっている。昔は父さんにしてもらうことが多かったけど、数年ほど前から和奏姉さんや俺が揉むことが多くなった。
「あぁ、気持ちいいわぁ~」
「それは良かった」
「昔からお父さんの肩揉みが一番気持ちいいけど、力がついてきたからか最近は大輝の肩揉みも同じくらいに気持ち良くなったわぁ~。大輝も成長したんだなって思うわぁ~。もちろん、和奏の肩揉みも気持ちいいわよぉ~」
「お母さんにした肩揉み技術が、今は大学の友達にする肩揉みに活かされてるよ」
「ふふっ、肩揉みで子供の成長を感じるなんて優子らしい。速水君と付き合うまでは、あたしが肩揉みしていたんだよ。優子、昔から胸が大きかったから」
「……そ、そうなんですね」
「あと、大輝君は若い頃の速水君と雰囲気が似ているから、今の光景を見ると高校時代を思い出すわぁ。付き合い始めてから、優子は速水君に学校でたまに肩を揉んでもらっていたのよ」
「その話は両親から聞いたことがありますね」
特に朝礼が始まる前と昼休み、体育の授業の直後には肩を揉んでもらっていたらしい。マッサージをしてもらわないと、肩凝りのせいで授業に集中できなかったときもあったそうだ。
「美紀さんは学生時代に肩が凝って、母に揉んでもらったことはあったんですか?」
「体育でたくさん体を動かした後や、試験勉強をした後に揉んでもらったくらいだね。中学生くらいから胸が大きくなり始めたけど、体質なのか肩凝りはあまりなかったな。歳を重ねたからか、今はちょっと肩凝りしやすくなったけど、そういうときはてっちゃんに肩を揉んでもらってる。スキンシップを兼ねて」
「そうなんですね」
そういえば、和奏姉さんもあまり肩が凝らないな。中学高校と部活でバドミントンをやっていたからかな。疲れを取るために、何度かマッサージをしたことがある程度だ。
文香も3年前の一件の前まで、肩が凝ったからマッサージしてほしいと言われたことはなかったな。あれ以降も、肩が凝っているような雰囲気を見たことは一度もない。
「速水君でいう優子のような人が、いつか大輝君にもできるのかしらね。その人は肩が凝らない体質かもしれないけど」
「……ど、どうでしょうかね」
とは言うけど、文香という想い人はいる。
すると、美紀さんは俺に向かってにっこりと笑いかける。
「名古屋に引っ越す前に、母親として娘の文香をオススメしたいわぁ」
「お、お母さんっ!」
真っ赤な文香の顔を見た瞬間、母さんの肩を揉む手が止まる。
「大人になったら、あたしみたいになる可能性は大だし。30年経ってもこんな感じなんだよぉ?」
美紀さんはゆっくりと立ち上がり、背後から俺のことをぎゅっと抱きしめてくる。母さんと同様に体がかなり熱くて。あと、背中に心地いい柔らかさが。
オススメする理由が美紀さん絡みだからか、文香は依然として顔は赤いけれど、苦笑いを浮かべている。
「胸もEカップのあたしぐらいか、あたし以上に大きくなるかもよ?」
そんな風に耳打ちをしてきた。背中に豊満な胸を当てられて、胸のことを話されるとさすがにドキドキするけど、酒臭くてすぐに薄れてゆく。あと、Eカップの胸ってこんな感じの柔らかさなのか。服や下着越しだけど。
ただ、3年前の一件があって以降、文香の胸は大きくなっている。将来的には美紀さんと同じか、それよりも大きくなる可能性はあるだろう。
それにしても、美紀さん……酔っ払っているとはいえ、みんなの前でとんでもないことを言ってくれるな。ただ、ここで何も返事をしなければ、美紀さんだけじゃなく、文香にも悪いだろう。
「……文香とは幼稚園からの付き合いです。だから……可能性はゼロじゃないです」
「ダイ、ちゃん……」
「あと、明日から文香だけが東京に残ります。でも、前に約束したように、文香のことは一緒に住む幼馴染の俺が守って、支えていきます。文香にあの日のような思いをさせないよう気を付けます。そうしていきたいと思える大切な存在で。ですから、安心して哲也おじさんと名古屋に引っ越してください」
それが、今の俺に言える精一杯の気持ちと覚悟だった。そんな自分に情けなさを感じる。
ゆっくりと文香の方を見ると、文香はさっきよりも顔の赤みが強くなっていた。俺と目が合うと、恥ずかしいのか小泉さんの胸の中に顔を埋めてしまう。そんな文香の頭を、小泉さんは微笑みながら撫でていた。
