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第74話『ただ、ただ。』
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4月21日、木曜日。
今日もお母さんの運転する車で学校まで送っていってもらう。それは楽でいいけど、徒歩で10分ちょっとだから何日も続くと何とも言えない気分に。
千晴先輩、今日……学校に来るのかな。昨日、あんなことがあったからなぁ。あとは沙耶先輩が普段とさほど変わらずいてくれるといいな。
風紀委員会の活動室に向かうと、そこには沙耶先輩、ひより先輩、理沙ちゃんがいた。千晴先輩の姿はない。
「おはよう、琴実ちゃん」
「ことみん、おはよう!」
「おはよう、琴実ちゃん。あとは千晴先輩だけか」
「……そうだね、ひよりちゃん」
沙耶先輩は笑顔を見せるけれど、やっぱり……普段と比べると元気がないように思える。昨日、千晴先輩を振ったことを気にしているようだ。うううっ、どんな言葉をかければいいのか分からないよ。
「おはよー」
「おはよう。折笠さんはちゃんと来たのね」
東雲先生と秋川先生が部屋の中に入ってくる。
「さっき、千晴ちゃんの親御さんから連絡があって、彼女は今日、体調不良でお休みです」
秋川先生はそう言うけれど、きっと、沙耶先輩にフラれたことが影響しているんだと思う。やっぱり、一晩くらいでは学校に来るまでの元気は取り戻せなかったみたい。沙耶先輩とどう顔を合わせればいいのか分からないのもありそうだけど。
「だから、今日は朝倉が中心となって委員会の活動をしていこう。といっても、普段とやることは変わりないけどな」
「……そうですね。分かりました。彼女が欠席中は私が中心になって風紀委員会の活動をしていきたいと思います」
「よろしくね、沙耶ちゃん。基本的には私か真衣子さんのどっちかがついているから安心してね」
「……ありがとうございます」
「私も先輩の相棒として頑張りますね!」
「……ありがとう、琴実ちゃん」
沙耶先輩は私の頭を優しく撫でてくれる。そのときの笑顔はさっきよりも元気があるように思えた。
千晴先輩に一言入れようかどうか迷ったけれど、昨日の夜に少しでも楽でいてほしいと伝えたからいいかな。変にメッセージを送ったりしたら、千晴先輩に余計な気を遣わせてしまうだけかもしれないし。
寂しい気持ちを抱えたまま午前中の授業を受ける。幸いなことに怪しそうな動きを見せる生徒はいなかった。
昼休み。
昨日と同じように、教室で理沙ちゃんと一緒にお弁当を食べようかな。
そういえば一昨日、私と一緒に屋上でお昼ご飯を食べながら、沙耶先輩のことを話す千晴先輩はとても元気そうだった。すぐに告白したのもあるけど、まさか2日でがらりと状況が変わってしまうなんて。
「へえ、今日の琴実ちゃんのパンツの色は青か……」
そんな沙耶先輩の声が聞こえたので下を向くと、足元が光っているのが見えた。
まさかと思って机の下を覗いてみると、スマートフォンをこちらに向けてニヤニヤと笑っている沙耶先輩がいた。スマートフォンの光で私のパンツを照らしていたのか。
「沙耶先輩……」
「そういえば、今日はまだ琴実ちゃんのパンツを確認していないと思ってさ」
「だからって教室でやらないでくださいよ。ほら、結構な数の生徒がこっちの方を向いているじゃないですか」
「ははっ、ごめんごめん」
そう言って、沙耶先輩は私の前でゆっくりと立ち上がった。
「パンツのワードが聞こえたのでまさかとは思っていましたが、朝倉先輩じゃないですか」
「パンツ=私の方程式ができているみたいだね、唐沢さん。琴実ちゃんのパンツ確認の他に、今日は琴実ちゃんと2人きりでお昼ご飯を食べたいと思ってさ。だから、唐沢さん……琴実ちゃんを借りてもいいかな?」
「もちろんです。無料でお貸ししますよ。あたしはテニス部の子達と食べようと思います」
「そっか。ありがとね」
私、理沙ちゃんのものじゃないんだけれどな。でも、沙耶先輩と2人きりでお昼ご飯を食べられるのはとても嬉しい。
「じゃあ、行こうか、琴実ちゃん」
「はい」
そう言うと、沙耶先輩は私の前の席の机に置いてあった手提げを持ち、私の手を引いて教室の外へと連れ出してくれる。
風紀委員の見回りの仕事で校内のことが段々と分かってきたけれど、2人きりで食べられるところはあそこしか知らない。ただ、沙耶先輩がしっかりとエスコートをしてくれているので今は黙って先輩についていこう。
「ごめんね、琴実ちゃん。突然のことで」
「別にかまいませんよ。別の方ですが、以前にも似たようなことがありましたから」
「そっか。さっ、もうすぐだよ」
その言葉を言われたとき、私達は階段を登っていた。やっぱりあそこかな?
