ガール&パンツ

桜庭かなめ

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第33話『白い闇』

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 ――ブラン様から沙耶先輩のことを盗撮し、写真を送るように命令された。

 まさか、ダブル・ブレッドが噂レベルではなく、実際に活動していたなんて。しかも、沙耶先輩の盗撮に関わっていたなんて。

「まさか、ダブル・ブレッドが実在していたとはなぁ。恵、ここ最近、ダブル・ブレッドが活動しているっていう情報は?」
「いいえ、そういった話は聞いていませんね。1年半くらい前、ダブル・ブレッドの噂が流れて、当時の風紀委員メンバーで見回りと服装・持ち物チェックの強化を実施しましたけど、これといった校則違反報告はありませんでした」
「だよなぁ。あの当時でさえ噂レベルでしか存在しなかったダブル・ブレッドが、どうして今頃になって表立った活動を始めたんだろうな」

 確かに、今までの話を聞く限り、1年半前にダブル・ブレッドという団体があるという噂が流れたっきりで、そこからはネット上だけの存在のようにも思える。

「私にもさっぱりです。ただ、先ほど真衣子さんがスマートフォンで見ていたTwitterアカウントも本物だったんですね」
「……ああ、あのアカウントか。掛布、このTwitterアカウント、ダブル・ブレッド公式のものかな」

 東雲先生がアカウントページを表示した状態で、掛布さんにスマートフォンを見せると、

「私もそのアカウントは知っています。公式かどうかは分かりませんが」
「なるほど」

 あのアカウントは公式のものかもしれないし、ファンや愉快犯など、関係者以外が作った非公式のものかもしれないということか。

「掛布さん。ちなみに、ブランっていうのはどういう意味なのか分かる?」
「……ごめんなさい。分かりません」
「たぶん、白っていう意味じゃないかな、沙耶ちゃん」
「えっ、でも……英語で白をホワイトって言うでしょう? 方言というか、どこかの地域ではブランって言うんですか?」
「ううん、ブランはフランス語なの」
「……フランス語で白、ですか」

 白色が好きなのかな、そのブランっていう人は。その人の好みで、ホワイトじゃなくてブランと名乗ることにしたのかな。

「ブランっていう人は白いパンツが好きなのかな」

 どうして、沙耶先輩はすぐにパンツに結び付けようとするのか。

「私にはさっぱり分かりません。昨日、朝倉先輩の盗撮写真を撮るとき、パンツを置いて、それを拾った先輩のことを撮影しろって言われたので。そのとき、白のパンツという指定はありませんでした」

 思い返せば、沙耶先輩が拾ったパンツは桃色だった。それはきっとブランが用意したものではなく、掛布さんが自分で用意したってことか。

「ブランという名前から誰か怪しい人物がいるかと思って考えてみましたが、心当たりのある人物はいませんね。パンツが大好きな朝倉さんが一番怪しいくらいです」
「ははっ、仲間を信用していないのかい? 朝倉さん」
「信頼はしていますが、変態ですからね……パンツに関しては」

 現状ではパンツ大好きな沙耶先輩くらいしか怪しい人に心当たりがない。掛布さんのことだって、コソコソ作戦を実施して先輩のことを盗撮したとようやく分かったくらい。

「掛布さん、ダブル・ブレッドについて何か知っていることはないかな?」

 ひより先輩がそう言う。掛布さんはダブル・ブレッドのメンバーだから、色々と組織のことについて訊いてみた方がいいよね。

「全ては噂ですけど、メンバーは上級生に何人かいるとか。ブラン様は同性愛者とか。あと、朝倉先輩が風紀委員会の活動方針を変えさせるために、風紀委員をさせているとも」
「とんでもない嘘が流れていたんだね……」

 今はSNSもあるし、嘘もまるで本当のことのように広がってしまう。もしかして、思ったよりもダブル・ブレッドの存在は多くの生徒に知られていて、沙耶先輩が組織のメンバーだと誤解されているのかも。

「嘘が広がると恐ろしいからね。今後、私にダブル・ブレッドのメンバーなのかって訊かれたら、それは誤解だと説明しておくよ」
「しかし、それらの嘘も発信者がいるんですよね。いったい、誰が……」
「事実なら言った人を割り出して意味はあると思うけど、嘘を流した人を割り出してもそんなに意味はないんじゃないかな。それよりも、掛布さん……君はブランという人物との繋がりがある。ダブル・ブレッドが存在し、盗撮という犯罪行為をメンバーにやらせた以上、風紀委員会として組織を倒すしかない。そのためには、組織の会長であるブランと名乗る人物が誰なのかを割り出すのが手っ取り早い。掛布さん、君はどうやってブランと連絡を取っていたのかな」
「Tubutterだけです。他の人に見られないように、メッセージ機能を使っていたんです。写真も送れますから。ちょっと待っていてくださいね」

 TubutterはSNSのうちの1つで、多くの人が利用している。
 そのTubutterアカウントでブランという人物と連絡が取れるなら、掛布さんに協力してもらってブランの正体を暴くことができるかもしれない。

「……あれ? ブラン様のアカウントが無くなっています……」

 ブランという人物のアカウントが無くなっている?