今はお互いの家族だけじゃなく、小泉さんや羽柴もいる。言い過ぎてしまっただろうか。そう思って周りを見ると、小泉さんも和奏姉さんも羽柴も俺に対して笑みを送ってくれた。姉さんは右手でサムズアップするほど。
「……ますますオススメしたくなったわ、大輝君」
耳元でそう囁かれたので、ゆっくり振り返ると、そこには優しい笑みを浮かべた美紀さんがいた。
「娘と離れるのは初めてだから、どうしても不安になる。でも、今の大輝君の言葉のおかげで、その不安はとても小さくなったよ。過去に色々とあったけど、あたしはあなたを信頼してる。てっちゃんも同じ気持ちだと思うよ。文香のことをよろしくね」
「……はい」
俺がそう返事をすると、美紀さんはにっこりと笑って頭をポンポンと叩いた。自分の座っていた場所に戻り、今もなお小泉さんの胸に顔を埋める文香の頭を撫でた。
「それに、優子や速水君っていう大人もいるし、青葉ちゃんや羽柴君、千葉に住んでいるけど和奏ちゃんだっているんだもんね。それ以外にも文香には友達がいるし。文香の周りにはたくさんの人がいるって改めて分かったわ。引っ越す前にお花見ができて良かった」
そう言う美紀さんの顔には寂しげな表情が浮かび、両眼には涙が浮かぶ。不安は小さくなっても、文香と離れる寂しさは紛らわすことはできないのかも。
「美紀ちゃんったら、目に涙を浮かべて。明日で文香ちゃんと今生の別れになるみたいな感じね」
「さっきも言ったけど、文香と離れて暮らすのは初めてだから。もちろん、四鷹に残りたいって言った文香が悪いって言っているわけじゃないからね」
「もちろん分かってるよ。私もお母さんとお父さんと離れるのはちょっと寂しい。あと、ここに残ることを許してくれたお母さんとお父さんには感謝してるよ。ありがとう」
「……いえいえ」
「……ううっ」
文香や美紀さんではなく、なぜか小泉さんがポロポロと涙を流している。
「ど、どうして青葉ちゃんが泣くの?」
「離れることになっても、親子の繋がりは変わらないんだなって思ってさ。明日は部活があって、文香の御両親を見送ることができないし、今日こうやって感動のシーンを間近で見られて良かった……」
「あたしも2人を見ていたら、1年前に千葉へ引っ越したときのことを思い出したよ。ちょっと胸にきた」
和奏姉さんは右手で両目を拭った。
そういえば、去年、千葉へ引っ越すとき……和奏姉さんは寂しそうにしていたな。引っ越す前日は俺と一緒にお風呂に入って、俺のベッドで一緒に寝たっけ。今思うと、あのとき寂しそうにしていたのは、俺と離れるのが一番の理由なのかなと思った。
「優子! お酒が残っているんだし、まだまだ呑むわよ! 引っ越しちゃったら、優子としばらく呑めなくなるんだから!」
「これ以上呑んで大丈夫? さすがの美紀ちゃんでも、明日の引っ越しに影響出るんじゃない? それに、今の時代はパソコンでビデオ通話しながらリモートで呑めるわよ」
「それもいいけど、親友とは少しでも長く対面で呑みたいの! それに、ぐっすりと眠る予定だから大丈夫!」
「……しょうがないわね」
「やった! 和奏ちゃんも呑んでみる? 今年20歳になるんだから、もう20歳になったようなものでしょ。甘いカクテルも残ってるよ」
「えっ?」
自分が呑みに誘われるとは思わなかったのか、和奏姉さんは体をビクッと震わせ、見開いた目で美紀さんのことを見る。
というか、今年20歳になるから、もう20歳になったようなものって。美紀さんの中では、和奏姉さんはもう20歳扱いしていいと思っているのだろうか。
「じ、実際に20歳になったときのお楽しみにしておきます。酔ったらどうなるか分かりませんし。それに犯罪ですし」
「もう、美紀ちゃんったら。親友の娘に違法行為させようとしないでね。美紀ちゃんも罪に問われるかもしれないし」
「……はぁい」
ちょっと不満そうに返事する美紀さん。親友の娘である和奏姉さんのことは生まれた頃から知っているし、一緒にお酒を呑むのが一つの楽しみなのかもな。きっと、俺とも。
感傷的な空気になったけど、それからもお花見の時間は流れていく。
ちなみに、クーラーボックスに入っていたお酒は全て、母さんと美紀さんの体の中に入っていったのであった。
「そういえば、文香。速水君の家での生活はどう?」
「えっ? い、いい感じかな。今までたくさん遊びに行っていたし、お泊まり会を何度もしたことあるから、もう順応できてる」