それから程なくして、
「ここだよ、琴実ちゃん」
やっぱり、行き着いた先は屋上だった。この前よりはちょっとだけ人は多いけれど、結構広いので沙耶先輩と2人でゆっくりと話せそうだ。
「ここには来たことある?」
「先日、他の方と一緒にここで食べたことがあります」
「そうだったんだ。ここからの景色いいよね。特に今日みたいに晴れていると」
「そうですね」
千晴先輩のときと同じように、空いているベンチに沙耶先輩と隣り合って座る。この前とは違って遠くには高層ビルもある市街地の景色だけど、これもなかなかいい。
「今日はお姉ちゃんがお弁当を作ってくれたんだ」
「そうなんですね。私は基本、お母さんが毎日作ってくれます」
「中学のときは私もお母さんが作ってくれたお弁当を食べていたなぁ。じゃあ、いただきます」
「いただきます」
沙耶先輩の隣でお弁当を食べ始める。先輩がすぐ近くにいるからなのか、それとも景色がいいからなのか、いつも以上にお弁当が美味しく感じられて。
「美味しいな。でも、いつもと比べて味気なく感じる」
「えっ?」
「……あっ、ごめんね、琴実ちゃん。実は……2人きりでお昼ご飯を食べたいって思ったのは、琴実ちゃんに話したいことがあってさ」
「話したいこと、ですか……」
「うん。今から話すことは琴実ちゃんが初めて」
すると、沙耶先輩はお弁当の蓋を閉めて、切なげな笑みを浮かべながら私のことを見つめてくる。長い話になりそうな気がしたので、私も同じように蓋を閉めてベンチに置いた。
「今日、藤堂さんが学校を休んだじゃない。体調不良が原因って先生は言っていたけれど、本当は私のせいなんだよ」
「沙耶先輩の?」
「うん。昨日、風紀委員会の仕事が終わったときに藤堂さんが2人きりで話したいって言っていたことは覚えてるよね」
「ええ」
「あの後、藤堂さんと2人きりになれる場所に行ってね。藤堂さんから好きだって告白されて、恋人として付き合ってほしいって言われたんだ」
「そ、そうなんですね……」
やっぱり、沙耶先輩が話したいことって千晴先輩からの告白についてか。
「藤堂さんの気持ちは嬉しかった。でも、私にはどうしても気になる人がいて。だから、藤堂さんの告白を断ったんだ」
「そうだったんですか……」
「付き合えないって謝ったら、藤堂さん……精一杯の笑みを私に見せてくれたんだ。涙も流さずに」
きっと、それは千晴先輩なりの沙耶先輩への気遣いだったんだと思う。家に帰ってから気持ちを整理して、私に電話をかけてきた。私と話す中で沙耶先輩にフラれた事実を受け入れ始める中で泣いたのだ。
「また明日って言って藤堂さんは帰っていったけど、会えるかどうか不安だった。そうしたら、その不安が的中しちゃって。私、藤堂さんのことを深く傷つけちゃったんだ。ダブル・ブレッドのこともあって委員会として大事な時期なのに。藤堂さんだからこそこなせた委員長の仕事が私にできるかどうかも不安でさ……」
そんな不安な心境を吐露しても、私が目の前にいるからなのか沙耶先輩は決して笑みを消すことはなかった。もしかしたら、告白を断られたときの千晴先輩も今の沙耶先輩と同じような笑みを浮かべていたのかもしれない。
「沙耶先輩は何も悪くないと思います。もちろん、千晴先輩も。ただ、お互いに本当の気持ちを伝え合った。でも、その気持ちが重ならなかった。それが千晴先輩にとってショックなことだったのでしょう」
「琴実ちゃん……」
沙耶先輩は嘘を言わずに本当の気持ちを伝えたんだ。きっと、それで良かったと思う。
「沙耶先輩が嘘を言ったことで千晴先輩がショックを受けたわけじゃありません。ですから、きっと、近いうちにまた千晴先輩は元気に学校へ来ると思います。今はそう信じましょう」
千晴先輩なら立ち直ることができると。あの活動室で、元気な千晴先輩の姿を私はまた見たい。
