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第39話『いおりん』
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結婚までの約束をした僕らだけれど、湯船の中で抱きしめ合ったことで何とも言えない空気ができあがってしまった。もちろん、伊織と一緒にいられて嬉しい気持ちでいっぱいだけれど。
お風呂から出た後、僕らは最低限の言葉を交わしただけで、寝間着に着替えて一緒に彼女の部屋に戻った。
どこに腰を下ろそうか迷ったけれど、伊織がベッドに腰を下ろしたので彼女に寄り添うようにして座った。お風呂から出たばかりだからか、寝間着越しに彼女からの強い温もりを感じる。
「まだ10時にもなっていないんだね」
「そうだね」
「普段は土曜日って何時まで起きているの? 私は日付が変わるくらいまで起きているけれど……」
「僕も同じかな。翌日が休みのときはいつもそうだよ」
「そっか。じゃあ……まだ寝なくても大丈夫だね。この時間に寝たら、せっかくの千尋との時間がもったいないと思って。2人きりなんだし……」
伊織は腕を絡ませてきて、僕をじっと見つめてくる。そんな彼女の頬は赤くなっていた。
伊織が何を考えているのかは何となく分かっていた。それは僕の考えていることときっと同じだろう。結婚しようと約束して、一緒にお風呂に入って、彼女の部屋にいて。しかも、今夜は家に僕ら以外誰もいない。
「ねえ、千尋。千尋と……キスよりも先のことがしたい。もっと、千尋のことを感じたいの」
伊織はそう言うと、更に顔が赤くなっていく。
やっぱり、伊織も考えていたか。キスよりも先のことをすること。伊織と2人きりだって思うと、そんなことを考えちゃうよね。
「伊織のことが好きだって自覚してから、僕も伊織と……そういったことをしたいって思うときがあって。伊織の姿をたまに想像してた」
「えっ、そ、そうなんだ。千尋もそうだったんだね」
えへへっ、と伊織ははにかんでいる。そんな彼女がとても可愛らしかった。
「同じ気持ちで嬉しい。……もちろん、できちゃわないためにアレは買ってあるから」
「そ、そっか。用意周到だね」
「……厭らしいって思った?」
「そんなことないよ。大切なことだし」
「……うん。じゃあ、さっそくしよっか。初めてだから、優しくお願いします」
「分かった。僕も初めてだけど、優しくするように心がけるよ」
伊織のベッドの上で彼女と何度も体を重ねた。
体を通じて伊織を感じることで、彼女への愛情がより深まったような気がする。伊織と何度、好きだとか愛しているという言葉を言い合っただろうか。
何度でもいい。僕と伊織が幸せであることに変わりはないんだから。
「……たくさんしちゃったね」
「そうだね」
「やっぱり、千尋が側にいてくれると嬉しいな。とても幸せな気分だよ。千尋は?」
「もちろん、僕も幸せだよ。一度、距離を取ったことがあったからか尚更……」
伊織の辛い過去を知って。僕もカミングアウトをして。そのことで一度は伊織と距離を取ってしまったけれど、伊織のことが好きな気持ちは膨らんでいくばかりだった。だからこそ、ずっと一緒にいると約束して、今、こうして2人で一緒にいられるのがとても幸せに思えるんだ。
「……ねえ、伊織」
「うん?」
「僕、今のまま……体は男で心は女の状態で生きて行こうと思う。心と体の性別が違うことで、これからも大変な場面に出くわすかもしれないけど」
クラスメイトから心ない言葉を言われ、伊織と離れてしまったときは、どうしてこんな状態で生まれたんだと思った。けれど、やっぱりこの男の体は好きだし、「僕」というこの心も大切にしていきたい。
「分かったよ、千尋。でも、悩みとかがあったら、いつでも相談していいからね。何があっても千尋のことを支えていくから」
「……ありがとう、伊織」
僕のすぐ側でこんなにも可愛らしく、嬉しそうな笑みを浮かべてくれる人がいる。それがとても嬉しく幸せなことなのだと思った。
「イチャイチャしたからか、眠くなってきちゃった」
「そうだね。それに、今日は本当に色々なことがあったからね」
「うん。過去との決着を付けることができて、好きな人と一緒に未来を見据えることができて。今日は一生忘れられない日になりそう」
「……そうだね。僕も忘れない」
「ふふっ、いつか今日のことを笑って話せるようになりたいな」
「そうなる日は遠くないと思うよ」
「……うん」
笑って話せるようになりたいと言えている時点で、かなり近いんじゃないだろうか。樋口さんは伊織を弱い人だって言ったけれど、僕はとても強い人だと思っている。そんなことを考えていると、伊織は可愛らしいあくびをする。
「あくび出ちゃった」
「可愛いよ」
「……もう。おやすみ、千尋」
「うん、おやすみ」
眠りのキスをすると、伊織はゆっくりと目を閉じる。
それから程なくして、寝息を立て始めた。元々寝付きがいいのか、相当眠かったのか。気持ち良さそうに眠っているから、さっそくいい夢を見ていることだろう。
「それにしても、本当に可愛い寝顔だな。僕も寝るか」
伊織の額にキスをして、僕も眠りに落ちた。