「そっか。それなら良かった。……ところで、速水君と同じ家に住んでいて、部屋も隣同士なんだから……何かドキドキすることはなかったの?」
「それは俺も興味があるな」
「お姉ちゃんも知りた~い!」
小泉さんと和奏姉さんは特に興味津々な様子で俺達を見てくる。逃がさないためか、姉さんは俺の右腕をしっかりと抱きしめる。
文香は分からないけど、俺は文香と一緒に暮らし始めること自体にドキドキしているからな。
文香は照れくさそうな様子で俺をチラチラと見て、
「へ、変なことは特にないよ。ただ、大輝の部屋に行って、漫画やラノベを借りに行ったときはちょっとドキドキしたかな。そのときはお風呂に入った後で寝間着姿だったから。だ、大輝はどう?」
「俺も……寝間着姿の文香を見るとドキドキする。ここ何年かはお泊まりをしなかったからな」
あと、文香が漫画やラノベを借りに俺の部屋に入ってきたときは、俺は結構ドキドキした。寝間着姿の文香が自分の部屋にいることと、文香からいい匂いがしたことで。
「文香も速水君も可愛いエピソードを話すね」
「ほのぼのするよな」
「2人の言う通りね。あたしはてっきり、フミちゃんが着替えているときに大輝が部屋を間違えて扉を開けちゃったとか、部屋で2人きりでいるときに大輝が足を滑らせてベッドにフミちゃんを押し倒しちゃったとか言うのかと」
「さ、さすがにそんなことはありませんよ!」
「文香の言う通りだよ、姉さん」
というか、和奏姉さんの言ったことは単なるラッキースケベじゃないか。もし、そんなことがあったらドキドキしちゃうだろうけど。
「あぁ、肩が凝ってきた~。大輝。肩を揉んでくれる~?」
「分かったよ、母さん」
俺は母さんの後ろまで行き、母さんの肩を揉み始める。お酒を呑んでいるからなのか、普段よりも体が熱いな。
母さんは肩が凝りやすい体質なので、昔から定期的に家族に肩を揉んでもらっている。昔は父さんにしてもらうことが多かったけど、数年ほど前から和奏姉さんや俺が揉むことが多くなった。
「あぁ、気持ちいいわぁ~」
「それは良かった」
「昔からお父さんの肩揉みが一番気持ちいいけど、力がついてきたからか最近は大輝の肩揉みも同じくらいに気持ち良くなったわぁ~。大輝も成長したんだなって思うわぁ~。もちろん、和奏の肩揉みも気持ちいいわよぉ~」
「お母さんにした肩揉み技術が、今は大学の友達にする肩揉みに活かされてるよ」
「ふふっ、肩揉みで子供の成長を感じるなんて優子らしい。速水君と付き合うまでは、あたしが肩揉みしていたんだよ。優子、昔から胸が大きかったから」
「……そ、そうなんですね」
「あと、大輝君は若い頃の速水君と雰囲気が似ているから、今の光景を見ると高校時代を思い出すわぁ。付き合い始めてから、優子は速水君に学校でたまに肩を揉んでもらっていたのよ」
「その話は両親から聞いたことがありますね」
特に朝礼が始まる前と昼休み、体育の授業の直後には肩を揉んでもらっていたらしい。マッサージをしてもらわないと、肩凝りのせいで授業に集中できなかったときもあったそうだ。
「美紀さんは学生時代に肩が凝って、母に揉んでもらったことはあったんですか?」
「体育でたくさん体を動かした後や、試験勉強をした後に揉んでもらったくらいだね。中学生くらいから胸が大きくなり始めたけど、体質なのか肩凝りはあまりなかったな。歳を重ねたからか、今はちょっと肩凝りしやすくなったけど、そういうときはてっちゃんに肩を揉んでもらってる。スキンシップを兼ねて」
「そうなんですね」
そういえば、和奏姉さんもあまり肩が凝らないな。中学高校と部活でバドミントンをやっていたからかな。疲れを取るために、何度かマッサージをしたことがある程度だ。
文香も3年前の一件の前まで、肩が凝ったからマッサージしてほしいと言われたことはなかったな。あれ以降も、肩が凝っているような雰囲気を見たことは一度もない。
「速水君でいう優子のような人が、いつか大輝君にもできるのかしらね。その人は肩が凝らない体質かもしれないけど」
「……ど、どうでしょうかね」
とは言うけど、文香という想い人はいる。
すると、美紀さんは俺に向かってにっこりと笑いかける。
「名古屋に引っ越す前に、母親として娘の文香をオススメしたいわぁ」
「お、お母さんっ!」