「ねえ、琴実ちゃん」
「何ですか?」
「……今だけは先輩じゃなくなってもいいかな」
すると、沙耶先輩はベンチから降りて私の目の前で膝立ちとなり、私の胸にそっと顔を埋めてきた。
「ちょっとの間だけでいいから、このままでいさせてくれる?」
「……いいですよ。沙耶先輩の気が済むまでずっと」
私がそう言うと、今度は両手を私の背中に回し、結果的に沙耶先輩に抱きしめられる形となった。
「落ち着くな、琴実ちゃんの胸の中にいると」
「……そうですか」
沙耶先輩の頭をゆっくりと撫でて、私も先輩のことをそっと抱きしめる。
沙耶先輩は今、私の胸の中で何を想っているんだろう。
あと、先輩であっても今みたいに甘えてきてくれていいのに。沙耶先輩のプライドが許さないのかな。それとも、素の自分では甘えられないのかな。そんな先輩にほっこりとする気持ちと寂しい気持ちが混ざり合う。
沙耶先輩の甘い匂いや温もりを感じると、さっき言っていた先輩の『どうしても気になる人』が誰なのか気になってきて。千晴先輩は会長さんか私だと言ってくれたけど。
でも、知りたい気持ちはあっても訊く勇気は出なかった。私じゃなかったらショックだなと思ってしまって。この温もりや柔らかさを二度と感じられなくなってしまいそうで。だから、やっぱり沙耶先輩に告白した千晴先輩は凄いなって思う。それと同時に、自分が小さく感じる。
それでも、ちょっとの間だけでいいので……このままでいさせてください。
今日もお母さんの運転する車で学校まで送っていってもらう。それは楽でいいけど、徒歩で10分ちょっとだから何日も続くと何とも言えない気分に。
千晴先輩、今日……学校に来るのかな。昨日、あんなことがあったからなぁ。あとは沙耶先輩が普段とさほど変わらずいてくれるといいな。
風紀委員会の活動室に向かうと、そこには沙耶先輩、ひより先輩、理沙ちゃんがいた。千晴先輩の姿はない。
「おはよう、琴実ちゃん」
「ことみん、おはよう!」
「おはよう、琴実ちゃん。あとは千晴先輩だけか」
「……そうだね、ひよりちゃん」
沙耶先輩は笑顔を見せるけれど、やっぱり……普段と比べると元気がないように思える。昨日、千晴先輩を振ったことを気にしているようだ。うううっ、どんな言葉をかければいいのか分からないよ。
「おはよー」
「おはよう。折笠さんはちゃんと来たのね」
東雲先生と秋川先生が部屋の中に入ってくる。
「さっき、千晴ちゃんの親御さんから連絡があって、彼女は今日、体調不良でお休みです」
秋川先生はそう言うけれど、きっと、沙耶先輩にフラれたことが影響しているんだと思う。やっぱり、一晩くらいでは学校に来るまでの元気は取り戻せなかったみたい。沙耶先輩とどう顔を合わせればいいのか分からないのもありそうだけど。
「だから、今日は朝倉が中心となって委員会の活動をしていこう。といっても、普段とやることは変わりないけどな」
「……そうですね。分かりました。彼女が欠席中は私が中心になって風紀委員会の活動をしていきたいと思います」
「よろしくね、沙耶ちゃん。基本的には私か真衣子さんのどっちかがついているから安心してね」
「……ありがとうございます」
「私も先輩の相棒として頑張りますね!」
「……ありがとう、琴実ちゃん」
沙耶先輩は私の頭を優しく撫でてくれる。そのときの笑顔はさっきよりも元気があるように思えた。
千晴先輩に一言入れようかどうか迷ったけれど、昨日の夜に少しでも楽でいてほしいと伝えたからいいかな。変にメッセージを送ったりしたら、千晴先輩に余計な気を遣わせてしまうだけかもしれないし。
寂しい気持ちを抱えたまま午前中の授業を受ける。幸いなことに怪しそうな動きを見せる生徒はいなかった。
昼休み。
昨日と同じように、教室で理沙ちゃんと一緒にお弁当を食べようかな。