「何だって?」
「昼休みの時はあったのに! どうして……」

 掛布さんとブランと呼ばれている人物を唯一繋げているのはTubutter。その繋がりが急に途絶えてしまったことになる。

「もしかしたら、ブランと名乗る人物は何らかの手段を使って、私を盗撮したのが掛布さんだとバレたことを既に知っているみたいだね。ダブル・ブレッドのこともブランと名乗る自分のことも風紀委員会に話されると思って、掛布さんとの連絡手段を断ち切ったと考えて間違いなさそうだ」
「しかし、掛布さんのことを取り押さえてすぐに、この部屋に連れて来たのです。そんなこと、誰が……」
「忘れたのか、藤堂。1年半前の噂が流れたときから、ダブル・ブレッドはこの白布女学院のメンバーで構成されているっていう話だっただろう。そして、掛布を取り押さえた場所からこの部屋に戻るまで、複数人の生徒や教師から見られている。もちろん、どこかからこっそりと見られている可能性もあるだろう」
「確かにそうですね……」
「目の前の問題を解決することを優先したんだ。ブランの正体が掴めるかもしれないっていうチャンスを逃してしまったのは仕方ない。むしろ、できたら棚からぼたもちって感じじゃないか? それに、ダブル・ブレッドが存在していたこと。親玉がブランと呼ばれていることも分かったんだ。それだけも十分な収穫だと私は思うよ」

 東雲先生の言うとおり、誰が盗撮したのか分からなかった状況に比べれば、ダブル・ブレッドのメンバーである掛布さんが犯人であり、ダブル・ブレッドのことが少しでも分かったので確実に前進しているだろう。

「私、どうしよう……ブラン様の命令を果たすこともできなければ、風紀委員会に捕まってしまうなんて。私、処分されるかもしれない……」
「ブランからそんなことを言われたの?」
「……失敗しないようにって。これも噂ですけど、ブラン様からの命令に失敗したら処罰させられるって……」

 だから、ここに来るときの掛布さんの顔は青白かったんだ。ブランと名乗る人物から、どういった処分を下されるか分からないから。

「一種の宗教のようだな。ブランという親玉に信仰し、ブランの言うことは絶対。命令が果たせなかったり、反抗したりしたら厳しい処分か」
「ダブル・ブレッドが本当にそこまでひどい組織であれば、学校側できっちりと対応しなければいけませんね、真衣子先生」
「そうだな。まあ、朝倉が盗撮されたことに関わっていたと分かっている今の時点で何らかの対処をすべきだけど。安心しろ、掛布。お前がダブル・ブレッドから処分を受けるような目には遭わせないから。ただ、学校から何らかの処分が下ることは覚悟していてほしい」
「……はい」

 掛布さんのことは先生方に任せるか。

「掛布さん、最後に一ついいかな」
「何でしょうか、朝倉先輩」
「……君はどうしてダブル・ブレッドのメンバーになったんだ?」

 沙耶先輩からそう訊かれると、掛布さんの顔が急に赤くなり、先輩のことをジロジロと見ている。

「……朝倉先輩のことが好きで。それで、先輩がダブル・ブレッドのメンバーだという噂を聞いて入ったんです」
「……なるほどね」

 流れがどうであれ、告白の言葉を聞くとキュンときちゃうな。それを爽やかな笑みを浮かべながら聞いている沙耶先輩はさすがというか。告白されることに慣れているのかな。

「その気持ちは嬉しいけど、応えることはできないよ」
「先輩のことを盗撮したからでしょうか?」
「……ううん、違うよ。ただ、気に掛けたい人がいるからね、私には」

 沙耶先輩はそう言うと、私のことをちらっと見てくれたような気がした。
 先輩の気に掛けたい人か。それは相棒である私なのか、風紀委員として白布女学院の全校生徒なのか。はっきりとは分からなかった。

「……朝倉先輩と付き合えたら、ちょっとは元気になれた気がしたのに。でも、やっぱりダメですよね」
「……ごめんね」
「いえ、いいですよ」

 掛布さん、今にも泣きそうだ。風紀委員会に捕まえられ、ブランとは連絡手段が断ち切られ、沙耶先輩にはフラれ。泣いてしまいそうになるのは当然なのかも。

「……追い打ちになるようで悪いが、これから生徒指導室に行こうか。生徒指導の教師と一緒に盗撮したことや組織のことについて改めて話を聞きたい」
「分かりました……」
「なあに、ここで色々なことを正直に話してくれたんだ。私がフォローするから。途中の自販機で掛布の好きな飲み物も1つ買ってやるから、その……元気はなかなか出ないだろうが元気出せ」
「……はい」
「恵は引き続き風紀委員会の方にいてくれ。何かあったら連絡する」
「分かりました」

 その後、掛布さんはがっかりとした様子のまま、東雲先生に連れられる形で活動室を後にするのであった。
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