真っ赤な文香の顔を見た瞬間、母さんの肩を揉む手が止まる。
「大人になったら、あたしみたいになる可能性は大だし。30年経ってもこんな感じなんだよぉ?」
美紀さんはゆっくりと立ち上がり、背後から俺のことをぎゅっと抱きしめてくる。母さんと同様に体がかなり熱くて。あと、背中に心地いい柔らかさが。
オススメする理由が美紀さん絡みだからか、文香は依然として顔は赤いけれど、苦笑いを浮かべている。
「胸もEカップのあたしぐらいか、あたし以上に大きくなるかもよ?」
そんな風に耳打ちをしてきた。背中に豊満な胸を当てられて、胸のことを話されるとさすがにドキドキするけど、酒臭くてすぐに薄れてゆく。あと、Eカップの胸ってこんな感じの柔らかさなのか。服や下着越しだけど。
ただ、3年前の一件があって以降、文香の胸は大きくなっている。将来的には美紀さんと同じか、それよりも大きくなる可能性はあるだろう。
それにしても、美紀さん……酔っ払っているとはいえ、みんなの前でとんでもないことを言ってくれるな。ただ、ここで何も返事をしなければ、美紀さんだけじゃなく、文香にも悪いだろう。
「……文香とは幼稚園からの付き合いです。だから……可能性はゼロじゃないです」
「ダイ、ちゃん……」
「あと、明日から文香だけが東京に残ります。でも、前に約束したように、文香のことは一緒に住む幼馴染の俺が守って、支えていきます。文香にあの日のような思いをさせないよう気を付けます。そうしていきたいと思える大切な存在で。ですから、安心して哲也おじさんと名古屋に引っ越してください」
それが、今の俺に言える精一杯の気持ちと覚悟だった。そんな自分に情けなさを感じる。
ゆっくりと文香の方を見ると、文香はさっきよりも顔の赤みが強くなっていた。俺と目が合うと、恥ずかしいのか小泉さんの胸の中に顔を埋めてしまう。そんな文香の頭を、小泉さんは微笑みながら撫でていた。
今はお互いの家族だけじゃなく、小泉さんや羽柴もいる。言い過ぎてしまっただろうか。そう思って周りを見ると、小泉さんも和奏姉さんも羽柴も俺に対して笑みを送ってくれた。姉さんは右手でサムズアップするほど。
「……ますますオススメしたくなったわ、大輝君」
耳元でそう囁かれたので、ゆっくり振り返ると、そこには優しい笑みを浮かべた美紀さんがいた。
「娘と離れるのは初めてだから、どうしても不安になる。でも、今の大輝君の言葉のおかげで、その不安はとても小さくなったよ。過去に色々とあったけど、あたしはあなたを信頼してる。てっちゃんも同じ気持ちだと思うよ。文香のことをよろしくね」
「……はい」
俺がそう返事をすると、美紀さんはにっこりと笑って頭をポンポンと叩いた。自分の座っていた場所に戻り、今もなお小泉さんの胸に顔を埋める文香の頭を撫でた。
「それに、優子や速水君っていう大人もいるし、青葉ちゃんや羽柴君、千葉に住んでいるけど和奏ちゃんだっているんだもんね。それ以外にも文香には友達がいるし。文香の周りにはたくさんの人がいるって改めて分かったわ。引っ越す前にお花見ができて良かった」
そう言う美紀さんの顔には寂しげな表情が浮かび、両眼には涙が浮かぶ。不安は小さくなっても、文香と離れる寂しさは紛らわすことはできないのかも。
「美紀ちゃんったら、目に涙を浮かべて。明日で文香ちゃんと今生の別れになるみたいな感じね」
「さっきも言ったけど、文香と離れて暮らすのは初めてだから。もちろん、四鷹に残りたいって言った文香が悪いって言っているわけじゃないからね」
「もちろん分かってるよ。私もお母さんとお父さんと離れるのはちょっと寂しい。あと、ここに残ることを許してくれたお母さんとお父さんには感謝してるよ。ありがとう」
「……いえいえ」
「……ううっ」
文香や美紀さんではなく、なぜか小泉さんがポロポロと涙を流している。
「ど、どうして青葉ちゃんが泣くの?」
「離れることになっても、親子の繋がりは変わらないんだなって思ってさ。明日は部活があって、文香の御両親を見送ることができないし、今日こうやって感動のシーンを間近で見られて良かった……」
「あたしも2人を見ていたら、1年前に千葉へ引っ越したときのことを思い出したよ。ちょっと胸にきた」
和奏姉さんは右手で両目を拭った。