そういえば一昨日、私と一緒に屋上でお昼ご飯を食べながら、沙耶先輩のことを話す千晴先輩はとても元気そうだった。すぐに告白したのもあるけど、まさか2日でがらりと状況が変わってしまうなんて。
「へえ、今日の琴実ちゃんのパンツの色は青か……」
そんな沙耶先輩の声が聞こえたので下を向くと、足元が光っているのが見えた。
まさかと思って机の下を覗いてみると、スマートフォンをこちらに向けてニヤニヤと笑っている沙耶先輩がいた。スマートフォンの光で私のパンツを照らしていたのか。
「沙耶先輩……」
「そういえば、今日はまだ琴実ちゃんのパンツを確認していないと思ってさ」
「だからって教室でやらないでくださいよ。ほら、結構な数の生徒がこっちの方を向いているじゃないですか」
「ははっ、ごめんごめん」
そう言って、沙耶先輩は私の前でゆっくりと立ち上がった。
「パンツのワードが聞こえたのでまさかとは思っていましたが、朝倉先輩じゃないですか」
「パンツ=私の方程式ができているみたいだね、唐沢さん。琴実ちゃんのパンツ確認の他に、今日は琴実ちゃんと2人きりでお昼ご飯を食べたいと思ってさ。だから、唐沢さん……琴実ちゃんを借りてもいいかな?」
「もちろんです。無料でお貸ししますよ。あたしはテニス部の子達と食べようと思います」
「そっか。ありがとね」
私、理沙ちゃんのものじゃないんだけれどな。でも、沙耶先輩と2人きりでお昼ご飯を食べられるのはとても嬉しい。
「じゃあ、行こうか、琴実ちゃん」
「はい」
そう言うと、沙耶先輩は私の前の席の机に置いてあった手提げを持ち、私の手を引いて教室の外へと連れ出してくれる。
風紀委員の見回りの仕事で校内のことが段々と分かってきたけれど、2人きりで食べられるところはあそこしか知らない。ただ、沙耶先輩がしっかりとエスコートをしてくれているので今は黙って先輩についていこう。
「ごめんね、琴実ちゃん。突然のことで」
「別にかまいませんよ。別の方ですが、以前にも似たようなことがありましたから」
「そっか。さっ、もうすぐだよ」
その言葉を言われたとき、私達は階段を登っていた。やっぱりあそこかな?
それから程なくして、
「ここだよ、琴実ちゃん」
やっぱり、行き着いた先は屋上だった。この前よりはちょっとだけ人は多いけれど、結構広いので沙耶先輩と2人でゆっくりと話せそうだ。
「ここには来たことある?」
「先日、他の方と一緒にここで食べたことがあります」
「そうだったんだ。ここからの景色いいよね。特に今日みたいに晴れていると」
「そうですね」
千晴先輩のときと同じように、空いているベンチに沙耶先輩と隣り合って座る。この前とは違って遠くには高層ビルもある市街地の景色だけど、これもなかなかいい。
「今日はお姉ちゃんがお弁当を作ってくれたんだ」
「そうなんですね。私は基本、お母さんが毎日作ってくれます」
「中学のときは私もお母さんが作ってくれたお弁当を食べていたなぁ。じゃあ、いただきます」
「いただきます」
沙耶先輩の隣でお弁当を食べ始める。先輩がすぐ近くにいるからなのか、それとも景色がいいからなのか、いつも以上にお弁当が美味しく感じられて。
「美味しいな。でも、いつもと比べて味気なく感じる」
「えっ?」
「……あっ、ごめんね、琴実ちゃん。実は……2人きりでお昼ご飯を食べたいって思ったのは、琴実ちゃんに話したいことがあってさ」
「話したいこと、ですか……」
「うん。今から話すことは琴実ちゃんが初めて」
すると、沙耶先輩はお弁当の蓋を閉めて、切なげな笑みを浮かべながら私のことを見つめてくる。長い話になりそうな気がしたので、私も同じように蓋を閉めてベンチに置いた。
「今日、藤堂さんが学校を休んだじゃない。体調不良が原因って先生は言っていたけれど、本当は私のせいなんだよ」