今日は伊織の過去に大きく関わった樋口さんと決着を付け、この先ずっと一緒にいると伊織と誓い合った。そう考えると、僕と伊織の人生において重要な一日になったことは間違いない。
色々とあり過ぎた一日も、静かに終わっていくのであった。
お風呂から出た後、僕らは最低限の言葉を交わしただけで、寝間着に着替えて一緒に彼女の部屋に戻った。
どこに腰を下ろそうか迷ったけれど、伊織がベッドに腰を下ろしたので彼女に寄り添うようにして座った。お風呂から出たばかりだからか、寝間着越しに彼女からの強い温もりを感じる。
「まだ10時にもなっていないんだね」
「そうだね」
「普段は土曜日って何時まで起きているの? 私は日付が変わるくらいまで起きているけれど……」
「僕も同じかな。翌日が休みのときはいつもそうだよ」
「そっか。じゃあ……まだ寝なくても大丈夫だね。この時間に寝たら、せっかくの千尋との時間がもったいないと思って。2人きりなんだし……」
伊織は腕を絡ませてきて、僕をじっと見つめてくる。そんな彼女の頬は赤くなっていた。
伊織が何を考えているのかは何となく分かっていた。それは僕の考えていることときっと同じだろう。結婚しようと約束して、一緒にお風呂に入って、彼女の部屋にいて。しかも、今夜は家に僕ら以外誰もいない。
「ねえ、千尋。千尋と……キスよりも先のことがしたい。もっと、千尋のことを感じたいの」
伊織はそう言うと、更に顔が赤くなっていく。
やっぱり、伊織も考えていたか。キスよりも先のことをすること。伊織と2人きりだって思うと、そんなことを考えちゃうよね。
「伊織のことが好きだって自覚してから、僕も伊織と……そういったことをしたいって思うときがあって。伊織の姿をたまに想像してた」
「えっ、そ、そうなんだ。千尋もそうだったんだね」
えへへっ、と伊織ははにかんでいる。そんな彼女がとても可愛らしかった。
「同じ気持ちで嬉しい。……もちろん、できちゃわないためにアレは買ってあるから」
「そ、そっか。用意周到だね」
「……厭らしいって思った?」
「そんなことないよ。大切なことだし」
「……うん。じゃあ、さっそくしよっか。初めてだから、優しくお願いします」
「分かった。僕も初めてだけど、優しくするように心がけるよ」
伊織のベッドの上で彼女と何度も体を重ねた。
体を通じて伊織を感じることで、彼女への愛情がより深まったような気がする。伊織と何度、好きだとか愛しているという言葉を言い合っただろうか。
何度でもいい。僕と伊織が幸せであることに変わりはないんだから。
「……たくさんしちゃったね」
「そうだね」
「やっぱり、千尋が側にいてくれると嬉しいな。とても幸せな気分だよ。千尋は?」
「もちろん、僕も幸せだよ。一度、距離を取ったことがあったからか尚更……」
伊織の辛い過去を知って。僕もカミングアウトをして。そのことで一度は伊織と距離を取ってしまったけれど、伊織のことが好きな気持ちは膨らんでいくばかりだった。だからこそ、ずっと一緒にいると約束して、今、こうして2人で一緒にいられるのがとても幸せに思えるんだ。
「……ねえ、伊織」
「うん?」
「僕、今のまま……体は男で心は女の状態で生きて行こうと思う。心と体の性別が違うことで、これからも大変な場面に出くわすかもしれないけど」
クラスメイトから心ない言葉を言われ、伊織と離れてしまったときは、どうしてこんな状態で生まれたんだと思った。けれど、やっぱりこの男の体は好きだし、「僕」というこの心も大切にしていきたい。
「分かったよ、千尋。でも、悩みとかがあったら、いつでも相談していいからね。何があっても千尋のことを支えていくから」
「……ありがとう、伊織」
僕のすぐ側でこんなにも可愛らしく、嬉しそうな笑みを浮かべてくれる人がいる。それがとても嬉しく幸せなことなのだと思った。
「イチャイチャしたからか、眠くなってきちゃった」
「そうだね。それに、今日は本当に色々なことがあったからね」
「うん。過去との決着を付けることができて、好きな人と一緒に未来を見据えることができて。今日は一生忘れられない日になりそう」
「……そうだね。僕も忘れない」
「ふふっ、いつか今日のことを笑って話せるようになりたいな」
「そうなる日は遠くないと思うよ」
「……うん」
笑って話せるようになりたいと言えている時点で、かなり近いんじゃないだろうか。樋口さんは伊織を弱い人だって言ったけれど、僕はとても強い人だと思っている。そんなことを考えていると、伊織は可愛らしいあくびをする。
「あくび出ちゃった」
「可愛いよ」
「……もう。おやすみ、千尋」
「うん、おやすみ」
眠りのキスをすると、伊織はゆっくりと目を閉じる。
それから程なくして、寝息を立て始めた。元々寝付きがいいのか、相当眠かったのか。気持ち良さそうに眠っているから、さっそくいい夢を見ていることだろう。
「それにしても、本当に可愛い寝顔だな。僕も寝るか」
伊織の額にキスをして、僕も眠りに落ちた。
今日は伊織の過去に大きく関わった樋口さんと決着を付け、この先ずっと一緒にいると伊織と誓い合った。そう考えると、僕と伊織の人生において重要な一日になったことは間違いない。
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