そういえば、去年、千葉へ引っ越すとき……和奏姉さんは寂しそうにしていたな。引っ越す前日は俺と一緒にお風呂に入って、俺のベッドで一緒に寝たっけ。今思うと、あのとき寂しそうにしていたのは、俺と離れるのが一番の理由なのかなと思った。
「優子! お酒が残っているんだし、まだまだ呑むわよ! 引っ越しちゃったら、優子としばらく呑めなくなるんだから!」
「これ以上呑んで大丈夫? さすがの美紀ちゃんでも、明日の引っ越しに影響出るんじゃない? それに、今の時代はパソコンでビデオ通話しながらリモートで呑めるわよ」
「それもいいけど、親友とは少しでも長く対面で呑みたいの! それに、ぐっすりと眠る予定だから大丈夫!」
「……しょうがないわね」
「やった! 和奏ちゃんも呑んでみる? 今年20歳になるんだから、もう20歳になったようなものでしょ。甘いカクテルも残ってるよ」
「えっ?」
自分が呑みに誘われるとは思わなかったのか、和奏姉さんは体をビクッと震わせ、見開いた目で美紀さんのことを見る。
というか、今年20歳になるから、もう20歳になったようなものって。美紀さんの中では、和奏姉さんはもう20歳扱いしていいと思っているのだろうか。
「じ、実際に20歳になったときのお楽しみにしておきます。酔ったらどうなるか分かりませんし。それに犯罪ですし」
「もう、美紀ちゃんったら。親友の娘に違法行為させようとしないでね。美紀ちゃんも罪に問われるかもしれないし」
「……はぁい」
ちょっと不満そうに返事する美紀さん。親友の娘である和奏姉さんのことは生まれた頃から知っているし、一緒にお酒を呑むのが一つの楽しみなのかもな。きっと、俺とも。
感傷的な空気になったけど、それからもお花見の時間は流れていく。
ちなみに、クーラーボックスに入っていたお酒は全て、母さんと美紀さんの体の中に入っていったのであった。
0
読んでいただきありがとうございます。お気に入り登録や感想をお待ちしております。
『クラスメイトの王子様系女子をナンパから助けたら。』の続編がスタートしました!(2025.2.8) 学園ラブコメです。是非、読みに来てみてください。
URL:https://www.alphapolis.co.jp/novel/347811610/89864889
『高嶺の花の高嶺さんに好かれまして。』は全編公開中です。 学園ラブコメ作品です。是非、読みに来てみてください。宜しくお願いします。
URL:https://www.alphapolis.co.jp/novel/347811610/441389601
『まずはお嫁さんからお願いします。』は全編公開中です。高校生夫婦学園ラブコメです。是非、読みに来て見てください。
URL:https://www.alphapolis.co.jp/novel/347811610/120759248
『クラスメイトの王子様系女子をナンパから助けたら。』の続編がスタートしました!(2025.2.8) 学園ラブコメです。是非、読みに来てみてください。
URL:https://www.alphapolis.co.jp/novel/347811610/89864889
『高嶺の花の高嶺さんに好かれまして。』は全編公開中です。 学園ラブコメ作品です。是非、読みに来てみてください。宜しくお願いします。
URL:https://www.alphapolis.co.jp/novel/347811610/441389601
『まずはお嫁さんからお願いします。』は全編公開中です。高校生夫婦学園ラブコメです。是非、読みに来て見てください。
URL:https://www.alphapolis.co.jp/novel/347811610/120759248
お気に入りに追加
61
あなたにおすすめの小説

僕(じゃない人)が幸せにします。
暇魷フミユキ
恋愛
【副題に☆が付いている話だけでだいたい分かります!】
・第1章
彼、〈君島奏向〉の悩み。それはもし将来、恋人が、妻ができたとしても、彼女を不幸にすることだった。
そんな彼を想う二人。
席が隣でもありよく立ち寄る喫茶店のバイトでもある〈草壁美頼〉。
所属する部の部長でたまに一緒に帰る仲の〈西沖幸恵〉。
そして彼は幸せにする方法を考えつく――――
「僕よりもっと相応しい人にその好意が向くようにしたいんだ」
本当にそんなこと上手くいくのか!?