「沙耶先輩の?」
「うん。昨日、風紀委員会の仕事が終わったときに藤堂さんが2人きりで話したいって言っていたことは覚えてるよね」
「ええ」
「あの後、藤堂さんと2人きりになれる場所に行ってね。藤堂さんから好きだって告白されて、恋人として付き合ってほしいって言われたんだ」
「そ、そうなんですね……」
やっぱり、沙耶先輩が話したいことって千晴先輩からの告白についてか。
「藤堂さんの気持ちは嬉しかった。でも、私にはどうしても気になる人がいて。だから、藤堂さんの告白を断ったんだ」
「そうだったんですか……」
「付き合えないって謝ったら、藤堂さん……精一杯の笑みを私に見せてくれたんだ。涙も流さずに」
きっと、それは千晴先輩なりの沙耶先輩への気遣いだったんだと思う。家に帰ってから気持ちを整理して、私に電話をかけてきた。私と話す中で沙耶先輩にフラれた事実を受け入れ始める中で泣いたのだ。
「また明日って言って藤堂さんは帰っていったけど、会えるかどうか不安だった。そうしたら、その不安が的中しちゃって。私、藤堂さんのことを深く傷つけちゃったんだ。ダブル・ブレッドのこともあって委員会として大事な時期なのに。藤堂さんだからこそこなせた委員長の仕事が私にできるかどうかも不安でさ……」
そんな不安な心境を吐露しても、私が目の前にいるからなのか沙耶先輩は決して笑みを消すことはなかった。もしかしたら、告白を断られたときの千晴先輩も今の沙耶先輩と同じような笑みを浮かべていたのかもしれない。
「沙耶先輩は何も悪くないと思います。もちろん、千晴先輩も。ただ、お互いに本当の気持ちを伝え合った。でも、その気持ちが重ならなかった。それが千晴先輩にとってショックなことだったのでしょう」
「琴実ちゃん……」
沙耶先輩は嘘を言わずに本当の気持ちを伝えたんだ。きっと、それで良かったと思う。
「沙耶先輩が嘘を言ったことで千晴先輩がショックを受けたわけじゃありません。ですから、きっと、近いうちにまた千晴先輩は元気に学校へ来ると思います。今はそう信じましょう」
千晴先輩なら立ち直ることができると。あの活動室で、元気な千晴先輩の姿を私はまた見たい。
「ねえ、琴実ちゃん」
「何ですか?」
「……今だけは先輩じゃなくなってもいいかな」
すると、沙耶先輩はベンチから降りて私の目の前で膝立ちとなり、私の胸にそっと顔を埋めてきた。
「ちょっとの間だけでいいから、このままでいさせてくれる?」
「……いいですよ。沙耶先輩の気が済むまでずっと」
私がそう言うと、今度は両手を私の背中に回し、結果的に沙耶先輩に抱きしめられる形となった。
「落ち着くな、琴実ちゃんの胸の中にいると」
「……そうですか」
沙耶先輩の頭をゆっくりと撫でて、私も先輩のことをそっと抱きしめる。
沙耶先輩は今、私の胸の中で何を想っているんだろう。
あと、先輩であっても今みたいに甘えてきてくれていいのに。沙耶先輩のプライドが許さないのかな。それとも、素の自分では甘えられないのかな。そんな先輩にほっこりとする気持ちと寂しい気持ちが混ざり合う。
沙耶先輩の甘い匂いや温もりを感じると、さっき言っていた先輩の『どうしても気になる人』が誰なのか気になってきて。千晴先輩は会長さんか私だと言ってくれたけど。
でも、知りたい気持ちはあっても訊く勇気は出なかった。私じゃなかったらショックだなと思ってしまって。この温もりや柔らかさを二度と感じられなくなってしまいそうで。だから、やっぱり沙耶先輩に告白した千晴先輩は凄いなって思う。それと同時に、自分が小さく感じる。
それでも、ちょっとの間だけでいいので……このままでいさせてください。
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