それで本当に幸せなのか!?
そもそも幸せにするってなんだ!?
・第2章
草壁・西沖の二人にそれぞれの相応しいと考える人物を近付けるところまでは進んだ夏休み前。君島のもとにさらに二人の女子、〈深町冴羅〉と〈深町凛紗〉の双子姉妹が別々にやってくる。
その目的は――――
「付き合ってほしいの!!」
「付き合ってほしいんです!!」
なぜこうなったのか!?
二人の本当の想いは!?
それを叶えるにはどうすれば良いのか!?
・第3章
文化祭に向け、君島と西沖は映像部として広報動画を撮影・編集することになっていた。
君島は西沖の劇への参加だけでも心配だったのだが……
深町と付き合おうとする別府!
ぼーっとする深町冴羅!
心配事が重なる中無事に文化祭を成功することはできるのか!?
・第4章
二年生は修学旅行と進路調査票の提出を控えていた。
期待と不安の間で揺れ動く中で、君島奏向は決意する――
「僕のこれまでの行動を二人に明かそうと思う」
二人は何を思い何をするのか!?
修学旅行がそこにもたらすものとは!?
彼ら彼女らの行く先は!?
・第5章
冬休みが過ぎ、受験に向けた勉強が始まる二年生の三学期。
そんな中、深町凛紗が行動を起こす――
君島の草津・西沖に対するこれまでの行動の調査!
映像部への入部!
全ては幸せのために!
――これは誰かが誰かを幸せにする物語。
ここでは毎日1話ずつ投稿してまいります。
作者ページの「僕(じゃない人)が幸せにします。(「小説家になろう」投稿済み全話版)」から全話読むこともできます!

10年ぶりに再会した幼馴染と、10年間一緒にいる幼馴染との青春ラブコメ
桜庭かなめ
恋愛
高校生の麻丘涼我には同い年の幼馴染の女の子が2人いる。1人は小学1年の5月末から涼我の隣の家に住み始め、約10年間ずっと一緒にいる穏やかで可愛らしい香川愛実。もう1人は幼稚園の年長組の1年間一緒にいて、卒園直後に引っ越してしまった明るく活発な桐山あおい。涼我は愛実ともあおいとも楽しい思い出をたくさん作ってきた。
あおいとの別れから10年。高校1年の春休みに、あおいが涼我の家の隣に引っ越してくる。涼我はあおいと10年ぶりの再会を果たす。あおいは昔の中性的な雰囲気から、清楚な美少女へと変わっていた。
3人で一緒に遊んだり、学校生活を送ったり、愛実とあおいが涼我のバイト先に来たり。春休みや新年度の日々を通じて、一度離れてしまったあおいとはもちろんのこと、ずっと一緒にいる愛実との距離も縮まっていく。
出会った早さか。それとも、一緒にいる長さか。両隣の家に住む幼馴染2人との温かくて甘いダブルヒロイン学園青春ラブコメディ!
※特別編4が完結しました!(2024.8.2)
※小説家になろう(N9714HQ)とカクヨムでも公開しています。
※お気に入り登録や感想をお待ちしております。

向日葵と隣同士で咲き誇る。~ツンツンしているクラスメイトの美少女が、可愛い笑顔を僕に見せてくれることが段々と多くなっていく件~
桜庭かなめ
恋愛
高校2年生の加瀬桔梗のクラスには、宝来向日葵という女子生徒がいる。向日葵は男子生徒中心に人気が高く、学校一の美少女と言われることも。
しかし、桔梗はなぜか向日葵に1年生の秋頃から何度も舌打ちされたり、睨まれたりしていた。それでも、桔梗は自分のように花の名前である向日葵にちょっと興味を抱いていた。
ゴールデンウィーク目前のある日。桔梗はバイト中に男達にしつこく絡まれている向日葵を助ける。このことをきっかけに、桔梗は向日葵との関わりが増え、彼女との距離が少しずつ縮まっていく。そんな中で、向日葵は桔梗に可愛らしい笑顔を段々と見せていくように。
桔梗と向日葵。花の名を持つ男女2人が織りなす、温もりと甘味が少しずつ増してゆく学園ラブコメディ!
※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。
※お気に入り登録、感想をお待ちしています。

覚えたての催眠術で幼馴染(悔しいが美少女)の弱味を握ろうとしたら俺のことを好きだとカミングアウトされたのだが、この後どうしたらいい?
みずがめ
恋愛
覚えたての催眠術を幼馴染で試してみた。結果は大成功。催眠術にかかった幼馴染は俺の言うことをなんでも聞くようになった。
普段からわがままな幼馴染の従順な姿に、ある考えが思いつく。
「そうだ、弱味を聞き出そう」
弱点を知れば俺の前で好き勝手なことをされずに済む。催眠術の力で口を割らせようとしたのだが。
「あたしの好きな人は、マーくん……」
幼馴染がカミングアウトしたのは俺の名前だった。
よく見れば美少女となっていた幼馴染からの告白。俺は一体どうすればいいんだ?

管理人さんといっしょ。
桜庭かなめ
恋愛
桐生由弦は高校進学のために、学校近くのアパート「あけぼの荘」に引っ越すことに。
しかし、あけぼの荘に向かう途中、由弦と同じく進学のために引っ越す姫宮風花と二重契約になっており、既に引っ越しの作業が始まっているという連絡が来る。
風花に部屋を譲ったが、あけぼの荘に空き部屋はなく、由弦の希望する物件が近くには一切ないので、新しい住まいがなかなか見つからない。そんなとき、
「責任を取らせてください! 私と一緒に暮らしましょう」
高校2年生の管理人・白鳥美優からのそんな提案を受け、由弦と彼女と一緒に同居すると決める。こうして由弦は1学年上の女子高生との共同生活が始まった。
ご飯を食べるときも、寝るときも、家では美少女な管理人さんといつもいっしょ。優しくて温かい同居&学園ラブコメディ!
※特別編10が完結しました!(2024.6.21)
※お気に入り登録や感想をお待ちしております。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

クラスメイトの王子様系女子をナンパから助けたら。
桜庭かなめ
恋愛
高校2年生の白石洋平のクラスには、藤原千弦という女子生徒がいる。千弦は美人でスタイルが良く、凛々しく落ち着いた雰囲気もあるため「王子様」と言われて人気が高い。千弦とは教室で挨拶したり、バイト先で接客したりする程度の関わりだった。
とある日の放課後。バイトから帰る洋平は、駅前で男2人にナンパされている千弦を見つける。普段は落ち着いている千弦が脚を震わせていることに気付き、洋平は千弦をナンパから助けた。そのときに洋平に見せた笑顔は普段みんなに見せる美しいものではなく、とても可愛らしいものだった。
ナンパから助けたことをきっかけに、洋平は千弦との関わりが増えていく。
お礼にと放課後にアイスを食べたり、昼休みに一緒にお昼ご飯を食べたり、お互いの家に遊びに行ったり。クラスメイトの王子様系女子との温かくて甘い青春ラブコメディ!
※続編がスタートしました!(2025.2.8)
※1日1話ずつ公開していく予定です。
※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。
※お気に入り登録、いいね、感想などお待ちしております。

貞操観念逆転世界におけるニートの日常
猫丸
恋愛
男女比1:100。
女性の価値が著しく低下した世界へやってきた【大鳥奏】という一人の少年。
夢のような世界で彼が望んだのは、ラブコメでも、ハーレムでもなく、男の希少性を利用した引き籠り生活だった。
ネトゲは楽しいし、一人は気楽だし、学校行かなくてもいいとか最高だし。
しかし、男女の比率が大きく偏った逆転世界は、そんな彼を放っておくはずもなく……
『カナデさんってもしかして男なんじゃ……?』
『ないでしょw』
『ないと思うけど……え、マジ?』
これは貞操観念逆転世界にやってきた大鳥奏という少年が世界との関わりを断ち自宅からほとんど出ない物語。
貞操観念逆転世界のハーレム主人公を拒んだ一人のネットゲーマーの引き籠り譚である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる